祭りの場外から
──一方、時を同じくして。
「俺はやるぞ! うおおおおお!」
「ウチ、今月ピンチなんだよね!」
「乗るしかねえ、このビッグウェーブ……いや、ビッグマネーオポチュニティに!」
崩れた避難所から移ってきた避難者たちを、街で唯一崩れなかった冒険者ギルドへと誘導し終えた私だが、一息つく間もなくギルド内がお祭り騒ぎになっていた。いったい何故こんなことになったのか。
「落ち着いて! ねえ落ち着きなさいよ! 今フロートさんとウチの仲間のケンジローがドラゴン相手に戦ってるから、みんなはここで静かにしてて! 近くにいれば守ってあげられるから!」
声を張り上げていると、私と一緒に怪我人の治療にあたっていた街の聖職者たちが冒険者たちの首根っこを掴んで避難所へ引きずって行った。これだから冒険者は……。
思わず額に手を当てながら冒険者たちの様子から目をそらすように、少し前に屋敷があった方で眩しい光が見えたことを思い出す。
街を襲撃したのはあの大きいドラゴンと、ソイツを従える術者一人だったはず。暗くて見間違えているかもしれないが、あの術者はどこかで見たことある気がするのだ。それはそうと、あの閃光はいったい誰がどのようにして引き起こしたものなのだろうか。
ケンジローの突拍子もなく行う変な奇術だといいのだが、敵側が使った不意打ちだとすると戦況はマズいはずだ。
そう考えると今すぐ戻って様子を見てあげたいが、生憎いまここを離れてもう一度地震が起ころうものなら冒険者ギルドも崩れるだろう。そのタイミングで私がここにいなければ、今度こそ街の人たちを助けられる自信がない。さっきだって、魔力効率が悪くなるのを承知の上で、可能な限り魔術式を省略したのだ。結果として最大魔力の大半を使って魔力切れ。『月夜見』から多少は魔力をわけてもらったが、それでも遠くの人たちをすぐにバリアで守るなんて高度なことをやるだけの魔力はない。
だから祈るしかないわけだが、それはそうとただ遠くから様子を見るだけでは気持ちが落ち着かない。少なくともケンジローと『月夜見』は身を賭して戦っているわけで、マキだってここから離れられない私に代わって、瓦礫で身動きが取れない住人を救助して回っている。
せめて、私にでもできることが他にあればいいのだが、残念なことに戦況を分析するくらしいかできない。そんなこと、頭のいいケンジローなら要らぬ世話だろう。
そんなことを考えながら少し自己嫌悪に陥っていると、また一人怪我人を背負ったマキが戻ってきた。
「お疲れ様。あとは私に任せてちょうだい」
了解なのです、とだけ答えたマキは背負った住人を下ろす。私の前に置かれたテーブルに布を敷いただけの簡易ベッドに、足から血を流す住人が寝かされた。
折れた骨が皮膚を貫いてしまっているが、固定しながら治療魔法を掛ければ治るだろう。その前に汚れとかが入らないように浄化しないといけないか。
「……ところで、さっきの光が見えた時、攻撃者からの並々ならぬ殺意が籠っているのを感じ取ったのです。他者への攻撃でスキルで敵意を感知するのは珍しいですが、強い殺意や恨みが込められていると感じ取れることがあるのです」
治療の準備を始めていると、次の遭難者を探しに行くでもなく、遠くを見つめるマキが背中を向けたまま喋りかけた。
マキが言うには、先ほどの光は敵からの攻撃だという。
ケンジローたちが攻撃されたことに気づいていればいいが、そうではなく不意打ちで喰らった場合はもう助からないかもしれない。
しかし、攻撃したとしていったい誰の仕業だろうか。
ドラゴンは当然として、使役していた術者もあの場にいたはず。その場にいたとして、何か企んでいるならケンジローの目をごまかせるはずがないだろう。普段から狡猾で相手が少しでも隙を見せればすぐに咎める彼が、同類がとりそうな行動を容易く見逃すとは思えない。であれば遠くから狙い撃ちされたのだろうが、それこそ敵側に別の者がいたということになる。
いったい誰なのだろうと考えているうちに、屈強な前衛職の冒険者たちが逃げ遅れていたらしい住人たちを背負って戻ってきた。
「これで全員だぜ、ソフィア嬢」
「全員、生きてる。ソフィア、万歳」
「あんな揺れ方した時には終わった思いましたわ。持つべきはソフィアちゃんみたいな信念が固い賢者やわ~」
妙に男性冒険者が多いのは、きっと力仕事と救命に生き甲斐を感じているからだろう。そう思っておこう。
私に媚びている、とは思いたくない。なんか気持ち悪いし。
そんなことを考えている暇があったら、今しがた運び込まれた怪我人を診てしまおう。
治療にあたっている間は難しいことから思考をそらせるのだ。
「この人たちで全員なら、私がいっぺんに治しちゃうわ。あなたたちは魔力を温存しておいてください」
私と一緒に怪我人を治していたこの街の聖職者たちに声をかける。
軽傷者まで治していては、私の治療魔法では効力が高くてもったいないと言われていたが、ここまで来たら多少余分に魔力を使ってしまって構わないはずだ。
