賢者の泉の戦い
──二発目の狙撃の後、屋根の上から逃げた俺たちは旅館二階の窓から敵の侵攻ルートを見張っていた。
「戦果を挙げられないままリーダー格含めて二人失っている状況だからか、目に見えて侵攻が遅くなっているな」
これが狙撃の力。
魔法と違って魔力で探知されないことが、魔力の変化に敏感な魔物や一部の人間には刺さるらしい。
魔力で敵の位置を察知できない俺にとってはなんともイメージが湧かないところだが、普通に目と耳や道具で索敵すればいいと思ってしまう。
そもそもの話、敵の魔物もどうせ小物だろうし、魔力なんて大してわからないんじゃないか。
俺のそんな疑問が声に出ていたのか、俺の顔色を窺っていたマキがその疑問に答える。
「魔物は魔力が主食の魔力で構成された非生物です。どれだけ弱い魔物でも魔力には敏感ですよ」
「そうなのか」
俺の魔力探知能力は魔物以下であることが判明した瞬間であった。
腹いせに一発撃ってやろうと窓越しにアイアンサイトを覗き狙いを定めて、そして気づく。
次の瞬間、窓ガラスが割れる音とともに視界が大きく左に揺れる。
銃で撃たれたのだと気づいた瞬間には、右頬に感じる激痛が思考を支配していた。
幸い、命はある。
おそらく顔の骨にヒビくらい入っているだろうが、顔に当たって死ななかっただけで御の字である。
「大丈夫ですか⁉」
慌てて頭を低くして俺を心配してくれるマキに手を伸ばして大丈夫だという意思を伝える。
「喋りにくいが、大丈夫だ」
しかし困った。
これでは次に反撃しようとしたら間違いなく死ぬ。次こそやられるに違いない。
発砲音は敵味方合わせて七発。うち一発が俺が撃ち返したもので、残り六発中三発が窓越しに入っていて、しかも俺もマキも対応が遅れていたら致命傷になっていた。接近されたせいでさっきより精度がいいということだ。
しかも、初段から顔に喰らったので本当に顔を出す位置を変えないと命はないだろう。
「あ、あたしはソフィアを呼んできますね!」
「ああ、頼んだ」
俺がそう答えると、マキはすぐに客室へと駆けて行った。
さて、この後はどうしようか。
軽傷なので痛みは気合で耐えながらどう動こうか考えていると、辺りを警戒しながら近くの曲がり角へ寄ってくる足音が聞こえてきた。
別動隊いるなら既に忍び込んだのかと思い反射で振り向き照準を覗く。
「ちょっ!? 私! 私だから!」
敵襲だと思ったので聞き慣れた少女の声に驚かされた。
「すごい警戒心というか。……まるで痛みを感じてないかのような俊敏さですね」
どうやらソフィアを呼びに行ったマキが戻って来たらしい。
こんなすぐに来ないだろうと思っていたが、ジョージさんの治療はもう終えたということだろうか。
「もちろん痛いが? 痛みに耐えることに慣れているだけだ」
何なら今もストック部分を負傷箇所のすぐ近くに押し付けたせいで激痛だ。
そんなやり取りを前に急激に顔色を青くしたソフィアがこちらに駆け寄る。
「おいバカ。敵に撃たれた形跡がある場所で走るヤツがあるか」
「バカはアンタよ! 顔から血が出てるじゃない!」
そりゃ、掠っただけとはいえヘッドショットだったわけなので、そりゃ顔から血も出る。
盛大に足音を立てて駆け寄るソフィアが撃たれなかったことにホッとしていると、さっそく肉を削がれた右頬をソフィアの細くて少し冷えた指が触れる。
「治療を始めるから動くんじゃないわよ」
「交戦中だ。約束はできない」
そう。あくまで交戦中だ。
ソフィアに手当てしてもらっているこの瞬間も、着実に敵が迫ってきているのだ。
一瞬たりとも油断できなければ無駄にもできない。
「今のうちに状況報告の続きなのです。一番最後にケンジローが撃ち返した攻撃が敵一人の左足を貫いたようで手当中なのです」
体をひっこめながら苦し紛れて撃った攻撃は当たっていたらしい。
必中スキルに頼り切った、スキルがなければ近くの民間人を巻き込んでいたかもしれない攻撃だったが、あれが有効打になるあたりスキルの力は偉大だ。
「治療の時間を稼いだだけよくやった、なんて言わないわよ。アンタなら撃ち返そうとしなければ怪我しなかったんじゃない?」
「過大評価が過ぎる。最速で頭を下げていても敵の射撃精度が高ければ顔のド真ん中を撃ち抜かれていたはずだ」
つまりただ運がよかっただけ。
いつもなら命を粗末にするといの一番に怒るソフィアだが、今回は彼女自身が危険な敵と戦う指示を出したのもあって言いづらそうにしている。
なんて声をかけてやるか悩んでいるうちに怪我が治ったようだ。
「助かった。ありがとう」
「どういたしまして。もう動けるだろうけどケンジローは下がっていていいわ。あとは私がなんとかするから。マキ、敵の位置はわかるかしら」
