101話 手紙をすり替えて
秋の園遊会まで、残り六日。
いつ投函されるか分からないグランド商会からの封書。クロルたち三人は、すぐさま段取りを決めて、それぞれ準備を整えた。
先発であるクロルは、路地裏から宿屋『水の音色』を監視していた。こういうときは、体力勝負の張り込みしかないのだ。
そうして 張り込みすること四時間。騎士団本部で準備をしていたトリズがやってきて、そのあとレヴェイユも合流した。
レヴェイユというか、これはもうソワールだ。久しぶりに見せる黒い外套に黒いブーツ姿。金髪でもなく赤髪でもなく、黒髪だったけど。
「お待たせ~」
「おせーよ。まだ郵便屋は来てないからいいけど。……っつーか、なにその髪」
「黒ソワール~。どうかしら、念願の黒のロングヘア」
「お前……変装のたびにカツラ買ってどうすんだよ。ハゲる予定でもあんの?」
税金がカツラに使われる国民の気持ち。
「む~。だって、前のカツラは苔色アジトの水没で廃棄されちゃったんだもの。それより! ね、ね、黒髪ロングよ? 似合うかな?」
「ん? 全然似合わない」
「がーーん! タイプなんじゃないの!?」
なんと驚き、懐かしのミュラ男爵令嬢、イイ子ちゃんの子爵令嬢、そして先日の王城の侍女。この三名は、そろいもそろって黒髪ロングだったのだ。
茶髪が国民の半数以上を占める中で、黒髪は案外珍しい。ここまでそろってしまうと、勘違いされても仕方がない。クロルのタイプは、黒のロングで間違いなしだと。
「は? 黒髪がタイプ? むしろ苦手なんだけど」
「がーーん!」
見当違いも、はなはだしい。
「……え? 待って、苦手なの? 本当に? だって……」
レヴェイユが不思議そうにしているのを見て、クロルはすぐに理解した。
「あー……そういうことか。……本当だよ。黒髪女については、我が強くて俺とは合わないという、俺的統計が出ている。事実、今まで会った黒髪女は全員苦手」
ひどい統計だ。きっと標本の偏りがあるに違いない。
「え? 全員……?」
「そう、全員。わかったか?」
「う、うん……」
レヴェイユは戸惑いながらも、一応うなずいていた。クロルは小さく笑って、宿屋『水の音色』を指差す。
「っつーか、『がーん』を二連発も出してんなよ。緊張感のねぇやつ。宿屋、本当に一人で大丈夫か?」
「それについては、お任せソワール~♪ 手紙でも宝石でも、華麗に盗んでみせるわ」
「よし。じゃあ、おさらい。建物の窓の数は?」
「えーっと、正面に十七、側面に六ずつ、裏側はゼロです」
「よし。ポストの場所は?」
「正面の右側。赤い旗が飾ってあるとこの下です! ピッキング道具も準備万端、クロルのためにがんばる~」
「ちゃんと死角に入り込めよ?」
「はぁい~」
すると、宿屋を見張っていたトリズが、ひょこっと顔を出す。
「郵便屋が投函したよ~!」
クロルはこくりと頷いて、レヴェイユに向き直る。
「いいか? 絶対に無理はするな」
「ふふっ、だいじょうぶ。いい子で待っててね~」
そう言うと、彼女は屋根を飛び跳ねて華麗に去って行った。
「ったく、のんきなやつ」
「クロル、心配しすぎだよ~。信頼してるんでしょ?」
「それとこれとは別。で、トリズの方は? 返事を書く準備は大丈夫そうか?」
トリズは腰に手を当てて『えっへん』と胸を張る。
「バッチリ! エタンスの筆跡はわかるし、紙も封筒もペンも種類をそろえてある。どんな筆跡でも真似して書いてくれる人材も捕まえておいたよ」
「へ~、そんなやついんの? すげぇな」
「第五には、いろんな人材がいるからね。例えば、読唇術とか催眠術を使える人材とか、顔面凶器で女をたらしこむ天才とか~?」
「ははっ、二十九歳のくせに、十六歳の少年になりきれるやつもいたっけ」
「そうそう。あとは、女泥棒ソワールとかね!」
第五は人種のサラダボウルということだ。
「それにしても、こういうときにソワちゃんがいると、本当に役立つよね~。これからも第五に尽くしてもらお~っと」
「でも、サブリエのやつらには伯爵令嬢だって思われてるし、もし見つかったら……リスクが高すぎるんだよなぁ。なぁ、やっぱり俺が様子を見に行って、何かあったら顔でうやむやに、」
「くーろーる? ただでさえ美形で目立つんだから、大人しく待つ! 彼女はソワールなんだから」
「……了解」
そうして待つこと、十分。
「はぁい、お待たせ~」
「早っ! え、もう盗ってきたのかよ?」
「え? ポストの鍵を開けて、グランド商会からの封書を盗るだけだもの。カンタンカンタン~♪」
「……なるほど。それだけ聞くと簡単そうだな。ホントすげぇよな、お前……ははは」
クロルは、引きすぎて一周回ってリスペクトした。
「さすがソワちゃん! よし、開封開封!」
三人は暗がりの路地裏で、ゴクリと喉を鳴らして封書を開けた。
まず現れたのは、グランド商会のカタログ。それをペラリとめくると、カタログの間から紙が出てくる。これは! グランド直筆と思われる手紙ではないか!
