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10話 悪女の一撃



 さて。時は戻り、潜入三日目の朝。簡単に言えば、朝食にクロワッサンが出た日の翌日だ。


 またもや良い天気。パタパタ……と、鳥が飛ぶ音で目が覚めた早起きクロル。食料庫でトリズが言っていたことを思い返す。


 ―― レーヴェが怪しい、かぁ


 とは言え、ここから本格的な調査が始まるのだ。より近く、そして深く、心の奥底まで潜り込む。


「とりあえず、この宿屋に身を置きたいよな」


 現在、クロルは体調不良ということで身を置かせて貰っているが、すでに回復済みの滞在三日目。このままぬるりと住み着く事もできなくはないが、一文無しで居座るのも気が引ける。主に、マスターじいちゃんに申し訳がなかった。


 本当はここで働けたら良いのだが、すでに人員は足りている。客がいない宿屋で五人目のクロルを雇い入れてくれるとは思えなかった。スタッフが過剰すぎて、客も驚くことだろう。


 ―― なんか策を講じるか。必殺一撃の出来事でも起こらねぇかなー


 と、思ったところで朝食の時間。



「おはよ」

「おはよう、クロル~。よく眠れた?」


 この週の朝食担当はレヴェイユ。トレイに五つの皿を乗せ、配膳をしながらクロルを出迎えてくれた。


「うん、体調もばっちり……って、おい! スープこぼれてる!」

「あらまあ、大変。うっかりうっかり」


 手元を見ないで運んでいたのだろう。皿からスープがゆらゆらとこぼれまくった結果、トレイがスープの海になっていた。


 クロルが慌ててキッチンから布巾を持ってくると、レヴェイユはトレイを持ったまま「ありがとう~」とお辞儀をする。スープがゆらゆら。あぁ! 床にこぼれるじゃないか。


「わー! 待て待て! レーヴェ、とりあえずトレイを置けって」

「なるほど~。よいしょっと」


 ガチャン! バシャー。


「あ! もっとゆっくり置けよ! あーもう、テーブルがビチャビチャじゃん……」

「あらまあ、大変。五人分ともなると、スープの量も多くて運ぶのが大変ね」

「そもそも、五人分まとめて運ぶなよ 」

「ノンノン。抜かりはないわ。たくさん作ったから、こぼしても大丈夫なの~」

「抜かりがありすぎる」


 ド天然はノーエコロジー。


「ったく、スープは俺が運ぶから、こぼしようのないパンでも運んでて」

「はぁい~」


 呑気な返事にずっこけそうになる。


 ―― 手のかかるやつ……




 そうして配膳を終えたところで、五人が集合。スープが美味しいだの何だの会話をしながら食べていると、レヴェイユがふわふわと話し出す。


「マスター、お腰は大丈夫かしら?」

「ふぉっふぉっ、この通りバッチリ治ったよ」

「え、マスターじいちゃんって腰が悪いの?」


 おじいちゃんっ子のクロルは、マスターの腰が悪いことを察して心配になってしまった。


 それにしても、潜入三日目にして『マスターじいちゃん』と呼ぶほどに距離が縮まっているという事実。いつの間に! 案外、じいちゃん担当として潜入するのもアリだったりして。


