表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『けん者』  作者: レオナルド今井
水と花の都の疾風姫
73/99

花の王都、再び

 ──ライ伯爵の別荘へ潜入した日から数日経った今日。

 ここ数日のうちに話がとんとん拍子に進んでいた。そして、伯爵が妖魔教団と秘密裏に何かを企んでいたとして葉薊領主が審議にかけることとなったのだ。

「いやぁ、助かりました。あなた方を見て、議会に貴国との同盟締結を提案しようと考えたわたくしの目に狂いはなかったというもの」

 そう言ってソフィアの手を両手で揉むのは、領主邸で書類の最終チェックを終えたところだった葉薊領主だ。ちょっと嫌そうな顔をしているソフィアの長い金髪が不規則に揺れる。そんな彼女とは対照的に葉薊領主は満面の笑みである。この顔、下心なしに純粋にソフィアが挙げた成果を喜んでいる顔だと思う。

「これから同盟関係を結ぼうという国の使者として、当たり前のことをしたまでですわ。それより、後のことはどうしましょうか」

 移動中や街に滞在中の装いとは違い、使者として参じた貴族令嬢としての服装をしている、このソフィアに似た少女はいったい誰だろうか。

 冗談はさておき、この街で葉薊領主へ同盟関係の推進協力への恩返しはできたと思う。これ以上は内政干渉にあたるだろうし、引き際はこの辺りだと考えていると、葉薊領主がその考えを肯定するような言葉を口にしだす。

「お気遣い感謝します。ですが、ここまでしていただいた以上、ここから先は街の者たちで問題解決に臨みますから。ところで、ソフィア殿は次はどの街に行かれますかね」

「それが、まだ迷っていまして」

 そう。次の目的地が確定していないのだ。

 というのも、先日までの件で水の国が既に妖魔教団の手に堕ちている可能性が高いと判断した俺たちは一度霧の国の王女へ手紙で意向を窺っていた。その結果、リスクが高い水の国へは行かなくていいことと、妖魔教団への警戒を強めるよう諸外国へ注意喚起を促すことにしたと返答が届いたのだ。

 こちらとしては、元々の予定では水の国の妖魔教団幹部の目撃情報の調査も兼ねて外交目的で訪れようとしていたが、直前になってスケジュールが変わってしまった。ソフィアが答えに詰まるのは無理もない話である。

「そしたら、一度王都へ向かっては如何ですかな。フロート辺境伯もわたくしも、貴国と一日でも早く同盟を結べるよう既に議会へ意見書を送っていますから。そろそろ王都の貴族たちも目にしている頃かと」

「ありがとうございます。そしたら、私たちは一度王都へ向かおうと思います」

 そういうわけで、次の目的地はこの国の王都花の都に決定した。




 ──二日後の夜。

 万全の準備を整えて葉薊の街を発った俺たちは、もうすぐで花の都へと到着するといった場所で野宿をしていた。

 焚火の音と会話、それから特徴のある赤毛を三角巾で覆ったマキが一心不乱に食材と格闘する音が出ているが、今のところ付近に魔物の姿はない。

 そんな中、 俺たちは夕飯を作り始めていた。

「まさか休日は日が沈んだら街に入れないとはな」

「魔物との交戦が想定より少なくて早く着きすぎちゃったもの。しょうがないわ」

 そう答えたのは、長い金髪が地面の雪につきそうなのも気にせず、しゃがみながら荷物を漁るソフィアだ。

 そんな彼女から視線を戻し、俺は自分の役割である調理の準備を進める。

 ソフィアの魔法と焚いた火によって軽減されているとはいえ、この時期の野宿なので温かい物が食べたいもの。そういうわけで、今日の夕飯は──

「切り終えましたよ」

 火の番をしていた俺の代わりに具材切ったマキから器ごと食材を受け取る、ソーセージにベーコン、キャベツ、玉ねぎ、にんじん、ブロッコリーなどなど。すなわち、本日の夕飯はポトフである。

