せせらぎの街の夜の姿
──宿をチェックアウトし騎士の案内のもと俺たちはせせらぎ騎士団の詰所までやってきていた。
案内されるがまま作戦会議にでも使いそうな部屋へ通された俺たちは、机を挟んで奥に座したままこちらをジッと睨む鉄仮面の騎士に出迎えられる。
「貴殿らの素性について詮索はせん」
開口一番渋い声でそう告げられる。
言外の圧を感じるのだ。条件を呑め、と。
だが、そんなことで怯むほどウチのボスは弱くない。
「それで、私たちに何を求めているの? 安心なさい、私たちは強いから。立場を察したからといい、依頼に遠慮はいらないわ」
自信あふれるソフィアの返答を耳にした鉄仮面の騎士は、小さく笑うと顔をあげてソフィアと視線を合わせる。
「威勢はよい。して、此度の依頼であるが……」
鉄仮面の騎士は、手近な騎士に依頼書を持たせて俺たちが座る席の前に置く。
ソフィアが代表して依頼書を読み上げる。
『──街の近くの樹海に水属性のエンシェントドラゴンが居座っているため、これを討伐または撃退せよ。攻撃性は低いが、溢れ出る水属性の魔力により周囲は連日豪雨に見舞われており、調査の結果数日以内に上流の湖が決壊することが予測されている。期限は三日、報酬は五千シルバー』
依頼文を読み上げたソフィアがこちらを向いてくるので、俺たちは互いに顔を見合わせる。
言いたいことはわかる。これ、無理じゃないか?
「無論、敵わないと思うのならば拒否して良い。その場合、街への滞在は認めぬが、出国する意思があるならば街を出るまでは危害を加えぬことを保証しよう」
こちらの意図を汲み取った鉄仮面の騎士が情けをかける。
おいおい、ソフィアにそんなことを言ったら。
「請けないなんて誰も言っていないわ。任せなさい」
煽られたソフィアがそう宣言した。そう、宣言しやがった。
──今朝の一件があり、まずは様子を見るためにジョージさんを樹海の入口で待っていてもらい、四人で少し入った所から奥の様子を窺っていた。
「デカいのです……」
「デカいわね……」
「デカいね……」
うん、デカいな。
森に入る前から見えていたが、まず第一に受けた印象としてはデカいことだ。五十メートル級の巨体である。
そして、ヤツを中心に雨雲が発生し続けている。
ターゲットはアイツで間違いないだろう。
「魔力装甲を纏っているね。ねえソフィア。現代の魔法であれを打ち破る術はあるかい?」
「ないわね。あのままじゃ魔法はすべて防がれるわ」
マジかよ。
ソフィアの自然破壊爆弾こと爆発系の高威力魔法で吹き飛ばしてもらう作戦が使えないのか。
ソフィアと『月夜見』の会話にマキが混ざる。
「それこそ『月夜見』が知ってる古の魔法の中にないのですか?」
「少なくとも僕の知っている限りだと、最上級モンスターの魔力装甲を剥がせる魔法はないかな。まあ、僕は魔法が得意な神じゃないから、もしかしたら他の神様なら知っているかも」
マキに問いかけられた『月夜見』は、僕は加護と祝福が得意な神様だからね、と付け加える。
「そうすると、物理攻撃の方がよさそうね。ねえケンジロー」
なんだよ。
「アンタちょっとその銃で連射しなさいよ。この前のニンジャゴブリンがやってたみたいに」
「できるわけねえだろ、狙撃銃なめんな」
この銃にはフルオート機構などないし、仮にあったとしても魔法鍛冶が作った七ミリ口径の弾薬を連射する銃なんて、必中スキルありきでも余裕で弾を外す自信がある。
というか、魔法を使える魔法鍛冶が作った弾薬でなければまともな攻撃力にならないこの世界の銃で、魔法鍛冶製の弾薬は貴重だ。それをフルオートでぶっ放すのはもったいない。
技術的にフルオート銃を作れるのかという話もあるので、今回のはやっぱり諦めるよう提言しよう。事情を説明して違約金さえ払えばそれ以上の罰則を受けることはないだろう。
そんなことを考えていたので、真顔のソフィアが言ったことを聞き逃した。
「ねえ、聞いてる? 作ればアイツに当てられる?」
