裏・聖なる泉を巡り歩いて
──時は遡り、作戦会議を終えて数十分が経過した頃。
マキとジョージを連れて冒険者ギルド聖泉の街支部の扉前までやってきていた。
どの街のギルドも間取りは変わらないようで、柱の木材に若干の違いはあるが建物の外観は慣れ親しんだそれである。
高床式の下の空間になっている一階部分からは討伐依頼の準備をしている冒険者と、物資を売る商人のやり取りが聞こえてくるような他の街と変わらない
初めて訪れる街のギルドだが、手慣れた仕草で扉を開ける。
「ようこそ、聖泉の街ギルドへ! 手続きは前方の受付へ。朝食がまだでしたら左手の食堂へどうぞ」
もはや全世界共通でマニュアル化されているのではないか思うほど同じことを言うウェイトレスさんの言葉など右から左である。
そう、世間一般の基準ではベテラン冒険者にあたる冒険者歴六年の私は、扉を開けた瞬間立ち込める湯気を浴びて言葉を失っていた。
「うわぁ、これはまたすごいわね」
「これは……足湯でございますな」
討伐や納品なんかの依頼の受注と達成報告をする受付カウンターに、隣のエリアにある食堂まではいい。そして吹き抜けになっている上方向を見上げると三階席が見える、そんないつもの間取り。それを唯一にして最大の特徴である、フロア真ん中の足湯エリアが圧倒的なインパクトで出迎えてきたのだ。
私とジョージが驚く中、まるで知っていたかのようにマキが前を歩き、そして足湯の前で片足の靴を脱いで足を浸す。
「ここ聖泉の街は温泉の街ですからね。疲れた冒険者を足から癒す憩いの場だそうですよ」
癒しと聞いたなら、聖職者と魔術師の頂点である賢者として黙っていられない。
これはどれほどの癒しなのか、私も身をもって試してみなければ。
そうと決まれば善は急げということで、さっそくマキの横で片足を裸足にしてつま先だけお湯に浸けてみる。すると、確かに温かくて肌にもよさそうな感じがするが、治療魔法や回復薬とは根本的に違う気がした。
なんというか、心が癒される感じだと思う。特にこの時期は依頼帰りの冷えた体を銭湯以外で温めるいいスポットだろう。
温泉とまではいかないが、国に帰ったら氷の都のお偉方に足湯を提案する旨の手紙を出してみるのもいいかもしれない。
と、こんなことをしている場合ではなかった。温泉なんて昨夜止まった旅館でもう一度堪能できるのだから、今は情報収集に専念しなければ。
マキに倣って備え付けのタオルで足を拭いて身だしなみを直す。
「ふぅ~。思わず足湯に体が引き寄せられてしまったのです。さて、聞き込みを開始しましょう」
普段の二割増しで活力に満ち溢れていそうな表情になったマキについていく形でギルド内の聞き込み調査が始まった。
──食堂エリアに移動した私たちは、冒険者より一般客が多くなり始めてきた食堂でお客さんから話を聞いていた。
「スパイの魔物ねぇ。聞いたことはないけれど、この街の近くにも妖魔教団の目撃情報もあるから、お嬢さんたちも気を付けるんだよ」
お孫さんと思われる幼い少年を連れた優しそうなおばあちゃんからそんな話が聞けた。
詳しい年齢はわからないが、多分ジョージとあまり変わらないだろう。
「ありがとうございます」
私に倣ってマキとジョージもお礼の言葉を口にすると、今後はお孫さんが何か言いたげに私のそばまで近寄ってくる。
いったい何かと思いしゃがんで目線を合わせると、少年は身を乗り出して耳打ちしだした。
「実はお姉ちゃんたちが探してる魔物って、オクタゴン首相なんだって。妖魔教団から追い出されたっていう変な魔物の兄ちゃんから聞いたんだ。ぜったいに内緒だよ」
ヒソヒソと話したいことを話し終えたらしい少年は、いいことをしたかのような得意げな顔でおばあさんの隣の席に飛び込んでいった。
これはなんと衝撃的な情報だろう。
スパイの魔物が普段どのような身の振り方をしているのかはわかった。
あとは討伐対象の弱点や習性がわかればいいのだが。
そんなことを考えていると、さっきまで私たちがいた足湯エリアが賑わっていることに気づいた。
なんかやけに男性冒険者の姿が多いような気がするが話を聞けるならなんでもいい。
マキとジョージには食堂で聞き込みを続けるようにアイコンタクトで伝えると、私は足湯エリアで聞き込みをすべく人混みの最後尾まで移動した。
ほとんどが男性冒険者なのでみんな背が高くて目の前でなにが起きているのか見づらい。
魔法で少し浮遊してみると、私とマキがいた辺りで男性冒険者が何かをしているのがわかった。
相変わらず人が多いので具体的に何をしているのかわからないが、とにかく何かしている。
いったい何をしているのかと思って聞き耳を立ててみると、雑多な喋り声の中からいくつか明確に聞き取れた。
『さっきのロリ賢者がおみ足を浸けた温泉……ぐへへぇ』
ロリ賢者とはひょっとしなくても私のことだろう。
正直気持ち悪いことをされているとは思うが、そんな恐怖心より怒りの方が湧いてくる。
もちろん人に黙って変態行為に手を染めたこともそうだが、私が一番頭に来ていることはというと。
(意思疎通など取れないだろうに、薔薇の街だけでなくここでもロリ呼ばわりされるとは!)
