13話 待ち合わせはいつも食料庫
そうして、ブロンから情報を得たデュールは、再び宿屋『時の輪転』を訪れた。
クロルとの待ち合わせ時間、真夜中の三時少し前。デュールが食料庫の裏手奥にスタンバイをしていると、クロルは三時ピッタリにやってきた。
「クロル、首尾は?」
挨拶も無く、落ち合ってすぐに本題に入る。
「潜入成功。ターゲットの二人にもそれぞれ接触した。これ、鍵の複製よろしく」
クロルから鍵型を渡され、「了解」と返事をする。
「それで、ターゲットは?」
「年齢は二十三歳と十九歳。肌年齢と一致してるからサバ読み無しと判断。っつーか、やっぱソワールって不老不死?」
「さあな。カラクリがあるんだろう」
肌年齢が判断できる男。さすがプロだ、とても気持ち悪い。
「あ、そうそう、先にトリズが潜っててさー」
「トリズが? あぁ、マスター担当か」
「そゆこと。十六歳で潜ってた。違和感なさすぎて笑う。化け物だな、ありゃすげぇわ」
デュールは、先ほど情報屋ブロンから聞いた『十六歳の伯爵家遠縁』がトリズであるとすぐに思い至った。そして、不思議に思う。
「そこにトリズを配置する意図が不明瞭だ。マスター担当というより、クロルのフォローで任務に就いたということか?」
「あぁ、そっか。デュールは知らないんだっけ」
「申せ」
「偉そうだな」
クロルはトリズとのやり取りを話した。クロルにソワール任務が下りるように根回しをしてくれたのはトリズであること。トリズが提示した交換条件は、二大泥棒の捕縛を手伝うこと。それが成立すれば、トリズはドジ彼女と結婚できること。かくかくしかじか。
「待て待て。婚姻のためだけに、国を騒がす二大泥棒を捕縛すると?」
「ははっ、それな! すげぇ大きな賭けだよなー」
「突拍子もない。どういう流れでそんな賭けの内容になったのか。大きすぎて笑える」
政略結婚上等、貴族出身のデュールはかなり笑った。
「でさー、トリズの見立てでは、苺髪がソワールだって」
「苺? 赤髪のことか?」
「そう。イチゴみたいな可愛い色の髪だから苺髪って呼んでんの。でも、俺は金髪がソワールだと思ってる。まぁ、苺ちゃんと共犯って可能性もなくはないけど、二十年間ずっとソワールは単独犯だろ? やっぱ金髪かなぁ」
「そうか。大変愉快なことに、俺が掴んだ情報によると宿屋にソワールはいない。情報はフェイクだと」
「はぁ?」
潜入騎士のプロが三者三様、こんなにバラバラなことがあるだろうか。
「なんだよ、めんどくせぇなー。デュールの情報はどこから?」
「情報屋だ」
「いつものブロンくん?」
「そうだ。信頼たる情報屋なんだが……」
これまでの実績から、ブロンの情報を軽く扱うこともできない。
「そもそも、宿屋を特定するに至った『ソワールのデータ』とやらを持ってきた騎士は誰だ? クロルは知っているか?」
「んー、知らない」
「これで捕縛できたなら褒章相当の働きだろう。なぜ公にされていない?」
何か事情があるのか。ソワール側の内通者なのか。
「あー、そういえば、トリズはデータを持ってきた騎士のこと知ってる風だったな」
「トリズが?」
「たぶん。軽く聞いてみたら、『知らぬが仏、詮索無用~』って言われた。任務中だし、あんまり話せないからスルーしたけど」
トリズの声真似がやたら似ている。
「トリズか……」
「どーする? 詮索してみる?」
「……いや、詮索するならば、詮索されるだろう。情報屋ブロンのことはなるべく広めたくはない。どのみち、まだ潜入して日が浅いしな。トップダウンの肝いり任務を『フェイク情報だった』と決定付けるには浅すぎる。調査を進めよう」
デュールがそう言うと、クロルも同意をする。
「俺はいつも通り、深くまで潜る」
「そうしてくれ。で、誰からクロる?」
クロルは「あー……」と言いながら、視線を落とす。その視線の先には欠けた薪が落ちていた。
「苺ちゃん一択」
「その心は?」
「ちょろ子だから~♪」
語尾の音符はクズの音色。この男、簡単に恋に落とすくせに一度として恋に落ちたことはないのだから、一体どんな人生を歩んできたのだろうか。
「ほう? 金髪女は難しそうなのか?」
「難しいっつーか、あいつは落とせない」
こんなことをクロルが言うのは初めてのことだった。デュールは驚きすぎて、うっかり「はぁ!?」と大きめの声を出してしまった。
「声でけぇよ」
「どどどうした!? どこでも誰でもヤれる最低男と名高いクロル・ロージュはどこへいった?」
「え、俺の名ってそんな低さなの? 傷つくんだけど」
「お前、クロルの偽物か?」
「こんな美形が他にいるわけねぇだろ」
「その物言い、本物だな」
「本物だ」
「何がどうしてそうなった? 金髪女は何者だ?」