「ああ、当てるだけなら当てられるはずだ……が? お前今なんて言った」
聞き間違えでなければ、うちの賢者はフルオート機構を作れると言った。
しれっとこの世界の技術水準を超越する発言をしたソフィアに言葉を失う。
「我らが大賢者のソフィアですよ。信じていいのでは?」
マキにそう言われて我に返る。
いや、そもそもコイツの腕は信頼しているが。
「そしたら、銃撃がアイツのどれくらい効くのか確かめてから一度切り上げるか」
「ええ、そうしましょう。皆もそれでいいかしら」
誰も異を唱えなかったので、一度帰還することになった。
──せせらぎの街に帰還した俺たちは、せせらぎ騎士団が紹介してくれた宿で各々が翌日に備えて英気を養うこととなった。
かく言う俺は、ソフィアを連れて歓楽街へ来ていたのだが。
「ねえ、ついてきた私が言うのも、こういうところって……」
「恥ずかしいなら口にするな。いいか、俺たちには街の困りごとを解消するという、崇高な目的があるんだ。今夜ここへ足を運んだのもその目的に必要な行動であり、俺たちには大義名分があるんだ。決して、お前は家来の男を連れて二人きりで歓楽街を訪れた、イカれたお嬢なんかじゃない」
俺に皆まで言われたことで、羞恥心から耳まで赤くしたソフィアが背中を叩いてくる。
さて、歓楽街でイチャつく俺たちを……正確には俺を、見る羨望と殺意を含む視線。
物心がついた頃からコミュ力に強烈なデバフを背負っている俺でも彼らが何を考えているのかわかるので、当然ソフィアも道行く人々の考えは察していることだろう。先ほどまで恥ずかしがっていたのに、今度は衆人環視のもと見せつけるように腕を組んできた。途端に強まる殺意。いったいどうしようかと思っていたところ、向かいの通りから現れた三十代前半くらいの女性三人組が、ホスクラと思われる店から出てくるのに気付く。
見たところ、婚期を逃した独身女性か。
確かこの国では、結婚した女性はもらった結婚指輪を鎖を通してネックレスとして身に着けるのが普通だ。それが見えず、更に幸薄そうな表情をしているあたり間違いないだろう。
行き遅れと思われる女性の人たちには申し訳ないが、ソフィアへの意趣返しの道具にさせてもらおう。
「ソフィア。せっかくだから、何か食べていこう。あの通りを曲がった先にビュッフェがあるらしいからな」
「えっ……うん、行くわ」
普段はしないような接し方をしてやると、嬉しかったのかソフィアは急にしおらしくなる。
俺が何を思ってエスコートのような真似をしだしたかなどわかっているはずだが……まあいいか。
「って、そんなことしている場合じゃないわ! 私たちには行くべき場所があるでしょ?」
「そうだが、もう始まる時間なのか」
「そうよ。鐘を鳴らす人たちが塔の上に登っているでしょ」
指差すソフィアに釣られて塔の上を見ると、確かに時刻を告げる鐘を鳴らす人の姿が見える。
何を隠そう、あの鐘が次になったときこそ俺たち歓楽街を訪れるに至った催事が開かれるのだ。
そういうわけで、ビュッフェは後回し。
俺たちは、改めて装備を確認したうえで、その催事が開かれる会場へと向かった。
──鐘が鳴る頃。
滑り込みで当日券を購入した俺たちは、地下ホールになっている空間の二階席に腰を下ろしていた。
俺たちの手には奇天烈な物品の絵が描かれた一冊のカタログがある。
そう、今夜探しに来たのは、この会場で開かれるオークションで出品される凛冷石を手に入れるためなのだ。
ソフィアが今まで集めていた魔導工作の素材でエンシェントドラゴンを倒す武器を作ってくれるとのことだったが、今のままだと機関部の冷却力が足りないらしい。こうした問題を解決するために必要な素材が、この国で取れるレア鉱石の凛冷石だという。
街へ帰ったあと、ソフィアからその話を聞いた俺は、鉄仮面の騎士からこのオークションに出品されるという情報をもらったのだ。闇オークションの主催者の逮捕に協力するという条件の下で。
いつかのとき、霧の街で愛銃となった携帯レールガンを入手したのも闇オークションだったが、今回も使用用途不明の掘り出し物があるのかもしれない。
