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『けん者』  作者: レオナルド今井
水と花の都の疾風姫
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ミッション:収容施設から逃げ延びろ

 ──妖魔教団幹部に襲われ始めてはや数分。

 激しい戦闘の末に半壊した収容拠点で膠着状態になっていた。

 俺の他に収容されていたものは『操魔』の配下と思われる魔物に引きずられて、施設の外まで連れられている。

 負傷者もいるので戦闘のきっかけを作ったことに罪悪感を覚えるが、数を数えた限り人間側で犠牲者が出ていないようでよかった。

 そんなことを考えていると、空から怒りの感情を帯びた声が聞こえる。

「そこにいるのはわかっている。潔く姿を現せば惨い殺し方はしないでやるさ。さあ、出て来い」

 収容施設をボロボロにした『操魔』の声だ。

 そんなことを言われたところで『はい、わかりました』と出ていくバカはいない。というか、居場所が分かってるなら吹き飛ばせばいいだけだろうし、そうしてこないということはわかってないだろ、とツッコミを入れたくなる。……ツッコミを入れさせて居場所を特定しようとしているのなら侮れないが。

 それはそうと、妖魔教団幹部をブチギレさせた俺は、辛うじて壁と天井の原型が残っている独房だった場所から複雑骨折した右足を庇いながら身を潜めているところだ。

 先ほど『思う存分甚振ってやる』と言った矢先、即死級のかまいたちを含む竜巻に打ち上げられたのだ。当たり所が良かったのと落下地点に瀕死だった豚さんが転がっておりクッションの役割を果たしてくれたおかげで奇跡的に生き残ったが、甚振るとはいったい何だったのか。

 装備品の類を奪われていて、ソフィアお手製の回復キットが無いのが痛い。あれさえあれば手足の骨一本くらいなら治せるのだが。……腕が軽傷で拾った武器を使えるだけマシだと思い込むことにしよう。

 そんな俺の手元にあるのは、施設崩壊に巻き込まれた猛禽類みたいな見た目をした看守の武器が一本。

 木製ストックのボルトアクション式のライフル銃のようだが、この世界の銃には必ずと言っていいほど着いている魔力装置がない。つまり、現実世界の銃と仕組みはなんらかわらないということだ。

 この世界の技術レベルでは不可能だと思っていたのだが、妖魔教団は技術先進国なのだろうか。

 残弾が気になるところだが、こういいったタイプの銃はだいたい五発しか入っていないと某インターネット百科事典で読んだことがある。

 音が出ないよう慎重にマガジンの中を覗いてみると、しっかり五発分装填されていることがわかった。この五発で逃亡の機会を作れなければここが棺桶になるだろう。

 さて、先ほどからやろうと思えばいくらでもアクションを起こせそうな状況にもかかわらず、潜伏できそうな瓦礫の陰に決め打ちをしてこないのはいったい何故なのか。俺が潜伏可能な場所は片っ端から潰すが、きっとそうできない理由があるのだろう。

 変なプライド……というのは、あの幹部に限ってないだろう。無能な配下を殺めてでも恐怖で支配する非情な合理主義者というのが、過去数回交戦した経験が出した奴の性格である。もしや氷の旧都の基地みたいに、ここにも地下施設が隠されているのか? だとすれば、上手くやればとんでもない情報を握って帰れそうだ。

 撃ったら離れてを繰り返すつもりだが、もし近くにそうした重要な部屋があったら立ち寄ってみよう。

 地下施設ではないにしろ急所になりえる何かを隠しているならと探ってやろうと辺りを見渡すと、先ほど銃を奪った瀕死の猛禽類が転がっている近くに下り階段らしきものが露出しているのが見えた。

