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『けん者』  作者: レオナルド今井
水と花の都の疾風姫
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泉の昼の戦い

 ──酒場のお悩み相談サービス運営チームに辞表を叩きつけてから一時間ほど経過した頃。

 しばらく酒場で聞き込みを続けていた俺たちだったが、まともな情報を得られず場所を移そうと歩いていた。

「次はどこへいくんだい? 君を野放しにしておくと幼気な少女が泣かされそうだから僕もついてってあげるよ」

「ポンとかチーって鳴くのか? そういや最近の一部の女はチー牛って鳴くらしいがこっちでは見かけないな」

 日本より民度がいいかもしれない。

「後半はよくわからないけど、前半がふざけてたからたぶん後半もふざけてるよね。次くだらないこと言ったら君の指を落として点棒の代わりにしてやるからな」

 発想が麻雀漫画の世界線なんだが。

 軽口をたたき合いながら歩いていると、街のどこかで一発の銃声が鳴り響いた。

「ひゃっ!? は? え、なに!?」

 慌ただしく怯える『月夜見』にしがみつかれて歩きづらいが、見える範囲に弾痕がないあたり俺たちを狙ったものじゃないはずだ。

「ただの銃声じゃないか。きっと誰かが決闘中なんだよ」

 確か戦闘職同士、一般人同士などで決闘が認められているが、あくまで街に被害が出ない攻撃手段のみを用いることと、互いの同意の上でないといけない。つまり何が言いたいかというと、戦闘音が全くない状態で一撃目が狙撃というのは決闘ではない可能性が高いということ。

 しかし、だからといって俺たちが狙われているわけでないのなら、リスクを冒して騒動解決に乗り出すメリットはない。

「とはいえ、狙撃手の場所くらいは見ておくか。神のいたずらで銃身がぶれてこっちに弾が飛んで来たら堪ったもんじゃないからな。射角の外を歩こう」

 そう考えて買ったばかりのサーマル望遠鏡で狙撃に使えそうな場所を順番に見渡してみる。すると、昨日泊った温泉宿とは市街地の真ん中を通る川を挟み反対の山小屋辺りに伏せて銃を構えているシルエットが確認できた。

 初めてサーマルスコープのような物を使ったがこりゃ便利だ。今までは長所の視力をスキルで伸ばして索敵していたが、これなら草に隠れた程度では逃れられないので今後はこちらをメインに使いたい。

 ターゲットの狙撃に専念している狙撃手は第三者である俺に位置がバレたことなど知る由もないのだろう。またしても俺たちではない誰かを狙った銃声が街中に響く。

「……いよいよ誤射が怖いな。いったん建物に入ろう」

「そうだね。君にしては良い判断だと思うよ」

 一言余計な自称女神を引きずって路地裏へ避難した。




 ──数分後。

 しばらく様子を観察していたが、三射目が一向に撃たれないため段々と道行く人に平常心が戻ってきていた。ただし約一名まるでコアラのようにしがみつく種族なんたらさんを除く。

