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100話 あちらとこちらを混ぜこぜに



 翌日の朝食後。クロルは皿を洗っていた。


 すると、パタパタパタ……と鳥の羽ばたく音がする。パタパタパタ……パタ、パタ。……パタパタパタ! 『早く気付けよ!』という苛立ちが、鳥の羽から見て取れる。


 そこでやっとこさ窓の外に視線を向け「あ、鳥だ」と気付く。

 しかし、その瞬間。美しい指先から皿がツルリと滑り落ち、ガチャンと大きな音が響く。白い皿は無残な姿に。今をときめく、うっかりクロルだ。


「まじか」

「なんか割れる音したけど、大丈夫~?」


 リビングにいたトリズが顔を出す。


「悪い、皿割った。それより、白い鳥がきてる」

「も~、気をつけなよね! ブロン、どうだったかなぁ」


 クロルが皿を片付けてからリビングに行くと、手紙を読みながら「あっはは~」と苦笑いをしているトリズがいた。


「ブロン、どうだったって?」

「これ見てよ」


 トリズの苦笑いも頷ける。『ラクショー!』と、一言書いてあるだけだったのだ。これを届けるためだけに飛んできた、鳥の気持ち。


「不安しかない」

「同じく~」


 クロルは考える。いくら愛しのアンテ王女からの色仕掛け?とは言え、中身は男だ。その場では全力イエスで答えたとしても、我に返ってみれば『あいつ男じゃねーか!』と真顔になることだろう。


 下らないタラレバではあるが、もしブロンが女であったならば、全て丸く収まっていたりするのだろうか。案外、グランドが惚れ込んで悪事から足を洗い、改心して真面目人間になって、結婚なんかしちゃったりする未来もあったかも。

 あれ? となると、将来的にクロルとグランドが義理の兄弟になるという……おっと、これは笑えないやつだ。ブロンが男で助かった。


 さて、ブロンが男だろうが何だろうが、グランドに壁画を見るチャンスが巡ってきたという事実は変わらない。そのチャンスに、大きく乱されていることだろう。


「もう一押しして、確実におびき出したいところだよね~」

「となると、グランドからエタンスに送られる手紙だよな」

「それを上手く利用したいよね!」



 思い出していただきたい。王城でポレル私兵団として潜入したトリズが、あの場で突然『トリズ・カドラン』を名乗ったのには、グランドにとって想定外ともいえる出来事を引き起こし、エタンスとの信頼関係や力関係を把握するという目的があった。


 あのとき、グランドはトリズの振る舞いに驚いて、瞬時にエタンスを見ていた。エタンスの視線はトリズに釘付けだったのに。これだけで、二人の信頼関係と力関係が分かってしまう。


 要するに、グランドは首領であり、その賢さや立場からも、力関係はエタンスより上ではある。しかし、実務面ではエタンスを頼りにしているということだ。有事の場面では、力関係が逆転することもありえる。グランドの視線だけで、クロルたちにはそれが分かった。


 そうであれば、あの慎重なグランドという男が、ブロンから『壁画ウォッチング計画』を聞かされて、エタンスに伝えないわけがない。必ず、報・連・相は行うだろう。そして、リスクが伴う場合において、エタンスの意見は必ず聞くはず。


 しかし、ブロンがグランドに計画を持ちかけたのは、昨日の夕方だ。園遊会まで残り一週間と差し迫った、ギリギリのタイミング。


 マミちゃんのランジェリーショップにブロンを呼び出したのは、園遊会まで三週間という時期だったのに、ここで二週間のタイムラグが発生していることになる。


 これは掃除係のリナちゃんとオトモダチになるタスクがあったからという理由もあるが、それだけではない。グランドとエタンスが直接会う時間を確保できなくなるギリギリまで、ブロンに待ったをかけておいたからだ。


 ブロンは計画を持ちかける前に、『園遊会まで休暇はないこと』を確認していた。よって、エタンスと会う時間はないのだ。

 ならば、グランドはエタンスの意見を聞くために、手紙を送るはず。その手紙を利用して、確実におびき出したい。これがクロルたちの狙いだ。


 が、しかし。


「グランドとエタンスの連絡の取り方がわかんねぇんだよなー」

「それなんだよね~。エタンスはサブリエの宿屋『水の音色』に住んでるんだよね。そこに郵便を出してる? ……なーんて足が着くやり方、グランドがするわけないもんね~」

「宿屋に直接投函する? ……ってことはねぇよなー」


 二人で脳みそを絞り上げるが、どうにも分からない。トリズはギブアップとでも言うように、クッションに頭を預ける。


「大体さ~、いっつも思うんだけど、僕たち騎士が犯罪者のやりそうなことを予測すること自体、ナンセンスじゃない? やつらの気持ちなんて分からないから、正義の騎士職を(まっと)うできてるのにぃ」

