せせらぎ作戦の行く末は
──同じ頃。
ソフィアの魔法によって体の自由が戻った俺は、通信魔法越しに得た奴の弱点をつくため行動を始めた。
不意打ちを喰らってお冠なエンシェントドラゴンの目を掻い潜り、なんとしてでも魔法銃を装備しなおさなければならない。
こんな状況なのでロクな情報共有もできていないが、俺の意図を汲み取ったらしいソフィアがあえて目立つように魔法を連発しているので、それに乗じて少しずつ移動しよう。
ソフィアたちに注意が向き過ぎた時だけエンシェントドラゴンに手を出し注意を引くことを繰り返していると、やがて先ほどまで乗っていた竜車のところへとたどり着く。
見るも無残な姿になってしまったレンタルの竜車は、しかし地竜は無事だったようだ。
近くに人の気配はない。つい先ほどまで魔法銃を使用していた『月夜見』も、マキが安全圏まで逃がした後である。
拾い直した魔法銃は念のために破損個所がないかを確認する。
丈夫なつくりだったためか特に故障は起きておらず、そのまま使えると判断して構える。
安全装置は解除されたままになっているため、普通ならあとは狙って引き金を引くだけだ。しかし、ここでは引き金は引かずに魔法式の電磁加速装置に魔力を送り込み続けたまま待機させておく。
『月夜見』が使用した後であるためか、既に大量の魔力を帯びた電磁加速装置は魔力由来の電力で満ちていた。そして、それほどまでに魔力が蓄積した物体を魔物の一種でもあるエンシェントドラゴンが見逃すはずもなく。
『今度は何をする気だ、糞畜生め!』
そんな怒号が脳内に直接響いてくるが答えてやる義理はない。
エンシェントドラゴンの方も対話する気はないのか、有無を言わさず攻撃を仕掛けてくる。
巨大な鉤爪が魔法銃を構える俺のすぐそばまで迫ってきた瞬間、銃だけを手放して回避行動を取った。
次の瞬間、雷にも似た轟音が俺が先ほどまで経っていた場所から響き渡る!
無理気味な回避行動から立て直した俺の目に映ったのは、感電して地面に墜落したエンシェントドラゴンの姿だった。
「──バカなんですか! あなたという人はバカなのですか⁉」
感電して体が痺れてしまった俺は、事態を察知したマキに引きずり回されていた。
膝から下の感覚がなく痛みを感じないが、それでも自分の脚がすりおろされていく光景は中々にショッキングなのでやめてほしい。
「自爆覚悟だったんだ。両手と頭が動くだけ運が良かったんだよ」
「それ、ソフィアの前で言わないでくださいよ」
俺の言い訳にマキは呆れたように返す。
確かに、そんなことを口にしようものなら往復ビンタが飛んでくるに違いない。
しばらく引きずられていると、やがてジョージさんと『月夜見』と合流していたソフィアのもとへと運ばれる。
両足を血だらけにした俺を見て目を見開いて驚くソフィア。違うんです。これはマキにやられたんです。
「……なんでまた怪我してんのよ」
「すりおろされたんだよ、マキに。それより、アイツの狙いは魔法銃に組み込んだ凛冷石だ。魔力に釣られたんだろう」
ソフィアの治療を受けつつ、色々あって伝えられていなかったエンシェントドラゴンの狙いを伝える。
すると、ソフィアたちは合点がいったのか無言でうなずく。
「あのエンシェントドラゴンは水の魔力を源とする個体。だからこそ、水の魔力の塊ともいえる、大きい凛冷石に興味を示したんだろうね」
「そういうことなら、アンタに渡した魔法銃から凛冷石を抜き出せばいいのだけれど」
ソフィアと『月夜見』が順に言葉を発すると、皆あの魔法銃が現在進行形でどうなっているかを見て沈黙。
エンシェントドラゴンを感電させるためだけに手を離したまま置いてきたのだ。
その場に置かれたままの魔法銃は当然のように壊されようとしている。頑丈なつくりをしているため未だ原型をとどめているが、感電から回復したエンシェントドラゴンから執拗に攻撃されている。
「あのエンシェントドラゴンにとって、魔法銃から発せられる電撃は脅威ですしね」
「あまつさえ、壊せば餌になる故、我々以上に狙われているようですな」
理屈はわかった。だが、無策にあの魔法銃を叩こうものなら、精密装置の破損により何が起こるかわかったものではない。
現に、銃身が壊れだした魔法銃からは徐々に強まる光が漏れており……
次の瞬間、先ほどのものに比肩しうる轟音が辺りに響き渡った!
