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15話 手と心を繋いで


 引き続き、潜入四日目。


 朝食後、パパッと家事を終えて朝九時前。初デート記念日は太陽の日差しが眩しいほどに天気が良かった。デートの待ち合わせは近所の時計店。早く到着したクロルはショーウィンドウを見ていた。


 ガラス越しにチクタクチクタク、時計は進む。


 時計職人だった祖父は、いつも何かしら時計をいじりながらお喋りをしていた。

 クロルは根っからのじいちゃんっ子なわけだが、それもそのはず、六歳のときに両親と死別してから十八歳までの十二年間、クロルは祖父に育てられている。


 時計の音は、祖父との思い出の音。軽薄なじいさんだったけれど、朗らかで優しくて誰とも壁を作らないのに、理不尽で頑固。クロルは祖父のことが大好きだった。



 

「クロル~」


 少し離れたところから聞こえるおっとりボイス。クロルが視線を渡せば、そこには。


 ―― あ、ショートケーキ……


 クロルは路地裏での出会いを思い出して、ついつい笑ってしまった。


「レーヴェ、可愛いワンピースだね。わざわざ着替えて来てくれたんだ?」


 今朝は紺色のワンピース姿でフレンチトーストを作っていたレヴェイユであるが、今は白いレース素材のワンピースを着ていた。肩にかけた淡いベージュのストールが風を拾って、ふわりと揺れていた。


「うん、あれは仕事着なの」

「ふーん? すごく似合ってる、可愛いよ」


 『本当はデートだから着替えたんじゃないの?』と意味を込めてニヤリと笑ってみると、彼女もマネをしてニヤリと笑い返してくる。

 さらに、その場でくるりと一回転。『オシャレしたのバレちゃったかしら?』、イタズラにスカートの裾が広がる。クロルはちょっとツボった。


「ははっ! そういうとこすっげぇ好きかも」

「クロルのツボを押せてる?」

「うん、ごり押し。俺も負けてらんないな」


 クロルはくすくす笑いながら、レヴェイユの頬に軽く触れた。彼女の肩が軽く跳ねたので、ちょっと愉悦。


「今日はレーヴェの色んな表情を引き出してみせるから、覚悟して」

「その引き出し、空っぽかも?」

「じゃあ詰め込み放題じゃん」

「物は言いよう~」


 これからぎゅうぎゅうに詰め込み合う二人は、赤と茶色が混じったレンガ道を歩き出す。


「……ところでさ、レーヴェに言っておくことがあるんだけどさ」

「なぁに?」

「俺、金がないんだよね」


 ぴゅーっと強い風が吹いた。


 さて、思い出して頂きたい。とってもナチュラルに生活しているが、クロルは記憶喪失という設定上、無一文で投げ出されているのだ。特殊任務、無一文で女を落とせ。顔が良くてもハードモード。


 すると、強い風を受けたレヴェイユは、何やら鞄をごそごそ。迷わない手でスッと財布を取り出して、クロルに丸ごと手渡した。


「どうぞお納めを」

「納めてたまるか」

「え? スマートなカツアゲじゃないの?」

「さすがにそこまで最低な男じゃねぇよ。金が掛からないデートでもいいかってこと」

「あ、そういうことね~。じゃあ、ランチはそこらへんのお店から貰いましょ、ふふっ」

「物乞いランチ? 悲惨だな」


 ふんわりのんびりな返答に、クロルはまたもやずっこけそうになった。


「でも、そもそもにデートって何をするのかしら? こういうの疎くてわからないの」

「あー……」


 面倒なことを色々とすっ飛ばし、瞬殺でデートの最終形態に持ち込むのが大得意なクロルなわけだが、目の前にいる推定生娘にそれをやっちゃあマズいだろう。


「……まぁ、こうやって男女で歩けば、それ即ちデートじゃん?」

「ふむふむ、これがデートなのね!」


 ―― まじで初デートか。へー、ふーん?


 処女ということは推定していたが、まさかの初デート。初デートならば、男女の勝手は知らぬことだろう。こちらのペースでいけるな、なんて卑しいことしか考えていないプロクズのクロル。前方のカップルを指差して、もう少し踏み込んでみることにした。


「あとは、あんな感じで腰を引き寄せてピッタリとして歩くとデート感が増す。やってみるか?」


 目の前を歩く熱烈カップルは男性が女性の腰あたりに手を添え、女性は応えるように腕を絡めてとにかく身体をピタリと重ねて歩いていた。二人三脚スタイルだ。


「わ~、初心者にはハードスタイルね」


 レヴェイユは口先を尖らせていた。


「ははっ、だろうね。じゃあ手を繋ぐのと腕を組むの、どっちがいい?」

「え」

「どっち? 手? 腕?」

「え」

「五秒で答えられなかったら、ハードスタイルで歩く。五、四、三、」


 美形から繰り出される、ドアインザフェイス(無理目の提案をする)からのダブルバインド(二択で迫る)。心理攻撃の連打だ。


「え、え、手、腕、……手で!」


 クロルの心理攻撃に、レヴェイユは目を右に左に動かしながら迷う。五秒ギリギリで温かい手を差し出してくれた。


「おっけー」


 クロルは小さく笑って、彼女の手をギュッと握った。


「恋人っぽくていいじゃん。今日は一日、これでいこう」


 攻撃の手はゆるめない。繋いだレヴェイユの手の甲にチュッと軽くキスをする。彼女はビクンと肩を跳ね上げ、こくんと頷いてくれた。肩の反応から幸先の良さを感じ取りつつ、クロルは思った。


