26話 その証拠を掴むために
『クロル、眠れないのか? お前は寝付きが悪いなぁ。よし、いっそのこと朝まで起きてるぞ。じいちゃんが付き合ってやる!』
両親が亡くなった後すぐ、クロルは夜眠れなくなった。特に雨の日はダメで。そんなとき、祖父はクロルの夜更かしによく付き合ってくれていた。時計と雨の音を聞きながら深夜の下らないおしゃべりタイム。初恋話を何度も聞かされたっけ。
◇◇◇
パフェ会議の夜。クロルは寝る前に三階を訪れた。
レイは宿屋を不在にしている様子。部屋の調査をしようと思ったが、もう夜も遅い。帰宅してきたらバッティングしてしまうだろうと、やめにした。
そもそも三階にきたのはレイのためではなく、その隣の部屋にいる彼女のため。トントントンと三回ノックをすれば、中から「はぁい」と甘い声がしてドアが開く。
「あら、クロル~」
彼女は可愛いナイトドレスでお出迎えしてくれたわけだが、そんな格好ならドアを開ける前に訪問者が誰かくらい確認しろよ、とクロルは思ったりする。思っただけで、今は言わないけど。
「こんな夜更けに、なにかご用かしら?」
「恋人未満タイム。少し話さない?」
「ふふっ、嬉しい。どーぞ?」
「……部屋、入ってもいいんだ?」
「もちろん。うぇるかむ~」
やっぱり警戒心ゼロ。将来的なことを考えて、クロルはちょっと不安になった。
「なぁ、入る前に一応確認なんだけどさ、恋人未満ってどこまでセーフ?」
「どこまで?」
「あー……キスとか触れ合い的なこと」
レヴェイユは「ふふっ」と小さく笑って、これまた小さな声で「えっちなこと?」と囁く。
「……まぁ、そういうこと」
「それはクロルにお任せしまぁす。私はウェルカムだもの」
恋人関係は尻込みするくせに、そっちはウェルカム。イマイチ掴みにくい彼女の返答に、『どこまで分かってるんだか』と、少しげんなり。
手綱はクロルに預けられたわけで、「はいはい、任せて」と了承をし、本人公認で初めて部屋に招かれた。
夜も遅い時間。しばらく可愛いソファでおしゃべりを楽しんでいると、彼女のたれ目がとろんとしてくる。クロルがあえて沈黙を用意してみると、たった三秒で彼女はスヤスヤと寝てしまった。
「まじ寝じゃん。ははっ、子供かよ」
少し落胆する気持ちと、なんだかくすぐったい気持ち。そして、任務としてはなかなか好調な進捗具合。それらが絶妙に混ざり合い、クロルは軽く笑う。そっとベッドに移してあげて、彼女の頬をむにっとつねってやった。
「おやすみ、レーヴェ」
恋人未満の二人。ウェルカムされていたとしても、可愛いソファで寝たふり開始。アリバイ確保のための徹底マークだ。
床やベッドサイドに置かれた六つの目覚まし時計たちがコチコチと音を立て、その隙間に彼女の寝息が聞こえる。怖いくらいに心地良くて、クロルは平和な夜に浸かった。
翌朝、潜入十日目。朝食当番は金髪のレイだった。
レヴェイユの部屋で寝たふりをしていたクロルは、レイが朝方帰宅したことも確認していた。どこで何をしてるのやら。怪しさ満点だ。
「レイ、おはよ」
「おはよー。もうすぐ出来るから!」
「うん、ありがと」
『おー、さんきゅ』と答えそうになるところを、グッと押し込んだ。一週間ほど前までは女だと思っていたわけで、ここに『今日も可愛いね』を付け加えていたかと思うと鳥肌ものだ。
クロルが腕をさすりさすり、朝食の手伝いをしようと思ったところでトリズが二階から下りてきた。
「お早うございます」
「おはよ。……もうすぐ朝食みたいだから、レーヴェに声をかけてこようかな」
「あ~、そうですね。じゃあ僕がキッチンを手伝います」
「よろしく」
この会話の意味がお分かりだろうか。『レイの部屋を調べてくる』『了解、僕がレイを見張ってるからごゆっくり~』ということだ。
クロルは一つも音を立てることなく、三階に足を踏み入れた。ドアの開閉がバレるような仕掛けがされていないことを確認し、慎重に鍵を解錠する。
―― 普通の部屋だな
シンプルな部屋だった。ベージュのカーテン、ベッドシーツは飾り気のない白。ベッドサイドには、黒い犬のぬいぐるみ。とってつけたようなぬいぐるみの存在に『女を装ってます』感がヒシヒシと伝わる。
次にクローゼットだ。そろりと開ければ、右側にワンピースや女物の服。左側にシャツとズボンが二着あったがユニセックスで押し通せるデザインだった。
しかし、引き出しを開ければ、女物の下着や肌着の奥に男物の下着を発見。普段、どちらを使用しているかは考えてはならない。捨て置こう。
―― 女装確定っと
次にデスクの引き出しでも見ようかと思ったところで、クローゼットの隅に何かが落ちているのが目に入った。
―― これ、ボトルオープナー? なんでこんなところに
ワインを開けるときに使うボトルオープナーだ。ハンカチで包むように拾い上げる。どこかで見たようなデザインだな、と思った瞬間。
―― ボトルオープナーじゃん!
