芸術的ビジネスの始まり?
──損壊した防壁での防衛戦に駆けつけて三十分ほどが経った頃。
気づけば三十体いた魔物はほぼすべて狩り尽くされていた。残りの片手の指で数えられる程度の魔物も、報酬に目がくらんだ十余名の冒険者たちに追い掛け回されている。ここだけ切り取ると人類側が蛮族みたいに見えてきてちょっと嫌だ。
『待てコラ死ねコラァ!』
『ワレェお前経験値になりやがれボケナスがァ!』
……うん、やっぱり嫌だ。
この街は経済的に余裕のある商人層がその日暮らしの冒険者を金で使う構図ができているためか、報酬をより多くとろうと手柄立てに必死なのだろう。
ある意味冒険者らしい正直さだとポジティブな言葉で自分に言い聞かせておこう。
「なんか味気なかったのです」
同じく応援要請に応じてついてきた仲間の一人であるマキが、あまりにもあんまりな光景を目の当たりにしてそう溢す。
そう、味気なかったのだ。
特に見せ場らしい見せ場もなく、格下の魔物を淡々と追い返しただけだった。
ソフィアと『月夜見』に至っては最初に一回支援魔法を使ったきり戦闘に参加していなかったくらいだ。
そのうえ野良の魔物だということで組織的に動くわけでも、主導者のような存在からバフを受けているわけでもなかった。最悪の場合を想定した報酬額が設定されているが故に、周辺地域で最も強力な魔物の討伐報酬がそのまま支給されるのも、冒険者たちが沸いている理由だ。
だからこそ浮かれている冒険者たちを見て、かえって冷めた思考で物事を考えることができるわけだが。
と、同じく何かを思案していたソフィアが、やがて何かを閃いたようにこちらに視線を向けて口を開く。
「ねえマキ。ちょっと『索敵』スキルで遠くや死角に他の魔物がいないか調べてちょうだい。何もいなければそれでいいのだけれど」
「了解なのです。ちょっとずつ動いて広い範囲を見てきます」
そう返したマキは、軽く跳ねて足を慣らすと、そのまま壊れていない防壁の辺りへ向かって小走りで駆けて行った。
「……やはりソフィアも嫌な予感がするか」
統率が取れていないだけで、今回みたいに弱い魔物が誘導されている可能性も考えられる。
もしそうだった場合、狙いは何か。
この街の冒険者ならば普段の魔物の活動傾向と比べることができるだろうからもっと確信に至りやすいかもしれないが、生憎とコスパのいい臨時中長期依頼に浮かれていてこのザマだ。
騎士団や傭兵団はある程度片が付いた段階で切り上げてしまうし、最悪のケースを考えると俺らで手を打った方がいいかもしれない。
そんなことを考えていると、言いづらそうな表情のソフィアが傍までやってくる。
「……耳打ちでいいかしら。大きな声で言って混乱を招いちゃいけないと思うのよ」
「そういうことなら。……噛むなよ」
「あら、フリかしら?」
ちょっとしたジョークにジョークで返すソフィアは、クスクスと笑いながら俺の耳に顔を近づけると、考えていることを話してくれた。
「嫌な予感なんて確度の低いことじゃないわ。これと似た方法で滅ぼされた街を知っているもの」
「それは本当か?」
思わず素で聞き返す。
なぜそんなことを知っているんだと気になるが、おそらく世にあまり出回っていない本で知ったか、マイナーな魔法で土地の記憶か何かを読み取ったのだろう。非現実的な発想だが、この世界でこの女ならやりかねない。
「ええ、本当よ。……っと、マキも戻ってきたし、他の冒険者たちも動き出したから場所を変えましょう」
そばから離れたソフィアは、そういうと他の冒険者の目につく前に何事もなかったように髪を手入れする仕草をしだした。
「察しのいい女神だから黙っておいてあげたけど、後で貢物を寄こしておくれよ。ちなみに今夜は鳥皮の気分さ」
自称察しのいい女神は目の前でいちゃつかれたと思ったようで、不満そうに夕飯のおかずを指定してきた。随分とおっさんくさいチョイスである。
──夜半過ぎ。
『月夜見』がぐっすり寝ているのを確認した俺たちは、先ほどマキが索敵しに行ったという場所へとやってきていた。
街の北門からそう遠くない平原地帯で、俺たちは三人で調査している。
「夕方はここで索敵スキルに反応があったのです。一匹しか反応がなかったのに前触れなく二匹に増えたのは気になりますが」
