あとがき
あとがきです。
◇◇◇
騎士と泥棒の恋愛劇、いかがでしたでしょうか。
ここで、一つだけ補足を。
クロルは嘘をつくときに前髪を触るという癖があります。よって、前髪を触った直後の「」内の発言には、嘘や演技が含まれます。第一話の冒頭から前髪かきあげてますし、あからさまだったので、気付いた方もいらっしゃるかな?
逆に言うと、セリフの直前に『前髪』という単語が書かれていなければ、全部本音ということになります。クロルが演技にかこつけて、どんなデレデレ発言していたかを読み返したい方へのオススメは、46話、62話とかかな……?
さて。今回、登場人物の名前は、時計に関するフランス語句をもじって名付けました。
まずは主人公、クロル・ロージュ。
彼の名前は、フランス語のhorloge(大時計)の音韻から取っています。
一見すると、くるくるとその場を輪転しているだけなのに、実は少しずつ進んでいるという時計の動きが、クロルの生き様に似ているなと思ったことがきっかけです。
ですが、名前の由来は、別の意味を持たせています。
『クロル』は、這うようにゆっくりと進むという意味を持つCrawlを由来としました。美形なので、あえて少し泥くさい?単語を選びました。『ロージュ』は、赤という意味を持つRougeから取りました。(実際の発音は異なりますが、あくまで由来です)
よって、クロルの名前は『運命の赤に向かって、時計のようにゆっくり進む』というイメージです。
この小説内で赤と言えば、大きく二人。
一人は赤い瞳を持つグランド。『どんな手を使ってでも、じりじり追い詰めてやるから、首を洗って待ってろよ?』みたいな強気の意味を込めました。
そして、もう一人は、赤髪のレヴェイユ。『格好悪くても這ってでも、必ず愛してると言ってみせるから。どうか待っててね』というヘタレな意味を込めました。
本当に、焦れったいくらいにゆっくりと変化していく彼の心情。それを無事に彼女の元に届けることが出来てホッとしました。もうどうでもいいから早く付き合えや!と何度思ったことか。
次は、ヒロインの名前について。これはそのままです。
レヴェイユ=目覚め。レイン=雨と手綱。
クロルにとって『雨』は呪いみたいなもので、それを跳ねのけたり、意図的に避けるのではなく、しっかりと受け入れて自分の一部として取り込めるかどうかという点を書きたくて、彼女にはレイン姓を背負ってもらいました。
クロルが最終的にレヴェイユを受け入れたなら、彼女はレヴェイユ・レインからレヴェイユ・ロージュに変化する。
そのとき、クロルの雨(Rain)という呪いが解けて、彼女の手綱(Rein)が解けて、大好きな赤(Rouge)で毎朝目を覚ますような、そんな幸せが待っている。そういうテーマで、彼ら二人の恋愛を書きました。
まさに愛も様々。お互いに共感し合えるような素直な関係ではなく、全く共感し合えない二人でありながらも、互いを求めて知り尽くし、時にぶち抜き合う。そんな二人であり続けて欲しいなと思います。二人に幸あれ!
あと、同じような雰囲気の小説で、ガチ詐欺師も書いてます。クロルとレヴェイユを足して二で割ったような主人公カップルです。こちらも完結済み。ご興味ある方は、ぜひ。
【「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」】
https://ncode.syosetu.com/n5798hq/
何にせよ、またお会いできたらうれしいです。次は、もっとライトな恋愛を書きたいです、たぶん。
ブクマ、☆のポイント、いいねをくださった方。もうね、本当に嬉しかったです。軽率に好きになりそうです。顔も知らない私などのために、そのひと手間を頂けるなんて、奇跡だなぁといつも思ってます。
最後に。あとがきまで読んでくれた優しすぎる貴方様のために、感謝のSSを置いておきます。ありがとうだけじゃ伝えきれないので、押しつけがましく物で返します! お時間あるときにどうぞ~。
◇◇◇
最終話から、数年後……。
レヴェイユが部屋の大掃除をしていると、なにやら古ぼけた箱を発見する。破損してしまった蝶番の部分を直した形跡があった。
「何かしら……どこかで見たような箱~」
泥棒は引退していても、盗人魂を発揮できちゃうプロの悪女。その箱から何かを感じ取り、じーっと見ること三秒。
「あ! これ、クロルの話に出てきた宝箱かしら?」
宝箱とは、クロルの悲しみの一年半劇場で登場した、両親の遺品が入っていた宝箱のことだ。ほら、サブリエメンバーに蹴られてヘコんで、蓋が歪んでしまった……なんとも悲しい思い出だが、その宝箱だ。
「うんうん。壊れたやつを直して使うところが、ザ・クロルってかんじね~」
ザ・クロルとはなんだろうか。
「中身は何が入ってるのかしら?」
宝箱には当然、鍵がかけられていた。レヴェイユは、針金一本、匠の技でサックリと解錠。旦那に許可をもらうことなく、パカッと開ける。さすがブレない。
そこには、やっぱり両親やオルの遺品が入っていた。まるで聖地巡礼かのようなテンションで、一つ一つを見ていく。クロルのプライバシーは、相変わらず絶命したままだった。
すると、一枚の紙が出てくる。やたら小さく折り畳まれた紙だ。
「あら? なにかしら……何だか記憶の扉が開かれそうな……あらあら?」
その紙を開いた瞬間、ぼんやりとした苺頭の記憶の扉も、ぱかー!っと開かれる。
「交換条件~!」
ちょうどそこで、玄関の扉も開かれる。なにかと開いてばかりのショートケーキハウスだ。
「クロル、クロル~!」