 と、早くも脳内完成予想図により鳴り出すせっかちな腹の虫に自分で内心苦笑いしていると、ソフィアが荷物から調味料がぎっしり詰まったケースを持ち出してくる。

「はいこれ、頼まれてたコンソメよ。それと、こっちの魔晶岩塩と聖胡椒も入れましょう。ね?」

「ね? じゃない。なんだよ魔晶岩塩って。なんだよ聖胡椒って。絶妙に人が食えそうにない名前の物を持ってきやがって」

 コンソメを取り出してくるだけなのに、なにやら一生懸命になって荷物を漁っていると思いきや、まさかこれを探していたのか⁉

「なんでよ! これ、食べた人の魔力ステータスを永久に増やす効果がある高級食材なのよ⁉」

 そんな高級食材なら野宿のポトフ程度に使うなと言いたいが、それより気にしなければならない点があるのだ。

「それなら一粒ずつ味見してやる。せめて、ポトフとして成立しそうな味なら入れていい」

「上等よ! そんなに言うなら確かめて見なさい! きっとアンタみたいな成り上がり従者には味わったことのない旨味に悶絶することになるわ!」

 およそ食べ物へのリアクションとしてふさわしくない単語が飛び出すなら、両の手のひらに一粒ずつ調味料を出してもらって口に含む。

 まずは魔晶岩塩とかいうものから。

 塩気があれば及第点。塩気以外の味がしても、ポトフに合うなら合格。

 そう考えていると、最初に感覚として届いたのはほのかな香りだった。ふむ、これならいいかもしれ……っ⁉

「ゴホッ! ……なんだこれ、甘い! 甘すぎるだろ!」

「当然よ。人体にとって最も必要と言っても過言ではない魔力を補給できるものを、人の体が甘味以外の何物として感じ取れっていうのよ」

 いったいどこからそんな自信が湧いてくるのか理解できないが、ソフィアの碧い双眸がむせる俺を自慢げに見下ろしている。

「ポトフには合わない、却下だ。お前だけパンにバターと混ぜて塗ってろ」

 一向に口から消えないだるい甘さを飲み水で無理やり飲み込むと、俺はこうなった原因を指差して文句を言う。

「やっぱりお前はどこまで行っても絶望的に料理が下手だ。だいたい、既存の完成されたレシピに後先考えず調味料を足そうとする辺りがもう料理下手なんだ」

「いつまで言い合っているんだい? ちなみに僕としても魔晶岩塩はバターに混ぜてパンに塗るのが至高だと思う」

 料理下手を言い負かそうと躍起になっていると、これから用を足しに行くらしい『月夜見』が通り過ぎる際にバッサリと切り捨てていった。

 ちなみにこのあと、妥協に妥協を重ねて一つまみずつ隠し味に入れることを許可したのだった。




 ──ひと悶着あった夕飯の支度から数時間経った夜半過ぎ。

 いつまでも火をつけていると人を積極的に狙う習性をもつ魔物に目を付けられかねないので火を消して竜車の中で寝袋にくるまっていた。

 ただし、暗視効果のある魔法道具を着用して書類仕事を捌く俺とジョージさんを除き。今メインで手を付けているのは、花の都のハロワ的な場所に掲示する、霊の運輸サービスの従業員募集の書類である。

「……ケンジロー殿。第二条第一項が二重敬語になっております故」

「おっといけない、忘れてた。修正します。……こんなんでどうでしょうか?」

 白髪が衰えではなく貫禄を漂わせるイケオジ執事であるジョージさん。俺は今日もありがたい指導を賜っている。

 内心でそう呟くが、決して嫌味ではない。むしろ、こんな風に年を取りたいものである。

 すぐさま修正した書類をもう一度ジョージさんに渡すと、今度こそOKらしく彼は首を縦に振る。

「……ふむ。ところどころ一般の求職者に向けるものとしては難解な説明になっているが故、私のほうで修正をかけておきましょう」

「ありがとうございます」

 ソフィアたちが起きないよう、できる限り声を抑えて仕事の会話を交わす。

 元々この竜車は王族用で中の音も外の音も遮断しやすいのだが、中から中への音には遮音効果がない。なので、極力声を殺していたおかげか、微かに喘鳴のような音が混ざった呼吸音に気づいた。