「魔物が増えるなんてことあるのか?」
当たり前のようにそんなことを言うマキに俺は聞き返す。
すると、黙々と支援魔法の詠唱を始めていたソフィアが会話に参加する。
「ヴァンパイア族の魔物は襲った生き物を同種族へ変質させることがあるわ」
「言われてみればそうか」
アンデッド系ヴァンパイア族に属する魔物の有名な特徴だが失念していた。
「それより、今も索敵スキルが反応してたりするのかしら」
「三匹分あるのです。ですが、いずれも野良の魔物ですね。この地域はフェンリルがよく子供を産み落としては放置していくのです」
「ベビーフェンリルね。霧の国ではあまり見かけないけれど、中堅以上の冒険者ならまず負けないわ」
へー、そんなもんなのか。
「現にソフィアの魔力に怯えているみたいですからね。索敵に反応してるのは敵意があるからですけど、恐れに近いと思います」
「了解だ。であれば普段と同じように警戒をしていれば……いや、見えにくいがあの茂みの裏に何かいる。人数は二人でたぶん人間だ」
索敵スキルに反応がない以上こちらに気づいていないか敵意が無いかのどちらかだが、こんな時間に少人数で出かけているあたりロクな用事でないことは確かだろう。
ひとまず傍聴スキルでやり取りを盗み取ろう。
そう思ってスキルを使うと、脳内に会話が流れてくる。
『兄貴! こっちは設置終わりました』
『そうか。じゃあ次はコイツをあそこの木に引っ掛けて来い』
『兄貴なんもしてないじゃないっすか。って、それより……このブツを置いていったいなんの意味があるんすかね』
『それはオレらの管轄じゃねえ。気になるんなら雇い主に聞いてやってもいいが、こういうのは黙っておくのがお約束だぜ』
『さすが兄貴っす。それじゃ、持ってきます』
『おう行ってこい』
傍聴スキルを使っている様子を興味深そうに見ているソフィアが、タイミングを計って話しかけてきた。
「ねえ、あの人たちは何を言っていたの?」
「誰かに雇われて大型の器具を設置して回ってる。雇い主の意図は知らないし、詮索しないのがマナーらしい」
これでは仮に拷問しても美味い情報は聞き出せないだろう。
それでも雇い主との取引場所くらいは突き止めてやろう。そう思っていた矢先、想定外の事態が起きた。
弟分と思わしき構成員を余所へ行かせた兄貴分が、こちらを察知するや否や武器を捨て両手を挙げて寄ってきた。
予想外の展開に毒気を抜かれていると、兄貴分と思われる男が土下座までし始めた。
「ね、ねえ。アンタは誰? というか、こんなところで何してるのよ」
もはや一周回って軽い恐怖すら抱いているのか、俺の背に体を半分隠したままソフィアがそう問いかける。
「とある商人に依頼されてやってただけだ。なんのためにこんなこと頼んだのかは知らねえ」
それは知ってる。
まさか傍受されているなど夢にも思っていないであろうこの男はそんなことを言って命乞いをする。
……まあ、嘘はついてないとわかっただけ良しとしよう。
「それなら逃がしてやろう、なんて言ってもらえないのはわかるよな?」
ここで俺たちが馬鹿正直に背を向けて引き返したらどうなるだろうか。コイツが悪人だったら……というか、俺だったら口封じに背後から騙し討ちをするだろう。
ソフィアたちにも易々見逃す気はないと目配せすると、あまちゃんなコイツらでも理解を示してくれたようで無言でうなずく。
「そいつはわかってる。だが、オレらには世話んなった孤児院がかかっとるんや。オレんことはどうしてくれてもいい。だが、あのガキだけは見逃してやってくれ」
男はそう言うと、もう一度深く頭を下げ、土下座したままなので地面に額を打っていた。
「……どうしたらいい、ソフィア。コイツただの善人かもしれん」
「どうしたらもなにも。……アンタ普段から人の心がないせいで、善人の処遇を思いつかないのね。わかったわ、私に任せなさい」
「お前後で覚えてろよこのメスガキが」
しれっとディスってきたソフィアに罵声を浴びせていると、作業のために離れていた弟分が戻ってきた。
「終わりましたぜ兄貴! って兄貴ィィィィィ! お、お、オメーら! オレッチの兄貴に指一本でも触れてみろ! テメ―らなんかけちょんけちょんにしてやるかんな!」