 瓦礫に塞がれかけているが一人くらいなら通れそうだ。今持っている銃の予備弾がないので、拾うついでに入ってみようと思う。

 そうなると、まずは隙を作る必要がある。もし無謀にも無抵抗で駆け抜けようものなら風の矢でグチャグチャにされるに違いない。なので、一方的に敵の居場所がわかっている今のうちに不意打ちを浴びせて、一瞬動揺させた隙に逃げ込もう。

 ちょうど物陰を見ようと空中に止まったまま凝視しているので、その顔面を狙ってやろうと思う。

 スコープはついていないのでアイアンサイトを覗き込み、そのまま壁から右半身だけを出して引き金を引く。

 人間離れした動体視力でこちらの動きに気づいた『操魔』が風の矢を自身の周りに漂わせて防ごうとするがもう遅い。

「そこか!」

 妖魔教団幹部は銃弾から身を守った返しで残った矢で俺がいた場所を狙うが届かない。

 さっと猛禽類へ駆け寄って、羽部分を掴みながら塞がりかけの下り階段へ飛び込んだ。




 ──あの後、猛禽類クンを引きずって下り階段を降りた先で一休みしていたのだが。

「武器を返せ、クズ野郎」

 武装を解除させて傍に転がしていた猛禽類クンが目を覚ましたようだ。

「そう言われて返してやる奴がいると思うか?」

 起き抜けから敵意むき出しの鳥野郎に拾った銃を突き付けて黙らせる。

 怒り狂って暴れるようなら引き金を引くつもりでいたが、冷静な奴のようで舌打ちだけして大人しくなった。

「それでいい。こちらとしては今から述べる三つ命令さえ遵守するならこれ以上の危害は加えないつもりだ」

 さぞ屈辱的なのだろう。嘴のような口で歯軋りして怒りを押し殺しているようだ。

 とはいえ、さっきの豚野郎なら既に暴れだして転がされている頃だろうし、そう考えれば魔物の癖に理性的だ。

「言ってみろ。内容次第ではお前を殺す」

 凄まじい殺意である。

 猛禽類特有の鋭い眼光を浴びせられるが、そんなので怯むほどひ弱な精神力をしていない。

 むしろここで怯んではカモにされるのがオチなので、すかさず持っていた銃で猛禽類クンのすぐ横へ威嚇射撃を行った。畜生には人間様との上下関係というものを覚えてもらわなければいけないのである。

 あくまで威圧には威圧で返しているが、そんな俺の内心はというと手にしている銃の扱いにくさに驚かされている。

 排莢の際にコッキングするが、これがすごくやりにくい。形容しがたいがなんかヌメっとするのだ。まあ、それはおいておくとして、今は鳥頭君を調教することに専念しなくては。

「さて、一つ目だが……お前たちが鹵獲した装備品をすべて差し出せ」

 敵方の武器を減らすため。それから、俺が装備していた魔法銃を返してもらうためだ。

 ただの銃としての性能ならともかく、装着している魔力式の電磁加速装置を使った射撃は敵に使われたくない代物である。

「……フッ、いいだろう。だが、この惨状だ。潰れていないことを祈るんだな」

 俺の言葉を聞いたフクロウは、鼻で笑ったかと思うと崩れて落ちたであろう天井の破片を蹴り飛ばす。そして、通路の続く先で金属にぶつかる音が鳴った。

 それを聞いたフクロウはこちらへ向き直ると嫌味たらしく笑う。

「よかったな間抜け野郎。お前の命令は無駄じゃなかったようだ」

 お前にとっては良くないことだろうが。

 コイツもしかして偉い人に巻かれたフリしてバレないように自分本位な立ち回りをしているんじゃないだろうな。

 俺の表情から考えを読み取ったのか、顎に手を当てて考える仕草をしながらフクロウが嘴を開く。

「ふん、俺様のことが気になるか? それが二つ目の命令だと見做して答えてやってもいい」

 見抜かれた、か。

 想像より強かな奴らしい。

 だが、そういう方面では負けていないということを知らしめてやらねば。

「ああ、答えてもらおう」

「答えはノーだ」

 なんだコイツ大人気ねえ!

