悪辣なのは……
──判決が言い渡された後、傍聴席から一般人が出払った法廷で、俺たちは『海神』を挟んでオクタゴン大臣と対峙していた。
「妖魔教団に属する魔物が人間のフリして国家を乗っ取るなんて、いったいどういう了見なのかしら」
魔物であることが住民にまで露呈したオクタゴン大臣をソフィアが問い詰めるが、当の本人は至って冷静だ。
「ふむ。まずは、腐敗した貴族政治の産物とも言えるスターグリーク卿に問い詰められるのは遺憾であるとしよう。そのうえで、先ほどの雰囲気はスターグリーク卿の目にはどう映ったか問おう」
先ほどの雰囲気。それが、オクタゴン大臣に余裕を与える要因だ。
言わんとせんことは明らか。
「オクタゴン大臣。あなたは民意で選ばれたからその地位にいると主張するけれど、私としては不気味でならないわ。いったい何を企んでいるの? なぜ、霧の国を除け者にして、花の国を取り込もうとしたの?」
「落ち着け、ソフィア。一度に捲し立てても答えにくいだろ」
これまでの経験からか、魔物への忌避感が強いソフィアを宥めていると、今度は光から声が聞こえてくる。
『月夜見』が『海神』と称したそれは、この国のことはすべて見通せるらしい。今度はいったいどのような爆弾を投下するのだろうか。
「オクタゴン大臣はね、君達人間の貴族政治に辟易しているらしい。もっとも、そんな殊勝な考えをもったのは、私の国を乗っ取ろうと議会に入ったあとだったけどね」
『海神』の言葉に、オクタゴン大臣は無言で頷く。
俺は、自身の両隣にいる貴族令嬢二名に、小さい声で文句を言う。
「おい、お前ら魔物にまで引かれてるじゃねえか」
「少なくともスターグリーク家は清廉潔白よ」
「フロート家だって、冒険者がのびのびと活動できる街づくりを徹底しているのです」
両脇からの反論を聞き流し、しかしコイツらの家のような貴族は少数派である事実を噛み締める。
「才ある者と努力する者が相応の報いを受ける。そして、それを支援・拡大する者にも利益を齎す。そのような社会こそが、君達人間には相応しい。しかし、霧の国の国家元首のみが首を縦に振らぬのだ。故に、君達の持つ貴族政治をあらゆる手段をもって破壊する」
もはや魔物であることを隠す気がないらしいオクタゴン大臣は、威圧するように触手を揺らしながら語る。
言っていることはごもっともだが、随分と過激な一面も持ち合わせているようだ。
「妖魔教団が幾度となく魔物を嗾けてきてきたのもあなたの指揮ですか」
「私が指揮を執った作戦もあったな。最近のものだと、数年前の霧の都での作戦か」
過去の作戦について悪びれることなく堂々と語るコイツからは、確かに人間味が一切感じられなかった。
それを聞いて黙っていられなかった者がこの場に一人。
「ねえ、それって鼠亜人を使った悪辣非道な侵略作戦のことかしら」
おそらく、この場で最も妖魔教団へ憎悪を抱いているであろうソフィアは、肩を震わせ怒りを露にする。
「詳細な時期はもう覚えていないが、確かそのような作戦を遂行すると部下より耳にしていた。いや、なに。私も倫理観に反する作戦だと考えつつ承認したのだ。どうか誤解なきよう」
「アンタは……あの罪のない一般人を無差別に傷つけ殺めた戦争犯罪をただの作戦として扱うの?」
いつの間にか魔法で収納していた杖を取り出して握っているソフィアを手で制する。
今は手を出すな。視線でそう伝える。
「戦争に倫理を求めるなど、愚かと言えよう。それに、無差別攻撃と言えば、君達人間こそ妖魔教団だけでなく人里に近づいただけで魔物を殺めているだろう。私たちの行為と君達人間の行為にいったいどのような違いがあるというのか問いたい」
「我が家の愛らしいマスコット令嬢を挑発するのはやめてくれないか。知能のステータスが高いくせして、アンタと違って些細な搦手さえロクに考え付かないんだ」
立派な賢者であり貴族としての誇りを持っているソフィアなので、俺のマスコット発言に文句があるようだが。