土下座させられている兄貴分に気づいた弟分は、そんな威勢のいいことを言う。
やっぱり戦闘になるのかと思い装備している銃に手を添えて、その手をソフィアの手に抑えられた。
「武力行使の必要はないわ。それより私に考えがあるの」
妙に自信満々な様子だが、知力のステータスが高いソフィアなら裏目に出ることはないだろう。
最近では貴族院に議席を持っている海千山千の貴族にさえ冷酷だと恐れられ始めている俺の出番ではないということだ。ここは任せよう。
「さて、お兄さんたち。見たところ働き口さえあれば悪事に手を染めることはないと、あなたたちのことをそう思っている私の目は狂っていないかしら」
盗賊の二人組にそう切り出したソフィアに全員が注目した。
「この街にはあなたたちの他にも、決まった職を持たない人がいるのでしょう? あなたたちのような人たちを集めて、霧の国とこの国との郵便サービスを展開できたらいいと考えているの。詳しいシステムとかはここにいるケンジローに任せるけれど、あなたたちにはまず同じ境遇の人たちを集めてきてもらうわ」
「おお! 悪くない考えなのです!」
マキも賛同しているが、俺に丸投げじゃねえか。
いや、提案くらいはできるが。
「俺に丸投げなのは一億歩くらい譲歩して良しとするが、ずいぶんと唐突じゃないか」
「だって今思いついたもの。当然でしょ」
当然でしょ、じゃねえよ。
すごく不安だ。このメスガキに任せて置いたらすごく不安だ。
なによりも、こんな適当なことを言っているメスガキを、賢者だからという補正もかかっているのだろうが、まるで神仏でも崇めるような目で信じ切っているこの男たちがかわいそうでならない。
「あのなぁ、お前はどうでもいいかもしれんが、この人たちにとっては今後の生活が懸かってるんだぞ。ったく、しょうがない。俺が責任をもってビジネスチャンスへと導いてやるよ」
あーあ、退路が無くなっちまった。
しかも、二人だけじゃなくてこの街の無職全員って、いったいどれだけの数がいると思っているんだ。しかも、そういう奴らってだいたいは偉い奴の後ろめたい仕事を押し付けられているわけで、規律を守らせるだけでも一苦労なわけで。……うん?
もしかしてこの女、コイツらへ雇用を与えるのは建前か?
チラッと横を見ると、表情は穏やかに笑ってるのに目の奥に微かな悪知恵を働いている影を感じた。
そんな彼女に俺は視線で語り掛ける。
「そういやソフィア」
「なによ」
怪訝そうな顔を向けて続きを促すソフィアに俺は憎まれ口を叩く。
「お前って隠れ性悪女だよな」
「ふふふ、なんのことかしらね」
優雅に口に手を当てて笑う仕草がソフィアにはすごく似合っていない。
しかしまあ、沸点の低いコイツがキレない点でお互いに考えは筒抜けであった。
しばし視線だけで会話した俺は、ふと目の前の連中に意識を戻して考えを改める。
「いや、俺が無粋だったな。……よし、アンタらは人を集めて一週間後この場所に来てくれ」
面白そうだったので俺はソフィアの悪知恵に加担することにした。
そんなことを言っているうちにもうそろそろ日が昇る頃になってきていた。
『月夜見』が起きる前に帰らないと後々めんどくさいので今日は解散にしよう。
ソフィアたちに視線を向けると、特に異論はないようなのでお開きとなった。
──二日後の夕刻。
ビジネスの話をすべく、先日訪れた魔法道具店へと再び足を運んでいた。
「それで、ここからが本題だ。先に渡した資料を読みつつ聞いてほしい」
プリント用紙サイズの資料数枚に目を通す道具店の店主さんとテーブルを挟んで向かいに座って打ち合わせを進めている最中である。
卓上には、見本のために作ってきた切手モドキが数枚。一枚一枚手書きで描かれている絵は『月夜見』が描いたものだ。個人の主観にはなるが、満月とススキが描かれた秋を感じさせる切手を推したい。
当初は本物かどうか見極めるための魔法道具として、製品に近いプロトタイプをソフィアに作らせようと考えていたのだが、壊滅的に絵が下手なソフィアでは商品の企画にそぐわない狂気の絵が出来上がったため急遽代打を立てたのだ。
