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『けん者』  作者: レオナルド今井
水と花の都の疾風姫
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ヒントは手元に既に

 ──負傷者を出しながらもニンジャゴブリンを返り討ちにした翌朝。

 銃撃に遭ったばかりの宿が平常通りのサービスを続けられるはずもなく、起きてすぐに班分けをして朝食兼聞き込み調査を開始していた。

 俺はというと、いつの間にか戦闘で傷ついていた軽鎧を確認したところ、内部アーマーがズタボロになっていた。よって今日は防具店を回りながら聞き込み調査を続けることにしたのだが、今日はなんだかやけに暑苦しい。その理由は明白で。

「……おい。一応、仮にもお嬢様のお前が従者の男に腕を絡ませるんじゃない。このクソビッチが」

 人のパーソナルスペースに入った者には容赦なしだ。

 辛口な言葉をぶつけてやると、ムッと頬を膨らませたソフィアが反論する。

「アンタを一人で歩かせると怪我して帰ってくるってよく分かったもの。あとまだ誰とも交際したことのない清い身よ」

 そう言いながら俺の腕を抱きしめる力がさらに強くなる。

 腕を引っ張るような抱き着かれ方をしているので、肘の内側にコイツのあばらが当たって痛い。

「せめて手を繋ぐ程度にしろ。お前の貧相な体だと骨が当たるんだよ、ミスマンドラゴラ」

「アンタの耳元で即死魔法の詠唱文叫ぶわよ」

「怖すぎるだろ」

 マンドラゴラだけにってか。

 恐ろしすぎるブラックジョークに肝を冷やす。

 おそらく確率発動とはいえ、普段からあまり運が良くない方だと自覚している俺にとって必中と言っていいと思う。

 脅しが効いて満足したのか、ソフィアからは怒りの表情が消え、腕を絞める力も緩んだ。

「で、朝ごはんはどうするのよ。キッチンを借りて作るなら今朝は私に任せてもいいわ」

 誰が任せるか、と喉まで出かかった。もちろん、そんなことを口にすれば再びあばらでえぐられるので飲み込む。

「いや、日出国リスペクトの食堂屋が卵かけ定食を出してるらしいから、そこにしようと思ってる」

「わかったわ。じゃあ、昨日の反省会もそこでしましょう」

 反省会を開くほどのことでもないだろう、と思うがソフィアが必要だと考えているなら付き合ってやろう。

 重要な話は食事中にすればいいと思い、その後はちょっとした世間話をしながら歩いているうちにお店の前に着いた。

 さっそくお店に入ると、和服を着た受付さんが出迎えてくれる。

「いらっしゃいませ。……お二人様ですね。奥から三番目の個室へどうぞ」

 案内に従って席に着き、注文した卵かけ定食が出てくるまでしばし待機。

 反省会というくらいなのでソフィア目線では何が見えていたのかと期待しながら待っていると。

「昨日一日を通してアンタはどう感じたかしら」

 いつになく真剣な眼差しでソフィアが問いかけてくるので、顎に手を当てて考える姿勢を見せる。

 てっきり無茶をしたことに対して叱ってくるかと思っていたので、意図せぬ問いに咄嗟の回答が出ないのだ。

 昨日一日、か。午後から連続で狙われていたが、偶然とは思えない。

 単に霧の国からの来訪者が歓迎されていないというのなら、ソフィアたちが訪れる前から逃亡中の俺が何度も襲撃を受けていたはずだ。

 また、それとは別に、間髪入れず俺たちをピンポイントで狙ったものだというのもミソだ。街中での襲撃だったにも関わらず民間人へ与える恐怖を最低限にしていた点から推察するに、今回のは良く練られた作戦であり指揮系統も同一だとみて間違いないだろう。

 そして、その作戦の目標はおそらく。

「……ソフィア。お前を狙いとした一連の作戦だった。そう感じたんだな」

「ええ。私たちを狙うなら他にも襲撃するチャンスはあったけれど、あくまで狙いは私一人だけなんじゃないかしら。でも動機が分からないわ」

 ソフィア一人を狙い撃ちする動機か。

 恨み? 権力? 俺たちが思いもよらない部分で誰かの権益を損ねる原因になっているのか?

