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121話 クロル・ロージュの『愛してる』 last episode



 翌朝。クロルがまぶたを開けると、そこには愛しい苺色の髪があった。込み上げてくる幸せな感覚に、パッと目が覚める。


「これ、やばいな。癖になるほど、目覚めがいい」


 苺色のクッションを買おうとは思っているが、果たしてクッションごときで満足できるのだろうか。脳を揺らす甘い香りと、腕に当たるふよよんとした感触。


 クロルは、彼女の寝顔をじっと見る。


「……やっぱり、そうだよなぁ……うん、決めた」

 

 絡まった彼女の腕や足を解いてから、静かに起き上がる。変わり身の術で、大きめの枕をそっと置いておいてあげた。


 そこで枕元に置いてある目覚まし時計……オルの目覚まし時計を見ると、もう朝の十時だ。

 今日までは、二人とも第五騎士団所属。任務完了の翌日は必ず休暇がもらえるという第五ルールがあるため、今日は休日だ。


 しかし、クロルは制服に着替えて、すぐに部屋を出た。




 二時間後、昼の十二時。部屋に戻ると、ねぼすけのレヴェイユが目をこすりながら起き上がるところだった。枕が放り投げられていたから、変わり身の術がバレたらしい。


「あ、くろる~」

「起きた? おはよ、レーヴェ」


 クロルはランチのお弁当と、抱えていた大きな箱を棚の上に置いてから、レヴェイユの横に腰掛ける。


 チュッと軽くキスをして、そのままグイッとキスをして、そしてキス以上のことをほんの少しだけして、真っ昼間からまじでデレッデレのいっちゃいちゃ。


 結局、十三時すぎ。二人は遅めのランチを部屋で食べた後に、ようやく本題に入る。


「コホン。本題だ。さっき盗品を受け取りに行ってきた」

「盗品?」

「レーヴェが見つけてくれた、じいちゃんの時計」


 大きな箱をパカッと開ければ、そこにはレヴェイユが命がけで盗み返したオルの時計が綺麗に並んでいた。


「わぁ、無事だったのね~」

「うん、本当に感謝してる。これをレーヴェに渡したくて」


 クロルは箱の中から、時計を一つ取り出した。


「じいちゃんが約束してた、苺色の目覚まし時計」

「え? これ……」


 レヴェイユはそれを受け取り、パッと後ろを振り向く。二つの目覚まし時計を見比べて、そっと隣に並べてみる。


「クロルのと、同じ……」


 それは、クロルが小さい頃から毎日使ってきたオルの目覚まし時計と全く同じデザイン。茶色と苺色の色違いだった。


「な? 俺も見てすぐ分かった。じいちゃんは、これをレーヴェに渡したかったんだなって。本当、じいちゃんっぽいイタズラだよなー」

「……ねぇ、これ動くのかしら? 使ってみたい!」


 レヴェイユの瞳が、キラキラと輝く。なんだか子供みたいにワクワクしているようだった。


「んー、どうだろ。外見はきれいだけど、全くメンテナンスしてないだろうし。動かすのはオーバーホールしてからだな」

「オーバーホール?」

「全部バラバラにして、隅々までメンテナンスするってこと」


 そこでクロルは、茶色の目覚まし時計を指差した。


「そうそう。半年前、この目覚まし時計をオーバーホールしてたときに、変な仕掛けがあるのに気付いて、解除してみたら『ぽろろん』って音が鳴ってさ。そこに、じいちゃんの手紙が入って……、」


 クロルはそこで話を止めて、何かを考えるように苺色の目覚まし時計を手に取った。


「……なぁ、これ……今すぐバラしてみてもいいか?」

「うん、もちろん~」


 レヴェイユの許可をもらい、クロルはデスクに目覚まし時計を置いた。制服の上着を脱いでバサッと椅子にかけ、そのまま作業を開始する。

 レヴェイユも椅子を持ってきて、クロルの美しい指先を見ていた。


 昼下がり。外は雨が降り続いていて、ザーザーという美しい雨の音色の合間に、カチャカチャと可愛らしい金属音が聞こえる。


 分解作業が進んだところで、クロルは「やっぱり」と言う。その瞬間、ぽろろんと音が鳴った。少しぎこちない音だったけど、確かに幸せの音色が響いたのだ。


「手紙が入ってる」

「え!」


 目覚まし時計の一番奥に、普通の時計にはないような謎のスペースがあって、そこがパカッと開く。中には小さく折り畳まれた紙。クロルは、それをピンセットで摘まんで取り出す。


「たぶん、レーヴェに宛てた手紙だよな?」

「見たい見たい~。謎の手紙なんて、物語の始まりみたいね。わくわくしちゃう」


 二人は、ゴクリと喉を鳴らして、手紙を開いた。


=====

真夜中の茶飲み友達へ


これを読んでいるということは、ちゃんとクロルと会えたってことだな?


