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12話 デュール・デパルと情報屋ブロン



 その日の夜。即ち、デュールがアナログ光通信をクロルに送った当日の夜のことだ。


 相棒であるデュール・デパルは、デパル家お抱えの御者に行先を告げていた。騎士団本部を退勤後、クロルとの待ち合わせ前に寄り道をするのだ。


「いつもの酒場へ」

「かしこまりました、デュール様」



 デュール・デパル。


 黒髪碧眼に黒ぶち眼鏡。平均的容姿(フツメン)の二十三歳。彼は、デパル子爵家の嫡男であった。


 クロルやトリズが平民出身の騎士であるのに対し、デュールは歴とした貴族出身の騎士。平民集団の潜入騎士の内、そんな人材はデュールだけだ。クロルにはない品格があるのも、この生まれによるものであろう。

  

 そんな彼は、馬車の中で縫製の良い服から仕立ての悪い服に、そして気品溢れる笑顔から少し悪戯な笑顔に着替えて、大衆酒場にやってきた。

 彼は貴族ではあるものの、意外なことにかなりヤンチャなタイプなのだ。


 そうして入店した大衆酒場の端の席で安いビールをあおっていると、「よっ!」と声をかけてくる男が一人。


「ブロン。悪いな、急に飲みたくなった」

「いいよ。デュールと遊ぶの好きだから」

「奇遇だな。俺もブロン()遊ぶのは面白いと常々思っていた」

「『で』じゃなくて『と』にしてもらえる?」

「ははは」


 ブロンという男は、帽子を目深に被って不満そうにしている。そこでビールを渡してやると、コロッと表情を変えて「サンキュー!」と言ってすぐに乾杯。

 帽子のつばを少し上げれば、デュールとお揃いの碧眼が見えた。


「で、今日は何? 情報ならたくさん仕入れてありまっせ?」


 情報屋ブロン。


 デュールが信頼を置いている情報屋だ。

 デュールとクロルのタッグの勝ち星が多いのには、クロルの実力(モテ力)もさることながら、凄腕の情報屋であるブロンの存在も理由の一つだった。


「情報が欲しいわけじゃない。酒を飲みたい気分だっただけだ」

「なんだよ。なんか大変な仕事でも抱えてんの?」

「ちょっとな」

「どんなの? 幼なじみのよしみで聞いてやるよ」


 仲が良いのも当たり前、デュールとブロンは幼なじみのような関係だった。

 出会いは、デュールが十三歳のとき。デパル家の庭に不法侵入していた子供がブロンだった。それ以来、ブロンは気まぐれにデュールを訪ねてくるようになり、二人は悪戯……と言っても本当に子供らしいイタズラを楽しんで今に至る。

 

 当時からブロンは変な子供だった。デュールは彼のことをほとんど何も知らないにも関わらず、不思議と馬が合ってしまい、気付けば十年。

 そんな変な子供が成長したならば、当然ミステリアスな大人になるわけで、彼はいつの間にか情報屋を開業していた。


 偶然にも、デュールが騎士になったものだから今の関係に収まったわけだが、それでも昔と変わらずに仲良し幼なじみとして頻繁に酒を飲み交わしている。

 とは言え、潜入騎士であることは、もちろん秘密。ブロンには普通の騎士だと嘘をついている。


「そうだな……酒飲みついでに情報を貰っておくか」

「言ってみな。デュールの頼みならある程度のことは教えてやるぜ? なに?」

「……ソワールについてだ」


 突然のビッグネーム。さすがのブロンも「は? ソワール?」と首をひねっていた。


「あぁ、ソワールの住処が割れたらしい」

「住処の名前は?」

「……とある宿屋」

「あ、時の輪転だろ?」


 デュールの宿屋という答えに、間髪入れずに宿名を返してくる。これが『情報屋ブロン』の実力だ。


「さすがだな。その通りだ」


 ブロンは「へーー?」と言った。


「何か知っているのか?」

「まーね。だって、オレ(ブロン)だもん」

「言える範囲で教えてくれ」

「うーん、お代は?」

「そうだな。ウチの知りたいこと(騎士団内部情報)、二つでどうだ?」

「毎度ありー♪」


 この通り、デュールは騎士団の内部事情を流してしまうような、かなりヤンチャな男。礼節や型にはめた正義を重んじるよりも、フットワークの軽い効率主義とも言えるだろう。

 しかし、どんなにヤンチャであっても、彼の心には真っ直ぐな正義が根付いていることだけは付け加えておこう。


「じゃあ、オレが知りたい情報からね! 一つ目、盗賊団サブリエの最新情報。二つ目、ミュラ男爵家のこと。これでどうよ?」

「わかった、調べておく」

 

