ライキング邸の潜闘
──領主の依頼をこなしに行き、妖魔教団幹部に遭遇した翌朝。
俺たちは葉薊領主の屋敷へとやってきていた。
午前中はたまたまスケジュールが開いていたらしく、ほとんどアポなしに近い訪問を快く受け入れてくれたのだ。
さて、そうして招かれた俺たちは、この街での滞在中に起きたことを一通り説明し終えたところだった。
この街で領主の依頼をこなしているうちに吸血鬼のような習性を持った魔物が数を増やしていることがわかったことだったり、動機は不明だが妖魔教団幹部の『操魔』が何故かこの辺りで野良の魔物を殺しまわっていることだったりだ。あとは、この街で他の貴族や富裕層が雇った私兵につけ狙われたりしたことも。
一通り状況を話し終えると、静かに耳を傾けていた葉薊領主は「これはあくまで推測ですが」と前置きを入れて話しはじめる。
「おそらく改革派の貴族たちの仕業でしょうな。近頃、わたくしに不満を抱く権力者たち動きが妙に活発化していてな」
街で起きていることに関して心当たりがあるのか、葉薊領主は近くの棚から名簿のようなリストを取り出して机に置く。そして、別の紙にリストに載っている名前を数名分書き写すと、そのままソフィアへ手渡した。
「この人たちが怪しいのね」
「ええ。まあ、妖魔教団と関係があるのかまではわかりかねますがね」
そりゃそうだ。過去数回対峙した俺たちだって『操魔』がここで魔物を蹂躙している動機を掴めていないのだから無理もない。
葉薊領主が味方である以上最悪の事態は考えられないが、それにしても情報が無さ過ぎる。
そのため、再び全員沈黙。いくら頭を捻ろうと妖魔教団がこの街の近くにいる理由がわからない。段々と居心地が悪くなってきたせいか、頭の中に角が立ちそうな言葉が浮かんでくる。
「……親切にしてもらっているだけに言い出しにくいが、こういう状況になってくると俺たちがこの街に留まる理由は薄いよな。領主さんさえよければ俺たちは次の街へ行くというのも──」
「ダメよ!」「ダメです!」
皆まで言い切る前に約二名の少女が否定から入る。
「あはは……。執事殿も苦労しているのですな」
「えぇ、まあ」
こちらの上下関係を知ったうえで俺の顔を立ててくれている領主さんには頭が上がらないな。
俺たちがこの街に残って領主の依頼をこなす理由はこういう人間的な部分によるものが大きい。そうでなければ、お人よしを拗らせたソフィアを引きずってでもこの街を発っているところだ。
否定しなさいよ、とでも言いたげな目で俺を一瞥したソフィアが、わざとらしく咳払いをして。
「……こほん。こちらの名簿はありがたく預からせていただきます。私たちはこれでお暇しますが、領主様もどうかお気をつけてお過ごしください」
気づけば日が高く昇る時刻になっていたため、情報共有を目的とした会議は閉幕した。
──その日の夜。
「なんだか俺たちの冒険者活動ってこんなのばかりだよな」
「他国で依頼を請けてるんだから、こういう依頼ばかり降ってくるのは仕方ないわよ。人間味薄いアンタでも不満の感情とか出てくるの?」
「いいや、とても愉しいが?」
葉薊の街のとある屋敷のそばで、ソフィアと軽口をたたき合う。
誰の屋敷かと言えば、昼間もらったリストに載っているライ伯爵が所有する別荘である。自らをライキングと称し他者にもその呼び名を求める傲慢不遜な貴族であるが、世論を操るのが得意でこの街の住民からも一部で熱狂的な支持を得ているようだ。
ちなみに、リストの中でもひと際急進主義を掲げているようで、俺たちだけで数時間調査した程度でもこれまでの行動が記録されているのがわかった。なお、先日俺たちの逮捕に打って出たのもコイツだそうだ。
とまあ、そんな奴の居場所を突き止め、いよいよ仕返しの時だというのだから、愉しい以外の言葉は出てこないのも仕方あるまい。
「強いて言うなら、マキがいた方が良かったんじゃないかと思う」
「あの子にはいざというとき身分を使って私たちの釈放を促すという重要な役割が残っているわ」
こ、コイツ。
出会ったばかりの頃はバカだと言わざる得ないほどの正直者貴族だったというのに、ここ一ヶ月くらいですっかり立派な貴族らしくなりやがって。
いったい誰のせいだと言われたら黙るしかないが、こうして海千山千の貴族が育っていくのが社会というものなのだろう。そういうことにしよう。
「それなら承知した。それとジョージさんと『月夜見』については理由を言わなくて大丈夫だ。ジョージさんは非戦闘員だし『月夜見』はどんくさいからだろう」
「アンタそのうち罰当てられるわよ。あの子、最近では神としての力をほとんど取り戻してるらしいじゃない」
