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『けん者』  作者: レオナルド今井
水と花の都の疾風姫
58/99

薔薇に認められし者達

 ──翌日。

 止む気配のない大雨は昨日に増して強まっていた。

 もう朝食から数時間ほど経っているのだが、分厚い黒い雲が空を覆っていて辺りは夕暮れ時だと言われても不思議じゃない暗さだ。

 そんな中、俺たちは最低限の装備と雨具だけを持って、昨日と同様クラーケンが住み着いてしまった河川へと足を運んでいた。

「念のためにもう一回聞くけど、本当にこんなことでいいの?」

 俺の閃きをこんなこと呼ばわりしたソフィアは、普段持ち歩いている杖を両腕で抱きかかえている。

 自信ありげに振る舞うが、内心は上手くいくか不安なのかもしれないな。

 如何せん、今回の作戦はすべてソフィアのワンマンプレイだから、それも仕方がない。

「構わない。ダメで元々、上手くいけば御の字。ダメだった場合は、昨日みたいに川を凍らせてとっとと逃げる。いいな?」

 試したい作戦を実行してダメなら逃げる。

 短時間でシンプルなタスクだ。

 逃走を視野に入れている作戦とはいえ、追撃準備は欠かさない。

 今回はもしもの時に備えて、今回は縄付きの矢を放てる弓を装備してきた。

 俺の予想が上手くハマったとき上振れ狙いなのだが、ロープ付きの矢を飛ばせるほど威力のある弓は重いので、もしかしたら今後出番がないかもしれない。これは悲しい。

 各々が闘争と逃走のための準備を済ませた頃、ちょうどソフィアも俺の指示通りに魔法を唱えたらしい。

「いつでも撃てるわ。……でも、ここからでいいの? 竜巻の上級魔法なら届くと思うけど、こんなに離れたら追撃できないじゃない」

 ソフィアの疑問ももっともだ。

 というのも、今回俺たちが陣取ったのは川の近くと言っても数百メートル離れた堤防近く。

 石が無数にあるような河原からは雑木林を挟んで手前である。

 だが、俺の想像する通りのことが起こるのなら、むしろここでも危ないくらいだ。なので、ここでいい。

「構わない。……マキ、方角は?」

 索敵スキルを展開したマキにそう問いかける。

 この場面、実は俺ではダメなのだ。ここからだと雑木林に阻まれて川の水面くらいの高さは直視できないからである。言い換えれば、望遠系スキルが機能しない俺では索敵ができないのだ。

 今までが異常だっただけで、こういった索敵は壁の裏だろうと機能する盗賊職の専売特許なのである。

「あっちです」

 索敵を任されたマキがソフィアの隣で指をさす。

 雑木林の先、川にいるクラーケンの位置を見破って見せた。

 ソフィアとマキが頑張るのを眺めていると、『月夜見』の申し訳なさそうな声が聞こえた。

「僕は何をすればいいかい?」

「俺と一緒に応援していればいい。アイツらもきっとやる気を出してくれるはずだ」

 ソフィアとマキの『何を言っているんだコイツは』という視線を感じたが無視するスタイル。

 もし今回のが上手くいくなら、俺の手柄としても認められてしかるべきだ。

 心の中で言い訳していると、ニート扱いされた『月夜見』が祈りを捧げるように目を瞑り両手を組んだ。そして。

「……君達に最上級の『寵愛』を与えよう。祝福を祈っているよ。……これでニートはケンジローだけだね」

 俺は小憎たらしい一応女神に掴みかかった。

 そんなやり取りをしていると、俺たちからそう遠くない位置にまるで『戦いを集中しろ』と言わんばかりの雷が落ちた。

 こ、怖ぇ。

 我の戻った俺たちは、今まさに魔法を発動しようとしているソフィアに一言。

「「やるといい!」」

「なんでアンタたちが自慢げなのよ!いいから下がってなさい! 『ヘックス・トルネード』!」

 ソフィアが魔法を唱えた瞬間、川の方から竜巻が発生した!

 自然現象ではない魔力の竜巻だ。

「しかし、すごいな。魔法は気象現象まで再現できるのか」

 ソフィアなら当然やってくれると思って構えていたが、無意識のうちに感嘆の言葉を溢していた。

 どうやら、やれて当然と考えていたのはソフィア本人も同じらしく、そんな俺の呟きに自信満々で返す。

「当然よ。もとは呪詛を込めた風の魔法らしくて、念じた場所に災害を起こす魔法の一つなのよ。もちろん本物の竜巻じゃないから、寿命も高さも弱いけどその威力だけは…え、うそ。なにあれ」

 ソフィアの自信たっぷりな言葉は、しかし最後の方は小さくなった。

 それもそのはずだ。

 この状況なら、いつ発生しても不思議じゃないのだから。

「もしかして本物の竜巻になってませんか?」

 みんなを代表するようなマキの呟きに俺は無言で首肯。

 作戦を立てた俺じゃなくても目の前に広がる光景がなんなのかを理解してくれたらしい。

「もともと竜巻が起きやすい天気の時を狙って、本物の竜巻を誘発したのかい? でも、そんな都合よくいくとは」

「だから、試したいことがある、としか言わなかったんだよ」

 『月夜見』の言うことはもっともだ。

 ただ、ローリスクハイリターンなうちに試せるならやるだけ得というだけのこと。

 上級魔法の竜巻とは比べ物にならないほど巨大化し、遥か上空の積乱雲と接続した魔法の竜巻はもはや災害と言っていい状態になっていた。

 当然、自分たちの真上で竜巻が発生したクラーケンたちは、成すすべなく上空へと吸い上げられていく。

「ちなみに、成功するかは本当にわからなかったからな。いけると思ったのは、普段は軽い低気圧による片頭痛が、過去一酷かったからだ」

 さらにつけ加えると現在進行形で酷い。

 竜巻の発生条件は主に積乱雲の下で渦を巻く気流が発生した時だと言われている。加えて、そこへ上昇気流が発生することで雲と地上を漏斗雲で繋がるというもの。今日みたいに激しい雨の中であれば、魔法でできた仮初の竜巻だろうと本物の竜巻に化けるということだ。

