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『けん者』  作者: レオナルド今井
水と花の都の疾風姫
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龍王との対峙

『──魔法事件? 任せなさーい!』

 計画性とは対極に位置するような宣言によって、今日明日のスケジュールが音を立てて崩れ去った。

 そんな出来事から十数分後。騎士団の案内する先へとたどり着く。

 一見するとしっかり手入れされた個人喫茶店だ。明かりがついておらず人っ子一人いないことに目を瞑れば至って普通である。

 ただ、ここは先週、魔法使いの襲撃により店主が行方不明になってしまったのだという。

「……それで、どうするんですか? 魔法に心得がないアタシたちは蚊帳の外。魔法に秀でたソフィアと魔力に敏感な『月夜見』が駆り出されましたが、エンシェントドラゴンの退治は明日が期限なうえソフィアは徹夜ですよ」

「かといって俺たちだけでエンシェントドラゴンにちょっかいかけに行ったら命の保証はないぞ?」

「それもそうなのですよねぇ。アタシは逃げ切る自信しかありませんが」

 店先で待たされている俺たちはそんな呑気なことを言い合っている。

 仕方ないだろう。他に手がないのだから。

 まあ、せせらぎ騎士団の方から予定を被らせてきたのだ。エンシェントドラゴンの件で文句は言わせない。もっとも、あの団長の人柄からは、理不尽なことを言い出すとは思えないが。

「俺とジョージさんは変わり果てた姿になるが?」

「ですな」

 勝利のビジョンが見えない。

 嫌がらせをするだけならいくつか思い浮かぶが、どれも討伐や撃退には至らなさそうだ。しかし、それらの方法でもまったく無意味かと言えばそうではない。

 何もできないことを歯がゆそうにしているマキのためにも一肌脱いてやろう。

「まあ、明日の戦闘に向けてエンシェントドラゴンの安眠を妨げるくらいはできそうだがな」

 ソフィアが用意した魔法のスクロールの在庫から使えそうなものを思い出しつつ、この後何をするのかを考え始めた。




 ──一度宿で装備を整え、竜車を借りに行ったジョージさんと街の正門で合流。

 その後、車内で揺られること数分。ついに、明日再び対峙する予定のエンシェントドラゴンに魔法が届く距離まで接近した。

 森の木々を縫うように奥へ延びる道を走っているのでエンシェントドラゴンには気づかれているが、現状竜車の動きが遅くなるほどの強風に煽られる以外の攻撃は受けていない。というか、敵意が無いのかもしれない。

 ドラゴンが何を考えているのか知らないが、そんなことはどうでもいいのでドラゴンさんにも寝不足を味わってもらうとしよう。

「今だ、マキ。スクロールを発動せよ」

 音響魔法が封じ込められたスクロールを手にしたマキに指示を出す。

 マキはその通りに魔法の言葉を唱えると、次の瞬間スクロールを中心に耳をつんざく轟音が鳴り響く。

「ああああああああああああ!! 耳が! 耳があああ!!」

 嫌な予感がして自分の耳を塞いだ俺ですら数秒ほど聴覚に違和感を覚えるレベルの轟音を浴びたが、発生源の最寄りかつスクロールを持つ手で両手が塞がっていたマキはダイレクトに音響魔法の影響を受けて悲鳴をあげている。

 おい、ソフィア。これ欠陥品じゃねえか。

 今頃眠気を押し殺して現場検証を進めているであろうソフィアに心の中でクレームを入れる。

 それと同時に、耳をやられて使い物にならなくなってしまったマキから残りのスクロールをひったくり、そのうちの一枚に魔力を込める。

 急に耳元で騒音を立てられてお冠なエンシェントドラゴンに、今度は閃光魔法をお見舞いしてやった。

 こちらも、品質を疑って目を瞑りながら魔法の言葉を唱えて正解だったようで、見事に竜車そのものが恒星になったかのような眩い光を解き放ったのだ。

 耳を抑えてのたうち回るマキが今度は眼もやられかけたようで、弱まった視力で俺の脚にしがみつくと人の脛に爪を立ててきやがった。

「鬼! 悪魔! ケンジローなんて嫌いです!」

 嫌うのは勝手だが引っかかないでほしい。

 エンシェントドラゴンに襲われたわけではないのに既に片足がボロボロである。

 さて、当のエンシェントドラゴンはというと、妨害系魔法二発がよほど聞いたのか恨めしそうな咆哮を立て続けにあげている。

 さては音響魔法への報復のつもりだろうか。だとすると、心なしか幻聴のような声が聞こえてくる辺り一定の効果はでている。

『いきなりなにすんねん、この無礼者があああ! 凛冷石の反応があったから立ち寄ってみりゃ、人の目元耳元で音響魔法や閃光魔法使いやがるたぁ、なんちゅう了見や! あぁん!?』