「ほう、それは頼もしいな」
「アンタ絶対心にも思ってないでしょ。黙っておいてあげるから気を引き締めなさい」
本人がこの場にいたなら間違いなく大声で否定してきて、そのまま屋敷の見張りに見つかって追い返されるだろう。連れてこなくてよかった。
こそこそと話しているうちに見張りの警備が俺たちのいない側に向きだした。
妙に感じたらしいソフィアが肩を軽く叩いてくるので振り向くと、どうやら見張りが何に反応したのか気になったらしい。
「ねえ、あの先に何かいるの?」
ソフィアに聞かれて望遠スキルを使ってみると、どうやら野良のプチガルダが屋敷の倉庫を狙っているようだった。
「プチガルダが倉庫を狙ってて、それを迎撃しようと見張りが警戒態勢に入ってるみたいだな」
「だとしたら倉庫の中には貴金属系の何かがたくさんあるのね。まあ、伯爵家の見張りが二人がかりならプチガルダ如きに後れを取るようなことはないでしょうね。……なによその顔。言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「いいや、別になにもないが」
そのプチガルダを相手に逃げ帰ったことがあるのが俺たち二人なわけだが、その辺は置いておくとしようそうしよう。
不満そうな顔をするソフィアを宥めつつ機を窺っていると、プチガルダをあっさり倒した見張りの二人組が塀の内側にいるであろう警備の人に状況報告をし始めた。
「今だ。見張りが魔物を倒したと思ってる今こそ最も警戒心が緩む瞬間なはず」
ソフィアの手を引っ張り塀の奥へと投げ入れる。
これがその辺の町娘なら投げられた衝撃で悲鳴の一つでもあげるだろうが、この一瞬で臨戦態勢に入ったソフィアは投げられて地面に着くまでのわずかな時間で消音魔法を発動したようだ。感心しつつ、俺自身も中に入るべく塀をよじ登って無事潜入に成功した。
どうやらここは母屋の側面付近なようだ。
と、位置関係を確認していると、服に着いた土を軽く払ったソフィアがこちらを見て不満を口にする。
「いきなり投げることある? せめて一言欲しかったわ」
いくら戦闘慣れしていて受け身も消音も成功させたソフィアではあったが、ドレスに土がつくハメになったのが不満らしい。
「悪かったとは思うが、塀の高さを考えれば俺たちの身体能力ならあれが最適だったさ」
そんなことはソフィアもわかっているだろうが頭では理解できても彼女がよく言う乙女心というものが納得しないのだろう。機嫌取りのために日が昇ったら菓子屋巡りにでも行かせてやるか。
「それはそうと、敷地内の警備は案外手薄だな。もっと一瞬で命の奪い合いが決する接近戦になるかと思っていたが」
見たところ、短剣を携えた者と灯りを持つ者の二人組で行動しているらしく、交戦になっても片方を人質にとれば十分やり過ごせそうな印象を受ける。巡回にあたっている警備の人間も密度が低そう。これならバレずにライ伯爵の弱みとなる証拠を探すという今回の目標をこなす時間がありそうだ。
「だから昼間も言ったじゃない。消音魔法でさえ無音にできないんだから銃なんてもってくべきじゃないって」
今回は踏むと数秒後に無音で爆発するタイプの設置罠と、魔力装置を外して軽量化した愛用銃に吸音効果のある消音石を取り付けてきた。また、弾丸についても昨晩使ったものの余りを持ってきている。地球の現代人なら良く知る円錐っぽい形状の弾丸である。
ちなみに、地球では十九世紀ごろに開発された物らしいが、こちらの世界では科学技術に対し魔法学が発展しているためかこうした科学技術を上回る代物が魔法によって生み出されていたりする。いわゆる魔弾なのだが、素材もただの金属であるうえ発砲にも物理的なエネルギーしか伴わない、清く正しい物理攻撃である。
さて、そんな弾だが一発で五百グラムくらいあってとても重い。何がマズいって、魔力を使った製法によって金属を無理やり圧縮して成型しているから重いらしい。今回は三十発持ってきているのでこれだけで荷物が十五キログラムになっている。異世界あるあるのレベルアップによるステータス増加がなければインドア派だった俺はとっくに音を上げているところだ。
とはいえ、自重に二十キログラム以上乗っかっているので、正直なところ持ってき過ぎた感じがする。
中庭近くまで歩いてきたが、この辺で荷物を軽くした方がいいかもしれない。
「消音石までついているが、コイツを使うことにならなきゃいいな。っと、それよりソフィア、そこをどいてくれ」
そんなことを考えつつソフィアに適当な返事をすると、俺は一度荷物を地面へ降ろす。
突然のことで困惑しているソフィアの目の前で、俺は中庭から母屋に通じる扉の前へ罠を仕掛け始めた。