 さすがに鬱陶しいので『月夜見』を引きはがすと、腰が抜けたのか地べたにぺたんと座り込んでしまった。

「……そんなに怖かったのか?」

「……うん」

 半泣きで答える『月夜見』があまりにも不憫でこれ以上強い言葉を使う気にはなれない。

 今のコイツを見て現役の神様だとわかるヤツはいないと思う。

 仕方ない。一時的とはいえ街の住人がパニックに陥る事態になったんだ。今日の聞き込みは諦めるしかなさそうだし、今はコイツを宥めることだけに専念しよう。

「さっきの銃声、妖魔教団の狙撃兵が使う銃のものなんだ。もう何百年もあれで恐怖を植え付けられてきたからね。聞き間違えるはずがないよ」

 弱々しい声でそう溢す『月夜見』にこれ以上厳しいことを言う気にはなれないな。

 しかたない。今日だけは多少のわがままは大目に見てやろう。

「狙撃手の姿を確認済みだ。そこから徒歩で動ける距離の狙撃地点から撃たれないルートを選んで、息抜きにスイーツ店にでも行こうぜ」

 スイーツという単語を聞いて少しはメンタルが回復したのか、『月夜見』は差し出した俺の手をとった。

 コイツがこんな感じでは仕方ないので、予定より少し早いがソフィアたちとの待ち合わせ場所に向かうとしよう。

 そんなことを言って表通りへと一歩踏み出たまさにその瞬間だった。

 先ほども聞いた狙撃銃の銃声とともに、目の前で血が宙を舞う。鮮血は俺が差し出した左手を固く握って隣を歩く『月夜見』から出たものだった。

 俺は片腕で『月夜見』を路地裏に隠し、覆いかぶさるように追撃に備える。

 一瞬確認しただけなので見間違えかもしれないが、俺たちの右側にある建物の壁に着弾しているのが見えたのでここは安全だろう。

「大丈夫か『月夜見』。返事はできるか」

 ひとまず射線を切れたなら次は『月夜見』の怪我の心配をする必要がある。

 体重をかけないようにしていたが、傷を広げないように慎重に体を退かす。

 すると、たらたらと血が流れる左腕を右手で押さえる、恐怖一色に表情を染めた『月夜見』が震えていた。

 幸い軽傷で済んだようだが、俺もコイツももう少しで死んでいたかもしれないと思うともはや他人事ではない。

「だ、大丈夫、だよ。でも……」

 大丈夫なのは怪我だけだろう。本当にマズくなった時に限ってコイツは助けを訴えないタイプらしい。

 恐怖を拭えないまま俺の言葉を信じて一歩踏み出した矢先の出来事だ。怪我だけでなく、精神的に深く傷ついたに違いない。

「『月夜見』はここで隠れていろ。恐怖は俺が排除する」

 先ほどは俺の与り知らないところで決闘中だったかもしれないと思って手を出さなかったが、ターゲットを俺たちへ変えたということは反撃に出ていいということだ。

 しかし、なぜ狙われた。無差別か? それとも何らかの狙撃対象リストに俺か『月夜見』のどちらかが入っている?

 後者についてはこの街での出来事を振り返れば心当たりしかないがコイツはどうだ。いや、妖魔教団絡みなら抹殺対象になっていても不思議ではない。

 ああ、そんなことはどうでもよかった。ただ一つ確実なことは、俺たちを狙った奴がいるということ。

 まずは体を一瞬だけ出すフリをして、狙撃手が今すぐに俺たちを撃てる状態かどうか判断する。

 すると、体を戻そうとした瞬間、右手の側面を銃弾が掠めた。

 体を出すと言っても右腕と装備している銃を少し出しただけでこれだ。敵は並み以上の反応速度を有しているとみて違いない。

 だが、一発撃ったということは、単発銃しかない出回っていないこの世界では次の攻撃までに隙がある。

 サーマル望遠鏡で三か所ほど狙撃に使えそうなポイントを見回すと、先ほどの山小屋から少し離れた櫓の屋根に先ほどと同じシルエットが見える。

 排莢を終えて今まさに俺を撃とうと照準器に顔を近づけているところだった。

 路地裏に体をひっこめた瞬間、目の前を弾丸が通過する風切り音が聞こえる。

「その首もらった!」

 俺は痛み右手に鞭を打って銃を構えると、先ほど敵が見えた位置を狙い撃ちした。




 ──夕食後。

 俺たちは宿の大広間で夕食をとった後、客室で聞き込み調査の結果を共有していた。

 対して有益な情報を得られなかった俺たちから先に話、それからソフィアたちが得た情報を話してもらっているところだ。

「あと、これは私が近くにいた子供から聞いた話なのだけど、オクタゴン大臣の正体は魔物らしいわ。なんでも妖魔教団の構成員が内緒話をしている様子をたまたま耳にしたらしいの」

 一通り情報共有を終えた雰囲気の中、ソフィアが衝撃的な話を持ち込んできた。

 これはソフィア以外は耳にしていなかったらしく、同行していたマキとジョージさんからも驚きの色が見える。

「どうして一緒にいた二人も驚いているんだい?」

「どうしてってそりゃお前、雑踏の中でこんな話してみろ。ジョージさんはともかくマキは顔に出るだろ」

「あー、そうだね。僕が同じ状況にいても驚くと思う」

 マキにギリギリ失礼にあたりそうな会話をしつつ、先ほどから書いていた議事録にまた一行記した。

 これは後で清書して、いったん王女に送付しよう。

「まとめると、王女に命じられた討伐対象はこの国で大臣を務めるオクタゴンという人物。その男は魔物が人間に扮していて、少なくとも数十年間この国で実績を積み上げている。この内容に抜け漏れやミスがあったら教えてほしい」

「大丈夫だと思うわ。でも不思議ね。人間を敵対する魔物の勢力でありながら、人の世を良くしようだなんて」

 貴族制を淘汰し民主制での統治を開始したオクタゴン大臣の実績。それは国民にとっても社会にとっても成長に繋がる優れたシステムで、先日まで滞在していた花の国でも街単位で試験的採用をするところがあったくらいだ。そしてその評価も市民を中心に高い。