そう考えた俺は、ソフィアに事情を話したうえでこの件を承諾。こうして夜の街をソフィアとともに出歩くこととなったのだ。
さて、ここに来た目的を反芻していると、いよいよ一品目のお披露目らしい。
盛大なアナウンスとともに、ステージ上には透明なケースに入ったなにかを台車で運ばれてきた。
『こちらは世にも珍しい黒金石でございます! 武器や防具に少量加えれば絶対に錆びない高級装備に早変わり! 好奇な皆さま、お抱えの騎士団の装備強化にいかがですか? そんな黒金石これ全部で十万シルバーからスタート!』
司会者の説明を聞いてカタログと黒金石を交互に見る。
どうせしょっ引くので売れなかった出品物は証拠として使われたうえで廃棄となるらしい。なので、望めばもらえるということで、興味がそそられる。
後で思い出せるようメモを残そうとペンを取ろうとするが、その手をソフィアに止められる。
なぜ制止したのかと目で訴えると、沸き立つ場内で響かぬようソフィアが耳打ちする。
「あれ、黒金石特有の魔力をほとんど感じないわ。たぶん外側だけ黒金石でコーティングした偽物ね」
「ただの金メッキじゃねえか」
興奮して損した気分だ。だが、本来の目的を思い出す冷静さを取り戻せたので良しとしよう。
──数十分後。
あれからもオークションは続き、特に違法性を感じない品物が数品売れていった。
客側は出品順は知らされていないので、自分が望む品がいつくるか期待しながら待つのだが、中には望む品がなかなか出てこずにイラついて帰ってしまう者もいた。そうした出来事を目撃しつつも、続いてステージに登場した青く光る鉱石を見て、自分たちのお目当てが来たことを悟る。
『お次はこちら! 我が国が誇る特産鉱物凛冷石! 皆様方ならば既にお目にかかっていることでしょうが、こちらのサイズは初めて見たのではありませんか? こちらははるか南、海嶺の街の遺跡で見つかった史上最大サイズの凛冷石でございます! こちらは十二万シルバーからスタートとします!』
司会者の言葉を聞いて椅子のボタンを押す。
会場が広いので、購入希望者はボタンで司会者に意思を伝え、金額を紙に書いて魔法式の小物転送装置で送るらしい。
今回はバックにせせらぎ騎士団という公的機関がいるので、盛大に荒らしてやろう。
二十億シルバーとだけ書いた紙を転送装置に送る。
霧の国の年間国家予算並みの額だが、どうせ料金は退場時に支払いとなるので関係ない。
そんなことを考えているうちに集計が完了したようだ。
紙を持つ司会者の手が心なしか震えている気がするが、気にしないことにしよう。
「な、なななんと! 二十億シルバーでの落札となります! 前代未聞の金額に驚きを隠せませんが、二百八番席のジェントルマンの物となりました!」
司会者の興奮マックスの声に、会場内の視線が一斉に向く。
中には、若輩者に競り負けた貴族豪族の恨みまがしそうな視線もある。
少し目立ってしまったが、あとは残りのセリを鑑賞し、出ていったところを裏出口を抑える騎士団と挟み撃ちにするだけだ。
それだけなのだが、俺たちをそう簡単にいかせてくれるはずもなく、入口から銃を持った黒づくめのヤバいヤツが数名乱入してきた。
彼らの銃口はこちら側の席を向いている。というか、今にも俺を狙ってきそうな動きで探している。
街中で咄嗟に使えるようにと、ソフィアに持たされた小型のボウガンを取り出して黒づくめのうちの一人を撃つ。
綺麗に顔面に命中した矢は、しかし覆面が異様に固いのか浅く刺さっただけだった。
幸い、撃たれた黒づくめは気絶して倒れたが、これでは分が悪い。
今ので観客が混乱してしまい正確な人数を数えられなくなったが、最大で五人いた気がするのであと四人。
次の瞬間、黒づくめ四人が一斉にこちらを狙って発砲した。
何かあったときのためにとソフィアがバリアを張っていたことで命を救われる。
そのまま、近い奴から順にボウガンで三発撃ち込む。