 音の指向性を考えるとソフィアたちの向きじゃない。すると、残るジョージさんからだと思い様子を窺うと、心なしか顔色が悪くなっているような気がする。

「ジョージさん、もしかして体調がすぐれないんですか?」

 なかばあてずっぽうながらそう聞いてみると、少し驚いた表情を一瞬浮かべたかと思うと、またすぐ普段通りの顔へ戻る。

「よく見抜きましたな。いえ、心配はございませぬ。もうこの歳であるが故、お嬢様の防寒魔法があっても寒暖差が体に響くようでしてな。ああ、不甲斐ない」

 ただの寒暖差が響くようなら心配しかないのだが。そんな言葉が喉まで出かけて、だがしかしギリギリのところで止めた。

 ジョージさんは隠したいのだろう。この世界の人は五十から七十歳頃に亡くなることが多いらしい、という話を思い出す。

 見た目は四十代くらいにも見える鍛えられた体だが、実年齢は今年で七十歳になるという。そう考えれば、既に体にガタが来ていてもおかしくないはずだ。

「だったらなおさらこんな時間まで作業していては」

「それはお互い様ですな。若者こそしっかりと心身を休め、毎日の学びを体に沁み込ませねばなりませぬぞ」

「それもそうですね。寝ましょうか」

「ですな」

 なんだか作業を続ける気分ではなくなってしまったので、今夜は寝ることにした。

 残りは早朝にでも片づければいい。

 そう思って寝袋に入ると一気に眠気が襲ってきて、そのまま瞼が落ちた。


『──きゃああああああああああああ!!!』

 爆睡をかましていたところに甲高い悲鳴が鼓膜を直撃して一気に目が覚めた!

 王族御用達の竜車なので、大型の魔物に襲われようとすぐに壊されるようなことはないはずだ。

 寝起きの頭を気合でフル回転させながら辺りを見渡すと、覗き窓を指差したまま反対の壁際で恐怖に震えているソフィアが目に入った。

 どうやらソフィアの悲鳴だったらしい。

 澄んだ碧い瞳を持つ彼女はその瞳孔を収縮させていて、どうやら本当に怯えているようだった。

 どうしたものかと考えているうちに、気づくとマキとジョージさんも俺と同じように悲鳴で目を覚ましたようだ。

「どうしたんですかこんな朝から。……ケンジロー、いくらソフィアが美少女だからって仲間に夜這いは最低ですよ?」

 寝ぐせのついた赤毛を気にせず眠り眼をこするマキと、すぐさま辺りを見渡し状況把握を行うジョージさんが対照的に映る。

「違うわ、このマセガキ! そうじゃなくて、あれを見ろ。ゾンビだ」

 マキによって被りそうになった冤罪を否定しつつ、愛用の魔法銃に弾を込めてコックする。技術的に先進している国で作られた魔導レールガンの癖にこういうところはボルト式なんだよな。精度はいいのだろうが、いったい誰がこんな砂専御用達のような銃を設計したのか。

「ケンジロー殿。この竜車は天井の一部が開閉できる故、活用してほしい」

「承知しました。……おい『月夜見』起きろ。迷える子羊がお前に浄化されたそうに集ってきてるぞ」

「ん~ん……こんな朝からいったいなんの騒ぎだい? ……ああ、あれは元囚人のゾンビだね」

 迎撃態勢に入る前、こんな状況でなお爆睡をかます女神をたたき起こすと、車外の気配を察知した『月夜見』が呑気そうに口にする。……今コイツあくびしたか?