「……ここはこんなものでいいだろう。他の扉を見つけたらそこから侵入しよう」
さくっと仕掛け終えたのでそう言うと、ソフィアに冷ややかな視線を向けられた。
「アンタ本当に人喰って生きてきたでしょ」
「失礼な。そんな病気になりそうなことするわけないだろ」
消音魔法にかまけてディスってくるソフィアへ適当に反論しつつ、彼女がついてくるのを確認しながら侵入経路を探しに歩き出した。
──あの後、無事に母屋への潜入に成功した俺たちは、途中何度か警備の目を掻い潜り二階にある書庫へとたどり着いていた。
物置小屋程度の比較的小さな空間には、過去にライが出席した会議の議事録と思われる書類が丁寧に管理されているようだ。
その中から比較的新しい書類に目を通しているソフィアだったが、次第にその表情が険しいものになっていく。
「……真っ黒ね。ここの家主は妖魔教団と内通しているわ」
書類から目を離したソフィアは、書庫の外を通るであろう警備を警戒してか小声でそう伝えた。
ふむ、そうなるとアレがあるかもしれない。
アレとは、薔薇の街の旧貴族屋敷跡の地下で発見した、妖魔教団配布の傀儡化計画書がここにもあるかもしれない。
妖魔教団にはなぜか度々狙われるので、この際だから奴らにまつわる情報は持って帰れるだけ持って帰ってしまおうと思う。
ソフィアに親指を立ててのジェスチャーで返答したのち、書庫の隅で背の低い箪笥を調べてみる。
すると、ここの当主から三世代前から妖魔教団幹部と交流があったことが記されている書類が見つかった。当然その中に紛れて計画書もある。他にも、以前見つけた第十四回だけでなく、十二回と十三回も見つかった。大戦果である。
「ソフィア。お前に持たせてある魔導写影機でこの箪笥を撮ってくれ」
「任せなさい」
そんなこんなで都合四枚目の証拠写真を撮ったまさにその瞬間だった。
書庫の高いところにある窓ガラスが割れて、反対にあたる壁に弾痕が付いた。
すぐさま撃ち返そうと銃を構えるが、ソフィアに銃身を支える手を手で重ねられて制止。構えをほどく。
「今回はやらなくていいわ。隠密に徹しましょう」
「わかった、そうしよう」
ソフィアの指示を受けて、ひとまず扉側から見えない棚の裏に隠れる。
直後、物音を聞きつけた警備の人間が扉を開けて書庫へ侵入しだす。
消音魔法の効果は範囲外と範囲内とで音を遮るものだから、至近距離では絶対に声を出してはならない。ここへ来る前にソフィアから念入りに聞かされていたことなので、首を動かすことすら躊躇して息を殺す。
そうしていると、場違いな方を警戒しながら棚の角から姿を見せた警備役二名が、手足と口を氷漬けにされた。
「おお、手口えぐいな」
「言い方! それより、この人たちを無力化しているうちにここを離れましょう」
不満を口にしたソフィアについていく形で書庫を後にした。
──数十秒後。俺たちは廊下の柱の陰で再び立ち往生していた。
タイムリミットは書庫で凍っている警備が再び動き出す頃。それまでに逃げなければならないという焦りが、俺たちの判断を鈍らせたのだ。
俺たちのすぐそばには、体の半分を血だまりに変えられた番犬の亡骸が転がっており、確実に十人以上いる警備の人たちが駆け寄る足音が近づいてくる。
「臭いを嗅ぎつけた番犬が有無を言わさず襲ってくるとは想定していなかった」
吠えられたら終わり、攻撃されても防具など着込んでいないので大ダメージ。そのうえ攻撃したら音や攻撃魔法感知器で居場所がバレるという悪魔の三択。そのなかから、俺たちは消音二枚重ねの銃で撃つという選択をとったのだが、案の定同じフロアの警備の人間には音を聞かれていたようだ。ただでさえ先ほどの窓ガラスが割れる音で警戒態勢になっていたところにこれなので、もう隠密だけでやり過ごすのは困難だろう。
ソフィアはどう判断しているかと思い視線を向けると、不満そうに頬を膨らませてこちらを睨む目と重なった。
「私からも臭いがするみたいな言い方で嫌なんだけど」
「絶世の美女ですら汗は掻くんだから逆立ちしても無理なことをいちいち気にすんな」
臭いケアが香水と魔法くらいしかないこの世界では、戦闘中に出る臭いはどうしようもない。そんな、乙女心にクリティカルダメージなのが異世界である。
そんなやり取りをしていて敵への意識が薄れていたのがよくなかった。
「いたぞー! 曲者だ捕えろおおお! 俺はうわあああああ!」
俺たちと目が合った直後、仲間を呼ぶべく叫んだ警備員。
皆まで言い切る前に警備員の足を銃で撃った俺は、気が動転しているソフィアを引っ張りこの場から逃げ出した!