冒険者や聖職者たちが各々の家族や仲間のもとに戻っていくのを目で追いつつ魔法を唱える。
ほどなくして魔術式が完成したので発動してやると、血を流していた人たちの顔に元気な表情が戻っていった。
全員守りきれたことで緊張の糸が切れたのかドッと疲れがのしかかる。
この場もまだ危ないから、と息を整えていると、先ほど治してあげた人たちに混ざっていた少年が元気そうに駆けてくる。
「あら、まだどこか悪い? 見せてごらんなさい」
まだ七歳くらいと思われる年下の男の子に、ちょっとお姉さんぶってみる。
こんな趣味があるわけじゃないが、普段あの男に体型のことで文句を言われるので、たまにはお姉さんらしさを味わっても罰は当たらないはずだ。
「いや、オイラはもうバッチリだぜ! ありがとな、姉ちゃん!」
満面の笑みでそう言われた。
誰かを癒すのに見返りを求めているわけではないが、それはそうとして感謝を伝えられると気持ちが躍るというもの。
これまで助けてきた人たちがお礼も言わない薄情な人だったということは別にないが、治療魔法で言えるのは何も助けた相手だけではないということだ。私も心が癒される。
やがてこの子の母親が追い付いてきて、少年とともに頭を下げる。
「頭をあげてください。私が好きでやっていることですから」
「ありがとうございます。今はこんな状況ですが、必ずお礼をさせてください」
気持ちだけで十分嬉しいのだが、甘いものだと嬉しいなというちょっと図々しい私の心。
よくない方向に行きかけた精神を元に戻していると、少年が街の外を指さして口を開いた。
「姉ちゃんの仲間って今領主様と一緒に戦ってるんだろ? さっきお屋敷で光る前に、あっちにボウガンを持った誰かいたんだよ」
少年は自慢話みたいにそんなことを言う。
「君、こんな危ないのに一人で外を歩いていたの?」
子供の好奇心というのはある意味恐ろしいなと思う。
これはこの後叱られるな、と少年の母親を見て察した。
そんな私の気など知ってか知らずか喋り続ける少年の言葉に耳を傾ける。状況はどうあれ、私が渇望していた情報を知っているみたいだからだ。
「ああ! なんたって、将来の夢は冒険者だからな! だからオイラここに来る前に見てきたんだ。オイラはまだ修行不足だから力になれねえけどさ、こういうことなら協力してやれるってこと大人に証明しねえとな! ヘヘッ」
それで自慢げに話していたのかと納得する。
「もう、危ないことはやめなさいって言ったでしょ! ほら、いくわよハルク!」
「はーい」
耳を引っ張られて連れていかれるのにヘラヘラしているハルクという少年は将来有望かもしれない。
さて、それはそうとボウガンを持っている人、か。
この街の冒険者たちとはだいたい知り合ったつもりだが、ボウガンは不人気なのか誰も持っていなかったのを覚えている。
となると、この街の冒険者に敵側についている者はいないと見ていいだろう。
それより、思い出した人物がいるのだ。
地震が起きる前、幽霊屋敷の調査を依頼した人物の護衛隊にボウガンを持った人物がいたのを覚えている。それと併せて、ドラゴンを操っていた人物の顔も、マスクで半分見えなかったとはいえ今ならわかる。あの人も護衛隊にいた魔法使いだ。
もっと早く気づけていればと後悔しても手遅れだろう。護衛隊は全部で四人。騎士職と盗賊職の二名がまだ目撃されていないが、機を見て戦場に加勢するに違いない。
一度ならず二度三度と奇襲を受ければいくら狡猾で抜かりないケンジローと言えど命の保証はない。というか、私と取っ組み合いになって互角な時点で、前衛職に不意打ちされたら無事では済まないはずだ。こんな時に、さっき冒険者たちと入れ違う形でマキを救助に行かせてしまったのが歯がゆい。
なんとかしてケンジロー達に伝える術を考えなければ。
ここにいる冒険者たちには手が届く範囲の一般人を守る役目が。私には辛うじて原型を残しているギルドが崩れた際にバリアを張る役目が。ここから離れられる人員はごくわずかだろう。その一握りの人員さえできれば離れてほしくないくらいだ。
「……そういえば、ケンジローが言ってた花火を魔法で再現すれば何か伝えられるかしら」
火球を飛ばす魔法を制御すればやれなくはないかも。
だが、露骨に文字を飛ばそうものなら間違いなく敵にもバレてしまうし、察知されたと知られたら残りの戦力がこちらに差し向けられてしまう可能性もある。
護衛隊の戦闘力が未知数な以上、なるべくリスクは負いたくない。
となれば、何らかの抽象的な絵じゃないといけないだろう。あるいは、秘密の暗号のような何か。
そんな都合のいい共通認識はケンジローとの間には用意していない。
「こうなったら時間差で絵として見せるしかないわね。……絶対に気づきなさいよ」
私は手を空へ掲げて炎の魔法を唱えた。