「お前はこれまで、容赦なく魔物を葬ってきたんだろう? 魔物にもコミュニティがあって、そいつらの間で懸賞金でも掛けられているんじゃないのか?」

「私を賞金首モンスターかなにかみたいに言わないでちょうだい! で、でも否定はできないかも……」

 咄嗟の反論を試みたソフィアの言葉が尻すぼみになっていく。

 妖魔教団がソフィア単体狙いなどという良く理由の分からないことをしないと思うが、それ以外に魔物のコミュニティがあるならコイツが高額賞金首になっていても不思議じゃない。魔物目線でこのロリ賢者は生活を脅かす危険人物そのものなのだから。

「で、でも! ここ最近は執拗な範囲攻撃で根絶やしにしとうとかしてないわ!」

「そうだな。俺やマキ達が仲間になって以降、お前は俺たちが倒れないように支えてくれることが多かったもんな。感謝しているよ」

「そ、そう? こちらこそありがとね……って、そうじゃなくて! 私、そんなに魔物に恨まれるようなことしてないじゃない!」

 感謝の意を示してやると一瞬しおらしくなるが、すぐさま自分は恨みを買う理由がないとボルテージを上げるソフィア。

 確かに以前より魔物を攻撃する機会は減ったのだろう。だが。

「……せっかく倒せそうだった厄介な狙撃手や、ウロチョロ動き回って鬱陶しいシーフを横から全快されてみろ。お前ならどうするよ」

「まずはその後衛から倒しに行くわ。鬱陶しいもの。……もしかして私のこと鬱陶しいって言いたい?」

「言ってねえ。普段はともかく直近の発言でお前に対して鬱陶しいとか言ってねえ」

 まあ鬱陶しいのは否定しないが。

「普段はともかくって言った? ねえ今言ったわよね」

「そんなことより、お前が狙われる理由なぁ。単純に影響力が大きいからじゃないのか?」

 何故だか三割増しで鬱陶しくなったソフィアを前に、定食を口に運びつつ敵の行動指針を予測してみる。

 花の国を歩いてわかったことだが、水の国と関わりの強い花の国の民や貴族は霧の国をあまりよく思っていない傾向にあった。

 そうなると、彼らと関わりのある水の国が霧の国を敵視していても不思議ではない。ぶっ飛んだ推理だと思うが、友好の使者であるソフィアが襲撃に遭った以上否定できない。

「……覚えておきなさいよ。で、私の影響力が大きいから狙われたって思うの?」

 しばしば一人で怒りの言葉で詠唱文を組み立てていたソフィアだが、やがて諦めたのかため息をついたうえで会話に戻ってきた。

「あぁ。水の国については今までもまばらに情報を拾っていたが、霧の国を良く思っていない層がこの国を中心に一定数いるみたいじゃないか。そんな中、友好の使者として貴族令嬢が訪れてみろ」

「格好の的ね」

 腕を組んで真剣な顔で悩むソフィア。

 少なくとも、自分が狙われて不安がっている様子はない。

「まあ、何があってもできる限りソフィアのことは守ってやる。スターグリーク家再建のためにはお前が立っていなければならないだろう」

「肉の盾になるならせいぜい一発くらいは耐えなさいね。死んでしまったら治してあげられないもの」

 ソフィアはクスクスと小さく笑って小バカにしてくる。

 軽口を叩けるうちは大丈夫だな。

「冗談よ。私は自分の身くらい守れるから、アンタはアンタのことを第一に考えなさい」

「ったく、善良な貴族みたいなこと言いやがって。お前はもっと小賢しさを覚えた方がいい。例えば、花の国に訪れた日のパーティーな、水の国との密輸で美味しい思いをしてる貴族がいたんだぞ。なんでも、水の国の上層部が秘密裏に花の国を街単位で……取り込もう、と……?」

 うろ覚えだった盗み聞きした内容を思い出しながら、すべてが繋がってしまった感覚が急激に強まっていく。

「繋がった! すべてが繋がってしまったぞ、ソフィア!」

「ちょっ、急にどうしたのよ。卵が当たった?」

「食中毒じゃねえよ。いや、情報を整理するのはもっと人が少ない場所にしよう」

「わ、わかったわ!」

 二人して慌ただしくしながら、定食をかき込んでお店を後にした。

 今のうちに、混乱させず仲間にどう伝えようかを考える。

 この国の大臣であるオクタゴン氏は魔物が成り済ました存在で、様々な手法で花の国の悪徳貴族を取り込み霧の国に手をかけようとしている。

 そして、妖魔教団と関わりのある貴族の屋敷から見つかった資料から水の国の上層部を乗っ取った妖魔教団と連絡していたという事実。ここから導き出される結論と、王女がオクタゴン大臣を討てと命じた理由をようやく理解した。

【作者のコメント】

今週末はアルシュベルトのソロ討伐に挑戦します。

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