「……確かに。となると、餅は餅屋だな」


 クロルは、二階に向かって「レヴェイユ」と呼んだ。すぐに「はぁい」と返事があって、彼女はとことこリビングにやってくる。


「なるほど、蛇の道は蛇ってやつだね~」

「へび? なんの話かしら?」

「なぁ、ソワール時代のこと教えて。ブロンと話したいけど会えないとき、どうしてた?」


 レヴェイユは、クロルの対面に座りながら「どうしてたかしら?」と首を傾げる。クロルは脚を組み替えてソファに背を預け、彼女を待つ。


「う~ん。鳥笛で呼べば来てくれたから、あんまり覚えがないようなそんなような~」

「そういや、こいつらファンタジー枠だったな」

「でもさ、鳥笛で呼んでも来ないこともあったんじゃない? ソワちゃん、頑張って思い出して!」


 レヴェイユは、うんうん唸ってから、「あ~」と思い出す。


「ブロンがデュールさん家に保護されてたとき! あのときも、美術館に盗みに入る前に鳥笛を使ったの。でも来てくれなくて、それで……」

「それで?」

「裏庭に鳥さんがたくさんいたから、適当に伝言メモをくくりつけておいたの。読んでくれるかなぁと思って。十羽くらい捕まえて、大変だった~」

「そんな地味な作業やってたのかよ」


 しかも、そのときに捕縛されてるし。無駄骨。


「っつーか、なんで十羽も? 一羽でよかったんじゃね?」

「ううん、だめなの。どれがブロンの白い鳥で、どれが普通の白い鳥か、私にはわからないんだもの」

「え? 宿屋『時の輪転』にいた白い鳥って、全部調教済みじゃないんだね。僕、エサ代が大変だな~って思ってたよ」


 レヴェイユは思い出すように窓の外を見る。


「なんかね、あえて普通の鳥とブロンの鳥を混ぜこぜにしてるんですって。鳥笛で一斉に羽ばたいちゃうと変だからって言ってたようなそんなような~」

「木を隠すなら森か……本物とフェイクを混ぜるってことだよな。そういや、ブロンが女装してた理由もそうだったっけ」


 そこでクロルは、ぼんやりと考え出す。今まで見てきた、グランドの手口を。

 サブリエの宿屋『水の音色』が騎士団本部の目の前にあったこと。クロルたちにポレル私兵団を名乗らせて、堂々と潜り込ませたこと。その大胆不敵さ。


 そこでやわらかい声がして、クロルは思考を止められた。


「ねぇ、さっきお皿が割れた音がしてたみたいだけど、新しいお皿を買った方が良い?」

「あぁ、悪い。レヴェイユのやつ割ったんだ。ごめん」

「ううん~。お皿なんて何でもいいもの。えっと、カタログはどこかしら……」


 相変わらず、物に執着をしないレヴェイユ。カタログを探すために本棚を覗き込む。


「えっと、トリドリー商会とファイザック商会と……あら、グランド商会のカタログはないのね~」

「そうそう、コゲ色アジトになってから、郵便(DM)が来なくなっちゃったんだよね。グランド商会本部とは少し距離があるしね」

「そういやそうだな。グランド商会くらいデカいとこなら、王都中にカタログをバラまいてるかと思ってたけど」

「カタログ送るのもお金かかりそうだからね~」


 そこで、クロルは思い出す。


「そうそう! 懐かしー。こういうカタログって、送るのも大変なんだよなー。金もかかるし、封筒に入れて宛名を書いたりさ」

「へ~、やったことあるの?」

「オルの時計店もカタログ作って、お得意様に郵便で出してたんだよ。じいちゃんから客先のリストだけ渡されて、全部丸投げされんの。しかも、じいちゃんの酒飲み友達にはさぁ……」


 そこで、言葉を止めて下を向く。トリズに「どうかした?」と声をかけられた瞬間、クロルはバッと立ち上がる。宿屋『水の音色』で見た光景を思い出したのだ。


「そうか、そうだよ! なぁ、グランドも混ぜこぜにしてるんじゃないか?」

「なぁに、突然? こねこね? パンの話?」

「混ぜこぜ。ブロンが、鳥を混ぜこぜにしてたみたいにさ」


 トリズが「どういう意味?」と身を乗り出す。


「じいちゃんって、酒飲み友達宛てに時計のカタログを送るときだけは、下らない手紙を同封するんだよ。また飲もうとかさ。で、普通の客に送る封書と混ぜこぜにして一斉に郵送」


 クロルはレヴェイユが持っていたカタログを二冊取り上げ、片方にだけ紙をはさんだ。


「前の苔色アジトのときは、結構な頻度でカタログが郵送されてきたじゃん? 俺たちに届いてたのは、こっち(紙なし)。でも、サブリエの宿屋『水の音色』に届いてたのは、こっち(紙あり)


 トリズに紙なし、レヴェイユに紙ありのカタログを渡す。 


「グランドが、宿屋『水の音色』にだけ手紙を出すなら目立つけど、グランド商会のカタログを辺り一帯に配るなら、サブリエの宿屋に届くのも当たり前。でも、サブリエの宿屋に届いたカタログにだけは、エタンス宛ての手紙が入ってる」


 クロルは、レヴェイユのカタログだけをパラリとめくり、紙を取り出す。


「宿屋『水の音色』を探索したときに、見たんだよ。他の商会は未開封のままなのに、グランド商会のカタログだけ封が開けられていて、本棚に並べられてた。真面目眼鏡のエタンスの忠誠心かと思ってたけど、違う。手紙を見るために、必ず封を開けるからだ」


 そこでトリズが「クロル! それだよ~!」と立ち上がった。


「木を隠すなら森! まさにグランドが考えそうなこと。さっすがクロル! 時計店の孫息子! 何事も経験だね~」

「わぁ、すごぉい(ぱちぱち)」

「トリズ、ありがと。レヴェイユ、ダウト。お前、わかってねぇだろ」

「うふふ~。もう一度、最初からお願いしまぁす」

「……はいはい」


 園遊会まで、あと少し。相手は、時は金なりの商売人。昨日の夕方に、ブロンから壁画計画を持ち掛けられたのだから、すぐに手紙やカタログを用意して送付したはず。であれば、今日には郵便が届いてしまう。


 グランドからエタンスに渡るだろう手紙をゲットするために、クロルたちはすぐに動き出した。


 




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