泉の夜の戦い
──照明が破壊されて視認性が下がる中、足元から体の芯から温まるような光が現れる。
「皆大丈夫!?」
すぐさま俺たちへ呼びかけながら、部屋の中にいる仲間に治療魔法を使うソフィア。
幸いなことに窓の位置から俺たちがいる辺りは射角的に撃てないようになっていて、奇跡的に全員無傷で乗り切った。
しかし、マズいことには変わりない。
なぜなら、今まで戦った銃使いと違い今回はフルオートの銃声だった。
自分の耳を信じるなら発射レートは毎分七百発くらいだろうか。窓越しについた壁の弾痕を見るに窓枠内を捉えたのが五発。その他はすべて窓の外と考えれば集弾性は低そうだ。それでも屋内戦になれば脅威なので、銃の精度を活かせそうな今のうちに撃退しておきたいところ。
「俺は大丈夫だ。他は?」
「アタシも無事です」
「僕も割れた照明の破片が刺さっちゃったけど、このくらいならへっちゃらだよ。でも……」
どこがへっちゃらなのかわからない量の血を流す『月夜見』が、脇腹から血を流すジョージさんを肩で支えていた。
位置関係的にどうやっても弾丸が直撃することはないはずだが、ガラス製の照明が大胆に破壊されて破片が刺さったのだろう。
「見せてちょうだい、治すから。マキとケンジローは先に迎撃を頼んでいいかしら」
言いながら魔力を練り始めるソフィアに二つ返事で応じる。
「任せてください。何なら全員倒してきてやりますよ」
いったいどこからそんな自信が湧いてくるんだとツッコミをいれたいが、今はそんなやり取りをしている暇はない。
「マキは後ろだったり壁を突き破ってまで接近戦を仕掛けてくる魔物に備えてながらついてきてくれ。俺は屋上に行ってサーマル望遠鏡で一方的に狙撃してやる」
窓に全弾入らないような距離から撃ってきたならスナイパーライフルを持つこちらに分がある。接近される前に優位性を活かして狙撃してやることにした。
──幸い、屋上に辿り着くまで接敵はなかった。
撃たれないように匍匐態勢で撃たれた方を見渡すと、街のはずれ辺りの貧民街から銃を携帯した武装集団がこちらを窺っているのがわかった。
うん。この暗さこの距離を体半分隠されて視認できるのは狡いという他ない。
敵も徐々に行軍しているが、こちらの出方を窺っているようでその歩みは遅い。この様子なら十分近く撃ち放題だろう。
「マキには空棲の魔物に奇襲されないように気を付けていてくれないか」
「いいですよ。その代わり絶対にやり返してくださいね。アタシ、ジョージさんと『月夜見』を傷つけられて怒っていますから」
普段より怒りを帯びた声色でそう返された。
仲間想いなマキのことだ。奇襲で仲間を傷つけられてお冠らしい。
これはクソ外ししようものなら隣から脇腹に蹴りが入るに違いない。
弾に当たってすらいないのに内臓が破裂しそうな気分にはなりたくないので、ここはしっかり狙いを定める。
いくらスキルの効果で必中になっているとはいえ、適当に撃つとスキル効果の適応外になるため簡単ではない。そもそも当たらないような撃ち方をして当たるものではないのだ。
サーマル望遠鏡を着けたまま紐で固定し、望遠鏡越しにアイアンサイトを覗いて……撃つ。
撃ち返されるのを警戒して着弾を確認する前に頭をひっこめて、ついでにコッキング。
やはり先日鹵獲して撃った銃より手触りがいい。コックオンクロージング方式の方がボルトハンドルを動かしやすく優れていると思う。
それはともかく、ボルトアクション式の銃にもだいぶ慣れてきたと感じている横で、成り行きを見守っていたマキがボソッと溢す。
「手慣れてますね。芋虫みたいな気色悪い狙撃には触れません。それよりジョージさんと『月夜見』の仇は取れたのですか?」
「仇ってお前な。別に死んではないだろうが」
勝手に殺されたことにされた二名が不憫でならないが、ツッコミを入れている暇がないことを撃ち返してくる銃声が教えこんでくる。
