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『けん者』  作者: レオナルド今井
水と花の都の疾風姫
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せせらぎ騎士団訪問

 ──その日の夜。

 俺たちの警戒とは裏腹に、今のところ特にこれと言った襲撃や心霊現象は発生しておらず、警戒を解いて寝る雰囲気になっていた。

「それじゃあ明かりを消すわ。何かあったらすぐ私を起こすこと。いいわね?」

 布団を敷いて、自分以外の全員が掛け布団をかぶったのを確認したソフィアが魔導照明を消灯する。

 マキと『月夜見』からは既に寝息がたっており、ジョージさんも休める時に休んで業務中は万全の状態でいられるようにする主義らしくもう寝始めている。

 そんな中、普段より早い時間帯だということもあり寝付けない俺は暇つぶしに畳の凹凸の数を数えようかと体勢を変えようとする。そんな一瞬の間でも、違和感は視界に飛び込んできた。

 すぐさま寝ようとしているソフィアの肩を軽く叩く。

 危うく痴漢と間違われて手の甲を引っかかれそうになるが、俺の真剣な表情から有事であることを察したのか爪を軽く当ててからすぐに俺の手を離す。

「聡明で可憐な我が家の賢者様に質問だ。あの人形、最初から髪色が茶髪だったか?」

 そう。違和感とは、灯りを落とす直前までは黒髪の人形が置かれていた場所に、明るい茶髪の人形が代わりに鎮座していたことで覚えたものだったのだ。

 俺がそう伝えると、再び腕を掴まれる。今度のは恐怖のあまりしがみついたらしい。

「あれは砂の国名物の黒砂人形ね。悪霊を強く呼ぶ性質があって、おびき寄せた悪霊を吸い込んでその体の中に閉じ込めるのよ。それで、最初は特産の黒砂に似た色をしている髪色が、封印できる限界が近づくと茶髪になるわ。つまり、あれはもう封印できない悪霊をひたすらおびき寄せる呪いの人形に変わってしまったの」

 何が名物だよ! 欠陥品じゃねえか!

