25話 第五騎士団とパフェ(後)
そこで、トリズは身を乗り出して、期待の眼差しをクロルに向けてきた。
「ク・ロ・ル~♪」
「な、なんだよ?」
「レヴェイユ、即行でクロるしてたよね? さすがの女たらしっ! で、どうだった~?」
「は?」
「レヴェイユがソワールで間違いないでしょ? 僕の見立ては正しかったでしょ~?」
すると、デュールが興味深そうにカットイン。
「それについては、俺も一度聞きたかった。何故、トリズは赤髪の女がソワールだと判断した?」
「ぇえ? だって、潜入捜査の基本からするとレヴェイユ一択だよ」
「その心は?」
「だって、彼女、ソワール像からかけ離れてるでしょ? 美人でもない。勝ち気でもない。のんびりしていて軟弱そう。ふわふわのぼんやりで、悪いことなんてしなさそう」
潜入騎士歴十一年、プロ中のプロであるトリズは潔いほどに事実を並べて言い放つ。
「二人とも潜入騎士ならわかるはずだよ。人が良さそう、社交的で朗らか、軽くてノリがいい、礼儀正しく品がある、利他的に手を貸してくれる……どいつもこいつもそうだった。大犯罪者は、仮面を付けて真逆の人格になる。その狂気を隠すために」
並べられた経験則に、クロルは少し苛立った。そんなこと知っていたからだ。ついうっかりと苛立ちをそのままに反論してしまう。
「トリズの言うことはわかるけど、俺はレーヴェだとは思えない」
「じゃあ、レイがソワールってこと?」
「そゆこと。逆に聞くけど、トリズはレイの正体をちゃんと理解してんのかよ?」
「……どういう意味?」
「ほらな、わかってねぇじゃん」
「生意気~」
すると、今度はデュールが「そこまで」とストップをかける。これだから第五騎士団のやつらは、すぐピリる。どいつもこいつも……喧嘩早くて、えーっと、天然ぼんやり女に弱いんだっけ。あぁ、なるほど。
とがめるようなデュールの呼びかけに、「……悪い」とワンクッション置いてから、クロルは話を続けた。
「レイは男だ」
「……ん?」
「金髪のレイは、男。どうみても男」
「はぁああ!?」
トリズの顔が崩れた。こんなに崩れたポーカーフェイサー・トリズを見るのは初めてだったものだから、クロルはちょっと笑った。
「いやいやいや、だって、超美人だよ~? 身体の線も細いし、男に見えないでしょ?」
「トリズだって線細いじゃん。馬鹿力だけど」
「ぇえ〜? 困惑しかないんだけど~」
「その様子だと、トリズは全く気付かなかったということか」
「気付かない気付かない! だって、違和感なさすぎ。実は王女でした~って言われた方が信じられるくらいだよ。ほら、昔いたじゃん。アンテ王女だっけ? 雰囲気似てない? そういうオーラあるじゃん! 男だなんて、にわかに信じられないよ」
実年齢二十九歳が十六歳として違和感なく潜入しているという信じがたい実例そのものが、『信じられない』と言っているわけだ。
そう言われてしまっては、クロルだって理由を羅列するしかない。
「ウエストのリボン結びの位置が僅かに低い。重心が外側にある歩き方。腰骨が平坦だし、肩幅とアンダーバストの比率が小さい。あとは、デコルテの違和感もある。極めつけは、まとうオーラっつーのかなぁ。艶がない。全然違うじゃん。ちゃんと見れば分かるだろ?」
「わからな~い」
「分からない」
デュールとトリズの声が揃った。クロルは首を傾げるばかりであった。
「あ、そうだ。レイといえば! デュール、鍵は複製できた?」
思い出して頂きたい。潜入初日に型を取り、デュールに複製を依頼していた、レヴェイユとレイの部屋の鍵のことだ。
「あぁ、二部屋とも複製済みだ」
「ありがと、早速調べてみる」
クロルが鍵を受け取ると、不満そうなトリズにすぐさま鍵を奪われる。
「レヴェイユの部屋もちゃんと調べなよね~? エコヒーキ反対っ!」
「もう調べた。あいつ、鍵かけてないから」
「え、そうなの?」
「一応、毎日確認してるけど鍵がされてたことは一度もない」
「えぇ!? 一度も!?」
好きな女の子の部屋の鍵を毎日確認する男。気持ち悪い仕事だ。
「本当に? マスターでさえ鍵かけてるよ……? ちなみに複製した鍵はコレね」
トリズも一応仕事はしていたらしい。
「だよな。この際言っちゃうとさー、まさかと思って昨日確認してみたら、夜中も鍵かけてねぇの。そこは鍵しとけよって心底思った。ホント頭どうかしてんだよ、あいつ」
それを聞いたトリズは「うーん」と唸り出す。部屋の鍵は心の鍵。施錠の有無は、潜入騎士にとっては超重要情報だったりするのだ。
クロルは得意気に「な?」と言いながら、スルリと鍵を奪い返してポケットにイン。