「いや、まだ証拠はないんだけどさぁ」
「不確定情報ということだな。よし、聞こう」
クロルは一拍おいてから、口を開いた。
「金髪は、男だと思う」
「は?」
「男だと思う」
「はぁ?」
「すっげぇ普通に女だし、王女オーラまとった超美人。でも、俺に一切合切興味がない。ありえない」
「非常に腹立たしいが、確かに有り得ない」
「だろ? それに雰囲気に艶がないんだよなぁ。アイツが女の仕草をするとゾワゾワ~って、鳥肌立つんだよ」
「艶?」
「ほら、女特有の気配みたいな? 具体的に言えば身体のパーツの比率とか声の波動とか関節の使い方とかさ、あるじゃん? わかるじゃん?」
「わからん」
「まじか」
「それで男だと判断したのか?」
「正直、自信ある」
夜中の三時にピースサインでウインクを決める美形男。不思議なことに、月明かりがスポットライトの役割を進んで引き受けていた。憎らしいほどに格好良い。
デュールは思った。「なるほど……その発想はなかった。さすがクロル・ロージュだ。洞察力も勘の働き方も異常。しかし、どうにも尊敬はできない。艶とはなんだ? 見ている世界が違いすぎるし、本人には言えないがとても気持ちが悪い」
「おい、心の声が口から出てるぞ?」
「驚きすぎて、黙ってなどいられなかった。女装男か……なるほど、それでクロルは金髪がソワールだと思ったのか」
「そう。だって男ってことは、」
そこでクロルがピタリ止まった。そして、何かを考えるように口元に手を当てる。「あ……レーヴェに手を出すなって、そゆこと?」とかブツブツ言い出す。
「どうした、クロル?」
「いや、何でもない。どういう事情があるかわかんねぇけど、特殊な事情がなければ女装しないだろ。性的対象はストレートっぽいし。ただの女装趣味かなーとも思ったんだけど、それにしては深みがなかった。だからソワール的な事情なのかなって」
「深み」
趣味に深みは大事だ。
「ただ女装だけで捕縛ってわけにもいかねぇし。でも、この潜入方法じゃ無理だろ?」
レイが男かどうかの確証を得るためには服をひんむかなければならない。これが女相手であれば、服はスルリと脱いでくれるが、男相手となるとクロルの手腕は使えない。
捕縛にしろ服をひんむくにしろ、相手に一歩踏み込むならばクロルが潜入騎士だということも同時にバレるかもしれない。もし金髪の女……じゃなくて金髪の男?がソワールでなかった場合は、本物を取り逃がしてしまう。
「だから、金髪は後回しにして、苺ちゃんの調査からぱぱっと片付けたいってわけ。もう好かれてるけど、頑張れば明日には完全に落とせるかなー」
「……好かれていることと、落とすことは同義では?」
「プロから言うと、二つは同義ではない。違うんだなぁこれが」
「そうか、わからん。クロルはいつも仕事が丁寧で早くて本当に最低だということだけは理解できた」
「俺はいつも仕事が丁寧で進捗が良いにも関わらず、最低だと罵られる理不尽と戦いながら頑張ってる。まじで労れ」
デュールはヘラッと笑ってサムズアップで労った。クロルの泣き黒子がイラッと下がっていた。
「よし。赤髪からクロるということで、頼んだぞ」
「はいはい、苺髪ね」
「それと、先程騎士団本部から入ったばかりの情報だが、」
「うん?」
「日付を越えたからもう一昨日か。一昨日の明け方、ソワールが盗みを働いたらしい」
「は!? 一昨日? 何時?」
「犯行時刻は三時頃だ。怪しい動きの人間は?」
「いなかった……っつーか、ぶっ倒れた日だったってのもあるけど……全然気付かなかった。たぶんトリズも気付いてない」
なんなら、犯行の数時間後にはトリズと食料庫で恋バナをしていたくらいゆるゆるだった。なんたる失態!
「まじか……潜入騎士が二人もいたのに? やばくね? 俺、鳥肌立ってんだけど」
「さすがはソワール、といったところか。あるいはブロンの言うとおり宿屋にはいないのか」
クロルは鳥肌が止まらないのだろう。腕を擦ったまま呟いた。
「……俺、ソワールを見たい」
「窃盗現場を見てみたいということか?」
「いや、逃走現場でも何でもいい。対峙するわけじゃない。バレないようにこっそり見るだけ」
「その心は?」
「わかんねぇ。だけど、見ておかないと見抜けない気がする。……いや、見れば分かるって感じかな。容疑者と距離をつめておけば、サイズ感とか仕草とか……ソワールと比較できるかも。んー、まぁ、要するにただの勘」
「勘」
女に関して、クロルの勘はよく当たる。
「分かった。かなり難しいかもしれないが方法を考えておく。とりあえずは、赤髪の女……じゃなくて」
「苺」
「そいつを探れ」
「了解」
クロルとデュールは、一つ視線を合わせ、挨拶もなしに同時にその場を後にした。