──あれから何発か不規則な間隔で花火を打ち上げた私は倒壊寸前の冒険者ギルトを少しずつ氷漬けにし崩れにくくする作業にあたってた。
花火を使ったメッセージがケンジローに届いていればいいけれど。
そんな気持ちが先ほどから魔法の準備に雑念として降りかかっている。
ドラゴン、杖、弓、クレイモア、ククリ、ドラゴン、弓、剣。気づかれないように間を開けて。一応、意味を持たせた間隔なのだが。
「……はぁ、だめね。全然集中できないわ」
進捗は三割ほど。いつまでにやらなければいけないということもないのだが、崩れたらこの街から屋根のある場所がなくなってしまうので手を止められない。
それに、私がいなくても崩れる心配がなければケンジローたちへ危険を伝えにいけるしそのまま加勢できる。だから早く終わらせなければ。
建物を凍らせるだけなら難しいことは何もないが、ここを避難所として身を寄せている街の人たちに影響を与えないようにするには少しずつ丁寧に凍らせなければならず、それがまた神経を使わせてくるのだ。
そんな感じで作業を続けていると、小走りでマキが戻ってくるのに気付く。
「戻ったのです。どうやら、アタシが街を見て回っているうちに住人の救助が終わったんですね」
帰ってくるや否や飛びついてきたマキを抱きしめ返してあげると、にへらと擬音がつきそうな笑顔を浮かべてくれる。
私の精神状態を察して気を紛らわしてくれているのだろうか。
活発で明るい性格からは連想しにくいが、これだけ一緒に過ごせばこの子が賢いことくらい嫌でもわかる。
なんだか気を使わせてしまって申し訳ない気持ちになって目をそらして、気づく。
「ちょっとマキ⁉ しっかりしなさい!」
マキの背中に回した手に、嫌な温度を持つ粘性な手触りを感じてすぐさま声をかける。
正直少し参っていた心にこの言動だったので、マキの様子がおかしいだなんて気づけなかったのだ。いくら集中できていないとはいえ、仲間の怪我に気づけないなど賢者失格だ。
急いで治療魔法を掛けてやると、幸いなことにすぐ回復してくれた。
血を失った直後なので、自分の足で立たせて転んだりしたら大変だろうと思い少し間抱きしめたままにしていると、マキはやがて私の様子を鮮明に理解したようだ。
「ソフィアが治してくれたのですね。助かりました」
間一髪だった、とでも言いたげな様子で息を吐くマキに少し恨めく睨む。
こっちは本気で驚いたのだから、もっと自分の身を心配してほしいものだ。
「そんなことはいいの。それより、アンタをこんな目に遭わせたヤツはどこの誰?」
「す、すごい剣幕なのです。……でも、心配には及びませんよ。ちゃんと返り討ちにしてきましたから」
「そういう問題じゃないんだけど」
いくらもう倒されたからといい、大切な仲間を傷つけてくれた敵への怒りは収まらない。
こんな時に民間人の救助にあたっている人へ奇襲をしかけた不届きものはどこのどいつかと──
「って、ちょっと待って。アンタが戦ったっていう敵はドラゴンと魔術師じゃなかったの?」
この状況でマキが奇襲に遭った。それだけでも問題だが、悪い予感が当たったのではないかと思って焦りの感情が沸き上がる。
「いえ、シーフでしたね。それより、ケンジローたちが戦ってる敵に援軍が来たようなのです。アタシたちも加勢しませんか?」
マキの返答を聞き、軽くめまいを覚える。
未だにどうしてこの街を襲ったのか動機がわからないが、とりあえず例の貴族は後でとらえなければならない。
そんなことを考えながら。
「って、私も行くの? ごめんなさい。気持ちはやまやまだけれど、まずはギルドが崩れないように補強してあげないといけないわ。いつ崩れてもおかしくないもの」
「この氷はそういうことだったのですね。そしたらわかりました。この街の住人はアタシにとっても大事な臣民ですからね。任せましたよ」
そんな言葉に胸を貫かれるような感覚が走る。しかし、それはいい意味で、だ。
マキはこの街の貴族令嬢だというが、私と同じように自分を慕ってくれる街の住人を愛してやまないのだろう。そう思うと、ただでさえ見捨てられないと思っていたこの街の住人を、まるで霧の都や氷の都の民へ向ける気持ちと同じような気持ちになってくる。
「ええ、任せてちょうだい」
マキの背中を見送りながら、再び気を引き締めた。
遠くなる仲間の背中を見送りながら。
ねえ、マキ。気づいているかしら。あなたが私たちをかけがえのない仲間だと思っているように、私にとってもあなたは大切な仲間なのよ。
そんなことを思いながら、駆けていく仲間へ新たに一つ魔法を掛けた。
いつぞや使った、追撃を出す魔法だ。
これで私も戦っている、なんて傲慢なことは考えないけれど。私の魔法が少しでも役に立てばうれしい。
相変わらず激しい戦いを繰り広げているであろう辺境伯の屋敷をしばし眺めてから、ギルドの建物の補強作業に戻った。
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