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119話 五人



 ボス部屋を後にした四人は、あーだこーだ言いながら渡り廊下を歩く。


「クロル~! 第五から、ソワちゃんをソワるのずるくない~!?」

「トリズも結婚の承諾もらえたんだろ? もうソワールは必要ないじゃん」

「彼女の話とは別!」

「残念ながら別じゃない。トリズのせいでこうすることになったんだから、自業自得」

「え? 僕?」


 そこでトリズが「あ、そういうこと!?」と、あちゃー顔を見せた。あのベロベロに酔っ払ったコゲ色アジトでのサシ飲みで、ドジ彼女のドリームを叶えたいがために、クロルを散々煽ったのだ。『レヴェイユはハニトラをやらされるかも』って。


「あぁ~! 僕としたことが飲みすぎたぁ」

「ははっ、酒もほどほどにな?」

「ぐう。やたらスムーズに話が進むなと思ってたけど、さてはヤりながら褒賞の下打ち合わせしてたな~? このどすけべクロル! いろんな意味でずるい!」

「トリズ、ここはオープンスペースだから、な? あー、ほら! ドジ彼女のために、レーヴェを結婚式に呼ぶんだろ?」

「あ、そうだった~。ソワちゃん!」


 トリズは、ぐいっとレヴェイユに詰め寄る。


「僕の恋人がソワールの大ファンなんだけどね?」

「ファン?」

「結婚式に来てほしいんだよね。僕としては、おめでたい席にソワちゃんが並ぶのも、ちょっとアレなんだけど、背に腹な案件でさ~」


 実に失礼だ。


「そうなんですね~。ふ~ん」


 こちらもこちらで、全く興味なさそうな雰囲気。失礼だ。


 そんな失礼合戦を見ていたクロルは少し笑いそうになったが、そこでトリズから視線が向けられる。「はいはい」と言って、援護をしてあげた。


「レーヴェ。俺が世話になった先輩だし、出席してやってよ。そしたら俺も嬉しいし」

「クロルが嬉しい……? なるほど、出ます! 黒い外套を着て金髪姿で行けばいいんですね。りょうかいです~」

「うん、本当やめてね。呪われそう。ぜひ赤髪ドレス姿で来てね!」

「そうですか? じゃあ、クロルと一緒に正装でいきます~」


 レヴェイユの何気ない一言に、トリズの微笑みは消え失せ、突然スンとした真顔に。


「ダメダメ。クロルは呼ばないよ。何人の男が恋人を取られてクラッシュしたことか! 第五の格言、『俺たちの恋はクロル・ロージュで終わる』絶対に来ないで欲しい。痛ましい~」

「人聞きの悪いこと言うな」

「花嫁さんに惚れられたのは事実でしょ〜? この女たらし! そんな破壊神を呼ぶわけないやい!」

「はいはい、破壊神は参列しません」

「うん、よろしい。デュールはぜひ来てね~」

「この流れで招待されると複雑だな」


 あはは、なんて笑いながらの第五トーク。任務が終わったときに味わえる、特別な解放感だ。


「レーヴェも、結婚式の日程は早めに聞いとけよ? シフトの調整が必要だか」


 そんな調子で笑いながら彼女の方に向き直ると、時すでに遅し。ぷっぷくぷ~と頬が膨らんでいた。どうやら花嫁の話が、彼女の琴線に触れた様子。嫉妬丸出しだった。


 ―― あ、やっちまった……


 やっかみを言われることがあまりにも多く、もはや第五の中ではネタ化しているクロルのモテ力。男同士のノリでいつものように流してしまったが、彼女からしたら面白くはないのだろう。パンパンだった。