 引っ叩いて目を覚まさせてやろうかと思ったが、それよりも気になる単語が聞こえたような。

「囚人ゾンビ? なんだそれ」

 なにか特別な性質を持ったゾンビなのだろうかと思い聞き返す。

「この辺には小児性愛者を拷問にかけたり処刑したりする施設があってね。だからあのゾンビどもは神聖な気配だけでなく少女にも反応して近寄ってくるのさ」

「よし迎撃しよう今すぐ迎撃しようそうしよう。死んでもなお不純な生物に身近な人間が集られる事態は到底看過できるものではない」

 天窓にもなっているキャビンの天井の一部を開けて、そこから顔を出す。辺りを見渡すと、数にして十匹ほどのゾンビが車体に接近しているのが見えた。

「消毒の時間だ、腐肉ども!」

 ソフィアの悲鳴から始まった朝の迎撃戦は数分で幕を下ろした。




 ──昼頃。

 竜車についてしまった腐肉の破片を掃除した俺たちは、休憩を兼ねて花の都の冒険者ギルドへとやってきていた。

 どの国のどの街でもだいたい同じ規格である冒険者ギルドは、当然この街でも酒場と定食屋が入った食堂が一般向けに開放されている。

「お待たせいたしました。日出風サンマと大根おろし定食が二人前とマイマイのバター醤油焼き定食でございます。味わいのコーヒー定食と花の都パフェはこれから運びますので少々お待ちくださいませ」

 ウェイトレスさんが定食を運んできた。

 俺とマキと『月夜見』の前に、各々が注文した定食が置かれる。

「おい、マキ。すまんがソイツは早めに食っちまってくれ。なるはやで頼む」

 大切な仲間であるマキの故郷なのでリスペクトしているつもりだが、この食べ物は流石に受け付けない。カタツムリは人の食い物じゃない。

「それより二人ともサンマの定食なのですね」

 目をキラキラさせながら俺と『月夜見』の前に置かれた定食を見ている。

 それより早くカタツムリを処理してほしい。

 マキの言葉に対し、巫女としか形容できない服装をしている『月夜見』がこちらを興味深そうに見つめる。

「ああ。僕の感性が、この季節にはこの味だと囁いているんだ。僕のルーツがそうさせているのかもしれないね。まあ、僕としては数多く並ぶ定食のメニュー表から同じものを選んだケンジローに関心を抱いたけどね」

 そりゃ、日本人だからな。秋と言えばサンマだ。

 それより早くカタツムリを処理してほしい。

「『月夜見』の場合は夜は銀色に光りますけど、二人とも黒髪ですし日出国と関係があるのでしょう? 味覚や食文化が似ていても不思議じゃないのです」

 早くも定食についたサラダをモソモソと食べ始めたマキが、口の中が空になったタイミングでそう喋る。

「そんなことはどうでもいいから、早くカタツムリを処理してほしい」

 ついに我慢できなくなったので口にすると、そんな様子を眺めつつ自分が頼んだパフェの到着を待っているソフィアが呆れたように口を開く。

「ケンジローは本当にマイマイが苦手よね」

「栄養満点なのですけどね」

「個人的に見た目が零点だからな。……と、それよりソフィアとジョージさんの分が届きそうだぞ」

 ちらっと厨房の方を見ると、二人が頼んだ定食がお盆に乗せられていて、運ばれる瞬間を今か今かと待っているのが見えた。

 やがて手の空いたウェイトレスさんが運んできてくれる。

 『さあ食事だ』と考えていると、ギルドの受付からスタッフが食堂に歩いてくるのに気付く。

 というか、たぶん俺たちの方へ来てる。面倒ごとは嫌だなぁ。

「お食事中すみません。ソフィアさんご一行に指名依頼が入ったので、そのことをお伝えしにきたのですが……」

「お断りいたしいたっ」

 即答しようとしたら、対面の座るソフィアに脛を蹴られた。

「話くらい聞きなさいよ! まあ、受けるか否かは話を聞いてから考えるわ。まずは話してちょうだい」

 ソフィアに促されたスタッフさんが依頼内容を話しはじめた。

【作者のコメント】

そろそろ確定申告の時期ですね。頑張りましょう……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