杖を構えて窓から少しだけ顔を出して様子を窺うソフィアに、同じく少しだけ顔を出すマキが敵の位置を口にする。
「大通り同士が交わる交差点から左手に入った路地裏に一人、そこから通りを挟んで反対の立て看板の裏で治療中の敵が二人なのです。他はもう討伐済みです」
「了解。あなたは背中側を警戒してちょうだい」
「承知なのです!」
ソフィアは魔法陣を展開しながら口頭でマキに指示を出す。
そして、指示を受けたマキはすぐさま付近の曲がり角などを重点的に警戒しつつ、たまに外を見て敵の侵攻状況を把握している。
「ソフィア! 敵の動きに変化有りなのです! 雷撃魔法は一歩半先を狙ってください!」
気づけばソフィアとマキの連携はかなり極まっていた。
この頃は一人離れて援護射撃をすることが多かったから意識していなかったが、これでもソフィアとマキは少なくない数の戦いをともに乗り越えている。それこそ、魔法など一度も使ったことがないはずのマキが、ソフィアの魔法の挙動を熟知しているほどには。
「貫け!」
ソフィアが放った雷撃は一直線に窓の外へと飛んでいき、そこへふらふらと体を動かし狙いを逸らそうとしていた敵の頭がちょうど重なった。
これで三匹目。だが、先ほどと同じ場所から攻撃すれば、当然反撃が来るわけで。
雷撃が着弾したあたりから、生き残りの魔物による掃射がソフィアたちが立つ窓付近を襲う。
もしそんな場所に無防備に立っていたら、安物の防具程度では体が一緒に肉片にされるだろう。しかし、ソフィアはというと。
「あら、意外とバリアに対して弱い弾を使っているのね」
拍子抜けしたソフィアの少し高いトーンの声とともに、バリアに止められた弾がボロボロと床に落ちる音が鳴る。
落ちた弾を観察してみると、拳銃に詰めていそうな小さい弾がバリアに弾かれた衝撃で砕けた姿になっていた。
先端まで魔力を帯びた鉄で覆われているが、それでも軽すぎてソフィアのバリアを貫けなかったようだ。
そんなソフィアはというと、仮にも人体に当たれば重傷を負わされる鉛の雨を浴びせた敵に情け容赦などかけるわけもなく。
「それっ……『スパークレーザー』」
銃弾をバリアで受け止めながらひたすら魔法を乱発するソフィアに、やがて敵の方が戦意を折られて攻撃が止んだ。
冷静に観察していたマキが、ソフィアから見えない場所を通って逃げようとしているのを、ソフィアの横から居場所を口にする。
「さっきの交差点から二つ目の建物半歩左。大通り挟んで斜め右奥の建物の陰、逃走経路は街の南方の雑木林だと思うのです」
そんな指示を受けたソフィアが、言われた通りの場所に雷を落とすと確かにニンジャゴブリンのすぐそばから雷鳴が轟く。
コイツは面白い。
射角的に狙えるチャンスは少ないだろうが、最後の最後に街を出て雑木林に入る辺りは遮蔽が少ないのでそこまでにソフィアが撃ち漏らしていた狙撃してみよう。
「これはジョージの分! これはケンジローの分! 冥途の土産にするがいいわ!」
殺意全開のソフィアに目を着けられた魔物は不憫だが、はたから見る分には面白いのでそっとしておこう。
そんなことを考えながら敵の動きをサーマル望遠鏡で追っていると、命からがら逃げ延びた最後の一匹のニンジャゴブリンが射線を切るように建物に体のほとんどを隠して何かをし始めた。
通信手段か何かがあると援軍を呼ばれかねないので、内容をスキルで傍受しつつマズそうならはみ出している腕だけでいいので撃ってしまおう。そう考えながらスキルと使うと。
『アイツらヤべーですよ! 悪魔です悪魔! 陰湿な狙撃する奴もいれば、見るからに華奢な令嬢なのに鉛弾を真正面から喰らって無傷なのおかしいっすよ! 自分、由緒正しい貴族令嬢がターゲットだと聞いてたっすけど、とんでもないキチガイ集団ですわ!』
……電話の相手が誰だか知らんがだいたいあっている。あってはいるが、この流れは撤退か?
あえて逃がして情報を与えてやる気はないので、もうちょっと体を出して倒せるタイミングで撃つとしよう。
そう考えていると、横から傍受した内容が気になったのだろうソフィアが耳元で問いかける。
「ねえ、逃げたアイツはいったい誰となに話してるの?」
「お前を筆頭にスターグリーク家令嬢一行は悪魔さながらのキチガイ集団だってさ」
次の瞬間、雷鳴とともに傍受スキルに反応がなくなった。
隣を見ると、怒りに満ちた表情をしたソフィアが、妙に満足げな吐息を吐いている。
この女有無を言わさずやりやがった。
「お前やっぱ悪魔だろ」
奇襲を仕掛けたニンジャゴブリンに同情の余地はないが、最後の言葉は確信をついている。俺は今しがた仏様になった魔物に深く同意した。
【作者のコメント】
かすり傷とはいえ顔に鉛弾を喰らって生存した一般高校生とは……
こ、これがステータスバフの力……!