すべて鼻先に命中して倒したが、携帯していた矢が尽きてしまう。
「あとは任せなさい! 『スパーク』!」
倒し損ねた黒づくめも、ソフィアの電撃魔法で無力化される。
しばらく増援を警戒して入口を見張るが、数分経っても物音一つ絶たないので会場内の混乱も静まった。
警戒心を一段階下げて心を落ち着かせていると、混乱が静まった場内に一人の怒号が上がる。
「何をやっている! あそこの小僧どもを摘まみださないか!」
そんな、最初から俺たちに恨みを抱えていたかのような声の主は、小汚いおっさん貴族だった。
なぜこちらにヘイトが向くのかは、競り勝ったことしか心当たりがないが。
ソフィアも、悪徳ながら大半は罪悪にまでは手を染めていない人たちにまで危険が及んだことに思うところがあるのだろう。
まるで自分が仕向けた刺客であるとカミングアウトしているような貴族のおっさんを、ソフィアは今まで見た中でも珍しいほど怒りを滲ませた表情で睨む。
「……聞きたいのだけれど。もしかしてあなた、このオークションの出資者かしら」
「だとしたらなんだというのだね」
ソフィアの気迫に内心ビビっているのか額から汗を流すおっさんに、ソフィアは追及の手を止めない。
これは面白そうだ。
「じゃあ、さっき刺客を向けたのもあなた?」
「それは違う。いったいなぜそう思ったのかね?」
小汚い貴族のおっさんがそう言った直後、ステージ奥から金属製の目覚まし時計のような音が鳴り出す。
そういえば、この後の品物の中に、尋問用の嘘発見装置があるんだったな。
そのことに気づいたのは当事者だけでなく、会場にいるほとんどの人が先ほどの騒動をこのおっさんが起こしたものだと気づいた。
出資者が事を荒立ててまで入手したかった凛冷石を、本当に武器の素材ごときの使用用途で消費してしまってよいのか悩みどころだ。
「そう。言質は取ったわ。……騎士団! 出番よ!」
ソフィアが高らかに声をあげた直後、裏口を含めたすべての入口から、オークション関係者を捕えるべく遣わされた騎士たちが一斉に突入しだした!
──翌朝。
オークション会場を制圧した騎士団たちの調査は夜を明かすまで続き、その際魔法学が絡む部分をソフィアが支援したこともあり、俺とソフィアは一睡もしないまませせらぎ騎士団詰所へ来ていた。
鉄仮面の騎士と対面した俺たちは、凛冷石とお金が入った袋を渡される。
「では、約束通り凛冷石は其方らに譲ろう。また、調査への協力の謝礼として、金一封を払うことにした」
こちらのお金はソフィアが魔法学の知識を用いて調査をサポートしたかららしい。
それならありがたくいただくが、果たしていいのだろうか。
「そういうことなら受け取るわ。……でも、お金なんて渡していいのかしら。逃げるかもしれないわよ?」
俺と同じ疑問を抱いたらしいソフィアがそう言うと、鉄仮面の騎士は小さく笑う。
「其方らの正義感がその程度のものならば、疾うにこの街を離れていただろう。今この光景を目にした時点で、俺は其方らに一定の信頼を寄せている。エンシェントドラゴンの件についても期待している」
「そう、わかったわ」
エンシェントドラゴンの件はこれからなのだが、これから宿に戻り武器を作るところから始まる。
徹夜で疲れたが、ソフィアはこれから武器づくりを始めるわけなので、俺もその間に弾の補充を済ませてしまおう。
オークション会場の摘発補助の完了報告を終えたので、俺たちは朝食をとるためお暇させてもらうことにした。
【作者のコメント】
闇オークション話リバイバルです。
ここでちょっと裏話をば。
せせらぎという響きに相応しくない歓楽街ですが、他にはキャバクラやパブ、それにちょっと人には言えないようなお店もあります。大人の世界……
もちろん、健全で初心なソフィアはそのようなディープな部分までは知りませんし、羽目を外していそうなケンジローも日本で高校生をしていたくらいなので、基本的にそのようなお店には縁がありません。
それでは次回もお楽しみに!




