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117話 愛ある罰



「あ、帰ってきた~。クロル、ソワちゃんお疲れ~」

「おおつかれトリズズズ。さ、さぶい……」

「寒すぎて震えががががが~」

「あはは、大丈夫?」


 大雨の中、いちゃこらキスをしていた二人であるが、応援で駆けつけてくれた第五の馬車に乗せられて、騎士団本部に戻っていた。

 

 証拠の窃盗報告書は、たまたま軒下に置いていたことから、雨には濡れずに済んだ。これは超ファインプレーだった。


 盗品の方は、さすがにかなり濡れていた。それでも価値の高い宝石類や肝心のオルの時計はバケツに入れてあり、これもたまたまフライパンで蓋をされる形になっていたため、被害は最小限であった。フライパンがあって良かった。パン屋に感謝。


「結局、盗品も証拠もゲットしたんだってね! ソワちゃん、グッジョブ! 褒賞がもらえるらしいよ~」

「ソソソウデスカカカ」

「国宝窃盗事件のことで処罰もありそうだけどね。いや~、聞いたときは爆笑しちゃったよ。逃走劇、見たかったな~」

「ソソソウデスカカカ」


 レヴェイユは小刻みに震えながら返事をする。毛布にくるまれてはいたが、ミニスカドレスでずぶ濡れなのだから当然だ。

 クロルは勿論だが、レヴェイユもわずかに火傷をしただけで、他は煙のせいで少し喉の調子が悪いかな~くらいの体調だった。現場に駆けつけてくれた騎士団の勤務医も驚いていたくらいだ。剛の者。


「どうせ濡れて帰ってくると思って、クロルの部屋のお風呂にお湯入れておいたよ~。部屋の鍵、預かりっぱなしだったからね。はい、鍵」

「トリズ神」

「サブリエの宿屋の制圧、譲ってもらったお礼。久々、とっても楽しかったな~」

「死人が出てないことを祈る」

「あはは、僕も祈ってる~。あ、そうそう。今、クソ親父が上層部会議の真っ最中でね、それが終わる頃に第五のボス部屋集合だって」

「了解」

「りょうかい~」


 そうして、二人はカタカタ震えながら寮に帰ってきた。


 クロルが部屋の鍵を開けていたので、レヴェイユも部屋の鍵を出そうと思った。そこで「あら?」と気付く。


「どうした?」

「コゲ色アジトに鍵を置いてきちゃったの」

「あー……そうか。アジトの撤収作業は、まだ終わんないだろうな」

「そうよねぇ。もしよかったら、針金一本貸してくれるかしら?」

「こじ開けようとすんな。針金は一本も貸せないけど、風呂なら貸せる。入る?」


 レヴェイユは「え!?」と驚いて、茶色の瞳がまん丸に。


「私、クロルの部屋に入ってもいいの……?」


 彼は、ふっと小さく笑って「どーぞ」と招いてくれた。しかも、レディーファーストでドアを開けてくれているじゃないか!


 瞬間、レヴェイユの震えはピタリと止まった。大興奮の大発狂のテンション急上昇! 髪に付着していた雨は一瞬で蒸発した。もうふわっふわ。恋は髪も乾かす。


 思い出して頂きたい。以前、クロルの部屋に行きたいと言ったときの彼の返答を。超低音ボイスで『は? 無理』だった(cf.70話)。


 それに比べて、どうだろうか。この、そこはかとない甘さ。彼の心の内側に入ってる感。

 レヴェイユは『命、かけて良かった~!』と思ったし、『これからもじゃんじゃん命かけちゃお!』とか思っていた。死と隣り合わせのヒロインだ。


 いそいそわくわくとドアをくぐり抜け、彼の部屋を一望する。レヴェイユは思わず「わ~!」と声を上げた。


「すごく汚いわね~」

「おい、叩き出すぞ?」


 クロルの部屋は、数か月ぶりに帰ってきたとは思えないライブ感があった。


 掛け布団は『今朝、使いました』という感じでぐしゃぐしゃにねじれていた。洗濯しただろう服は畳まずにベッドの上に置きっぱなし。さすがに今は無いが、普段は脱いだ服が床に散乱しているだろう雰囲気だ。


 ほとんどの引き出しは謎に三センチくらい開いているし、奇跡的に閉まっている引き出しからはタオルの端っこがにょきっと顔を出していた。

 ゴミこそ落ちていないものの、本や書類は床に直置きがデフォルト。ペンはパッと見ただけで、三本は転がっていた。クローゼットもカーテンも常時フルオープン。さすが美形は汚い部屋でも美しい。


