27話 オープナーで道を開く
潜入十一日目。真夜中の三時。クロルはオープナー片手にルンルン気分で食料庫の裏手にやってきた。
「クロル」
「ゲット~♪」
挨拶もなく早速本題。クロルがワインオープナーを見せると、一目でそれが何かわかったのだろう。デュールは黒縁眼鏡の奥にある青い目を丸くして「どこにあった?」と。
「今朝、レイの部屋で見つけた」
「そうきたか」
デュールは何やら「ははは」と笑い出す。
「どした?」
「いや、すこぶる面白い展開になってきたと思ってな」
「そう? でも、このワインオープナー。難しいことに、グランド商会のワイン店窃盗事件の犯人がレイだって証拠にはなるけど、レイがソワールであるという証拠にはなんねぇんだよなー」
「その通りだ」
そうなのだ。グランド商会が被害に遭った『ワイン窃盗事件』。これをソワールの仕業だと決定付ける証拠は今のところない。
「でも、実際のところさぁ、大エメの件があるから宿屋にソワールがいるのは確定事項だろ? 一つの宿屋にソワールと別の泥棒が二人も暮らしてるとは思えない。実質、レイがソワールで間違いないとは思ってる」
「捕縛命令を出すか?」
潜入による捕縛の場合、潜入している本人であるクロルの命令で全てが動く。タッグを組んでいるとは言え、デュールが捕縛命令を出すことは出来ない。それが第五騎士団のルールだ。
クロルは思案する。ここでレイを捕縛した場合、ソワールの罪状を認めさせることができるだろうか。しかし、ソワールも逃亡を企てているはず。ここは攻めるべき場面だろう。
クロルは『捕縛しよう』と言おうとした。しかし、それを遮るようにデュールが話をし出したので、その言葉を飲み込んだ。
「クロル。次の金曜日、ソワールが盗みを働く可能性が高い。徹夜で解析して予測を立てた」
「うん?」
「ソワールを見てレヴェイユと比較するというタスクがあっただろう。その手筈が整った」
クロルはデュールの言いたいことを察する。『本当にレイがソワールなのかどうか、その目で確かめた方がいい』と。
確かに、実際にソワールを見ることで得られる情報は多いだろう。しかし、果たしてその必要があるだろうか。次の金曜日まで捕縛せずにいたなら、逃げられてしまうかもしれない。
ワインオープナーを片手に考える。それをクルクルと回してみると、銀色の螺旋部分に月明かりが反射した。
偶然にも、その光の反射は時計に似ていた。秒針、短針、長針。時計の針を組み込むときに、緩く反射する光を思い出す。クルクル回る、三本の針たち。
「……うん、そうだな。『仕事は真面目に』」
「クロルの祖父の口癖か」
「そゆこと。ソワールを見に行く。デュールがこういう雰囲気を出すってことは、なんか引っかかることがあるんだろ?」
「……正直、引っかかってるのは事実。だが、まだ確証がない」
「いーよ、任せろ。えーっと、金曜日だっけ?」
デュールが渡してくれた資料を見て、その全てを頭に叩き込む。
「あぁ、フライデーマーケットで月に二度ほど、犯人不明の窃盗が起きていることがわかった」
「フライデーマーケット? あー、グランド商会がやってる祭りみたいなやつか」
「そうだ。泥棒被害は、珈琲とか小麦粉とか食料がメインで今まで見過ごされてきたが、手口の解析およびソワールの目撃情報もあり、ここに出没すると予想した」
「まじ? ソワールってコーヒーも盗んでるのかよ?」
クロルは『まさか宿屋のコーヒーは盗品だったりしないよな?』と少し鳥肌が立った。
安心していい。ばっちり盗品だ。珈琲だけでなく、宿屋にある物のほとんどは盗品だったりする。
マスターは気づいてないが、全く客が来ないのにも関わらず、宿屋『時の輪転』の経営が上手くいっている理由は、まさしくコレ。さすがソワール。経営難の店の救世主だ。事実を知ったならば、きっとマスターはショックで腰が立たなくなるだろう。
「ソワールの職業が泥棒であるならば、生活必需品も泥棒業で得ているのだろう。で、珈琲の消費スパンから察するに、今度の金曜日にフライデーマーケットの珈琲店で盗みを働くだろうと分析された」
「コーヒー……なんとも格好がつかない盗みだけど、仕方ないか。金曜日っつーことは四日後か。それまでソワールが逃亡しなければいいけど」
「あぁ、もし駄目だったときは、」
「大丈夫。デュールに責任丸ごと全部被せるつもりだから! よろしくー」
クロルはやたら良い笑顔。デュールは眼鏡をかけ直し、楽しそうに目を細めて言った。
「クロル、解散だ」
「解散な」
久しぶりに解散の挨拶をした。
こうして、クロル・ロージュは運命の金曜日を迎えることとなる。