 ―― 意外とゴツゴツ? しっかりした手だなー


 失礼な男と思うことなかれ、これは潜入騎士の仕事だ。手には様々な情報が詰まっているのだから。

 騎士の手には剣だこが、貴族の手には気品と怠惰が、犯罪者の手には消えない汚れが。手は、その人の人生を表す情報源。

 

 レヴェイユの手は温かくて触り心地は良いものの、柔らかい女性らしい手とは言えなかった。畑仕事や宿の仕事に就いているわけだから、貴族令嬢のような柔らかく白魚のような手を維持できるわけもない。指先は細く長く、細かい作業でも難なくこなせそうだ。


 せっかくのデートだ。クロルは手だけでなく様々なことを観察していた。


 観察すればするほど、クロルは不思議に思った。レヴェイユには品がある。仕草や所作も美しく、貴族令嬢と言ってもまかり通るレベルだった。彼女の両親は他界していて、孤児院に入っていたはず。はてさて、育ての親が貴族なのだろうか。


 手はゴツゴツしているが、肌自体は質感も良く、髪も艶のあるふわふわ感。女の子が手入れナシにこの状態であるわけもない。ちゃんと手入れをしているのだろうが、それにしては謎に化粧が薄い。


 服装を観察すれば、彼女のワンピースは案外仕立てが良い。宿屋の給与だけで賄えるとは思えないが、育ての親からの支援でもあるのだろうか。

 ……そもそも、あの宿屋から給与は出ているのだろうか。客もいないし金もなさそうだが。そのうち潰れるんじゃないか? 余計なお世話だ。


「なあ、聞いていい?」

「はぁい、どーぞ」

「レーヴェって両親はいるの?」

「両親? ううん、両親は幼い頃に死んだわ」

「……そうなんだ。何歳のとき?」

「六歳のときかな」


 クロルは『同じだ』と思った。


「どうして亡くなったんだ?」

「母は病気で。父親は、馬車の事故で」

「馬車の、事故……」


 言葉がすぐに出てこなかった。全く同じ境遇だったからだ。


「クロル? どうかした?」

「ううん、ごめん。……他に家族は?」

「一応、弟がいたけど……弟と呼べるかどうか」


 彼女の弟は、幼い頃に亡くなっていると記録にあった。ほとんど覚えてないのだろう。彼女は首を傾げて思い出すようにしていた。


「じゃあ、誰に育てられたんだ?」

「ある日突然ね、拾ってくれたの。それが私の、とっても素敵な『お母さん』」

「あぁ、なんかわかる。レーヴェは所作がキレイだよな。育ての母親が教えてくれたんだ?」

「どうかしら。所作は分からないけど、でも指先まで気を使いなさいとか姿勢を正しくとか、とっても厳しかったわ」

「良いお母さんだね」

「うん、大好きだった。でも、その母も六年前に亡くなったわ」

「……六年前」


 クロルが天涯孤独になったのも、祖父が死んだ六年前。重なる境遇に、少し鳥肌が立った。


 彼女は茶色の瞳を少し俯いて、家族との思い出を懐かしむように小さく笑っていた。

 彼女の話は戸籍情報と完全一致。であれば、ツラい過去を初デートで根ほり葉ほり聞くわけにもいかない。クロルはふわりと話題を変えた。


「なあ、喉渇かない? あそこでジュース飲もう。奢るから」

「え、じゅーす!? ……いえ。現在、私の喉は全く渇いてはいません。現段階では、まだ潤いがあります」

「突然の固い回答」


 翻訳機みたいな回答が返ってきた。金無し男に気を使っているのだろう。


「微妙な優しさをアリガトウ。いやー実はさ、先日買い出しに行ったとき(店員が女だったから)大量におまけしてもらっちゃって。浮いた仕入れ代の十ルドをマスターじいちゃんがくれたんだよ」

「素敵。顔で稼いだ十ルドね~。尊いわぁ」

「言い方な」


 ちなみに十ルドあれば豪華なフレッシュジュースが二杯飲めて、おつりが返ってこないくらいだ。


「これが俺の全財産。ジュースだけしか奢れない。どうか受け取ってほしい」


 繋いでいた手をぎゅっと握って言うと、レヴェイユは真剣な顔付きでこくりと頷いてくれた。

 そのまま手を繋いで店に並び、五ルドのイチゴのフレッシュジュースを二つ購入。クロルは甘い物が好きなのだ。


「あ、結構美味しいじゃん」

「いただきます。あ、これはこれは……とても重厚な味わいね~」

「濃厚な」

「クロルが頑張って稼いだ重みがよく効いてる」 

「イヤなスパイスだな……」

「ふふっ、とっても美味しい。ありがとうね」

「いえいえ。この後のことは考えてねぇけどな。ははは」


 このままだと本当にランチは物乞いをすることになりそう……と思う気持ちもなくはないが、後回しに出来ることは全力後回し。全てを忘れて楽しませる、それがクロル・ロージュのデートだ。


 そうして店先のベンチでジュースを飲みながら話をしたり、同じイチゴ味なのにお互いのジュースを交換してイチャイチャしてみたり、ぼんやりと道行く人々を眺めてみたりする。

 やっぱりレヴェイユの空気感はとても心地良く、クロルは仕事中にも関わらずついついゆったりとしてしまう。


 しかし、この二人がそろっていてゆったりデートで終わるわけもない。事件が発生したのは、クロルがイチゴジュースを半分ほど飲んだところだった。


 街歩きをしている人の中で、気になる男を目で捕らえてしまったのだ。きっと騎士の感性なのだろう、その人物をなんとなく視線だけで追いかける。

 すると、その黒い服を着た男がワザとらしく人にぶつかった。


「あ」


 ―― あいつ、財布をスった


 ぬくぬくとした春の日デートは、スリリングなデートに変わるのだった。





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マシュマロ

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