 いや、コイツの年齢は知らないが、魔物という時点で人間より寿命は長いと思うし、俺より年を取っていそうだが。

 悔しさを表に出さないよう平静を装っているが、それすら見抜いたようにフクロウは勝ちを確信した笑い声をあげる。

「おおかた、三つ目の命令は『残りの命令権を一回分増やせ』と宣うつもりであっただろう」

 こういう方面でフクロウの方が一枚上手だったらしい。

 だが、微妙に違う。

「おしいな。『やっと最後の命令だ』と思わせておいてから無制限にしてもらうつもりだった」

 俺がそういった瞬間、地下通路が居心地悪い沈黙に包まれる。

 数秒の沈黙を先に破ったのはフクロウの方で、ドン引きしているのか先ほどより一段声のトーンが低くなっている。

「……知らない間に人間の野郎は随分と意地汚くなったもんだな」

 あ、それ人間じゃなくて俺だけだと思います。




 ──地下通路突き当りの部屋に積まれた鹵獲品からソフィアお手製回復キットを漁り当てた俺は、折れていた足の治療を終えて一息ついていた。

 俺が今考えていることは二つ目の命令ではなく、この鹵獲品をどうやって持ち出そうかということである。

 すべて差し出せとは言ったものの、捕虜の数だけ盗られた装備があるのだ。到底、一人で持ち出せるような量ではない。

 ひとまず自分の装備だけでも回収してしまおう。それから金銭と食料も持てる分だけかばんに詰めておく。

 大量の白兵武具が山積みになっているが、これらはどれも俺には使いこなせない物たちだ。ここでそっと眠っていてもらおう。

 それより、そろそろ二つ目の命令を出そうと思う。

 律儀に……というほど平和じゃない顔つきで待っていたフクロウに、俺はこの施設がどこにあるのか問いかけてみる。

「水の国の地方都市、聖泉の街だ」

 なるほどなるほど。

「で、どこ?」

 頭の中で疑問符を浮かべたまま問いかけると、なにやらフクロウの目が残念な奴を見るものに変わった。

「それが三度目の命令だというのなら、挑発行為を受けたとみなしてここでお前を殺す」

 なんでやねん。

 例えば、どこの国との国境が近いとか、そういう情報が欲しいのだ。

 残りの命令は脱出口まで護衛するよう伝えるつもりだったが、これではこの通路のようにお先が真っ暗だ。

「そんなわけないだろ。それより、施設の外へ脱出するまで護衛せよ。それが三つ目の命令だ」

 出口までの案内だと、出口に辿り着いた途端襲撃されるかもしれない。

 そうなるリスクを考えると、別のことを命じた方がいいと思い思案した末、護衛を任せることにした。

 これなら道中で『操魔』に見つかっても、コイツを囮にするメリットが大きいと考えた。

「いいだろう。出口への案内はせず、お前が干からびるまで傍で周囲をキョロキョロしていればいいということだな」

 ……いやぁ、そう来たか。

「お前本当にいい性格してるな」

「なんだと⁉ ここにお前を連れてきてからというもの、お前のこれまでの悪事を調書にまとめたが! お前だけは人のことを言えないだろうが!」

 いや、想定はしていたが、相変わらず油断も隙もない奴だ。

 とりあえず護衛をしてくれるとのことなので、さっそく道を切り開くをしよう。

「いや、さすがにお前ほどじゃない……はずだ。ああそうだ。そうに違いない。って、お前は何をしようとしている!?」

「なにってそりゃ、出口がないなら作ればいいだけだろう。さて、瓦礫から俺を守ってくれるよな? 護衛さん」

 言いたいことが山ほどあるのか色々喚きだしたフクロウ君の脇から、銃口だけを出す形で魔力を用いた電磁加速銃をぶっ放した!

【作者のコメント】

インフルにかかって遅刻してもうた。

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