「あの、レーヴェ?」

「なぁに?」

「違うからな? 別に、何もなかったから」

「私モ、別になにもないデスケド。お構いナク」

「そ、そっか……」


 とことこ歩く彼女の隣を、同じ歩幅でとことこ歩いてみる。ふんわりとした沈黙が、二人を包んだ。


 さて、ここはクロル・ロージュの腕の見せ所だろう。培ってきた女たらしのスゴ技を、ここで発揮するべきだ。むしろ、このために研鑽してきたと言っても過言ではない。


 クロルは「コホン」と咳払い。


「……雨、すごい土砂降りだな」

「ソウネ」

「あー……秋の長雨かな」

「ソウネ」

「えーっと、明日も雨かな」

「サアネ」

「……うん」


 ぽんこつか。誰だこいつ。


 ブロクズは焦った。恋人ができたのは初めてだけど、これまで任務上で恋人役はやってきたし、女から嫉妬をされることなんて日常茶飯事。『愛してる』とかテキトー言っときゃ丸く収まった。


 でも、どういうわけか言葉が出てこない。取って付けたような甘い言葉を口にしようとすると、情けないことに心臓がバクバクと波打つ。

 結果、天気の話というキングオブぽんこつテーマしか出てこなかった。惚れすぎだ。 


 恋人になった初日。しばらくおしゃべりもしてくれないのかと思うと、結構焦る。その一方で、焦りながらも、悪い男はついつい思ってしまうのだ。


 ―― あー……可愛いなぁ


 雨の中。頬がふくれた彼女の隣を、ぽんこつな自分が歩く。同じ歩幅でトコトコゆっくりと。これが『幸せ』というものなのだと、心の器がじんわりと満たされる。


 ザーザー降る雨の音を聞きながら、結局のところ人間はちっぽけな存在だから、幸せだと思ったものを必死に掴んで一生懸命に大切にするしかないのだと、『よし』と気合いを入れ直す。

 

「……レーヴェ。もし、トリズの結婚式の日に休みが取れなかったら、俺が仕事を代わるから言って」

「え?」

「俺も、第三騎士団に異動届を出した」


 しばらく間があった後、レヴェイユの頬がふにゃんとしぼみ、パァッと輝き出す。その輝きを損なわないように、クロルは彼女に向かい合う。真っ正面でお互いの顔を見ながら、ちゃんと向き合った。