口に出すと私が自身の体型にコンプレックスを抱いていると噂されかねないので心の内で恨み言を吐く。
昨夜は人様をマンドラゴラと形容したクズ男もいたわけだし、ここいらで私が如何に魅力的な女性であるかを理解らせる必要があるかもしれない。
『そっちらへんはロリシーフのだよな。魔導映写器で撮ったフィルムと一緒に売れば儲かりそうだぜ』
前言撤回。まずゴミを片付けることにしよう。
──昼過ぎ。
乱闘騒ぎを起こしたとして、変態ともども出禁を言い渡された私たちは、午後一の教会に来ていた。
聖堂のような豪華な施設ではなく、いたって普通の街の教会といった外観の建物だ。
建物の大きさから一度に数十人までは入れそうな印象を抱かせる教会とは不釣り合いなほど人が並んでいる様子に違和感を覚える。
礼拝日が設定されている宗教宗派なら近所の信者が一斉に集まるのは珍しいことではない。だが、そうならば教会が小さい気がするのだ。
この教会はここ水の国の国教である水神教の施設らしいので資金不足で増築できないとかはないと思う。そうなると、予想できるのは今日が何かの祭日であるということ。
誰から声をかけようかと考えていると整列しているシスターさんの方から声をかけてきてくれた。
「こんにちは。礼拝ですか? 入信ですか? 水神教は他の宗教の方でも受け入れますよ。どうぞご家族でごゆっくりしていってくださいな」
「こんにちは、レディ。我々は他国から来た旅人でございます。土地勘に優れぬ故、王都への道順を聞いて回っているのです」
どうやら旅行中の親戚だと思われたようで、ジョージはすかさず返答する。
基本的にジョージを連れて行動するときは私がドレスを着て彼が執事服を着て歩くため代表者が誰だか間違われにくいのだが、今日のジョージは旅館で配られた和服という日出国の被服を着ているため私たちを親戚同士だと思ったようだ。
今までもこういうことがあったため、こういう間違われ方をしたときはジョージに対応させるようにしている。
マキには伝えていなかったのでジョージの気遣いが水泡に帰すかと焦ったが、彼女の様子を見るに私の妹のように振る舞って、なんなら手までつないできた。
この子も貴族の生まれだから、きっと似たような経験をしてきたのだろう。そうなれば安心して私もマキの姉を演じることにしよう。
「まあ! そうだったのですね! そういうことでしたら、明後日にせせらぎの街行きの客船を利用するのがおすすめですよ。馬車より安いですし、明後日からはまた平日になりますので」
なるほど、客船か。旅での交通手段といえば馬車が主流だと思っていたが、この国は水に恵まれた国。水路を使った交通網が発達しているというわけか。
「明後日のせせらぎの街行きに乗ればいいんですね。ちなみに、せせらぎの街まではどれくらいかかるのかしら」
「そうですね……この季節は晴れの日が多いので、翌日の朝食後には着くと思いますよ。せせらぎの街からは王都直通の乗合馬車が出ていますが、道中危険が多く遭難することが少なくありません。ですので、二日遅れにはなってしまいますが、滝壺の街を経由する王都水の都行きの客船に乗るといいでしょう」
シスターのお姉さんは船旅を推奨している。
船なんて川の対岸に行くくらいしか乗ったことがないので楽しみだ。
日程も順調にいけば五日くらいで行けそうなので荷物は軽くしていいだろう。必要な物を着いた街で補充していく感じだ。
……わかっている。なんかケンジローを召喚した時期くらいから色々とイレギュラーが起こりすぎて、毎度毎度長旅になっているのはわかっている。今回もどうせ一ヶ月はかかるに違いない。杞憂で終わってくれればいいが、安全な状況なら収納魔法で荷物を取り出せる私がなるべく消耗品を多めに準備しておこう。
そんなことを考えていると、教会の屋根に置かれている鐘が鳴りだした。
「これはいったい」
いち早く気づいたマキがそう溢す。
そんな私たちの疑問にシスターさんが答えてくれる。
「日の出から日没までを八等分に割った鐘の音ですよ。当教会では、水神の日の礼拝はこの鐘が鳴る時刻での交代制になっているんです」
昨日も聞こえた鐘の音だったが、そういう役割があったのか。
「他にお聞きしたいことはありますか? 私にできることならなんでもお答えしますよ」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
忙しいはずだが丁寧に対応してくれたシスターのお姉さんに、持ち合わせからなので大した額ではないがお礼を兼ねたお布施をしようと懐から金銭の入った小包を取り出す。
それを『ほんの気持ち程度ですが』と口にしつつ、シスターさんに差し出そうとしたまさにその瞬間だった。
「危ない!」
手を強く引っ張られるような視界の揺れ方をした直後、私のすぐ後ろの教会の壁に弾痕がついた!
ああ、やっぱり長旅になりそうだ。
【作者のコメント】
某学園アイドルをプロデュースするゲームにて散在しすぎた結果ひもじい生活をしています。