脳天まで快楽が貫いた。泣き黒子は、ぎゅんっと急上昇! ニヤリと笑みを零して、握り拳で小さくガッツボーズを繰り出したほどだ。その証拠を掴んだと確信したからだ。
そのボトルオープナーはハート型をしていた。一見すると、ただの悪趣味なオープナーだがそうではない。ハートの部分に埋め込まれている石、ガラス細工に見えなくもないが立派なピンクダイヤモンドだ。
デュールから聞いていた、グランド商会のワイン店から盗まれたというワインオープナーに間違いないだろう。
これは、レイが窃盗に関わっているという確かな証拠。クロル・ロージュは、とうとう尻尾を掴んだのだ、犯罪者の長~い尻尾を。
さぁ、チェックメイトは目前だ。罰を下すのが大好きなクロルは、ポケットの中にあるオープナーの重みに快楽を感じた。
さて、ここまででキッチンを離れてから三分ほど経っていた。もう少し調査したかったが、今日はここまで。
こうやって潜入騎士は何度も何度も相手のテリトリーに侵入する。朝、昼、晩と時間を変え、相手に潜り込むのだ。バレないように少しずつ、変わりゆく物を観察しながら。
一度階段を下がって、ふぅと一呼吸。今度は足音を立てて階段を上り、ギィッギィッと廊下を軋ませつつ、手前にあるレヴェイユの部屋の前まで進んだ。
トン、トン、トン。
「開けるよ」
「え」
ドアを押せば、キィと音を立てて開く。
―― ほら。いつだって鍵なんかかかってない
名乗らず了承も得ずにドアを開けると、レヴェイユは着替えをしているところであった。と言っても背中のボタンを後二つ止めれば着替え完了、という場面であったが。
「おはよ、レーヴェ。今日も寝坊?」
「一秒」
「ん? 寝坊した時間?」
「ノックからドアを開けるまでの時間~」
「あ、ごめん」
薄桃色のカーテンがふわりと揺れるのに合わせて、床に置かれた目覚まし時計をひょいひょいっと避けて彼女の元に辿り着く。
着替え中のレヴェイユは少し不満そうにしていたが、クロルは気にせずいつもの手腕を発揮して苺色の髪を撫でる。そのまま背中のボタンに触れて、一つ、二つ、ボタンを止めればお着替え完了。
「はい、止めたよ」
「ありがとう?」
「……確認だけど、ウェルカムレベルは俺が判断していいんだよな?」
「なぁに?」
「朝の挨拶をしていいか聞いてる」
「重ね重ねご丁寧にどうも」
レヴェイユが「おはよう」と普通に挨拶をすれば、クロルはやっぱり了承を取らずに『おはよ』と赤い髪にキスをする。ウェルカムなのだから、いいだろう。朝にしては少し長めのキスに、窓の外の白い鳥が空気を読んで羽ばたいていく。
「とても良い朝だね、レーヴェ」
「ふふっ、なにか良いことがあったの?」
「うん、あった。お祝いに抱き締めていい?」
「いつでもうぇるかむ~」
茶化すようにウェルカム体勢になるレヴェイユ。それならば、クロルもウェルカムしよう。ジャケットを軽く捲って、彼女を腕の中に閉じ込める。すっぽりと包み込んで赤い髪に顔をうずめれば、甘い香りが背中に響く。
「はぁ、レーヴェってすごい。癒し効果やばい」
「そう?」
「あー……朝なのが惜しいな」
「夜だとどうなるの?」
「このままウェルカムしてたかも」
そんな危うい言葉を落としてしまえば、彼女はド天然のレヴェイユだ。クロルの胸にうずめていた顔をチラッと上げて、「朝だとダメなの?」と小首を傾げる。さすがのクロルだってキスの一つくらいしたくなるじゃないか。
でも、やっぱりしない。
「レーヴェって結構イジワルだよな」
「そう? クロルはとっても意地悪ね」
「お互い様。さて、朝食いこ。お手をどうぞ?」
「はぁい、うぇるかむ~」
「……煽りの天才だな」
掴んだ無罪の証拠をポケットに抱え、彼女の手をぎゅっと掴む。幸せな気持ちでレヴェイユをエスコートしたのだった。




