せせらぎバーゲンの錬金術師
──突如請け負うこととなったオークション会場制圧作戦を終えた翌日の昼。
徹夜明けということもあり、朝食を抜いて仮眠をとっていた俺だったが、昼食準備の当番が自分だったことを思い出して起床する。
万国共通規格の冒険者宿の男性用寝室から、扉越しに居間にあたる部屋からの声が聞こえてくる。
パーティでの宿泊を前提とした、男女複数名で宿泊可能な小部屋が複数あるアパートタイプなのだが、漏れてくる声の内容からしてマキとジョージさんが俺の代わりに昼食当番を担おうとしているところだろう。
二人とも事情は分かっているはずなので気を遣ってくれているのだろうが、確か主食を用意するための小麦粉を切らしていたはずだ。外は昼でも肌寒いので、自分の代わりに買い出しに行かせるというのも気が引けるな。
そう考えた俺は素早く着替えて身支度を整えると、みんながいる居間への扉を開けた。
「すまない、遅くなった。小麦粉がないはずだから昼食は買ってくる必要がある。ついでに市場全体を冷やかしに行くつもりだが、何か他に欲しい物はあるか?」
ちょうど材料を見て顎に手を当てていたマキを見て、開口一番そう伝える。
すると、こちらに気づいた仲間たちが一様に欲しい物を口にする。
「二類魔力中和剤をお願いしていいかしら。似た物に一類と三類があって、二類は青色だから」
「ケーキがいい! モンブランの気分だけど、なかったらショートケーキでいいよ!」
「コーンポタージュを作りたいので、牛乳とトウモロコシを買ってきてほしいのです」
「コーヒー豆を切らしておりますが故。ついでにお願いできますな? ブランドはケンジロー殿のセンスにお任せしますぞ」
やっぱり寝たふりしてた方がよかったかな。
「おいクソ女神。これから昼飯買ってくるって話をしているのに、どうしてケーキの話が出てくるんだよ」
昼飯に加えてケーキまで頬張りそうな女神にツッコミを入れると、『月夜見』はなんで僕だけ!? と反論する。
「皆だって食べ物とか頼んでいるのに何で僕にだけそんなことを言うんだ!」
「ジョージさんが言ってるコーヒーはストック用だし、マキは夕食時にコンポタ作りたいんだろ。今買ってきて昼飯として食うわけじゃないなら別にいい。だが、お前は昼飯と一緒に食うつもりだっただろ」
夕食はマキなので、必要な食材を買ってきてやるくらいは別にいい。コーヒーも俺だって飲むので共用備品の補充だと言える。そこに当番制もなにもない。
ソフィアの要求するなんたら中和剤は自分で仕入れてほしいが、今の彼女は徹夜明けにもかかわらず俺の装備のために魔法工作をしているので強く言えない。
そうなると、文字通り私腹を満たすためにおねだりした『月夜見』のセリフが、相対的にアレな感じに聞こえるわけで。
「まあいい。荷物持ちを手伝うなら買ってやる」
「やったぁ!」「やったのです!」
甘やかしすぎるのもどうかと思うが、所詮ケーキごときで頭ごなしに説教する気になれなかったので荷物持ちを確保するために提案した。案の定食いつい……なんか返答の数が一個多い気がする。
「仕方ない。……なあ、ソフィア。その作業はいつ頃終わる予定だ?」
「夕方までには終わるわ。……ああ、そういうこと。アンタもようやく人の心を手に入れたのね」
小さく笑うソフィアに、頼まれていない気遣いは不要なのだと再確認した。
ソフィアが察した通り、彼女の作業が終わったらティーブレイクでもして、買ったケーキもそこで消化すれば良いと考えていたのだ。
「よし、お前は角砂糖でいいな。頭使った後だから純粋な糖分の方がいいだろう」
「もしそんなことしたら、その角砂糖で私がケーキ作るから。出来が良かったらアンタにも食べさせてあげようか?」
「それだけはやめろ」
自分の料理下手を自覚したうえでの自爆攻撃を宣言したソフィアに俺は屈した。
最近はやけに小賢しいことを言うようになったと、彼女が悪意渦巻く貴族社会で生きている術を見につけつつあることへひそかに喜びを感じる。
「長話をしても飯は出てこない。マキ、『月夜見』、行くぞ」
こうして、ちょっとした雑談を交えた俺は、マキと『月夜見』を連れて街へと繰り出した。
──外出を決意して十数分後。コミックマーケットを彷彿とさせる盛況具合を誇るせせらぎの街の市場へと訪れていた。
雨が降っているにもかかわらず、地方最大級を謳う市場は地元住民から国内外の富豪や商人に至る様々な客層を呼び込んでいるようだ。
雨に濡れたくないらしい『月夜見』は留守番になったが、これほど混雑しているなら迷子のリスクを考慮すれば人数が減ってよかったと思おう。
