24話 第五騎士団とパフェ(前)
それから二日後、潜入九日目のことだった。
朝食の時間、クロルがカフェスペースに下がると、紅茶を淹れているトリズの姿が。
「クロルさん、お早うございます」
「……今日は珈琲じゃないんだ?」
「はい。紅茶が飲みたくて」
これは、予め決めておいた暗号だ。朝食のときに珈琲を飲んでいたら何もなし。紅茶を飲んでいたら『顔を貸せ』である。
クロルは目配せだけで『了解』と伝えて、やたらゆっくりと珈琲を飲んだ。
そうして朝食後、潜入騎士御用達の個室カフェで落ち合う。
「トリズの相談事の前に、お願いしたいことがあるんだけど」
「なに?」
「パフェ、奢って」
「え、やだよ。なんで僕が?」
男にパフェを奢る趣味のないトリズに嫌そうな顔をされてしまったので、悪女にしこたま奢らせるのが趣味のクロルだって嫌そうな顔で「だってさー」と返す。どんな趣味だ。
「無一文だから、甘味を食べることができねぇんだよ。まじつらい。トリズはいいよなぁ。フツメンだから目立たないし、設定は伯爵家の遠縁だっけ? 本当にうらやましい」
「僕は恨めしい」
やっぱりテーブルの下で蹴られた。
「気になってたんだけど、お金がないのに、その服とかどうやって手に入れたの?」
「気になってたんだったら、もっと気を使ってほしいんだけど。トリズが何もしてくれねぇから、仕方なく近所のマダムから貰ったんだよ」
「近所のマダム」
「そう。潜入した翌日の朝かな、パジャマで外を掃除してたら声かけられて。服がなくて困ってるんですーって愚痴ったらさ、息子のお下がりでよければって」
「ヨカッタネ」
どう見ても仕立ての良い新品の服じゃないか。近所のマダムから服を貢がせるとは、さすがだ。
「まぁ、いっか。たまには後輩に奢ってあげる。好きなもの頼みなよ~」
トリズはニコニコ笑って、メニューを差し出してくれた。やたら機嫌が良い。
「さんきゅー。なんかイイコトあったんだろ? デュールも呼んどいた」
「お、さっすがクロル。仕事が早いね~」
クロルの注文した苺パフェが到着したところで、なぜかチョコレートパフェを片手に、相棒デュールが登場。騎士団の超希少種、潜入騎士がそろって作戦会議開始だ。
ちなみに、店員が女性だったおかげで、クロルには超特大の苺パフェが運ばれてきた。しかも、ショートケーキのサービス付き。
デュールのチョコパフェの大きさをよく見てみるといい。三倍は違うじゃないか、悲しいことだ。
「で? イイコトってなに?」
「これ~」
トリズは内ポケットから何かを取り出し、テーブルの上にコトリと置いた。それは大粒のエメラルドだった。クロルは、きょとん。
「なに? ドジ彼女との婚約指輪の話? うーん、エメラルドかぁ。無難にダイヤモンドにしとけって」
「そんなことで呼び出すわけないでしょ! よく見てよ」
すると、上品にパフェを食べていたデュールが、「これ、盗品じゃないか?」と眼鏡を上げた。
「盗品って……ソワールの? 潜入初日の真夜中に盗んだっていう、大粒エメラルド……?」
瞬間、三人の視線がバチっとぶつかった。一気にヒートアップだ。
「まじ!?」
「これはビッグニュース。テンションが上がってパフェが溶けそうだ」
「トリズ! これいつ!? どこにあったんだよ?」
「気付いたのは今朝。どこにあったと思う~?」
もう楽しくて仕方がない騎士たちは、はいはい!と挙手でクイズに参戦。
「はい、デュールくん」
「容疑者二人のどちらかの部屋だろう?」
「ブッブー!」
「え、レイの部屋じゃねぇの?」
「正解は、僕の部屋のクローゼットにおいてあったジャケットの内ポケットでした~」
沈黙。クッソ気まずい空気が、カフェの個室を包み込む。クロルは「あ、じゃあ……」と言いながらスッと立ち上がり、トリズの腕を掴んだ。
「五月一日、十時五十分。トリズ・モントル、窃盗容疑で捕縛する」
「あのね、そんなわけないでしょ」
「え、自供じゃねぇの?」
「ちがいます。やってたら全力で逃げ切るよ~」
「逃げるのかよ」
そこで、デュールが「身代わりか」と確信をつく。
「だね。僕が騎士だって知らずに、やっちゃったよね~」
「あのメンバーの中で、トリズに罪をかぶせるか?」
クロル的解釈の宿屋メンバーは以下だ。
・記憶喪失を装った超美形の潜入騎士
・十三歳サバ読みの剛力潜入騎士