──夜間に二度も轟音を鳴らしてしまったせいか、せせらぎ騎士団の面々がぞろぞろと街の外へ出てきた。
未だにふらつくエンシェントドラゴンを警戒しつつも、騎士団は俺たちのそばまで歩いてきた。
誰が何について話し出すのか待っていると、騎士団の中でも見知った顔が口を開く。
「ソフィア殿とそのご一行じゃないか。これはいったいどういう……」
沈黙を破った騎士だけでなく、他の連中もこの光景に理解が追い付かないらしい。
「ソフィアが作った武器の機構を、エンシェントドラゴンがつついたせいで爆発した。物を壊された以上、俺たちは被害者だ」
変な誤解をされる前に事実を突当てる。
自分が作った物を危険物扱いされたことに腹を立てたのか、ソフィアはすぐさま脇腹を抓ろうとしてくるので軽くあしらう。
「そ、それは疑っていないが。……君達、本当にたった一班でエンシェントドラゴンを追い詰めたんだな」
追い詰めたというか、追い詰められたので耐えていたというか。
どう答えようかソフィアたちをアイコンタクトを取っていると、視界の端でエンシェントドラゴンが動き出す。
全員が身構える中、エンシェントドラゴンは苦痛にうめくような咆哮をあげたのち、空高くへと飛び立った。
「……危機は去ったようなのです」
撃退したエンシェントドラゴンの魔力が遠く離れていったことを察知したソフィアたちが安堵の息をつく。
「さあ、せせらぎ騎士団の皆様。私たちはエンシェントドラゴンを退けたわ」
予想外に手ごわかったから報酬を寄こせ。
言外に圧をかけるソフィアを手で押しのける。
「うちの馬鹿嬢は今気が建っている。放っておいてくれ。それより、この街で借りた竜車が損壊してしまってな。報酬の代わりと言ってはなんだが、竜車貸しへの弁償はそちらでやってほしい」
俺も聖人君主ではないので、これだけ死にそうな思いをしたのだからと吹っ掛けてみる。
すると、今まで黙っていた鉄仮面が特徴の騎士が前へ出てきて答える。
「もとより、戦闘に用いた民間の所有物においてはこちらで補償するつもりである。それとは別に、報酬について話をしたい。詰所まで同行を願おう」
なんて寛容な騎士団なんだ。
しかし、今の疲弊した人員でお金の話をしようと思うと。
「私が参りましょう。お嬢様たちは宿に帰し、疲れを癒していただきたい」
ジョージさんが率先して言い出す。
戦場に身を置いていたのだからジョージさんだって疲れていると思うのだが、一見するとそうは感じさせないのはプロの従者故か。
「そういうことならお言葉に甘えるわ。ジョージ、あとは任せたわ」
「御意」
エンシェントドラゴン撃退後の安堵感が場を支配する中、街の入口まで騎士団の護衛付きで歩いていると視界の端で違和感がした。
脳内で鳴り響く警鐘に従って魔法槍を取り出すと、敵に当たる確証がないまま焦燥感に駆られて魔力砲をぶっ放す。
すると、ちょうど俺たちの直上を猛スピードで通過したエンシェントドラゴンが、悲痛な叫びをあげながら雲の中へと逃げていった。
「なんかアイツ、悪魔みたいなことをしでかしてくると思ってたんだよ」
「さすがは悪魔みたいな人間だね。良く気づくよ、まったく」
俺のおかげで難を逃れたというのに失礼なことを口にする『月夜見』はあとでわからせてやろう。
それはそうと、今日は帰って寝る。
【作者のコメント】
まずはここまでお付き合いいただき誠にありがとうございました。
前回の更新から大変長らくお待たせいたしました。読者の皆様には申し訳なく思います。
作者のスケジュールが落ち着き始めてきたため、次回の更新は7/27(日)と約束できそうです。
それでは、次回もお楽しみに!