「ただいま。ふぁ、ねむ……うぐっ。いきなり抱きついてどうした? 肺が痛いんだけど」
帰ってきたクロルに抱きつく剛腕な妻。彼は夜勤明けで、とても眠そうだった。
「ね、ね、クロル!」
「おー、元気だな。よしよし、あとで相手してやるからな。風呂入ってくる……あ、一緒に入れる?」
一緒に入りたがる旦那。ちなみに、まだ昼前だ。
「お風呂よりも、ねぇ、交換条件のこと! すっかり忘れてたの~」
「んー? 交換条件?」
「これ! 手紙!」
ずいずいとバスルームに向かっていたクロルだが、そこでピタリと止まってくれた。
「……おまえ、勝手に開けたな?」
「うん。開けてよかった~」
「しくじった、もっと厳重に隠しておくべきだった」
こんな物的証拠、さっさと捨ててしまえばいいのに、オルの直筆の手紙を捨てられるわけもなかった。それでこそクロル。
「ね、ね、一目惚れだったの? 教えてくれる約束でしょ?」
「ははは」
「ね、おねがい?」
「あー……」
クロルの『お願い』にレヴェイユが激弱なのは周知の事実ではあるが、一方で、レヴェイユの『おねがい』にクロルも弱かったりする。
むしろ、年々弱くなっていくのだから、美形男は妻の可愛さにかなり参っていた。
特に、今は夜勤明けで、思考回路がいい感じにガバガバだった。もう少し言えば、あれから数年。彼女も細かい部分は覚えていないだろうし、もう時効かなと思う気持ちもあった。
「そうだよ。一目惚れだった」
そして、認めてしまった。
レヴェイユは大歓喜の大興奮! こんな時間差プレゼントがあるだろうか。
「~~~っ! きゃーー! すきすき! え~! きゃーー!」
「うるさ……」
眉をひそめるクロルに引きずられ、スルスルと服を脱がされ、いつの間にか二人はバスルームに入っていた。レヴェイユは、きゃーきゃー叫ぶのに忙しくて、お風呂に入っている自覚はなかったが。
ちゃぽん。
「ね、ね! 私のことタイプだったの?」
彼は諦めたように「そーそー」と軽く答える。
レヴェイユは察した。今なら何でも答えてくれそうだ。
一緒に暮らすこと数年。何かと隠しがちな彼であるが、疲れているときは素直に答えてくれることが多い。しかも、いつもより甘えた感じになるため、レヴェイユは夜勤明けのクロルが大好物だったりする。
必要悪という概念があるが、ソワールとサブリエが捕縛されてから、泥棒市場が逆に活気付くという謎の現象が起きてしまい、第三騎士団は苦労を強いられていた。そのおかげで、レヴェイユは重宝されているわけだが。
クロルの疲れ具合から、どうやら昨夜の夜勤もかなりハードな内容だったらしい。
レヴェイユはクロルに後ろから抱き込まれ、それはもうピタリとくっ付いて「レーヴェのこと好みだったんだと思う」と告げられた。頭が爆発するかと思った。
「普段の俺ならさぁ、屋根から飛び降りる場面に居合わせたからって、あんなに必死になって(若い女性を)助けたりしないんだよなぁ。あそこで身体が動いた時点で……まぁ、そういうこと」
「でも~、その割には、ちゅーとか、その先とか、全然してくれなかったような~」
「ばか。できるわけねぇだろ。任務で手を出したら……」
「したら?」
『将来的に潜入騎士って告げたとき、最低だとか言われて嫌われるかもしれないだろ。そしたら、一生立ち直れないじゃん。だから必死に我慢したんだよ』なんてことは言えずに、飲み込むクロル。
「……あー、まぁ、任務が終わってから、ちゃんと恋人になって、こういうことしようって決めてたから」
そう言いながら、クロルは軽くキスをしてくれた。旦那が美形すぎて殺されそうだった。
「それに恋愛感情を自覚したのは、初デートで一泊した朝だったからなぁ。それまでは、無自覚だったというか……」
「わ、私の、どういうところを好きになってくれたのかしら?」
「んー? ショートケーキみたいなとこ」
「?」
激烈に好みが分かりにくい。
「ねぇ、他の人にも一目惚れをしたことあるの?」
「ない」
「そうなんだ~、ふふっ、うれしい~」
ここで、レヴェイユは迷った。聞くべきか、聞かざるべきか。
結婚して数年、頬が破裂してしまうかもしれないと思うと、どうしても聞けなかった。ブロンに調べてもらうこともしなかった。でも、ずーっと気になっていたのだ。
過去の、恋愛遍歴のことを……!
「クロルって……」
「んー?」
「その……」
でも、やっぱりレヴェイユは口ごもってしまった。彼のすべてを知りたいのに、聞けないのだ。相変わらず激重恋愛を突っ走っていた。
「ナンデモナイです……」
結局、聞けなかった。しゅんと枯れるように俯けば、彼は「ばーか」と笑って、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「実は、初恋だった」
「え?」
「あー、のぼせそう。もう出るぞ」
「え、え、え!? 今、なんて言ったの? はつこい? 私? え? ……あらまあ、大変。私ったら、いつの間にお風呂に入ってたのかしら」
「今? ははっ、相変わらず、ぼんやりしてるよなぁ。そういうとこが好きなんだけど」
「~~っ! 私もだいすき!」
結局、重めのキスと男女のアレで、すっぽりと抜けてしまったレヴェイユ。あの半年間の裏側をまるごと全部知ることができたのは、さらに数年後だったりする。
彼がいつまで経っても全てを明かさず、隠している理由。きっとお分かりだろう。
彼女は泥棒だからね。手に入らないものほど、欲しくなるでしょう?
もっと、ずっと、夢中でいてほしいから。
今日も、ショートケーキハウスは隠し事と愛にあふれているのだった。