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『けん者』  作者: レオナルド今井
霧の都編
7/96

霧の陣

 街の外へ逃げて行った盗賊を追いかけること一時間。

 街道沿いの崖にある洞窟の入口で、同じような外見の盗賊が何やら意思疎通をとっている様子が確認できる。

「いわゆる合言葉ですかね。男の子とかが秘密基地で遊ぶときなんかには共通のキーワードを決めていると、学校時代のクラスメイトが言ってました」

 マキのいう通り、おそらくあれは見張り番による合言葉確認だろう。

「そうなると厄介ね。合言葉なんてこんなところからじゃ聞こえないし、何かいい方法はないかしら」

 ソフィアの言う通り、俺たちが身を隠している岩影からアジトの入口までは一キロメートル近く離れているので聞き取ることは不可能だ。

「厄介なことに、奴らは口元も布で覆っていますからね。口の動きで何喋ってるのか推測するのも難しいです」

 そんな芸当ができるのか。今度教えてもらおう。

 それはそうと、見張り番のチェックを終えた盗賊が洞窟の中へ入って行ってしまった。

「私たちも動きましょう。あの程度の相手なら私の魔法で一網打尽よ」

 胸を張って音頭をとるソフィアに、俺もマキも反対意見はないので動くことにした。


 街道のそばということもあり、堂々と接近しても特段警戒されなかった。

 距離にして二百メートルくらいだろうか。

 先頭を歩くソフィアが突然足を止めたかと思えば、次の瞬間には盗賊団の見張り番に雷が降り注いでいた。

「おー! さすがは賢者ですね!」

 手を合わせてソフィアを称えるマキの言葉に、雷が降った地点を凝視する。

 三人いたはずの見張り番が一撃で倒れているようだ。

「ソフィアが攻撃魔法を使うところをあまり見たことがないが、確かにこれはすごいな」

 そう言ってやると、彼女は嬉しそうに笑みを浮か……

「ちょっと待ちなさいよ。その言い方だと、まるで元々私のことをあまり評価してなかったみたいに聞こえるじゃない」

 みたいに、じゃなくて本当に攻撃魔法方面で活躍しているところが想像できていなかったのだが。そんなことを口にしようものならまた機嫌を損ねるだろうし黙っておこう。

 それよりも、入口で仲間が倒されたというのにまだ仲間が出てくる様子がないことのほうが重要だ。

「どうでもいいことだろう? そんなことより、盗賊団の仲間が出てくる前に入口に罠を仕掛けてやろうぜ」

 荷物に大事にしまっておいた携帯罠を眺めていると、うっとりしてしまう。

 『うーわ、ひどい顔してますよ』なんてマキの言葉も今なら笑って聞き流せる。

「放っておきなさい。ケンジローはこういう人なのよ」

 入口まで近づいて罠を敷いていると、ソフィアの失礼な言葉が耳に入る。

 例によって気分を害するほどのことではないのだが、屋敷に帰ったら少しわからせてやろうと思う。ついでに、マキにも洗礼を……

「ふと気になったんだが、マキは街に戻ったらどうするんだ? 一回解散してもいいが、寝泊まりする場所に困るなら今のうちにソフィアに相談しとくといいぞ」

 そもそもマキくらいの年齢なら実家暮らしだろうか。

 もしそうだとすれば、あまり遅い時間まで連れまわすのもよくないな。

 罠設置作業の傍らあれこれ考えていると、ソフィアと何やら話し始めた。アイツもあれで同年代の女と話す貴重な機会だろうし、そっとしておいてやろう。

 ところどころ聞き耳を立てつつも作業に専念していると、額に水滴が付着したような感覚を覚えた。

「……雨ね。雨宿りの道具は持ってきてないし、帰ろうかしら」

 両の手のひらを空にかざして天候を確認していたらしいソフィアがそうを言った。

 罠のほうは粗方敷き終えたので異論はない。

 マキの意見を聞こうと視線を向けると、すでに短剣を納めて帰る準備は万端といった様子だ。