ちなみに、もはや写真よりきれいな線画を書いてくれたうえに魔力まで使って協力してくれた代打女神は、今頃与えてやった小遣いでスイーツの食べ放題に出かけていることだろう。余談だが、この切手の絵は題して『黄葉を散りまく惜しみ、手折り来て』だそうだ。有名な和歌から拾ってきた名前だろうことは言うまでもない。
「職にあぶれた者の中から善良な人間を拾い上げて国際郵便サービスを展開する予定なんだが、貿易法を回避するための鍵がソイツなんだ」
日本人にとってはお馴染み……ではなくなりつつある切手だが、ことこちらの世界では法の抜け穴を突く鍵になると踏んだ。
そもそも、こういった物品の運搬自体は行商人が荷車に空きがあった際に駄賃稼ぎに少しやるくらいだ。それでも、一定数の需要がある。しかし、価格的にもサービスを行える頻度も庶民に優しくない。近隣の国に移り住む習慣が現代の地球より普及していないこちらの世界でさえ、少なからず隣国出身者というのがどこの街にもいるものだが、そういった人々のニーズは依然として満たされておらず、たまに利用する際に高額な料金を渋々払っているのが現状だ。
個人間の物品の運搬……つまり、郵便サービスのようなものが周辺諸国では普及していないのだ。
唯一、日出国がそういったサービスを行政主体で展開しているそうだが、金持ちな商人とずぶずぶな貴族に守られているせいで大々的にやりにくいのだ。具体的には、貴族が認めた組織以外が国外への物品の運輸を行う場合、売上の四割が税金として抜かれるのだとか。
そこでこの切手の出番というわけだ。
利用者は表向きには芸術品としての側面が強い魔法道具として売り出した切手を買う。そして買った切手を届けたい荷物を包んだ箱に貼ることで、芸術に目がない運び屋組織に無料で運んでもらうのだ。
この場合、あくまで運輸料金は無料なので税金はゼロで済む。切手は芸術品扱いなので通常の税金以上はとられないため、その分安くサービスを行えるというのがウリである。なお、運輸組織から道具店に力仕事が得意な人材を派遣するという形で、本来の運輸料金分を上乗せしてお金を流すことで運輸サービス自体を完全無料化して言い逃れできるようにしている。我ながら狡賢いシステムだが、誰も規制していないのがいけないのだ。
そのことを小さな声でこそこそと説明すると、店主のエリーは手を打って頷いた。
「名案ですね! はあ~……これで、やっと毎日のご飯におかずが付きます。ありがとうございます、英雄様」
おっと、もう英雄扱いか。気が早いぞ。
まあ、客の出入りがほとんどないこの店にとっても、こうして安定した収益源が得られるというのは願ってもないはずだ。
「ところで英雄様。本日はソフィアさんたちとはご一緒じゃないのですか?」
「ああ。アイツらには今回の事業の宣伝をさせている。アイツら外見だけはいいからな」
ここにはいない言い出しっぺとその親友があくせく人々に声をかけて回っている姿が思い浮かぶ。
まあ、アイツらなら心配は不要だろう。
能力を考えれば当然だと思っていると、エリーさんが俺を見てクスッと笑う。
「ソフィアさんたちとは互いに信頼しあっているんですね」
はい?
エリーさんが突然そんなことを言い出すものだから直前まで何を言おうとしていたか飛んでしまった。
そんな俺のことなどお見通しなようで、エリーさんは続けて。
「昨日、私用だといって訪れたソフィアさんも、英雄様とマキさん、『月夜見』さんのことをとても信頼していらっしゃいましたよ」
そうなのか。
……特に何というわけではないが、帰りにアイツの好きなケーキでも買ってやるか。
ビジネスの話が大方終わり、ほのぼのとした雰囲気で話していたまさにそんなときだった。
『アオキ・ケンジロー! 我々は貴様の身柄を確保しにきた! 現在、貴様ら一行に組織犯罪予備群取り締まり法違反の疑いで逮捕状が出ている! 武器を捨て抵抗せずに今すぐ出て来い!』
店の外から警告を促す男の声が聞こえてきた。
【作者のコメント】
なにがとは言わないのですが、今年リリースされた某オープンワールドゲームで芸術的大爆死をしました。むこう一ヶ月は惣菜なし生活になりますが、よいインスピレーションに繋がればいいなというただでは転ばぬ精神……




