せせらぎの街の怪しい宿
──ソフィアたちと合流して四日目の夜。
オクタゴン大臣の正体と狙いにあたりを付けた俺たちは、準備を整えつつもゆっくりと王都へ向かっていた。
そんな俺たちが泉の街の次に訪れたのは、ソフィアが教わったというせせらぎの街というところだ。
泉の街での騒動とは打って変わり、移動に費やした昨日から街を回った今日に至るまで平和そのものである。
だが、日が静んでから間もない夕食後の頃。宿屋の前まで訪れた俺たちだったが、そのおどろおどろしい外観を前に横から声にならない悲鳴があがる。
「これは……また随分と壮観でございますな」
見るからに和製お化け屋敷な様相の宿であった。
本来なら冒険者ギルドが運営する冒険者向けの宿に宿泊する予定だったのだが。
「仕方ないだろう、ここ以外もうどの宿も満室だったんだから」
基本的に旅の最中は竜車で車中泊かアポなしがこの世界のベターだ。今回のような貴族を起用した使者であれば普通は手紙で予約を取るのだが、出向いた先の国で討伐を行うのに手紙など出したら足がついてしまうのでできない。
そのためその辺の旅人と同様にアポなし宿泊となっている。
「酒屋で飲み食いして夜を明かすのでもいいが、お前らそれは嫌だろう?」
「それは嫌。肌に悪いわ」
贅沢な娘である。
「僕も少し怖いかな。ジョージさん、同室を頼んでいいかい?」
「私で良ければ構いませんぞ」
おい聖職者ども。
「ず、ずるいわ! それなら私はマキと寝るわ!」
「いいですよ。明日の朝はお互いの髪を結ったりしましょうか」
「揃いも揃って聖職者の癖に霊的存在にビビりすぎだろ。あとマキはお前結えるほど髪を伸ばしてないじゃないか」
霧の国で指折りの賢者であるソフィアに、力を取り戻した本物の神である『月夜見』が揃いも揃ってこのザマだ。
野宿で魔物に襲われるよりはずっといいので、同室のメンバーを確保して恐怖心が和らいだらしい今のうちにチェックインを済ませてこよう。
引き戸を越えると日本家屋の玄関みたいな空間が広がっており、後から取り付けたような受付台にいる爺さんがこちらを見て手招きしているのに気付く。
四捨五入したら死んでいそうなくらい老けたジジイだが、本当にこの宿大丈夫か?
「お客さんは人間が四人と神様が一人かい。いいじゃろう、泊っていきな」
「アポなしなのにありがとうございま……お爺さん今なんて」
鍵を手渡されたソフィアがお礼を言い切ることはなく、代わりにこの爺さんが只者ではないことを感じ取ったようだ。
チェックインして早々驚かされた俺たちは、渡された鍵に書かれた部屋へ向かうついでに、建物の奥へと歩く爺さんを追いかける。
しかし。
「このお爺さん、今『月夜見』を神様だって言ったのです。いったい何者……いない」
ゆっくり歩いていたので確実に追いつくと確信していたのだが、最初の曲がり角で数秒視界から外れただけで、何もない一直線の廊下に爺さんの姿を感じ取れなくなっていた。
「おいソフィア。小部屋一個分くらいの範囲で辺りを除霊してみろ。冒険証の討伐欄に霊的存在の討伐記録が追記されていたらジャックポットだ」
「何がジャックポットよ! 大外れじゃない!」
除霊ついでに経験値稼ぎもできて美味しいと思ったのだが。
「僕だって絶対に嫌だね。だって、ここで除霊に成功したら、この建物に幽霊が入ってくる要因がどこかにあるということじゃないか。そんなのまるで、ゴキブリを一匹見かけて潰した後みたいじゃないか」
「一匹見たら五匹いると思えとはよく言うのです」
その表現はなんかすごく嫌だ。
でも、コイツらがそこまで嫌だというなら無理強いはできない。
「そしたらまずは客室に入って、除霊アイテムを置いて安全を確保しよう。部屋の外へ出るときは、敵対したアンデッド系の魔物に対抗できるようソフィアか『月夜見』を同行させること。こんな感じの方針でいいか?」
