114話 走る 【園遊会 12時】
【十二時、王城の裏庭】
リーンゴーン、リーンゴーンと、大時計の鐘の音が鳴り響く。十二時ちょうどに、クロルたちはロイヤルガーデンを出た。ギリギリセーフだ。
実は、正午までに捕縛作戦を終わらせるというのが、カドラン伯爵との約束だったのだ。でなければ、秋の園遊会を丸ごと潰すことになってしまう。
正午に捕縛を終えるには、どうしても時間が足りなかった。秋の園遊会のプログラムを変更することはできないのだから、グランドの時間を盗むしかない。
そのため、ブロンにお願いして、展示室の壁掛け時計を十五分だけ進めてもらったのだ。
その十五分の余白を活用して、グランドを罠にはめた。首領クロルが騎士をなぎ倒して、鍵という鍵を全て解錠。トリズに『潜入騎士役』を与えて裏切らせ、それを理由にエタンスを逃亡させて展示室から遠ざけた。
その全ては、首領クロルもエタンスも頼れない状況を自然に作り上げ、グランド自身に懐中時計を盗ませるためだったというわけだ。
今回、クロルは国宝窃盗の現行犯で捕縛する方法を選んだが、裏を返せば、それはサブリエ首領としての罪状については問えないということになる。当然、被害者への返金も不可能。
それをどうにかしたいとは思っていたクロルだが、土壇場でレヴェイユ発案の作戦を追加した結果、隠れ家の場所を突き止めるに至った。
これはもう、騎士団としてはとんでもない大手柄。彼女の大きな功績だ。
リーンゴーンと鐘が鳴り終わる頃、裏庭には第五騎士団のメンバーが迎えに来てくれた。
「ご苦労だったな、クロル」
「デュール、お疲れ。トリズは?」
「宿屋『水の音色』で、大暴れ中」
「はは、こえー。あ、エタンスは?」
「俺が直々に捕縛しておいた」
「サンキュー。驚いてた?」
「あぁ。まさに、こんな顔をしていたな」
デュールは楽しそうにグランドを指差す。口をぽかーんと開けているグランドを見て、クロルは『口って、こんなに開くんだなぁ』と思った。
デュールは腹を抱えて笑った後、眼鏡文官の仮面をひょいとかぶって話しかける。
「さて、グランドさん! 僕と一緒に騎士団本部に行きましょうか!」
「ききき貴様も騎士だったのか!?」
「ははは! 経済の授業は今後の糧になりそうです。さぁ、ご案内しますよ!」
グランドは「この世は、潜入騎士だらけ……」と呟きながら、本部に連れていかれた。
さて、これで終わりではない。ここから、隠れ家の調査をしなければならないのだ。
クロルは、早口でレヴェイユに告げる。
「俺は、これから東の別荘地に行ってくる。トリズが一網打尽にしてくれてるだろうけど、盗賊団サブリエの残党がいたら、証拠隠滅をされる可能性もなくはない」
「そうなの? じゃあ、私も行く~」
「いや、急いでるから。正直、一分一秒を惜しんでる」
「はぁい。すぐに出発しましょ~」
「……その格好で?」
クロルは、ジトリと彼女を眺めた。どの角度から見ても、立派なミニスカドレスだ。
彼女がグランドの前でビリビリとスカートを破いたとき、あのシリアス展開だというのに、実はこっそりと薄目を開けて短さを確認していたクロル。気絶したフリをしながら何やってんだ。
まぁ、そしたら『げ』と思うくらいには、スカートが短かった。『この短さも任務のためだ』と言い聞かせ、二つの意味でそっと目をつむったくらいだ。
なんなら今だって、不真面目な第五のやつらがクロルブロックをかいくぐり、ジロジロと視線を投げつけているわけで、なんか、ちょっとさ。
「正直、悩ましい」
「……このドレス、ダメだったかしら?」
「むしろ、その逆」
「?」
「うーん、ちょっとこっち来て」
クロルは茂みに彼女を連れて行き、まるで求婚をするかのように、その場に跪く。突然のロマンチックポーズに、降って湧いたスイートタイム。
クロルは美しい上目遣いで、彼女に告げた。
「スカートの中、見ていい?」
そして、ぺらり。疑問符をつけておきながら、答えを聞かずにスカートをめくるんじゃない。こんな茂みでスカートめくりだなんて何事だ。まさか仕事だとか言わないだろうな? 当然ながら、私事だ。
短さもさることながら、クロルは中身を心配していたのだ。まさかまさか、きわどいんじゃなかろうかと。ビリビリとスカートを破いていた音が、丸出し事件を彷彿とさせる。まさかそんな。これから王都の人混みを馬で駆けて行こうっていうのに、きわどさ大公開だなんて、そんなことがあるだろうか。
というわけで、私事ではありますが、スカートをめくり申し上げる。
しかし、そこは大丈夫。彼女は薄手のショートパンツを穿いていた。それでも、太もも丸出し。『短けぇよ』と気にはなったが、丸出しよりはマシだ。仕事しろ。
「まぁ、仕事だもんな。苺色の目覚まし時計のこともあるし、一緒に行くか」
「うん、絶対一緒に行きたい!」
「東の別荘地っていうと、ここから馬で全速力を出して……三十分ちょいか」
「へ~、そうなのね」