・女の子を斡旋してくる女装男
・うっかりがすぎるぼんやり天然女
・上記の四人を雇い入れているおじいちゃんマスター
羅列してみると濃い、濃すぎる。たぶんマスターがぶっちぎりでやばい。
「あのね、それは僕の正体を知ってるからでしょ? 客観視してみなよ。あの中だと、僕が最弱」
「最弱のトリズ」
ちょっと笑えるワード。
「そう。十六歳の僕は、ことなかれ主義の弱腰貴族。貴族相手だと誤認なんてことは許されないでしょ? 時間稼ぎには好都合なんじゃないかな。なかなか良い人選だよ~」
「なるほどな。であれば、逃亡するための時間稼ぎというわけか」
デュールは腹落ちしたように頷いていた。そこでクロルは「ん?」と首を傾げる。
「待って、一度整理していい? 俺は、現在三つの容疑を調査してるわけだけど」
「三つ? それ、どういう意味?」
そう言えば、こうやって第五の三人がそろうのは初めてのことだ。なかなか出来ない情報共有をするチャンス。
「一つ目、苺髪のレヴェイユへの容疑。二つ目、金髪のレイへの容疑」
「で、三つ目は? ぶふっ、まさかのマスター?」
お忘れかもしれないが、一応容疑者リストにはマスターも入っている。トリズが担当だったはずだが、半笑いじゃないか。仕事しろ。
「ちげぇわ。三つ目は、そもそもソワールは宿屋にいないという容疑。フェイク情報だったってこと」
すると、トリズは半笑いをスッと消して、いぶかしげな笑みを浮かべた。
「……なにそれ? それはないよ。ソワールは宿屋にいる、絶対にね」
「なぜ断言できる? 宿屋特定に至った『ソワールのデータ』とやらを持ってきた騎士のことを知っているそうだな? なぜ公にされていない?」
デュールが矢継ぎ早に問えば、トリズは悩む素振りを見せながら続ける。
「内緒にしてたけど、データを持ってきたのは僕だよ。フェイク情報なんて流すわけないでしょ」
「トリズが? なんで内緒にしてたんだよ?」
トリズは「あはは~」と笑って、バツが悪そうにした。
「こうなっちゃったら、仕方ないね。バカみたいな話なんだけど、洗いざらい話すから聞いてくれる?」
バカみたいな話とはなんだろうか。トリズは、経緯という名の愚痴をこぼし始める。頬杖をついて、だらりんと。
「実はさ~、僕の恋人の趣味が特殊で」
急に始まった恋バナ。クロルとデュールはきょとん顔。
「うん? 趣味?」
「そう。お恥ずかしながら、ソワールが趣味なんだ」
「は?」
「だからね、ソワールの大ファンなんだよ。もう超マニアックな大ファン!」
「泥棒なのに?」
「そう。少なからずいるんだよ~。知らない? ソワールショップとかいって、グランド商会が経営してたりするの」
「知らねー。理解不能なんだけど」
トリズは「あはは、同感~」と苦笑い。
「でね、普段から新聞記事とか集めたり、何やらノートに書いてるな~と思ってて、こっそり見てみたらびっくり。騎士団が把握してない目撃証言とか出没スポットとかメモしてあったんだよね~。マニアックなネットワークがあるらしくて」
「すげぇな」
「もうストーカーレベル。本当やんなっちゃうよ~」
きゅるんきゅるんの頬をむくれさせるトリズ。
「そのノートを百冊くらいかな? うちの情報解析が得意なメンバーと秘密裏に全部解析してみたんだ。そしたら、なんと住処が割れちゃいました~」
「え、それまじ!? そんなバカみたいなことある!?」
快楽眼鏡のデュールは腹を抱えていたし、クロルもちょっと笑った。
「ね、バカみたいな話でしょ。さすがに僕も爆笑したよね。本当にありえない~。でも、それが事実」
「ファンってすげぇな」
長年、ミステリアスな泥棒を貫いていたからこそ、それを暴きたくなるファンが現れたのだろう。
「こんなこと公にできないでしょ? だから、内緒にしてたってわけです」
「褒賞ものの働きなのに、もったいねぇなーって思ってたけど、そういうことだったのか」
すると、トリズが「そうなんだよ~!」と身を乗り出す。
「それでさ、クソ親父に『これでソワールを捕縛したら、僕たちは褒賞がもらえるはずだった。公にはしないから、個人的な褒賞として婚姻を許可しろ』って、約束を取り付けたってわけ。盗賊団サブリエの征討も追加されたのは、誤算だったけどね~」