──なんやかんや追い回されながらも角の向こうにエントランスが見えてきた頃、何重にも支援魔法を重ねたため消音魔法の隠密性能よりバフの光による派手さが勝ってしまったまま苦し紛れで物陰に身を潜めていた。廊下を通る警備員の視界に一度でも入ればバレそうだ。
だが、ここにきて運が俺たちの味方をする。
なんと、母屋の側面の方から爆発音とともに悲鳴が聞こえてきた。
「アンタの性格悪い罠に人が寄っているわね。今のうちに逃げましょう」
この辺りにいるだろうと辺りをつけていた警備員までもが混乱して爆発した方へと駆けていってしまったので、俺たちは無人になったエントランスを堂々と出た。
だが、無事に拠点にしている宿へ帰るまでは気が抜けない。
如何せん、さきほどこちらの居場所を察知して狙撃を試みた第三の敵が生きているからだ。
と、エントランスを出た直後、そんな嫌な予感がしてソフィアの首根っこを掴み立ち止まった直後、鼻先すれすれを狙撃弾が通過する。
次こそはソフィアの制止がなかったので撃ち返す。
どの道、柱くらいしか身を守る物がない玄関と、慌ただしく警備が動く屋敷内では逃げ場がない。であれば、音が出る出ないとか関係なく狙撃手を返り討ちにするしかないのだ。ソフィアもそれがわかってて制止しなかったのだろう。
だが、ただでさえ警戒レベルマックスな場面で発砲なんかすれば、いくら音に気を使っていても位置バレするわけで、罠の爆発に気を取られていた警備員たちが、先ほどを上回る数でエントランスに駆けてくる音が聞こえる。
「警備員は任せていいか?」
「ええ、任せなさい」
頼もしい言葉を返すソフィアは手のひらを開いた扉の方へ向けて青白い光を溜めている。氷属性の魔法だろうか。詳しいことはいまだにわからないが、ソフィアほどの魔法使いなので明確な意図があって魔法を使っているに違いない。
さて、一方俺が相手にする狙撃手であるが、さきほどのカウンタースナイプでは倒せていないようで、今も少しでも壁から手がはみ出た瞬間を狙って狙撃されている状態だ。
こうなってくると隠密用の罠系アイテムも持ってくるべきだったと後悔するが、ないものは仕方ないので代替手段を考えよう。
今のところ持っているのは高くて重い弾と設置型の罠。設置罠は近くに人が通ると感知して爆発するものなのだが、安全用の殻がなければ比較的暴発しやすい危険物となっている。
俺は荷物の中から罠を取り出すと、それをおもむろに投げる。
あれを起爆すれば、その際にでる光で一瞬だけ敵の狙いから外れることができるだろう。だが、手順がバレる以上二度目は通じないはずだ。なんなら、投げられた罠を訝しんで狙撃された時点でアウトなので、勘が鋭い相手には一度たりとも通用しないだろう。だがまあ、他の選択肢はないのでやるしかないのだ。
俺たちの中にはもう、こっそり証拠を盗んでライ伯爵を追い詰めるという当初の目的はなくて、今はただここから逃げのびることだけを考えていた。
──数時間後。
「……で、二人そろって留置所送りにされたのですね」
ジョージさんと葉薊領主を伴って現れたマキは、檻の中で大人しく待っていた俺たちに、心底呆れた様子でそう言い放つ。
貴族として葉薊領主とともに所長と掛け合ってくれたらしいマキの働きによって、俺たちはその日の夕方に釈放された。
【作者のコメント】
金曜日に残業したせいで、危うく間に合わなくなるところだったぜ。