最終的にソフィアと『月夜見』の同意を得られればいいと考えて二人の顔を凝視すると、自分たちしか除霊できないことを悟ってか渋々頷いた。
──宛がわれた客室をこれでもかと除霊アイテムで満たした俺たちは、四畳の和室で一息ついていた。
「ふぅ……。これだけ置いておけばこの近くにアンデッド系の魔物は寄り付けないでしょうね」
除霊アイテムに魔法で除霊効果を重ね掛けしたソフィアは、肩で息をしながらそう溢す。
初めて知ったが、何でもない物にも除霊効果を付与できるのか。
それなら、部屋の外に出なければならない時にはコイツが作った即席除霊アイテムを持ち出せばいい。
なんなら一儲けできないかと考えてソフィアに問いかけてみる。
「なあ、ソフィア」
未だ息が整わないソフィアが「なぁに?」と返すので、思っていたことを聞いてみる。すると。
「除霊付与するアイテムはなんでもいいってわけじゃないわ。塩とか十字架とか魔力のこもった紙とか、そういうものでないとほとんど効果を示さないわ。あとこの魔法結構疲れるのよね」
その結構疲れる魔法を、お化け屋敷かもしれない程度の状況で大量に使ったのか。
同じ魔法を使ったはずの『月夜見』も心なしか息が荒い。魔力量が桁外れに多い『月夜見』ですら疲れているが、同じだけ魔法を使ったソフィアは魔力切れになっていないだろうな。
「そういうものなのか」
「そういうものよ。でも、そう言うと思って護符を作っておいたの。衣服のどこでもいいから着けておきなさい」
ソフィアはそう言いながら、懐から金色の編紐のようなアイテムを取り出す。
一見すると中古の紐細工のようにみえるが、ソフィアが作った物なら効果は間違いないだろう。
手渡された紐をミサンガと同じ要領で足首に結ぶ。
結び終えた紐が肌に当たってちくちくするが、霊験あらたかなアイテムにケチをつけて効果が落ちたら嫌なので心の中にしまっておこう。
そんなことを考えつつ、感謝の言葉くらいは伝えようと再びソフィアへと視線を向けて気づく。
「ケンジロー、あなた。……意外と大胆なところもあるのですね。女性含めて人に興味ない人間だと思っていたのです」
頬を赤らめ口に手を当てて硬直する三人娘を代表するように、マキは今しがた俺が足首に結んだミサンガもどきをもう片方の手の指で差してそんなことを言う。よく見ると、ジョージさんも微笑ましい光景を見守っているような感じだ。
「ん? いったいどうしたんだよ。ミサンガと同じような物じゃないのか?」
よくわからないので疑問を口にすると、期待外れだと言わんばかり落胆したようにため息をつくソフィア。
「ねえ、ケンジローさ。それは金糸のアミュレットって言ってね、異性から贈られたアミュレットを足首に結ぶことは二人三脚で歩もうという意味になるんだつまり、君は知らぬ間にソフィアへプロポーズをしたということなんだよ。本当に常識とデリカシーがないよね」
怒りが湧いてきているのか握りこぶしを作り始めているソフィアの代わりに、ゴミを見る目を向ける『月夜見』がディスり混じりの説明をしてくれた。
「切れたら願いが叶うという逸話がついた装飾品だと思っていたんだが、そうとは知らずにすまん。……それはそうと、なんかチクチクするんだが。これ本当に糸なのか?」
ケチをつけたいわけではないが、アイテム名がわかったのでもう少し踏み込んだ説明がもらえると思って聞いてみたが。
「と、当然でしょ。私の髪で作ったんだもの」
恥ずかしそうに、頬を赤らめ視線を逸らしてそう返された。
ドン引きなのだが、顔に出そうものならへそを曲げるに違いない。
「そ、そうか。とりあえず共用スペースに何があるか見てくるから、夕飯まで部屋で身体を休めておくんだぞ」
この場にいたら間違いなくソフィの機嫌を損ねる気がしたので、そう言い残して部屋を後にした。
【作者のコメント】
残業続きで筆が進まないのが最近の悩み。