 ミュラ男爵家と言えば、クロルが捕縛してお取り潰しになった脱税一家だ(cf.1話)。

 『なんでそんなことが知りたいんだ?』なんて野暮なことは聞かないのが対ブロンのルール。


「よろしく! じゃあ、次はそっちの番な」


 ちょいちょいちょい、と人差し指の指先を動かすブロンの仕草。情報を放出する時の合図だ。デュールは一つ頷いて、ずいっとブロンに近付いた。


「コホン、宿屋には五人の住人がいる」

「ほう?」

「女が二人。男が三人。男の方から言うと、一人はじいさんの店主、もう一人は貴族の少年、最後は記憶喪失の謎の男」


 さすが情報屋ブロン。内心驚きつつ、デュールは訝しげな顔をしてみせた。


「ほう? 記憶喪失の男の詳細は? ソワールと関係があるのか?」


 あえて尋ねてみると、ブロンは「わからん」とつまらなそうに口を尖らせた。


「名前は、クロル・ロージュ。でも、本当の名前かも怪しい。一応調べてみたけど、南の田舎町出身らしくてさ。平々凡々な普通の人生」


 デュールは、内心ホッとした。上記の全てはフェイク情報だ。

 デュールがホッとするのも無理はない。あの美形男は潜入騎士として致命的なほどに目立つ。茶髪茶瞳というモブ色彩に助けられているものの、長く、そして多くは使えない。美形も良し悪しなのだ。


 しかし、潜入騎士はかれこれ三十年ほど前から存在しているが、これまで潜入騎士の正体が暴かれた事例は一つもない。その理由は大きく二つある。


 一つは、既に語っているが、潜入騎士は国でトップシークレット扱いにされ、過去の経歴や血縁関係など含めて全ての情報が操作されているから。

 

 そして、もう一つの理由は、そもそも潜入騎士は全騎士の一パーセント未満しかいない超希少種だからだ。

 となると、もはや潜入騎士という職業が実在していることを知らない人間の方が多い。『潜入騎士? あぁ、噂で聞いたことあるけど都市伝説でしょ?』という感じの扱いを受けている。


 しかも、彼らはターゲットを捕縛する瞬間まで潜入騎士であることを明かさない。調査の結果、捕縛しないこともあるわけで、その場合は正体を明かさずにしれっとフェードアウトするのが基本。

 『あいつ、最近見ないな』とか『突然、彼に別れを切り出されたの!』なんて言ってる人がいたならば、その相手はもしかしたら潜入騎士だったかも。


 というわけで、潜入騎士を実際に見たことがある人間は、ほとんど塀の中というわけだ。



 引き続き、宿屋メンバーの情報を貰う。


「そうか、記憶喪失の男というのは気になるところだが……。もう一人の男、貴族の少年というのは?」

「伯爵家の遠縁らしい。十六歳の男の子」

「ほう? 身元確認は?」

「戸籍情報にもばっちり名前が載ってる。しかも、少年と伯爵家当主本人が連れ立って宿屋に挨拶に来たらしいから、『シロ』だね」


 事前調査の段階ではいなかった人間だ、聞いていない、とデュールは思った。

 伯爵家の遠縁として潜入しているのは勿論トリズであるが、デュールは把握していなかった。


「で、肝心の女二人の情報ね」

「頼む」

「一人は赤髪、もう一人が金髪」

「カラフルだな」


 デュールは続きを促しつつ、ビールをあおる。

 しかし、ブロンは帽子をギュッと被り直して「くっくっく……」と笑い出すだけで話そうとしない。


「おい、何か面白いことがあったなら教えてほしいんだが?」

「ごめんごめん、それフェイクだったんだよ」

「フェイク?」

「宿屋『時の輪転』にソワールはいないってこと。その情報さー、オレも本当かどうか知りたくて。ちょうど昨日から調べてたとこなんだ」

「詳しすぎるとは思ったが、そうだったのか。フェイクというのは確かか?」


 デュールが強めに問い質すと、ブロンは「確実」と言いながら煙草に火を付け始めた。


「ソワール側が流した偽情報か、噂に尾ひれがついたかじゃね? その金髪女、実際に見たことある?」

「いや、見ていない」


 今朝、宿屋には行ったが容疑者の後ろ姿を確認しただけ。


「その金髪女、ソワール像そのものらしいよ。たぶんそれがトリガーになってフェイク情報が出回ったんじゃないかな。結構あるんだよねぇ、そーゆーの」


 騎士団がそんな偽情報に踊らされることがあるだろうか。かと言って、目の前にいる情報屋は超一流の信頼たる情報屋だ。


「フェイク情報を騎士団が掴まされたってことっしょ? 珍しー。その情報、出所は?」

「騎士団のメンバーがデータを持ってきて、それを解析したと聞いているが……」

「ふーーん。なんかその騎士、怪しくね? 誰かわかってんの?」

「いや、公にされていない」

「怪しさ満点。警戒しておいた方がいーよ?」


 ブロンは少し目を細めてから煙をふーっと吐いた。デュールの目の前が灰色の煙で覆われる。


「デュール。情報屋ブロンとして断言するよ。宿屋『時の輪転』にソワールはいない」


 煙が消えた先にあったのは、ブロンの碧眼。それを見て、デュールは「感謝する」と深く頷いた。

 


 さて。何が嘘で、何が本当なのか。

 もっと近づけばわかるはず。






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マシュマロ

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