「そうなの。この前もぐっきりと腰をやっちゃったのよね~」

「ふぉっふぉっ、大丈夫じゃよぉ」


 マスターのあっけらかんとした様子。それを見たクロルは、宿屋に長居する作戦というよりは、善意百パーセントの気持ちで手伝いを申し出る。


「そしたらさ、俺がマスターじいちゃんの代わりに働くから、しばらくここに置いてくれない?」


 すると、レイが「ぇえ!?」と非難の声をあげる。ちょうど口に食べ物が入っていたのだろう、もぐもぐごっくんと飲み込んでから「私は反対」と言い放った。


 クロルは『んん?』と思った。昨日は『仲良くしよ』とニコニコしていた癖に、一夜あけたら滞在を反対してくるレイ。ブレブレの様子に怪しさ満点だ。


 もちろん、トリズからクロルに目配せが送られてくる。クロルが読み取るに『嫌われてやんの。いい気味~』と伝えてくれているようだ。

 クロルは「塩味、足りてる?」と、トリズのオムレツに塩を盛ってあげた。悪霊退散、祓えたまえ清めたまえ。もちろん、思いっきり蹴られた。


 テーブルの下で大人気ない大人同士が蹴り合いをしている一方、テーブルの上では店員同士の話し合いがされていた。


「もう。レイったら、なんでそんなに嫌がるの? 力仕事をして貰えるなら助かるじゃない~」

「別に嫌なわけじゃないけどー。単純な話、人は足りてるでしょ? トリズ様もいるし」


 一応、トリズも「僕、そんなに力無いですよ?」と小さい声で反論してくれたが、二人には全く聞こえていなかった。声が小さすぎた。


 レヴェイユは続ける。


「でも、このままだとマスターの弱腰が、また弱々しくぎっくりしちゃいそうじゃない?」

「マスターはこう見えてマッチョだから大丈夫よ!」

「ふぉっふぉっ、まっちょじゃ」


 弱々しい。


「それにロージュさんは記憶喪失なんでしょ? ちゃんと騎士団にお世話になって、元の場所に帰してあげないと。とっても美形だからきっと既婚者よ。奥様が心配してるんじゃない?」


 クロルは『既婚者じゃねーし』と心の中で突っ込んだが、記憶喪失の関係上、強く否定もできない。


「あー……でも、マスターじいちゃんが騎士団に通報してくれてるからさ。身元が判明したら出ていくから、それまでここで働きたい。お願い」


 クロルは、女なら誰もが言うことを聞いてしまいそうなお願いポーズを決めてみるが、さすが美形のレイだ。攻撃はあまり効いていない様子。

 そんな稀有な反応に、クロルは少しだけ訝しく思う。茶色の前髪を軽くかきあげ、何かを見定めるようにレイを見て続けた。


「俺、他に行く当てもないんだ。ここに置いてくれないかな?」

「じゃあ、住み込みで働けるところ、私が紹介してあげよっか? ここの宿屋じゃ給与は出せないし……タダ働きになっちゃう。かわいそー!」

「それでもいいよ。マスターじいちゃんの腰が心配だし、恩返ししたい」


 お互い、優しさを振りかざした押し問答。

 すると、レヴェイユがパンを二つに割りながら話し出す。


「マスターはどう思います?」


 確かに、その通りだ。ここはマスターが経営する宿屋。マスターの決定次第だろう。

 すると、マスターは「ふぉっふぉっふぉ」と言って、コーヒーカップ片手にキッチンに向かった。


「どうしようかのう」

「あー! マスターの悪い癖が出てる!」

「悪い癖って?」


 クロルが聞いてもレイは答えてくれず。代わりに、パンをゴクンと飲み込んだレヴェイユが「あのね、」と話し出す。


「こういう風に何かを決めなきゃいけないとき、マスターはキッチンに逃げちゃうの」

「なにその可愛い癖」


 クロルの判定は、可愛いだった。


「ふぉっふぉっ、そうじゃのう……よいしょ、コーヒーのお代わりは、と」


 悪い癖を発揮した可愛いマスターは、やたらゆっくりとコーヒーを淹れようとする。

 しかし、残念なことにガラス容器にコーヒーが入っていなかったようだ。マスターは「おやまあ」と一言呟いて、棚の上にストックしてある、何やらとても重そうなコーヒーの袋を持ち上げた。その瞬間。


 ぎっぐり! 大変だ、魔女の一撃(ぎっくり腰)だ!


「う、うぐぅ……」

「マスター?」

「ぎっくりいってしもうたぁ……」

「マスター!?」


 まさかの必殺一撃。マスターの犠牲によって男手が必要になってしまい、クロルは宿屋『時の輪転』に身を寄せることができたのだった。ホント、悪女って怖い!





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