「とりあえず浄化したうえで、人形そのものを封印してしまうわ。詠唱の邪魔になるから手を退けてちょうだい」

 就寝直前に怖い思いをさせられた上に除霊までしなければならなくなったソフィアが気怠そうに言う。

 俺としても放っておくと縁起が悪そうな物の浄化には賛成なので手を退けようと思い、気づく。

「退けるから腕を放してくれ。気づいてるかしらないが、下敷きになっているのか引っこ抜けない」

「え? 私は何もしてないわよ。……もしかしてこの期に及んで怖がらせようとしているの? だとしたら今度こそ引っかくけれど」

「いや、嘘じゃない。信じられないなら引っかくなり噛みつくなりしてもらって構わん」

 ここにきて、俺たちの感覚もおかしいことに気づく。

「もしかして、かなs「あーあー! それ以上言ったら蹴るからね! 言っておくけど、手加減なんかしてあげないから!」……ねえ、アンタは立てたりしない

? 足に触るのは許してあげるから、私を布団から出して立たせてほしいのだけど」

 金縛りと言おうとしたら全力で阻止された。怖いのだろう。

 現実逃避気味だが自分が逃げたら解決しないことくらいわかっているようで、ソフィアは魔法の詠唱に支障が出ないよう代わりに立たせるよう命じてくる。

 仕方ないと思い、下敷きにされているであろう腕でソフィアごと持ち上げようと思ったが、恐ろしいことに首から下がピクリとも動かなくなっていた。

「ソフィア。まずは金縛りを解こう。できるか?」

「ああもう、アンタもなの? 精度が下がるから後遺症残るかもしれないけれど、口で唱えるだけでいい簡易版の解除魔法を使うわ」

 恐ろしい単語が飛び出たことに言及しようと思った時には、ソフィアが魔法を唱えていた。

 ソフィアが魔法を唱えた直後、体が淡く光るとともに動くようになる。

「簡易版の魔法は自分には掛けられないから起こしてちょうだい」

「わかった」

 体が動くようになったので、お姫様抱っこの要領でソフィアの背中に手を添えて抱き起してやる。

 すると、言っていた通りソフィアは詠唱を始める。手で印を組みながら魔法の準備を整えると、ソフィアの手に聖なる光をが宿る。

「穢れを滅す! はぁ!」

 印を組んだ手をそのままに聖なる光を黒砂人形へと放つと、茶髪になった人形に光の鎖がかかったような見た目をしたあと光が消える。

「封印成功。これであの人形に悪霊が引き寄せられることはないはずよ」

「さすがソフィアだな。これで安心して寝れるな」

 一難乗り越えた俺たちは、既に就寝モードの三人に続く形で布団に入る。

「えぇ。それじゃあ、おやすみ」

「あぁ」

 就寝前の挨拶を交わして、今日までのことや明日以降のことを考えながら瞼を閉じ……

 あれ、そういえばソフィアは状態異常やステータスデバフに完全抵抗するはず。なら、なんで俺と一緒に金縛りにかかっていたんだ?

 まあいい。見えない生き物がソフィアにのしかかっていたのだろうが、脅威となる魔物なら仲間のうちの誰かが魔力を感じ取っているはずなので大したことはないだろう。先ほどのやり取りでドッと疲れた俺は、現実から目を背け睡魔に誘われるがままに意識を手放した。




 ──翌朝。

「……裏切り者」

 貸し切り状態の宿の食堂で朝食をとっていると、朝一番から特大の悲鳴をあげたソフィアがこちらを見て小声で恨み言を言う。

 昨夜、ソフィアの身動きを奪っていたのは下級中の下級のゴーストだったようで、霊的な強さが弱すぎて除霊装置が効果を示さなかったらしい。その結果、ソフィアは一晩中のしかかられていたかのように身動きが取れなかったそうだ。

 それで、異変に気づいていたにもかかわらず黙っていた俺に恨み言を言っているらしい。

 余談だが、その霊的存在は弱いだけで結構タフに夜を渡ってきたのか、除霊した時の経験値はおいしかったという。

「いや、大した魔物じゃないことはわかっていたから、お前の睡眠を妨害しないために黙っていたんだよ。実際、なんともなかったんだろ?」

「さも私を気遣ったみたいに言わないで! アンタどうせあの魔物が何をする輩か知らないくせに見て見ぬフリしたんでしょ⁉ 裏切り者ぉ!」

 よほど怖かったのか、もう除霊を終えた後だというのにソフィアは思い出しただけで目尻に涙を浮かべている。

「わるかったって。ほら、沢庵くれてやるから忘れろ」

 沢庵をソフィアが使う食器に載せてやると、向かいに座るマキと『月夜見』がこちらを見てヒソヒソと何か話し始めた。

 いったい何を言われているのか。

 もしディスっているのなら全力で仕返しをしてやろうと思い、スキルの効果で傍受してみる。

『そういうのって普通もっとメインディッシュみたいな物でやりません? 付け合わせでご機嫌を取ろうとする人をアタシは初めて見たのです』

『けち臭いよね』

 今日のコイツらの間食は抜きにしてやろう。そうしよう。

 なんなら目の前で取り上げてやろうかとも考えていると、宿の入口から誰かが入ってくる物音に気付く。

 受付のおっちゃんの案内する声とともに、合わせて三人分の足音が俺たちがいる食堂に向かっている。

 やがて、障子が開かれると、何やら焦った様子の若い騎士二人が受付のおっちゃんの後ろに立っていた。

「貴女方は霧の国からきた旅の冒険者、スターグリーク一行で間違いないだろうか」

 俺たちは開口一番にそう言われた。

 仲間たちと目を見合わせると、皆同じことを考えていることがわかる。

 これはまた厄介ごとの始まりだと。

「貴女方が本国にとってあまり歓迎されない立場なのは察しているだろう。だが、この街では客人としてもてなすことを我々せせらぎ騎士団が約束する。それを条件に貴女方の手を借りたくこうして尋ねたのだ。まずは話を聞いてもらいたい」

 この騎士の言う通り、短いスパンで刺客を向けられているとは思っていたが、やっぱりか。

 そのうえでこの発言なので、街単位で見ればなにか困っていることがあるに違いない。

 付け入ればもっと得できそうな気がすると思うので交渉を任せてもらおうかとソフィアを見ると、心なしか意地悪い表情を浮かべていることに気づく。ソフィアも搾り取れそうだと考えているのだろう。貴族としての成長を感じて内心では嬉しい波だが止まらない。ここはひとつ、一皮剥け始めている彼女に任せてみよう。

【作者のコメント】

あー、スケジュールがタイトタイト。

残業に加えてモンハン発売が重なり、書きたいところまで書けなかった……

それではまた次回!

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