「知らねぇのかよ。騎士なら国の地理くらい頭に入れとけ。っつーか、今、何時だ? 腕時計がないと不便だな。一度、受付に寄って返却してもらうか」
腕時計も万年筆も、すべて受付に提出してしまったのだ。不便である。
「あら、時計ならあるわよ。はい、どうぞ」
「お、サンキュー。十二時半前か。じゃあ十三時すぎには着く…………って、おぉおおぉい!」
クロルは驚いた。驚きすぎて魂が抜けかけたし、肌がパッサパサになった。
「なぁに?」
「ばばば、おおおおま、そ、それ!」
「え、どれ?」
「国宝じゃねぇか! なに普段使いしてんだよバカ!!」
なんてこった。レヴェイユは、うっかりと普通に国宝の懐中時計を持っていた。普段使いにちょうど良いサイズ感だった。
驚くクロルを見て、レヴェイユは『はて?』とぼんやり思い出す。そう言えば、グランドから懐中時計を取り返した後、そのまま展示室から持ってきてしまったのだ。
「あらまあ、大変」
「本当に大変だ」
グランドを捕縛した高揚感と、スカートの中身に気を取られて聞こえていなかったが、よく耳を澄ませるとロイヤルガーデンが騒がしい。そりゃそうだ、リーンゴーンと鳴って、開けてビックリ・ノー国宝なのだから。
「おいおい、まじでやべえ案件じゃねぇか。どうすんだこれ」
「大丈夫大丈夫~。展示室に返してくるわね。お届けソワール~♪」
「あ、待てこら!」
クロルの制止も聞かず、レヴェイユはひょいひょいスタタタとロイヤルガーデンに戻ってしまった。本当に足が速いし、迷いがない。
レヴェイユは勝手口から展示室に入ろうと思ったが、そうもいかなかった。茂みの中で気絶している第一騎士団を、第五の同僚たちがわちゃわちゃソロリと回収しているからだ。
『あら、邪魔をしてはいけないわね』と気を使って、レヴェイユは展示室の横を通り、正面扉側に回る。普段気を使わないやつが使うと、大抵失敗するやつだ。
すると、何やら騒がしい展示室。正面扉の前で『あらまあ、とても混んでるわ』なんて考えながら突っ立っていた。なぜ突っ立っていたのかと言えば、特に理由はない。
ぼんやりしていると、その中の一人と目が合う。そのお貴族様は『なんかすごい短いドレスを着てる変な女がいる』という顔をして、次にレヴェイユが持つ懐中時計を見て叫んだ。
「泥棒だ!」
レヴェイユがきょとんとしていると、次々と泥棒泥棒という言葉を浴びせられる。なんて失礼な貴族たちだろうか! 彼女は危険を顧みず、勇敢に悪女を演じた善良な悪女だぞ!? 偏見、はなはだしい!
レヴェイユも『あら、もう引退済みなのに』なんてムッとしながらも、クロルのために友好的な態度を取らねばと、ニコリと微笑んでみせた。
「お騒がせして、ごめんあそばせ? 懐中時計はここにあるわ」
レヴェイユが懐中時計を掲げると、展示室付近にいた騎士の目の色が変わった。「捕らえろ!」とか言いながら、一斉に襲いかかってくるではないか。
「え、え、なんで?」
レヴェイユは恐怖した。悪いことなんて一つもしていないのに、人間はこんな鬼の形相で襲いかかる生き物なのかと思ったら、ひどく身体が震えたのだ。このシチュエーションで国宝片手にそんな思考になるだなんて、本当に怖い。
恐怖に慄いたレヴェイユは、それはもう全力で逃げた。入場したときにクロルが記憶しているのを見て、レヴェイユも必死で覚えた最短ルートを駆け抜ける。騎士の配置も覚えていたから、逃走はとても捗った。
受付のヒヨッコ文官たちがちょっと邪魔だったので、てーい!と蹴散らしてみれば、彼らは「わー!」と言いながら散らばってくれた。
そうして、ロイヤルガーデンの正門を華麗に抜ける。さて、ここからどうしようかしら、と思っていると、「このバカ!」という罵声と共に、芝の広がる中庭に馬で乗り込んでくる茶馬の王子様が。
どうやら騒ぎになったのを察知して、馬をかっぱらって、逃走ほう助……あ、いや助けに来てくれた様子。
「ぇえ……嘘でしょう!? 正装姿で馬に乗ってるクロル……最高に美しいわ!」
「言ってる場合か! のん気で死ぬぞ!? 後ろ見てみろ!」
クロルが顎で指している方向を見ると、大量の騎士が剣を片手に追いかけてきていた。中庭の騎士たちもどんどん集まる。集客力が高い。
「あらまあ大変。まるでソワール時代のようね。懐かし~」
「懐古すんな。逃げるから乗れ!」
グイッと引っ張られ、米俵のように馬に乗せられた。レヴェイユは訳が分からないまま、とりあえず馬にしがみつく。ひひーん。
ここで面倒事に巻き込まれては、東の別荘地に行けなくなると判断したクロルは、強行突破を選んだ。
中庭を抜けて、騎士団本部への連絡通路を馬で駆け抜ける。たまたまデュールを見つけ、これ幸いと懐中時計の激やば案件を丸投げ。東の別荘地に行くことを告げて、そのまま王都を後にしたのだった。
……というわけで、これがプロローグの場面だ。今後、語り継がれるだろう『赤の目覚め 国宝窃盗事件』の真実が、こんなバカバカしいものだったなんて。
何事も、表を裏にひっくり返して、その裏側を見てみると、全く違う真実が隠されているものだ。