「そうだな。罠は置いたし、雨の中じゃ銃は使えないから帰るしかないだろう」

 雨に濡れたくないソフィアとどっちでもよさそうなマキとのパーティということもあり、特にもめることなく街へ帰還した。

 翌日。

 夜中のうちに雨が上がっていたようで、ギルドに集まるころには晴れ渡っていた。

「……いやぁ、夕べはすごい雨でした。冒険者向けの安宿だったので雨漏りがひどくて」

 遅めの朝食をとりつつ雑談に花を咲かしていると、目の下に隈ができているマキの曇り空な話を耳にした。

「昨日の帰りで別れたが、冒険者向けの宿屋なんてあるんだな」

 安宿とは言いつつも、この年で働きながら宿で寝泊まりというのは立派な話だ。

 マキの十代前半とは思えない自立具合に感心していると、黙って話を聞いていたソフィアが突然机を叩き立ち上がった。

「やっぱりマキもうちで寝泊まりしなさい! ……ねえ、ジョージ。一人くらい増えてもいいでしょ?」

 ソフィアの唐突な提案に、視線がジョージさんに集まる。

 朝っぱらからギルドまで馬車を走らされたかと思えばそんな提案に、少しかわいそうに思えてくる。

 だが、彼も伊達に長く生きていはいないようで、朗らかに笑うと二つ返事で快諾してくれた。

「お嬢様のお仲間となれば私にとっても家族同然です。これからよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、お世話になります」

 深々と頭を下げるマキは、どこか嬉しそうだった。

「そうと決まれば荷物を運ばなきゃね! 馬車の荷車に載りきるかしら」

「載らないと困るんだが?」

 ギルドから屋敷までは徒歩だと数十分かかるので、大荷物を抱えての移動は勘弁願いたい。

「布団と着替えとわずかな日用品くらいしか持ってないのでご安心を」

 マキの言葉にそっと胸をなでおろす。

 もしタンスでも運べと言われたら途中でぶっ倒れていただろう。

「それくらいなら大丈夫だろう。俺だって布団を運ぶくらいなら手伝えるしな。なんせ、なぜか今朝目が覚めたらレベルが上がっていたからな」

 言いながら冒険証をテーブルに置き、記載されているステータス欄を指す。

 この世界にはレベルや経験値の概念があるらしく、ある一定の条件を満たすと段階的にステータスが上がるらしい。

 例にもれず俺のステータスも、伸び方にばらつきはあれどキチンと上がった。特に伸びがよかったのは会心ダメージだが、そもそも何をもって会心攻撃扱いなのかピンと来ないのだが。

「なぜかってなんですか、なぜかって」

「いや、昨日の罠を盗賊団の誰かが踏み抜いたんでしょ。かわいそうに」

 ソフィアの言葉を聞いて合点がいった。

 確かに、昨日設置した罠に引っかかった間抜けがいたら経験値も入るだろう。

「でもそれは、ソフィアが見張り番をやっちまったからだろ。雨が降っても仲間が帰ってこなかったら心配して様子を見に出てくるだろ」

 つまり、罠を踏み抜くきっかけを作ったのは他の誰でもないソフィアなわけだ。さも俺が極悪非道な行いをしたように言わないでほしいのだが、どうも納得がいかないようで眉を吊り上げて立ち上がる。

「はあ⁉ その言い方だとまるで私が盗賊団の連中を嵌めたみたいに聞こえるじゃない! 訂正しなさいよ!」

「何が訂正だ。事実だろう」

 そう言ってやると、ついにテーブルの下で足を蹴られたのだが、あまり俺を甘く見ないでほしい。

「盗賊団が罠を踏むきっかけを作ったソフィアが酷い奴なのは間違いないが、引っかかりやすいようにわざとセオリー通りの配置から罠をずらして設置したのだから俺のほうが一枚上手なはずだ」

 そう言ってやると、いよいよテーブルに乗り出したマキに注意された。

「二人とも公共の場ですよ! ソフィアは一旦冷静になって、ケンジローも人を小バカにするようなことは……あれ? ケンジローが今言ったこと、誇るべきところじゃなくないですか?」