「よっしゃぁぁあ! ビンゴ!」
「うわ~、テンションあがる~! 早く見たい! クロル、なんて書いてある!? これ、犯罪の証拠になったりするんじゃない!? 園遊会の前に、捕縛できるかも!」
「レヴェイユ、ランプ照らして! 早く早く!」
「はいはぁい」
やんややんや言いながら、三人は手紙を見た。路地裏の一角で、飛び跳ねるくらいに盛り上がった。
手紙を開いて、わくわくと覗き込む。
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壁画の件。側近から打診あり。
当日、朝七時、裏庭。
掃除スタッフとして。
フォロー可なら青。
フォロー不可なら黄色。
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「青? 黄色? わけわからん」
わけがわからなすぎて、一気に盛り下がった。犯罪の証拠など、手に入るわけもなかった。
「コホン。えっと……これは要するに、『壁画を見に行きたいけどリスクがあるから、万が一の場合を想定してエタンスにフォローを頼みたい。フォローできるなら青にしろ。できないなら黄色にしろ、その場合は諦める』ってことだよな?」
「たぶんね。やっぱり、エタンスのこと頼りにしてるんだね~」
すると、レヴェイユがうんうんと頷く。
「正体を隠して過ごすっていうのも、大変なのよねぇ。私も、頼れるのはブロンだけだったから気持ちが分かる~」
「全く分からん。犯罪者目線がすぎる。これさ、このままだと真面目エタンスのことだから『不可』で返事をするよな」
「だろうね~。そもそも、当日の朝、エタンスは僕の面倒見と監視をしないといけないから、フリーにはさせないつもりだし」
核弾頭キャラかつトリズ・カドランのキャラが活きるということだ。
「エタンスになりすまして『可』で返事をして、グランドにゴーサインを出したいとこだけど……」
「あはは! 予想はしてたけど、やっぱり返事の仕方まで書いてるわけないよね~」
グランドの自宅に郵便を出すわけにもいくまい。
「そもそもに、青と黄色ってなんだ?」
「あ、私、わかったかも~。瞳の色じゃない?」
「いちいち目玉を取り出せるわけねぇだろ。毎度のことながら、発想が怖えーよ」
「じゃあ、服とか靴かしら?」
「ソワちゃん、それいいね~。エタンスを縛り上げて、全身青色の服を着せて、グランド商会の前に立たせておこうよ!」
「不憫」
返事の出し方もわからなければ、青も黄色もわからない。また降り出しに戻る。
クロルとトリズは考えた。脳を絞り上げて、思考をこねくり回す。青、黄色、あお、きいろ、アオ、キイロ……。
「だーー、わかんねぇ!」
「ふふっ、わかんないなら諦めましょ~。のど渇いちゃった。お茶にしない?」
「のん気すぎだろ」
「だって、分からないことは、分かる必要がないから分からないのよ。もう分からないままでいいじゃない~」
「なに言ってるか分からん」
「いっそのこと、手紙だけ盗んで終わりしない?」
「それは本当に終わりになるやつだぞ」
クロルとレヴェイユがあーだこーだ言っていると、そこで黙り込んでいたトリズが「あ、そうか~」と言う。
「ソワちゃんの言うとおり、分からないことは分からないまま突き進もう! 時間がないから、僕に任せて。ちょっと本部いってくるね」
トリズは手紙を鞄にしまい、音もなく去っていった。
「……おい、レヴェイユのせいで、トリズが分からないまま突き進む男になっちゃったじゃん」
「え? 私のせいなの? あらまあ、大変」
「出た。全く大変そうに聞こえない、アラマータイヘン」
まるで呪文のようだ。
「ふふっ、ところで張り込みで疲れたでしょ? お茶にしない?」
「……賛成」
そうして紅茶とお菓子をテイクアウト。路地裏でティータイムを過ごすこと、一時間。
「ただいま~」
「お、やっと帰ってきた。さっきの突き進む発言は、なんだったんだよ?」
「じゃ~ん。これ見て見て!」
トリズは一通の手紙を出してきた。それはエタンスの筆跡ではなく、グランドの筆跡で書かれた手紙だった。
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壁画の件。側近から打診あり。
当日、朝七時、裏庭。
掃除スタッフとして。
フォロー可なら黄色。
フォロー不可なら青。
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「ん? さっきの手紙の複製? ……あ、青と黄色が反対になってる」
「ね? これで、エタンスは何かを青にして『不可』の返事を出すけど、グランドはエタンスが出した青を見て『可』と判断するでしょ~? 二人は会えないんだから、バレないバレない~♪」
「なるほど」
「ソワちゃんの言うとおり。分からないことは、分からないままで突き進む。突き進んだ後に、初めて分かることもあるからね!」
「……なるほど」
返事の出し方も意味もわからないのだから、それは丸ごとエタンスにやって貰えばいいというわけだ。
そうして道行く郵便屋に「これ落ちてましたよ」とかテキトー言って、サブリエの宿屋にすり替えた手紙を投函してもらい、任務完了。
翌朝。クロルがモーニングコーヒーを飲みながら、サブリエの宿屋の前を馬車で通過してみると、ポストの上にあった赤い旗が、青色の旗に変わっていた。
「へー、旗の色でお返事か。ははっ、さすがにこれは分かんねーな」
分からないことは、分からないまま突き進む。突き進んだ後に、初めて分かることもあるのだから。