水の都の裏作戦
──これ以上はゴネても無駄だと判断した俺たちは、一度邸宅を後にして街の見張り矢倉からオクタゴン大臣の様子を観察していたのだが。
「何やら建物の外をしきりに警戒しているのです。もしかして、アタシたちの窃視がバレたのでしょうか」
俺とともに望遠鏡を使ってオクタゴン大臣の邸宅を観察するマキがそんなことを口にする。
「窃視言うな。……まあ、待ってろ。『傍受』のスキルを使ってなにか部下に指示を出していないか察知しているから」
俺自身は裸眼でスキルを使用して様子を観察している。
『望遠』のほかに『傍受』の効果のあるスキルまで発動しているが、対策されているのかわからないが先ほどから一言も情報が入ってこないのだ。見えてはいるのだが。
いっそのことこちらから発砲しようかとも考えたが、万一奴が本当に妖魔教団幹部という可能性を排除できず観察を続ける他ない。銃一丁で相手にしてはならないような強敵だったことも考慮すると迂闊に手を出せないということだ。
そんなこんなで一方的に眺めるという気持ちの悪いことをしていると、突然斜め後ろの方で何かが崩れる音が鳴った。
「何があった!?」
慌てて振り向こうとしたところをマキに止められる。
「オクタゴン大臣の体から職種のようなものが一瞬伸びて、陸地の正門ごと何者かを攻撃していたのです。動きが速すぎて視認できなかったんですね」
「ああ。いったいなにが」
オクタゴン大臣の観察はマキに任せて、俺は先ほど破壊された正門を銃に備え付けた熱源感知望遠鏡で覗く。
すると、望遠鏡には人間のものと思われる熱源が映っていたのだ。
「……黒、だ。しかし、どの勢力に属する者を殺ったんだ?」
「わかりません。ここからは確認が難しいですし、移動しませんか?」
マキの提案に頷く。
普段ならこのような状況では近寄らないのだ。だが、今は水の都を去る前に少しでも情報を拾っておきたい。
──正門前まで辿り着いた。
閉じた門ごと破壊された瓦礫の中には、血を流してぐったりしている騎士が数名いた。
「おい、大丈夫か!?」
幸い、息があるようなので問いかける。
動きがあった者から順に瓦礫を退かして救出すると、這い出てきた騎士の一人が兜を外して素顔を現わした。
「ケンジローか。……せっかくの再開なのに、無様なところを見せたね」
「喋るな。治療するから静かにしろ」
咳き込みながら無駄口を叩く、えっと……あっと。誰だっけ。
名前を聞いたことがなかった、氷の城で会ったきりの同郷の騎士に治療魔法がかかった道具を使用する。
みるみるうちに体が癒えていく騎士の男に、治療に使った道具を倒れている人数分わけ与える。
「そいつはソフィアが作った自信作だ。今度会ったら感謝しておくといい」
残りはまだあるが、これはもしものためにとっておくことにする。
一足早く傷が癒えた騎士が仲間を治療しているのを見守っていると、しきりに辺りを見回していたマキがこちらへ向き直って口を開く。
「皆さんはこんな情勢の中いったいなにをしに来たのですか?」
マキの言う通りだ。
両国が睨み合うなか、どうやって水の国に入国したのか。何をしにきたのか。
そんな疑問に、仲間の傷を癒した騎士がこちらへ振り向いて答えてくれる。
「君達。……というか、ソフィア様に伝言があるんだ。近々、我らが霧の国は正式に水の国へ宣戦布告をする。その前に帰国するように、とアリサ王女から預かっていて、ちょうど君達に追いついたところだったんだ」
そうだったのか。
ここまでの道中が決して安全な道のりではなかったことを考えると、コイツらには無理をさせてしまったことだろう。
「用件はわかった。一週間以内であれば、帰国まで俺たちの身の安全は保証されている。アンタらもついてくるといい」
ソフィアの仲間として行動すれば、オクタゴン大臣が約束を遵守する人ならばこの国を出ることができる。だが、その前に。
「あたしたち、オクタゴン大臣を殺害するようにアリサ王女に命じられているんですよね。どうしましょうか……」
コイツらに伝言を預けた張本人から別の命令を受けている最中なのだ。優先順位についてははっきりさせなければならない。
代表して疑問をぶつけてくれたマキに、王女からだと思われる手紙を取り出した騎士から手紙を受け取ったその瞬間。
「伏せてください‼」
マキの叫び声を聞いて即座に地面に伏せると、頭上から首筋を撫でるように風が流れる感じがした!