 一人勝手に混乱し始めたマキをよそに、我に返った俺たちは大人しく席に座りなおすと、気まずい空気が流れる。

「…………」

「…………」

 さすがにからかい過ぎたと思う。

 謝ろうと口を開いたまさにその瞬間、ギルドの扉が勢いよく開いた。

 あまりの音にギルド内にいる者達が一斉に視線を向けると、その先にいる騎士が汗を拭う間もなく。

『街付近にバナーナ盗賊団が進軍中! 敵の数はおよそ千二百体ほどで、潜伏中の者も含めれば兵力は更に多いものと思われます! 住人の皆様は直ちに屋内へ避難を! 冒険者の方々には協力を要請します!』

 そんな叫び声が、ギルドに響き渡った!




 ──霧がかかり始めた街の通りを、やや汗ばみながら走っている。

 先導する騎士団員の後を、ほかの冒険者たちと並んで追っかける中、妙にイキイキしているマキに声をかけた。

「お前もだが、どうしてそんなに楽しそうなんだ? 俺は帰りたいんだが」

 はっきり言って、今回の件は乗り気じゃない。

 ため息混じりで呟く俺に、マキは目を見開いてこちらを見た。まるで、信じられないものを見るような視線で不愉快である。

「なぜって。……そんなの、久々に戦場を駆け回れるからに決まっているじゃないですか! 昨日は大人しくしてたせいで不完全燃焼気味なんです! 目指せ、千人斬り!」

「サイコパスか、お前は!」

 だいたい、それだと大義名分とかそういう立派な動機がねえだろ。せめてなんか取り繕えよ!

 さっきまで晴れていたかと思えば霧がかかってきているし、そうでなくともこんなむさ苦しい感じの仕事は俺向きじゃないはずだ。

 激しく不満だ。

 同意を求めようとソフィアを見る。彼女はというと、口を尖らせてこちらへ振り向く。

 あーやだなー。これ説教される時の表情じゃん。

「疫病の流行で没落したとはいえ私はこの街の貴族なの! 戦う力を持って生まれてきた以上、誇りをもって街の住人を守る責務があるのよ! アンタも私の従者のようなものなんだから、情けないこと言ってないで戦いなさい!」

「なにが貴族の誇りだ。そんな一銭の価値のないものにリスクを冒すなど愚の骨頂と言えよう」

 貴族の誇りがあるならば、なおさら死んだ家族のために次代に繋げる努力をすべきだろう。

「……」

 そう思って口にしたのだが、眉を吊り上げて憤慨するソフィアに睨みつけられた。

 これ以上余計なことを口にしたらコイツも手が出るだろうか。案外気の短い、というか神経質なコイツを説得するのは骨が折れるが、言うべきことを言わずに後悔するより言って後悔したほうがいい。それも、仲間が死ぬかもしれないとなればためらう理由はない。

「仮にも賢者であるなら物事の本質を正しく見抜き、常に最善手を選び続けるための大局観を育むべきはずだろう」

 瞬間、ソフィアは右手を振り上げ。

「……やっぱりいいわ。アンタはアンタの好きにしなさい」

 振り上げた右手を戻したソフィアは、マキを連れて駆けていく。

 冒険者たちの人波を縫うように抜けていった二人の背中はすぐに見えなくなった。

 さすがに言い過ぎたか。

 去り際の彼女の表情はしっかり見えていた。悲しさを押し殺したような微笑みだったと思う。

「あのメスガキ! この期に及んで下らない真似を!」

 思わず苛立ちが口から出てしまい、慌てて手で口元を抑えた。

 冷静になるにつれて、面倒なことになってしまったと思う。

 ……やるべきことが二つできてしまったな。

 そう思いながら、街の門をちょうど抜けるかというタイミングで他の冒険者の声が耳に入った。

『今回の防衛戦がうまくいったら、参加者全員に五千シルバーの報酬が出るらしいぜ!』

 訂正しよう。

 やるべきことが"三つ"できた。

【一言コメント】

コロナにかかって執筆速度DOWN

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