120話 この赤を追い求めて
簡単な事後処理を終えると、もう夜とも言える時間になっていた。
朝から捕縛計画と窃盗計画の両方を遂行し、さらに隠れ家で大火事に見舞われた上に、初体験まで終えたわけで、それはもうクタクタだった。並べてみるとモリモリだ。体力がすごい。
思い起こせば、最後の食事はロイヤルガーデンの絶品ショートケーキだ。ランチなんて食べる暇もなかった。クタクタの上に、ぺこぺこ。
クロルとレヴェイユは、騎士団食堂で初めて二人並んで夕食を取り、第五の同僚の『祝・ハツコイ成就!』の眼差しを蹴散らしながら、寮に戻ってきた。
クロルが部屋の鍵を開けていると、そこでまたもやレヴェイユが「あ」と言う。
「ははっ、気付いた? カギ、持ってないだろ」
「そうだった~。アジトの撤去はまだなのかしら?」
「さっき食堂に撤去担当がいたから聞いてきた。アジトの荷物は、もう到着して倉庫に入ってるって。押収した盗品のチェックに人員が割かれてるから、放置されてたっぽい。もう暗いし、運ぶのは明日だな」
「はぁい。ということは、ピッキングか野宿の二択ね。お隣の方、針金一本いただけるかしら?」
「あいにく、針金は一本たりとも貸さないと肝に銘じてる」
「じゃあ、野宿の一択ね」
「ばーか。泊まれば?」
クロルは、また小さく笑って「どーぞ」とドアを開けた。レヴェイユは『きゅるるん』と顔を緩ませ、スキップらんらんで部屋に入ってくれた。
「わ~、二度目でも感動できる! 素敵な汚い部屋ね~」
「うるせぇよ。……今、思ったけど、レーヴェって大雑把な割りには片付け上手だよな」
「ふふっ、優秀な犯罪者は、キレイ好きになってしまうものなの。職業病ってやつね」
「そうか。汚い部屋は正義の証だな」
「ものは言いよう~」
「とは言え、数か月ぶりに帰ってきたのも事実。シーツくらい替えるか」
「ソワール的勘によると、きっと引き出しの三段目に、地味な灰色のシーツがあるわね」
「完璧に当ててくるのやめろまじで」
クロルは少しゾワリとしながらシーツを取り替える。地味な灰色のシーツの皺をピーンとのばしていると、彼女はクロルの制服を脱ぎながら「お風呂はどうしようかしら?」と言う。
「さっき入ったからいいんじゃね?」
「う~ん、ボス部屋の空気が性に合わなくて、なんかさっぱりしたい気分かも」
「あぁ、そう……」
騎士団最奥の空気が性に合わないとは。
「というわけで、お風呂をお借りてもいいかしら?」
レヴェイユのお伺いに、美の神クロルは当然ながら「だめ」と判決を下す。
「レーヴェ、ちょっと来て」
「なぁに?」
呼ばれたならば、トコトコと近付くのがレヴェイユだ。近付いたならば、そのまま新しいシーツにころんと転がされ、転がされたならばキスをされる。
泥棒的知識はあるのに、彼女は本当に常識を知らない。男がシーツを替えるのは、こういうときだけって決まっているのに。
「……ん、」
「さっきの続きがしたい」
「つ、つづき?」
「バスルーム」
彼女だって、バスルームと言われたならば、男女のアレのことだろうと察してくれる。しかし、はてさて、不思議そうに首をかしげ始める。
「私、詳細を知らないから分からないんだけど、あれで終わりなのかと……まさか続きがあったなんて、もうびっくり」
クロルは、ニッコリと笑って「へー、そういうことも知らないのかぁ」と言う。泣き黒子がギュンと上がった。過去一の上がり方だった。
「バスルームのは、いわばショートコースだな」
「ショートコース!? なんだかめくるめく開拓の予感がするワードね。コース名から察するに、ロングコースがあるのは何となく分かるんだけど~、他にはどんなコースが……?」
レヴェイユの喉が、ごくり鳴っていた。
「んー? ライトリーブ、ロープハード、アップサイドダウン、スローディープ……色々あるけど、言葉で説明するのは難しいなぁ」
ものすごいコース名だ。やたらプロい。
「一つ一つ、詳しく体現してあげてもいいけど、レーヴェにとっては結構大変かも。どうする?」