「さて。部屋の調査はクロルに任せるとして、盗品の大粒エメラルドをどうするかだな」
こうなると、さすがは第五騎士団のドS男の集い。楽しそうに作戦が話し合われる。
「大粒エメラルドでボコボコ作戦、略して『大エメ作戦』。どうしよっか~? 僕、ボコボコにする係やる~」
「怖ぇよ。大エメを明るみに出すかどうかだよなー」
ナチュラルに『大エメ』が定着した。
「しかし、実際のところ大エメが見つかったことが明るみになったならば、泥棒管轄の第三騎士団が出張ってしまうな」
「そうすると、僕たち第五の任務が滞るよね~」
「じゃあ、こういうのはどう? トリズの部屋に大エメを戻しておくじゃん? で、放置すんの」
クロルは放置プレイが好きらしい。うん、確かに。
「僕は大エメに気付かないフリするってことね~」
「そゆこと。で、時間稼ぎする隙をソワールに与えず、俺が証拠を掴む」
「できるのか?」
「レイの方は、この潜入方法だと正直むずい。でも、どうにかやってみる」
「レヴェイユの方は?」
「できる。方法は二つ。一つは、レーヴェと常時一緒に行動することでアリバイを確保する。ちょうど一昨日、そういう約束を取り付けたとこ」
「恋人関係になったってこと? クロルの本領発揮だね!」
「恋人関係というか、まぁ……うん」
クロルは一昨日の『ごめんなさい砲』を思い出して、少し泣き黒子が下がった。
「コホン。二つ目の方法はソワールを実際に見て、レーヴェのサイズ感と比較する」
「クロルの気色悪い測定能力か。ということは、やはりソワールの行動予測が必要だな」
「そうなんだよなー。それって無理な話?」
そこでトリズが「できると思う」と割って入る。
「僕が一緒にやってた解析メンバーとデュールを繋いであげよっか? やってみる価値あると思うよ!」
「それは助かる」
「同じチームだしね! その代わり、捕まえるときは僕にも一発殴らせてね? 久々に腕が鳴っちゃうな」
「ほどほどにしとけよ……? じゃ、パフェも食べ終わったし、解散っつーことで」
クロルがトリズに伝票を渡そうとすると、そこでデュールが「待った」とストップをかける。
「なになに、デュール。支払いしたいの? 仕方ないなぁ、譲ってあげる~」
「ノーセンキューだ。別件で二人に確認事項がある」
「なに?」
クロルはしっかりとトリズの手に伝票を渡しながら、続きを促す。
「三日前に窃盗事件が起きたんだが」
「三日前!?」
「うっそ~。またソワール? 全然気付かなかったんだけど」
「俺も……。なぁ、これさぁ毎晩夜通しで見張ってないと無理なんじゃね?」
「うわぁ、無理無理。つらい~」
そこでデュールが「落ち着け」と続きを話し出す。
「ソワールがやったという証拠もなければ目撃者もいない」
「……じゃあソワールじゃないんじゃね?」
「盗賊団サブリエだったりしてね。なんで僕たちにその情報を?」
デュールは軽く首を振って話を続けた。
「逆だ。お前たちから情報が欲しいんだ。今回の被害は、グランド商会が経営しているワイン店。盗まれたのは高級赤ワインとボトルオープナー」
「ふーん?」
「そのボトルオープナーが問題でな。一見すると悪趣味なデザインだが、実は希少なピンクダイヤモンドが使われている特注品。納品先が侯爵家だったらしく、グランド商会から騎士団に強めのプッシュがあったそうだ」
「侯爵家かぁ。うるさそうだね~」
「それで騎士団が犯人を捕まえようと躍起になっているらしい。ソワールに動きがあったかどうか、二人に確認をしたかったのだが……その様子だと犯人はソワールではなさそうだな」
すると、クロルとトリズは目を合わせて「たぶん」と自信なさげに肯定した。目の前にある大エメのときには華麗に出し抜かれているわけで、自信満々に答えられるわけもなかった。
そんなこんなで、第五騎士団三人組の作戦会議は終了。
「よし。今後のタスクをまとめるか! 俺は早々にレイの部屋を調査することと、レーヴェを徹底マークすること」
「僕は大エメに気付かないフリをして、のうのうと暮らしてるね~!」
「ナニソレ。うらやましいんだけど」
「俺は、解析チームと共にソワールの行動予測をし、クロルに伝える」
「よろしく」
「ソワール捕縛も近い感じがしてきたね~。婚約指輪を作っておかないと!」
ニッコニコ顔で大エメを指に当てるトリズ。盗品で遊ぶな。
そんな恋愛ウェット派のトリズを、冷めた目で見る恋愛ドライ派の二人。
「色ボケ」
「色ボケだな」
「二人とも今なんて言ったのかな~?」
こうして、第五騎士団の三人の騎士は拳を突き合わせてピリッた……いや、一致団結したのだった。