「そうなのです! ソフィアは純粋で真っすぐなところが魅力なのです! いくら幼い頃から良くしてくれたオクタゴン大臣だからといい、ソフィアの教育に悪いことを教えるなら容赦しませんよ!」
俺の冗談にマキが悪ノリする。
これでいい。
少なくともオクタゴン大臣に挑発されてソフィアが精神ダメージを負う展開だけは避けられそうだ。
「ちょっと、どういう意味よ!」
案の定、俺とマキに食ってかかるソフィアだが、俺たちの意図を察してくれたらしい『月夜見』が間に入り、そのままソフィアの頭を撫で始める。ナイスチームワークである。
「さて、話を変えよう。妖魔教団はなぜこれほどまでに各地で人類を脅かすのか。ここらの国々だけでなく、遠国から来た商人さえも口を揃えてお前たちの悪事に警戒の念を示す。返答次第で、お前もイカ料理にしてやらなければいけなくなるが」
オクタゴン大臣はどちらかというとタコだと思うが、この際なんでもいい。
コイツを倒した暁には都中を巻き込んだタコパを開きたい欲求が脳裏を過るが、今は頭から追い出してオクタゴン大臣を向き合う。
「薔薇の街でクラーケンを倒したときのことだよね。思えば、僕たちもあれからもそれなりに長い間旅を続けているんだね」
そんなオクタゴン大臣はというと、俺と『月夜見』の言葉に思い当たることでもあったのか、表情を変えてこちらに目線を合わせる。
「クラーケン・ジェントルとその婦人を薔薇の街への斥候として送った覚えがあるが、近頃は連絡が途絶えていたな。……なるほど、腑に落ちた。言動は置いておくとして、単純な戦闘能力で評するなら、君達と相対したクラーケン夫妻は苦戦を強いられただろう」
なんとなくそんな気はしていたが、薔薇の都のクラーケンはコイツが嗾けた魔物だったらしい。
しばらくボソボソと呟くオクタゴン大臣だったが、ふとこちらに……というか、俺に顔を近づけて問いかけてくる。
「……して、彼らは隊長クラスの魔物としての威厳を保てていただろうか」
よくわからないが、部下に当たるらしいクラーケンを倒したことには特にお怒りではないらしい。
寛容なのか薄情なのか。おそらく後者だろう。コイツに限って、そんな人の心のようなものを持ち合わせているとも思えない。
そんな彼に対してどう答えるのが最善か考えていると、ここまでのやり取りを遮ることなく見守っていたジョージさんが初めて口を開いた。
「あれは美味でありましたな」
「……なんだと?」
ピシャリと。
顔に水をかけられたように表情を変えたオクタゴン大臣に対し、ジョージさんの言葉を俺が引き継ぐ。
「伝わらなかったか? 今や奴らは薔薇の都にいた人間の血となり肉となった後だな。何か月だったか忘れたが、人間の細胞はある程度のスパンで新陳代謝されるから、もしかしたらそろそろ垢かう○ことして体外に排出されているだろうな」
「ふむ。日出国の者は相も変わらず野蛮であるということか。まあ、よい。元より作戦は奴の独断であり、私に対しては事後報告であったからな。その上で討たれたのなら責は奴自身にあろう。だが──」
怒りの念を隠さぬオクタゴン大臣はそう言いながら肩から二対の触手を繰り出す。
「私は奴の仇を討とう。妖魔教団幹部『邪神』の名のもとに、君らを奴への手向けとしようか」
直後、二対四本の巨大な触手が、魔力の障壁にぶつかる音が響く。
腕で自身の身を庇う仕草をしているソフィアが張ったバリアではないようだ。であれば、いったい誰が? そんな疑問に答えるように、人が出払った法廷から声が響く。
『自分の庭で争われるのは気分が悪いものだね。だから、あっちでやってもらおう』
先ほどのバリアは『海神』が張ったものらしい。
そう気づいたころには、転移魔法で飛ばされる感覚に目をくらまされた。
【作者のコメント】
ここまでお読みいただきありがとうございます。
そして、大変長らくお待たせしました。申し訳ない。
次回は十日以内に更新予定なので、お楽しみに!