「そうよね、何事も初心者には難しいものよね~。えっと、ショートコースでも私は大満足だったんだけど、いろんなコースを知ると何か良いことがあるのかしら?」
「ははっ、別に良いことがあるわけじゃない。あ、でも……そうだなぁ、強いて言えば、」
「うん?」
「俺が嬉しくなる」
「教えてください」
食い気味だった。クロルは彼女にとっての自分の価値を熟知していた。悪すぎて清々しい。
甘い言葉を言おうとするとぽんこつになっちゃう可愛いクロル・ロージュは、どこへ行ってしまったのだろうか。エロいことをしようとすると才覚を発揮するなんて、軽薄の極みじゃないか! けしからん男だ。
そんな達者なクロルは「仕方がないなぁ」と続ける。本当に仕方がない男だ。
「そこまで言うなら教えてあげるか。じゃあ……とりあえず前みたいに、自分で触ってみて」
「え?」
「ほら、サブリエの宿屋でやってたじゃん」
「あ、あれを……? えっと、よく分からないんだけど、それはコースメニューにあるの?」
「あるある。お一人様コース」
「お一人様コース!?」
さすがプロクズ。初っ端からすっ飛ばしている。宿屋のときだって、ものすごーく見たかったが、仕事中だと割り切って、どうにか音を聞くだけで我慢したのだ。欲望と心残りの両方を一度に解消するために、クタクタなのにフルスロットルだった。
一方、レヴェイユは困惑した。アレなボイスを会得するためにやった、ソロライブ。あれを御披露目しなければならないなんて。さすがにちょっと、お恥ずかしい。
「えっと、クロルに見られるのは、恥ずかしい、です……」
「そう? 黙って見てるから、俺のことは気にしなくて大丈夫なんだけど」
放置プレイヤーに黙って見られてるだなんて、とても気になるんですけど。
「まぁ、レーヴェが、やりたくないならやめとこっか」
「う、うん。ありがとう。ちなみに、その……お一人様コース?をやると何か良いことがあったのかしら?」
「俺が喜ぶ」
「やります」
食い気味だった。結局、様々なコースメニューで彼女を食べた。どれもこれも絶品だった。二人とも体力がすごい。
さて。サクッとだったとは言え、一度はバスルームで致してるのに、なぜこんなにフルスロットルなのかと不思議に思われるだろう。どうか思ってほしい。
今日は、恋人初日。彼女だって初めてだったわけだし、クロルは悪い男ではあるものの酷い男ではない。夜はまったりゆっくり、キスとおしゃべりだけで過ごすつもりだった。
しかし、気が変わった。
というのも、先ほどのブロンとの会話で、明後日には彼女が引っ越しをしてしまうことを知ったからだ。
となると、次に二人きりになれるのはいつだろうか。明後日には異動もあるし、仕事が変わればお互いに余裕はなくなる。
するしないに関わらず、一緒に寝ることも頻繁ではなくなるだろうし、『おはよう、レーヴェ』と彼女を抱き寄せ起こすことも……なくなってしまう。
宿屋『時の輪転』から始まって、この半年間。場所は変われども、二人はずっと同じ屋根の下で過ごしてきたのだ。
単純な話、クロルはとても寂しくなってしまった。それを埋めるように、溶け合いたかっただけ。本当に分かりにくい男だ。
そうしてクタクタな一日を過ごせば、そのまま地味な灰色のシーツでぐっすりすやすや。
クロルは、久しぶりに抱き枕の気分を味わった。『逃がさないわよ』と、ぐいぐい引っ付いてくる彼女の可愛さに、もう口元が緩みっぱなし。
存在を愛するというのは、たぶんこういうことなのだろう。彼女がどんな人間であろうと、レヴェイユという存在であるならば、全部どうでもいいと思える。
十八年間……いや、二十四年間。きっと、この愛おしい赤を追い求めていた。
もがきながらも少しずつ前へ進んだ自分に、お疲れさまと告げて、クロルは幸せな眠りについた。
次話で、最終話となります。
このあとがきスペースはご挨拶のみとして、あとがきは別で投稿します。ご興味のある方は、お目通し頂ければと思います。