約束通り、絶対に目覚める時計を渡そう。

どうだ、目が覚めるほどの美形だろう。

オルの時計店、至高の一品だ。

毎朝、しっかりと起こしてもらうように。


それに、この美形を見れば目が覚めて、もう悪いこともできなくなるだろう?

大丈夫、ちゃんと幸せになりなさい。



クロルへ


じいちゃんの勘が外れたことはない。

どうだ、好みど真ん中。会った瞬間に惚れただろ?


おそろいの目覚まし時計を並べて、毎朝『愛してる』と言い合う人生を歩め。

じいちゃんが許す!


追伸 

嘘をつくときに前髪をさわる癖、結婚前には直した方がいいぞ?


運命の二人の仲人・オルより

=====



 瞬間、クロルは手紙をパタリと閉じた。


 ―― そんな癖あったのかよ! どうりで嘘がバレると思ったら、あんのクソジジイ! っつーか、隅から隅まで余計なことしか書いてねーじゃねぇか! なにが仲人だよバカ!


 もう二度と前髪に触れないという誓いを立てながら、いそいそと片付け始める。


「ねぇ、クロル」

「あー……俺、ちょっと出掛けてくるから」


 クロルが上着を羽織ろうとすると、レヴェイユはそれをひらりと盗み、『逃がさないわよ』と腕を絡めてくる。


「前髪。確かによく触ってるなぁって思ってたのよね~。なにかあるなぁ、って。嘘つくときの癖だったのね」


 さすがソワール、鋭い。人は何かを隠すときに、必ず癖が出るものだ。グランドは、木の中には森。レヴェイユは、イントネーションがごちゃつく。まさか、クロルにも癖があったとは。


「違う。前髪なんて触らない」

「あら? 今、前髪を触ってないということは、触らないのは、ホントってこと……? あれ?」

「……ちょろすぎだろ。あのなぁ、聞いた後に触るバカはいねぇだろ」

「ぇえ!? じゃあ、わからないじゃない~、もー、オルさんったら~」


 そこはやっばり愛息子。オルは、いつまでもクロルの味方ということなのだろう。それが伝わってきて、クロルはちょっと得意気だった。

 一方、レヴェイユは頬をふくらませつつ、目をキリリとさせる。


「こうなったら、教えてくれるまで、しつこく聞くことにする~」

「げ、まじで?」

「ねぇ、私ってクロルの好みだったの? 会った瞬間に好きになってくれたってホント?」


 これまでのことを掘り返すような、そんな質問。クロルが答えられるわけもない。


 だって、『潜入騎士の愛してるには裏がある』なんて散々言っておいて、裏にあったものは彼女への恋心なのだから。全部演技じゃなかったとバレてしまうじゃないか。


 この際だ。裏を表にひっくり返して、ダイジェストでお送りしよう。

 騎士のくせにターゲットにうっかり一目惚れして、彼女の処刑を全力で止めるために前例のない司法取引まで持ち出して、ちゃっかり盗賊と伯爵令嬢で恋人ごっこを楽しんで、他の男を牽制しながらヤってるフリを堪能し、最終的には両思いでベッドイン。しかも、褒賞を利用して、今後も彼女をそばに置くことに成功。

 悩み苦しみを省いて事実だけ並べてみると、私利私欲がすごい。ずーっと、彼女に恋をしていただけじゃないか。仕事は真面目に、とは何だったのか。いやいや、かなり悩んで苦しんだのも事実なわけだが。


 どうにもバツが悪くて、返事もせずにチラリと彼女を見る。そこには、頬を真っ赤に染めて、クロルの全てを暴いて盗もうとしている一生懸命な悪女がいた。


「ねぇ、おねがい。教えて?」

「あー……くっそ可愛いな。わかったよ、教えてやってもいい」

「ホント!?」

「でも、交換条件。代わりに、俺のお願いも聞いてくれる?」

「クロルのお願い? なぁに?」


 クロルは、枕元にぽつんと置かれた茶色の目覚まし時計を取って、それを彼女に渡した。


「今すぐ、結婚してほしい」


 フルスロットルだった。出会って半年、恋人二日目でプロポーズからの当日入籍。さすが女に関しては事が早い。


「け、結婚?」


 一方、レヴェイユは目が点になっていた。クロルと一生一緒にいたいけど、あの紙切れに何の意味があるのかわからない。よって、別に結婚しなくてもいいし、結婚してもいい。どうでもいい。


 しかし、一つだけ気がかりなことがあった。クロルと結婚をするならば、ブロンと住む約束はどうなるのかということだ。


「えっと、クロル。あのね、私はブロンと、」


 そこはやっぱりクロル・ロージュ。遮るようにキスをして、グイッと角度を変えれば、あら不思議。彼女の気持ちも変わるのだ。


「レーヴェ、お願い。俺を選んで?」

「ん、くろるぅ……」

「レヴェイユ・ロージュになってほしい」

「……はぁ、ん」


 でも、今までとは全然違う。何の役柄もかぶらずに、ただの男として彼女に触れるのだ。ドクンドクンと高鳴る心臓の熱を色気に変えたならば、それは神よりもずっと美しい。


 緊張して少し震える指先で、愛しい苺色の髪をふわりと耳にかけ直す。露わになった彼女の赤い耳。合わせ技で、もう完敗。その赤に吸い寄せられるように、クロルは唇をぴたりと添える。


 あぁ、甘い香りに愛があふれそう。


 その気持ちのままに、もうこの先ずっと、彼女にしか言わない言葉をささやく。



「レーヴェ、愛してる」



 そして、必殺泣き黒子アタック。わぁ、ぎゅんぎゅんだ! 