「それって、クロルと一緒ってこと?」

「そう」

「また同じ仕事ができるの?」

「できるよ」

「……一緒にランチとかディナーとか、できるかな?」

「うん。俺としては、三食一緒がいい」

「じゃ、じゃあ……お休みの日は会える?」

「俺も会いたい。休みだけじゃ足りない。毎日がいい」

「ほ、ほんとに?」

「全部、ホント。お前が『欲しい』って言ったんだろ。それって、こういうことじゃねぇの?」


 少し拗ねるように言ってやると、レヴェイユは目に涙を溜ながら、それはもう嬉しそうに何度も何度も頷いた。彼女が動くたびに、幸せがぽろろんと音を鳴らす。


「クロル、だいすき。私、がんばる。もっとがんばるわ!」

「ははっ、ほどほどにな」

「うん! クロルのために命をかけて、一生がんばる~」

「あ、命はかけないで。まじで。お前は基本的に何もせずに、ただ息だけしてればいいから」

「がーーん!」


「ところで、いちゃついてるところ悪いんだが」


 もはや懐かしい。デュールのイチャコラストップだ。


「おー、いちゃついてて悪かったな。なんだよ?」

「これからちょっと見物をするために、第一騎士団の地下牢に行かねばならない。俺は、ここで左に曲がろうと思う」

「お、おう? 左折レーンへどうぞ」

「どうも。腹がよじれるほど笑ってしまいそうだ。レイン姉、あしからず」


 スタスタと楽しそうに歩く、デュールの背中。クロルは少し不思議に思う。グランドやエタンスは第五の地下牢にいるだろうし、第一の地下牢に用事なんかあるだろうか。


「第一騎士団……?」


 そこで、目の前でニコニコと笑う彼女を見て、デュールの『レイン姉』というフレーズを重ねる。やっとこさ「あ!」と気付いた。


「やば、忘れた! ブロン!」


 大慌てで地下牢に行くと、超不機嫌なブロンがいた。捕縛されたのは朝だっていうのに、誰も助けに来てくれないのだから当然だ。

 牢屋の外では、もちろん腹を抱えて笑うデュールと、迷惑そうにしている見張り番の騎士。


 もう一度、カドラン伯爵のボス部屋を訪ねて根回しをしてもらい、ブロンは無事に釈放されたのだった。



「ホントひっでー! オレ、かなり取り調べされたからね? どこまで喋っていいかもわかんないしさぁ。超フレンドリーなくせに、謎に黙秘を貫く犯罪者が現れたって雰囲気になっちゃって、気まずさヤバかったんだぜ?」

「ぶろん~。大丈夫だった?」


 ちなみに、レヴェイユはブロンが捕縛されていたことは知らなかった。だんまりクロルだ。


「ブロン、まじでごめん! 色々ありすぎて普通にすっぽりと忘れてた」

「僕はそもそも覚えておく気がなかったし、謝る気もない~」

「俺は覚えていたが、好奇心に勝てずに忘れたフリをしていた。ははは、すまない」

「……本当にひでーな」


 ブロンは第五メンバーに引いた。捕縛することに慣れてしまうと、人は横暴になるのだと知った。


「でもま、ここに全員いるってことは、作戦成功っしょ?」

「おう、任務完了。まじでブロンのおかげ。ありがとな」

「まーね! グランドさんに退職の挨拶したいとこだけど、首を噛み千切られそうだからやめとこーっと」

「怖……まじでやりそう」


 クロルはごうごうと燃える炎を思い出し、少しフラッシュバック。まだ降り続く土砂降りの雨を見て、心を慰めた。


「そういや、姉ちゃんっていつ引っ越しできんの?」

「引っ越しも何も、住む家を決めるのが先だろ?」


 クロルが首を傾げると、ブロンは「家なら貰った」と言う。


「貰った?」

「うん。騎士団本部前にある赤い屋根の一軒家。ほら、大きめの邸宅みたいな。あれ、グランドさんからタダで貰ったんだー♪ 超ラッキー!」

「ま、まじ?」


 泥棒が買った家に泥棒が住むことになるのかと思うと、なんとも味わい深い。事故物件確定だ。


 ちなみに、家の名義変更がもう少し遅かったならば、ブロンは家をゲットできなかった。というのも、この翌日にはグランドの個人資産は凍結され、そこから被害者への返金が行われることになるからだ。


 また、これも数週間後の話ではあるが、グランド商会については他の商会が丸ごと買収し、スタッフや販路をそのまま活用することになる。

 グランドは犯罪者ではあったものの、経営者としての手腕は本物だった。彼の手掛けたビジネスやその手法は、今後も国に広く根付き、アンテ王女の屍が眠るこの国を永く繁栄させていくことだろう。



「ってわけで、家は確保済み! あとは、姉ちゃんが来てくれればいいだけ。カベドン伯爵だっけ? いつ引っ越していいって言ってた?」

「ぶふっ……うん、カベドン伯爵ね。もちろん、クソ親父も了承済みだよ。でも、ソワちゃんのお引っ越しは、早くても明後日かな~。まだコゲ色アジトの荷物も届いてないからね。ソワちゃんも持っていきたいもの、あるでしょ?」

「あ、はい。ブロン、明後日にまた連絡するね」

「オッケー! 準備して待ってる」

「ふふっ、楽しみにしてるね~」



 こうして五人それぞれの潜入作戦は終了。「お疲れ様」と言い合って、また慰労会でもやろうと酒を飲む約束をした。


 誓いを立てるためには胸章(心臓)が必要だけれど、それを解くときは何も必要はない。


 もう二度と組むことのない五人は、あの春の日に縛った誓いを解いて、チームを解散したのだった。








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マシュマロ

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