さっきの体感発射レートよりずっと早く、これは三人程度が同時に撃ってきていそうだ。
幸い、屋根の出っ張りに阻まれて伏せているこちらに弾が当たることはないが、当たれば一撃で瀕死の雨は俺たちは緊張させるには十分な迫力である。
「あまり姿をさらし過ぎるなよ、マキ。四肢に当たれば一撃でふっ飛ばされるからな」
「分かってますよ。というかすごいですねあれ。当たれば即死の雨なんて、最上位級の魔物みたいな攻撃をほとんど一般人みたいな魔物が繰り出せる武器なんて驚きなのです」
壁に付いた弾痕を見るに防具を着ている部位に当たれば貫通することはなさそうだが、それでも当たらないに越したことはない。
特に、ほとんど防具無しと言っていいほど軽装なマキは要注意だ。
しばらく断続的に鉛のシャワーが飛んできたが、これ以上は隠れられて無意味だと思われたのかそれとも弾切れを意識したのか銃声が止んだ。
さて反撃だ、と屋根のでっぱりから頭を半分出してサーマル望遠鏡で覗くと、先ほど見かけた距離から半分くらい近づかれているのが分かった。
思っていたより近づかせてしまったが、ここで敵の数をマキが数え出す。
「四、五、六……いや、五体ですね。わかりにくいですけどあれはニンジャゴブリンなのです。得意の陰分身でこちらの目を欺いていたみたいですね」
索敵スキルはスキル使用者に殺意を向ける対象の方向と数が分かるとのことで、マキにはしっかり看破されたらしい。
「五体か。あと二体ぶち抜ければ圧力になるだろうな」
さっき倒した奴も含めて仲間の半分を接近するまでに失えば、さすがに怖がって逃げるだろう。
「それはそうでしょうけど当たる当たらないは別として、あと一発撃ったら場所を変えるべきなのです。敵のうち一人が横から撃とうとしているみたいですから早めにですよ」
「わかった。しかし、さっきは何も考えずに撃ったのに当たるものなんだな。陰分身ともなれば素早く移動してて当たらないものかと思った」
「不思議な力で分身しているわけですからね。ていうか、ケンジローが言う仕組みだと分身は攻撃できないただの幻影じゃないですか」
言われてみればその通りだ。
現地人をして不思議な力と形容しているあたり、深入りしてはいけない領域なのかもしれない。
「なあマキ。あの中で一番偉い奴は誰だと思う?」
皆黒ずくめのサブマシンガンみたいな銃を持っているせいで見分けがつかないのだが、アイツらを一目でニンジャゴブリンだと見抜いたマキならわかるかもしれない。そう思って聞いてみると。
「一番最初の狙撃で倒した奴ですね。ケンジローは熱源感知機器で視認したので気づかなかったかもしれませんが、さっきの個体だけ来ている黒装束に紺色の模様が入っていたのです」
へぇ、としか言えない。
というか、熱源感知だから見えなかったとかでなく、暗視用の魔法道具を持ち出しても月明りすら弱い今夜に黒と紺の見分けは難しいと思うのだが。
さすがはシーフと言ったところか。
「わかった。それとは別だが、撃ったらすぐ動くからマキも走れるようにしておいてくれ」
「言われなくてもできているのです。さあ、やっちゃってください」
「アイアイサー」
厳密にはサーではないのだが、もはや誰も気にしないだろうということで狙撃を再開する。
一度しこたま撃ち込んで反応がなかった場所から、警戒を解いた瞬間に狙撃されたとしたら……。いくら狙撃する側にいる俺ですら反応が間に合わないに違いない。もっとも、相手の息の根を止めていない状況下であればそもそも警戒など解かないが。
そんなことを考えつつ、リーダーが既に仏様になっているなら狙うのは誰でもいい。強いて言うなら、最後尾を撃つと先頭の敵に弾道を視認されにくいだろう。そうしたターゲット選定の末にアイアンサイトに頭部を重ねられたニンジャゴブリンを、物言わぬ魔物だったものに変えてやった。
【作者のコメント】
狙撃繋がりでタルコフを始めたところ、ドハマりしてしまい執筆速度が低下しています。