「結婚しますぅ……」


 レヴェイユは瞬殺された。苺頭に花が咲く。弟からぶんどるために本気を出し過ぎだ。

 

「じゃあ、結婚誓約書を作ってサインしよっか」


 クロルは、時計が入っていた大きな箱から、やたらキレイな紙を取り出す。なるほど、用意していたわけだ。

 次に、ペンをぎゅっと握って、丁寧に書きはじめた。


「うわ、やば、めっちゃ緊張する。手、震えるんだけど」

「うん……」

「レーヴェも、名前かける?」

「……すき……」

「待てよ。レインって書くの、これで最後じゃん。うわー、自分で言ってて口元ゆるむ。レヴェイユ・ロージュかぁ」

「……うん」

「なぁ、覚えてる? 宿屋『時の輪転』で、レーヴェが茶化しながら『レヴェイユ・ロージュになる』みたいなこと言ってたよな。あー、懐かしい」

「だいすきぃ……」

「あ、名前書けた? 筆圧、弱くね? まぁいっか。じゃあ、血判を押そう。これで家族ってことだよな。なんか、俺、ちょっと泣きそうかも」

「くろるぅ……」

「絶対、幸せにする。俺のことも幸せにしてくれる?」

「……すき」

「ありがと、愛してる」


 全く噛み合っていないが大丈夫だろうか。この二人、どこまでいっても温度差がすごい。

 しかし、そんな温度差なんて慣れたもの。せーので血判を、ぽん。あとは、王城に提出すれば結婚完了だ。


 これまで重く悩んできたというのに、全部受け入れちゃったら愛しすぎちゃって、スーパーライトに結婚までいけちゃった。

 『結婚願望ゼロ』とか言っていた後輩にぶち抜かれたトリズの気持ちを考えると、とっても居たたまれない。



「よし、じゃあ提出前に、ブロンに挨拶しに行くか」

「……ハッ! 意識を失ってたわ。え? 今から?」

「あ、やっと蘇生したか。明日から第三騎士団に異動だろ? いつ時間が取れるかわかんないじゃん。早いとこ王城に提出して、俺のにしたいし、レーヴェのになりたい」

「~~っ! 好き!」


 いちいち甘い。


「……でも、一緒に暮らせないってブロンが知ったら、ショック受けちゃうかしら。どうしよう~?」


「え? 三人で暮らせばよくね?」


 クロルがサラリと言うと、レヴェイユの顔がぱぁっと輝く。

 なるほど、その手があったか。棚からぼた餅とは言え、ブロンとの仲を修復しておいて本当に良かった。大金を支払った甲斐があったというものだ。


「~~~っ! クロル、大好き!」

「はいはい、俺もだよ」


 ルンルン気分な彼女の背中をそっと押しながら、クロルもルンルン気分で部屋を出た。


 そうして、潜入騎士だった彼と女泥棒だった彼女は、赤い屋根に白い外壁の……そう、ショートケーキハウスにお引っ越し。


 枕元に茶色と苺色の二つの目覚まし時計を仲良く並べ、毎朝必ず『愛してる』と言い合って幸せに暮らしましたとさ。


 めでたし、めでたし。





 ……あれ? なにかおかしいぞ? 大切なことを忘れているような。なんだったかな、交換条件的な……はて? そう言えば、オルの手紙はどこへ行ったのだろうか。

 最後だから、うっかりと油断してしまったが、これはまさか……潜入騎士の『愛してる』には裏がある、ということなのでは。



 本当に、クロル・ロージュは悪い男だ。


 でも、大丈夫。そんな悪い男の最愛の君は、悪女の女泥棒。この先ずっと、彼らは隠して暴いて盗んで奪い続ける。それが、二人の幸せの形。


 きっといつの日か、彼女に暴かれて、彼は伝えることになるだろう。


 ここに記されている、ハッピーエンドまでの長い道のり。


 潜入騎士の『愛してる』の裏側にあったものを、まるごと全部ね。




【潜入騎士の『愛してる』には裏がある】完




 

 




最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。

大切なお時間を頂戴し、お付き合い頂いたこと、感謝してもしきれません。


次話は、フランクなあとがきを置いてありますので、ご挨拶はここで失礼いたします。


また、大変恐縮ですが、お時間がございましたら、↓にある☆のポイントをいただけたら嬉しいです。

どうぞよろしくお願いします。




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