先ほどと同様、オクタゴン大臣がこちらを攻撃してきたのかもしれない。
今度は、明らかに俺たちの頭上を狙っていたため、負傷させる意図はなかったのだろう。ただの威嚇だろう。
「悔しいが、戻っていく触手を視認するのがやっとだった。君たちが狙う相手はとても手ごわいね」
実力不足に打ちひしがれる知り合いの騎士は放っておいて、オクタゴン大臣の邸宅を見れる位置を探してこの場を後にした。
──場所を移して、水の都の外。
俺たちは一時間ほど歩いて、目視では正確な距離がわからないほど離れた丘の上までやってきていた。
道中、やや強力な魔物に遭遇したが、そこは騎士たちが撃退してくれたので怖いところはなかった。再開の仕方がアレだったので気づかなかったが、存外頼もしい連中である。
それはさておき、大口径のスナイパーライフルでなければ狙えなさそうなほど離れた場所から、ライフルスコープの熱源感知望遠鏡でオクタゴン大臣の邸宅を覗いていると、ちょうどテラスと繋がる扉の影からこちらを探している様子の熱源が見えた。
足の本数がやけに多いので、アレが先ほどの触手の主で間違いないだろう。
オクタゴン大臣その人であるかは大した問題ではない。危害を加えないという約束が先ほどの脅しであるならば、こちらも人命に危害がでない程度に暴れてやろうと思う。
というわけで、邸宅の煙突で着弾観測とゼロイン調整を済ませ、邸宅の窓ガラスをすべて割った状態で銃を握っているのだ。
設定したゼロイン距離から逆算して約六キロメートル。スキルの補正が強いこの世界でも記録を見たことがない超長距離狙撃だが、果たしてどうなることやら。
二キロメートルほどで弾丸がプラズマ化してしまう魔法銃の電磁加速機構はオフにした純粋な射撃である。
「発射!」
魔法式の優れた抑音機構をもってしても消し切れない発砲音を轟かせながら撃ちだされた弾丸は、テラスの縁を捉えた。
コッキングを終えて次の射撃チャンスを窺っていると、先ほど威嚇射撃を浴びせたターゲットから熱源が伸びていくのがわかった。
何かが伸びていった先は。
「砦の一部を壊したのです。こちらとの距離感を掴めていないあたり、まだこの場所から撃てますね」
マキの楽観的な言葉を聞き流しつつ、触手と思われる熱源の根本を狙って次弾を発射した。
射撃系スキルの効果によるものかはわからないが、これは当たっただろうという確かな手応えを感じつつ熱源感知望遠鏡で確認する。しかし、狙った熱源は消えており、長く伸びていた触手らしき熱源も同様に消滅していた。
これでは着弾したのか不明だが、答え合わせをするようにマキが何かを伝えようとしてくる。
「胴体を守るようにうねった触手の中腹に着弾したのです。そこから先は千切れ飛びましたけど……」
「魔力の粒子になって大気に還っていくように見えたね」
マキの言葉を引き継ぐように起こったことを説明した騎士に心の中で感謝を告げる。
「そういうことなら、少なくとも今撃ったアイツは魔物で間違いないな」
あとは、翌朝の号外を買って答え合わせをするとしよう。
夜更けが近く、宿に残ったソフィアたちが心配するだろうと思った俺たちは、伝言があるらしい数名の騎士を連れて水の都へと帰還した。
──翌朝。
変装した『月夜見』に買いに行かせた号外を購入した俺たちは宿の中でテーブルを囲っていた。
その見出しに書かれていたのは。
『【衝撃】オクタゴン大臣、闇夜の襲撃に遭い重体【謎の触手目撃報告複数。遂に霧の国による侵略戦争か】』
文字通り、衝撃的な見出しから号外の一面どころか、三ページに渡りびっしりと報道がなされている内容である。
一通り読み終えたソフィアが青筋を立ててこちらに視線を向ける。
「ねえ。アンタたち昨日どこで何をしていたの?」
どうやらソフィアには俺たちのせいだとバレてしまったらしい。
【作者のコメント】
お盆休みを用いて積みゲーを消化していたところ、更新が一週間遅れました。ゆ、許せ……!