 デスクの上は、というと。


「あら? これ、時計部品かしら?」

「うん、時間あるときはここでいじってるから。それより早く風呂入ろ。まじ風邪引く」


 バスルームに行くと、クロルは「後ろ向いて」と言って、ドレスのリボンを解いてくれた。やはり朝の原型を留めていないドレスの状態に『お連れ様にお手伝い頂いて、ご自分で脱衣できるドレスに致しました』というドレス工房の判断は正しかった。やりおる。


「ありがとう」


 あとは一人で脱げるだろうところまで手伝ってもらい、レヴェイユが振り向くと、クロルも服を脱ぎ始めていた。一瞬で、目が釘付けになった。濡れた髪に半裸が合わせ技を決めてきて、神越えで美しかった。彼女の脳内で『画家を呼べぃ!』と号令がかかるほどだ。


 ちなみに、あえぎ声の一件で、レヴェイユは服を脱がされ……いや、脱いでいたが、クロルは服の乱れすらなかった。というわけで、こんな無防備な彼は、初めましてだ。おめめが幸せ。じーーーー。


 レヴェイユの視線に気付いたクロルが、ニヤニヤしながら「やらしー」と軽口を叩いてきたので、慌てて視線を外してから、即座に二度見した。じーー。見すぎだ。


「いつまでもぼーっと見てんなよ。このあとボス部屋集合だからさっさと入るぞ」

「え? え、え、一緒に入るの!?」

「は? 一緒に入んないの?」


 当然、一緒に入るものだと思っていたのだろう。クロルは心底不思議そうだった。


 質問に質問を返されてしまい、レヴェイユは『はて?』と思った。こういう場合は一緒に入るのが常識なのだろうか。常識も良識も欠落しているからよく分からなかった。だから、とりあえず想像した。ちゃぽんと一緒に仲良くお風呂……


「ま、待って! 心の準備が! あぁ、は、恥ずかしい~!」

「は? 今更? まぁ、レーヴェがそう言うなら、いくらでも待つけども」


 すると、クロルはタオルで髪を拭きながら、唐突なことに「キスしていい?」と軽く聞いてきた。


 その瞬間、レヴェイユの苺脳天に雷が落とされた! クロルが、ご褒美でも仕事でもなく、キスを、しかもクロルから、キスをしていいかと、クロルから許可を取ってきたのだ。クロルから。クロルから。クロルがゲシュタルト崩壊しそうだ。

  

「うぇるかむですぅ……」


 レヴェイユの口が勝手に動いて許可をしてしまい、その口を彼が塞ぐ。軽く聞いてきた割りには、とんでもなく深い。そうなると、やらしーって感じの音がバスルームに響く。


「ん……くろる、好き」

「レーヴェ、目は閉じないで。キスをするときは、必ず俺を見ること」


 そう言われて目を開けたら最後。とんでもない色気と美しさに、レヴェイユの意識はシュワっと蒸発した。もうスキルがすごすぎちゃって、彼のキスに大夢中。


 夢うつつでいると、パサリと床に何かが落ちる音がする。それは勿論ドレスなわけだし、ズルっと音がして落ちていくのはショートパンツだし……あれ? 何かの魔法かな? 当然ながら、きわどいのも床に落とされて、さよならグッバイ布。あれれ? 何かおかしいぞ?


「レーヴェ、このまま一緒に入る? それとも、心の準備が出来るまで待った方がいい? 俺は待てるけど……レーヴェは待てる?」

「やだぁ、待てない。ずっと一緒がいい……」

「そう? じゃあ、仕方ないなぁ。一緒に入って()()()()


 あぁ、悪い男がいたものだ。気付けばレヴェイユが懇願する形で、一緒にちゃぽんとお風呂にインしていたし、相手はクロル・ロージュなわけで、彼の部屋に来ておいて仲良くちゃぽんで済むわけもなく。


 本当に可哀想。ファーストキスは雨漏りの音が響く寒々しい牢屋の中で、書類にサインをしながらだったし、初体験はちゃぽんと響くお風呂の中で、時間がないからサックリとだったし。あたり一面、ロマンチックが見当たらない。


 最低最悪の悪女に、美の神クロルから愛ある罰が下されたということで。


 






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マシュマロ

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