「なるほど。クロルから聞いたときは突拍子もない賭けだと思ったが、そもそも発端がソワールだったのか」
「そういうこと~」
ぺらぺらと楽しそうに話すトリズ。クロルは『んん?』と首をひねる。
「待て待て。ソワール任務のこと、ドジ彼女は知ってんの?」
「え? 知るわけないじゃん。そもそも、僕が騎士って知らないし」
「まじか」
「当然でしょ。『配偶者以外に潜入騎士であることを自ら告知することは禁止。違反した場合は騎士団を除籍とする』規則で決まってるでしょ~?」
「サラリと規則出してくるけど、ドジ彼女ともめないようにな……?」
「だいじょぶだよ、あはは~♪」
トリズは笑っているが、彼女に黙ってソワールを捕縛して大丈夫だろうか。後が怖い。
「とにかく、付近一帯、スクリーニングかけて実調査したり、超頑張ったんだからね? こうやってエメラルドも出てきたわけだし、絶対に宿屋にソワールはいる。間違いないよ」
そこでデュールが「間違いがあったとしたら?」と言う。彼はブロンから『ソワールが宿屋にいるという情報源が怪しい』と言われている。疑うのも無理はない。
「トリズの恋人とやら、身元は調査しているのか?」
「……なにそれ?」
「トリズが騎士だと知って近づいたかも知れない。エメラルドも罠では?」
「それさ~、まさかとは思うけど、この僕に言ってる?」
「そのまさかだ」
「眼鏡野郎から色ボケって言われた気がする~」
「察しが良くて何よりだ」
クロルは内心で『はーーーぁ』とため息をついた。
「はいはい、そこまで。ったく、これだから第五が集まるとピリるんだよ」
ピリる。ピリピリしちゃって即殴り合いになるということだ。潜入騎士は、みーんなサド気質。ぼんやり天然女かうっかりドジ女に弱くて、喧嘩が強くて喧嘩っ早いのだ。
「とは言え、デュールの質問には答えておけば?」
クロルが軽くうながすと、トリズは重く答える。右手を握り、その拳を胸章の代わりに心臓に当て、騎士の最敬礼を取った。
「宣誓する。僕の恋人はソワールとは無関係だよ。調査はしてある。アリバイも完璧。これでいい?」
さて、これは重要なポイントだ。
潜入騎士は他人を欺くことが仕事だが、簡単に嘘をついているわけではない。
彼らは基本的に単独行動だ。よって、やりようによっては不正がまかり通ってしまう。そこで、不正を防ぐために、潜入騎士は国と契約を結んでいる。
その契約とは、証拠の捏造や偽証をしたり、あるいは任務に関係ない罪を犯した場合に、すぐさま処刑されるというものだ。すなわち、正義に反した瞬間に、問答無用で国に殺されるということ。
実例をあげれば、容疑者に恋をしてしまい、かばうために虚偽の証言をしてしまったり、潜入中に儲けたお金を使い込んでしまったり。そんなの即打ち首だ。
そして、その契約により、彼らには一つ大きな権利が付与される。罪を犯したとしても、潜入中であれば免除される権利だ。
例えば窃盗団に潜入し、実際に窃盗をしたとしても罪として裁かれない。そういうことだ。
彼らは特別な人間なのだ。人を騙そうが、他人の家に侵入しようが、金を奪おうが、女をもてあそぼうが、果ては命を奪おうが。それが正義のためだと真に誓えるのであれば、神にも許される。そんな唯一の存在が、彼らだ。
さて、話を戻そう。トリズの宣誓は、命をかけたものだということだ。
「トリズ。その宣誓、深く受け止める。すまなかった」
デュールも、同じく騎士の最敬礼で答える。はい、潜入騎士式の仲直り完了。
「本音を言えば、別に疑ってはいなかった。『ソワールが宿屋にいない』という情報をくれた人間がいて、確実な宣誓を聞いておきたかった」
「ふ~ん? 情報屋?」
「……そうだ」
「へ~? まぁ、今回は見逃してあげる。その情報屋さん、僕にも貸してね?」
貸しが一つ出来てしまったデュールは、「ははは」と笑っていた。
「それにしたって、ブロンくんにしては珍しい誤情報じゃね?」
クロルが何の気なしに言うと、デュールはニコリと笑って「本当に珍しい」と一言。幼なじみの間に亀裂が入った気がするが、気のせいだろう。
「ブロンのことはこっちで調べておく。さて、こうしてエメラルドが出てきたのであれば、宿屋にソワールがいることは確定だな」
そこで、トリズは身を乗り出して、期待の眼差しをクロルに向けてきた。
長すぎたので、前後半にぶった切りしました。