 唯一、権力に固執する貴族からの抗議が止まらないが。

 ちなみにこの民主制、領地を統治するだけの人手がない当家でも採用しており、最低限の予算管理や人事考査のみを俺とジョージさんで実施していたりする。民主制なので書類上は当家は名前と戦力が厳ついだけの市民の家という扱いになっているが、これまでの功績からか領民の方から持ち上げられているのが現状だ。早くこのブラックな役所勤めみたいな生活から脱却したいのでありがた迷惑ではある。

 閑話休題、そうした背景からオクタゴン大臣を支持する声は水の国に限らず他国からも評価する声が挙がっているのが現状だ。

「そんな人ならわざわざ討伐するというのも気が引けますね」

 オクタゴン大臣の実績についてはこの街で知らべた情報を共有済みで、今まさに呟いたマキだけでなく俺たち全員に『さすがに討伐までしなくてもいいんじゃないか』という雰囲気が漂っている。

「妖魔教団の者だとして、この地に住む人間を支配できれば都合がいいのは確かだよな。狙いは無血開城だろうが、現状を見るに成功していると思っていいはずだ。俺たちとしては、霧の国及び花の国の同盟都市に武力行使をするなら攻撃するが、そうでないなら様子を見る。こんな感じでいいと思うのだが、ソフィアとしてはどうだ。王女の命令に背くのは気が引けるか」

 あくまでソフィア次第。

 忘れてはならないが、霧の国で権力を有するのはソフィア本人だけで、俺たちはその傘下に入ることで疑似的にソフィアの権力にただ乗りしているだけだ。こういうところで言質を取らないとあとで痛い目を見るだろう。

「私本人としては少しでも怪しい動きをする魔物がいれば見逃したくないわ。魔物とアイツらが使う呪いで起きた惨状を目の当たりにしたから。……でも、やるなら正々堂々と、よ。アンタが良くやる陰湿狙撃がダメよ」

「お黙り。俺がいつも陰湿狙撃ばかりやってると思ったら大間違いだからな。敵の進行ルートに地雷を置くくらいのことは朝飯前だわ」

「なぜこの男は騎士道の真逆を堂々と闊歩するのでしょうか」

 なんならグレネード代わりに爆破罠属性を付与した石ころを投げ込むことだってできる。

 普段使っている魔法銃が撃つたびに手動で排莢しなければならないからといって、安易に接近戦を挑もうとした奴から肉片にしてやるのだ。

「騎士道で飯は食えないじゃないか。それに勝った方が正義なんだよ」

 そもそも魔物討伐で騎士道なんて、たとえ卑怯と呼ばれる方法で倒したところで痛むのは片腹だけなんだよな。

「方法はどうあれ、討伐には積極方針をとるということでよろしいのですな?」

「えぇ。根っからの善人ってわけでなければ倒しましょう」

 ソフィアが倒すというのであればそうしよう。

 そうとなると、必要なのはオクタゴン大臣がいったいなんの魔物が化けた姿なのか。また、何が弱点で普段どのような場所にいるのかが知りたいところ。

 残念ながら今日の調査ではその辺が分からなかったが、それは移動中に新聞を買うなどして情報を手に入れていこう。

「承知した。そうなると明日は暇だからまた調査か?」

 そうなれば次はどこで聞き込みを実施しようかと考えつつソフィアの返事を待つが、当の本人はあまり乗り気じゃなさそうで。

「いや、やめておきましょう。なにせ、私たちをあまり歓迎していない人たちがいるみたいなの」

「今日は狙撃されましたからね。まだどこに潜んでいるかわからない以上、ここは安全を取るべきだと思うのです」

 ソフィアの返答をマキが補足する。

 もしかして今日撃たれていたのってコイツらか?

「ああ、それか。刺客が一人だったならもう安全だぞ。こちらも撃たれたから撃ち返しておいた」

 だから明日も調査を続行すべきだと言おうとした瞬間、ソフィアが今日一番の驚きを見せる。

「撃ち返しちゃったの⁉ い、いや、危ない状況だったなら仕方ないわ。でも今の水の国の上層部ってどうも霧の国とあまり仲が良くなさそうなのよね。戦争にならなければいいけれど」

 あれ、もしかしてやらかしたか?

 だが、先に撃ったのは敵なのだ。何かあれば正当防衛を主張することにしよう。

 そんなことを頭の中で唱えて現実逃避をしようとしていたのがよくなかったのだろう。

 客室の窓を無数の鉛弾がぶち破ってきた。

【作者のコメント】

積んでるゲームが多すぎて消化とけん者の執筆だけで夜更かしができてしまう今日この頃。

でも一番夜更かしの原因になっているのは残業という悲しみ。

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