さて、はぐれないようにしっかりと手を繋ぐことにした俺とマキだが、なんか湿度があがってジメジメした感じがするので離したい。
俺でも若干の不快感を覚えているのだから、年頃の少女であるマキにとっては耐えがたい苦痛かもしれない。
別の方法を提案しようと隣を歩くマキへと視線を向けると。
「すごい人混みなのです。人の流れに乗りながら目当てのお店に行けるよう、うまく歩く位置を選ばないとですね」
「そこは安心しろ。何回かこういう雑踏に入ったこともあるから、いい加減に慣れてきている」
「ほう、意外なのです。てっきり、ケンジローはこういった人混みは苦手で避けると思っていたのですが」
なにやら少し失礼なことを言い出すマキの腕を強引に引っ張る。
急に攻撃されたと思ったらしいマキがムッと睨むが、人混みの流れに沿って通路を右へ曲がる。
「原則として苦手だ。こういうことをしなきゃいけなくなるからな」
避けて通れるなら避けて通りたいところだ。
そうとはいかないのだからしかたない。
「ちょっと揶揄ったからって急に引っ張るのは酷いと思うのです。肩外れちゃうかと思いましたよ」
レベルが上がってステータスが上がっている奴がいったい何を言っているのだ。
あくまでか弱い少女として扱ってほしかったのか、俺の表情から考えを察したらしいマキが脇腹をつついてくる。
骨の隙間に爪を差し込むように突いてくるので、地味に痛いからやめてほしい。
そんな風にじゃれ合いながら歩いていると、目的地手前の屋台から俺たちを呼び止める声が聞こえてきた。
「お客さん冒険者でしょ! 魔法使いのお仲間さんはいるかし……ちょ、待って! 待ってくださいよおおお!!」
声が聞こえただけなので通り過ぎようとしたところ、手を繋いだままのマキに引っ張られて店の前まで連れ戻される。
どうでもよすぎて気にしていなかった店には、二十歳頃の女性店員が大釜の前でニコニコしながら立っていた。
「いらっしゃいませ。私はファニー。錬金魔法を生業とする錬金術師だよ」
少し赤みがかった金色をした、ウェーブのかかった髪と、縁が同じ色をしたモノクルが特徴の女性だ。
よく見るとこの店には俺たち以外に客がおらず、必死に客を呼び込んでいたことがわかる。大丈夫かこの店。
「錬金魔法ですか。これまた珍しい」
「でしょでしょ⁉ 私の故郷は世界的にも有名な錬金術師の街なんだ!」
関心を示すマキの言葉に、錬金術師のファニーは手を合わせて嬉しそうに語る。
彼女の後ろにあるワゴンには、錬金魔法で作られたであろう様々な小道具が雑多に並んでいる。
手で触れるのは気が引けたので、俺はワゴンの中にある一つのビンを指差してファニーに問いかける。
「例えば、これはなんだ?」
二類魔力中和剤なる物品があれば購入してしまいたいところだ。
「当たった人のレベルを一時的に下げる呪いをかける爆弾だよ」
使い道次第ではあるか。
だが、無駄遣いはできない。
「その隣は敵の動きを遅くする爆弾で、更に隣のは敵を痺れさせる爆弾だよ」
「ほう。中々面白そうじゃないか」
デバフ系アイテムかつ扱いやすい範囲攻撃となれば、隠し玉として一つくらい忍ばせていてもよいだろう。
そんなことを考えていると、隣で商品を眺めるマキが軽く袖を引いてくる。
何を伝えたいのだろうかと目線の高さを合わせてやると、大きな声では言えないのか耳打ちする。
「でもたまに失敗するのと、失敗すると自分に効果がかかるらしいですよ」
「この話はなかったことにしようか」
俺たちは、この奇怪な商品が並ぶ錬金ショップを後にした。
──その日の夕方。
奇怪な錬金ショップを見つけた以外は何事もなく過ごしていた俺たちだった。
徹夜明けの魔法銃作成を終えたソフィアを起こさぬよう普段より静かに歓談していると、宿の扉をノックする音が鳴る。
「冒険者ソフィアとその一行はいるだろうか。魔法を使った事件が起きたので調査協力を要請したい」
昨日の一件でソフィアが優秀な魔法使いであることを知ったのか、せせらぎ騎士団は魔法関連はソフィアに頼ることにしたらしい。
さすがに昨日の今日でこれはソフィアの負担が大きいし、何より明日がエンシェントドラゴン討伐依頼の期日なのだ。とてもじゃないが遂行できない。
そのことを伝えようと玄関先へと歩いていたまさにその瞬間だった。
「魔法事件? 任せなさーい!」
今しがた気にかけていた少女の高らかな声が、背中から聞こえてきた。
【作者のコメント】
忙しいのは来週まで……かも?