 そんな、キレた中年オヤジの関西弁のような声が聞こえて……。

 って、これたぶんエンシェントドラゴンが脳内に訴えかけてきている気がする。なんとなく、そんな気がするのだ。しかも、日本語で。

 恨み言はどうでもいいが、凛冷石に反応して呼び寄せられたことは見落としてはならない事実だろう。

「ジョージさん。街に戻らず走り続けることはできないか? 街には逃げたらまずい」

 竜車を御するジョージさんに声をかける。

 もともと御者を担っているときのジョージさんは目を防護するグラスや耳当てをしているため、耳当ての中に仕込まれた魔法道具越しに伝える。

「凛冷石に反応しているらしいが、多分だが今その凛冷石はソフィアが作ったこの銃についている。今街に帰ったらエンシェントドラゴンがついてきてしまうだろう」

「なんと。それはいけませんな。お嬢様には私の方から信号魔法を送っておきます故、ケンジロー殿は戦闘に専念するよう」

「承知した」

 あれでいて仲間想いなソフィアのことだ。

 心配をかけさせたことに腹を立てるに違いない。

 まあ、考えていても仕方ないか。

 エンシェントドラゴンの足元へ威嚇射撃をしつつ、マキの五感が回復するのを待つ。




 ──接敵開始から一時間近く経った頃。

 信号魔法で何度かソフィアと連絡を取っていたジョージさんが彼女から新たに連絡があったという。

「お嬢様より……調査が完了した故、加勢のための合流場所と方法を考案せよ、と」

 ソフィアのヤツは上手くやったみたいだな。

 それにしても、合流方法か。

 数秒ほど顎に手を当てて考える。

「近くまで竜車で寄って、マキに回収してきてもらうくらいしか方法がない気がする。できるか、マキ」

 回復効果のある魔法道具を使用して復活したマキにそう問いかける。

 先ほどからずっと不機嫌な様子のマキなので無視されるかと思ったが。

「できます、多分。竜車の速度を今より少し落としてくれればよいのですが」

「それは──」

 不安そうに言うするマキへ返す言葉を遮るように、竜車の後方で衝撃音が鳴る。

 エンシェントドラゴンが高圧の放水攻撃を放ち、それを竜車が間一髪のところで回避したのだろう。

「あはは……こんな状況では、ダメそうなのです」

 俺の言葉より説得力がある現象に、二人そろって苦笑い。

 いっそこのままマキを降ろして、エンシェントドラゴンを引き付けたまま街から遠ざかるべきか。

 その場合、地竜が疲弊した時が俺とジョージさんの最期だが。

 ……やるだけやってみるか。

「ひとまず、マキはソフィアたちと合流してくれ。竜車に戻るのが難しいようなら、そのままソフィアと『月夜見』と行動するように」

「承知なのです!」

「あ、ちょっ……まだソフィアたちに合流場所を伝えてねえ!」

 よほどソフィアと合流したいのか、マキは俺の制止に気づかず竜車を飛び降りた。

 合流方法についてはジョージさんを経由してソフィアに伝えればよいが、竜車から無策に降りればエンシェントドラゴンの攻撃に巻き込まれるだろうが。

 今回はエンシェントドラゴンを逆上させないよう射撃を当てないつもりでいたが、マキを狙った攻撃をしてくるようなら急所を狙って阻止してやろう。そう考え覗き窓から外の様子を見ていると。

『ええい、ちょこまかと小賢しいわい! うろちょろ動く出ない、小娘が!』

 マキを押し潰そうとエンシェントドラゴンが前脚で地面を叩きつけているのを、軽々避けるマキが視界に入る。

「もはや驚かないけどな。高速走行する竜車から無事に飛び降りただけでなく、エンシェントドラゴンの攻撃を躱し続けるなんて、マキだからできる所業だが」

「スキルの力だけではない、天賦の才とも言えますな」

 ジョージさんとそんな言葉を交わす。

 援護射撃なんていらないんじゃないかな。

「ジョージさん、今のうちに街から一直線に離れましょう!」

「承知。覚悟を決めましたな、ケンジロー殿」

 なんだ、覚悟が足りなかったのは俺だけか。

 そんなことを思いながら、角度を変えて急加速する竜車からエンシェントドラゴンを狙って銃を構える。

 今なら横っ面を撃てるチャンスだ。やってやろう。

 そう考えて引き金を引くまさにその瞬間だった。

『甘いわ、小僧』

 そんな関西弁が脳に届いたかと思うと、口元が淡い青色の魔力で光ったエンシェントドラゴンがこちらを向いている。

 魔法銃の発砲と同時に、竜車を伝い全身を凄まじい衝撃が襲った──

【作者のコメント】

大変長らくお待たせしました。

繁忙期が続くなか、コツコツ書いていた物が一話分になったため更新です。

次回いつになるかわかりませんが、少なくとも今月中には更新いたします。

それでは次回もお楽しみに!

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