 満足いく結果が得られて気分がいい。

 三日間に渡り相対した敵に打ち勝った余韻に浸っていると、突然横からソフィアに肩を掴まれ揺らされた。

「ねえどうしよう! ねえどうしたらいい⁉ 竜巻の制御ができないの‼」

 何事だと思う間もなくとんでもないことを言われた。

 いったいなぜだ。

 考えうる限りの可能性が断続的に脳内に浮かび上がる。

 数秒か、それとも一秒にも満たない間か。それはさておき、我に返った俺が最初に思考したのは対処法だ。

「どんなに手狭でもいいから地面に穴でも掘ってくれ! 小さめの地下室みたいなイメージで! それが間に合わないなら全員で地面に伏せるぞ!」

 今はまだ川の上にある竜巻が、平地が広がる農耕地へと動いてきたら一巻の終わりだ。巻き込まれれば助からない。

 巻き込まれないためには、最善は地下シェルターのような場所に逃げ込むこと。

 それが叶わないなら頑丈な建物の一階に。なるべく窓から遠いところが理想だ。

 ……と、ここまでは常識的な知識だ。

 じゃあ、何もないだだっ広い平地で、最大で時速百キロメートルにまで達する大竜巻が襲い掛かってきたときにはどうすればいいか。

 小屋や橋の下などの中途半端な物陰は絶対ダメだ。

 ボロ小屋程度なら容易に飛ばされるし、橋の下などは入り込んだ風が強まって飛ばされる。

 むしろ、そういう時は開けた地面に伏せるのだ。

 地上付近は摩擦の影響で風が弱まるので、鉛直方向に渦巻く風にあたる面積を減らせることも相まって生存率が高まると言われている。

「そんなすぐに穴なんか開けられないわよ! これでどうにかなって!」

 文句を垂れながら魔法を唱えたソフィアが腕を振ると周囲が凍り付いた。

 その氷は竜巻から俺たちを守るように、しかし高くならないような壁を成した。

 鋭利な部分を取り除けば氷の滑り台として街の子供たちに喜ばれるかもしれない。

 竜巻に吹かれて残ったら新たなビジネスとして精査してみるとして、まずは竜巻をやり過ごすところから始めなければならない。

 おっと、現実逃避している場合ではないな。

 俺は縄付きの矢を番えると、そのまま氷の壁から張り出た鋭利な部分に引っ掛かるように放った。

「焼け石に水だろうがないよりマシだろう」

 いい感じに返しのような形状をした氷に引っかかったので、縄の安定感を確かめながら仲間たちに掴ませる。

 もし飛ばされるようなことがあってもこの縄さえあれば命綱くらいにはなるかももしれない。

「あとは、障壁魔法もかけ直しておくわ」

 ソフィアがそう言うと、言葉通りもう一枚バリアが出てきた。これで瓦礫に当たって耐えられるかはさておき、生存率を少しでも上げる行動はなんでもやるべきだ。

「ナイスだ。さあ、いよいよだ。備えろ」

 俺がそう言った次の瞬間、もみくちゃにされそうなほどの暴風が俺たちを襲った!




 ──数日後。

 戦いの疲れが癒えた俺たちは、賑わう商店街を尻目に辺境伯の屋敷へと歩いていた。

「それにしてもお祭りみたいね」

 まるで大漁だったときの市場みたいな様相だが、売られているものはいずれもイカ料理ばかりだ。

 それもそのはず。

「落下したクラーケンが見つかったわけですからね」

 マキやソフィアの言う通り、先日の竜巻で吹き飛ばしたクラーケンが街の近くで発見されたのだ。

『うまいよー! うまいよー! イカ焼き、うまいよー!』

『出来立てほやほや! 冒険者特製のスルメは如何ですかー!』

 なんで数日のうちにスルメが出来上がるんだよとツッコミを入れたくなるが、気にしたら負けである。

 なにせ、この世界には魔法というものがあるのだから。どうせ魔法で温風かなんかを当て続けたに違いない。

「にしても、この街の人間はバカなのか? 他所から来た見知らぬ輩が勧めた料理をこんな大々的に祭りのネタにしてしまうなんて。それに例の喫茶店──おっと、これは失言だな」

 いくらコイツらと言えど年頃の女性だ。この街に風俗があったとか言えない。

 それはそうと、露店で買ったイカ焼きを頬張りながら後ろをついてくる『月夜見』を見ていると、正しく作り方を伝えられたことが分かる。間違った料理法が伝わってそれが文化になるというのもなかなか乙なものではあるが、おいしい物はおいしく作るべきだ。

「この街は強い者こそ正義ですからね。クラーケンを退けたアタシたちが提案した料理が受け入れられたのも必然なのです」

 そんなマキの言葉を聞いて納得した。

「もぐもぐ……んく。そういえば、クラーケンを倒した帰りも冒険者たちが沸き上がっていたいたね。フフン、まあ悪い気分じゃなかったよ」

 一本目のイカ焼きを食べきった『月夜見』が自慢げに言う。

 なお、彼女はクラーケンを竜巻で飛ばす際に一ミリも貢献していない。

 それまで、連日の挑戦で支援に徹していたため、今更意地悪く言及するつもりはないが。

「そういえばあの戦いでまたレベルが上がったわ。スキルポイントが貯まってきたけど、何か覚えてほしいスキルはあるかしら」

 クラーケン討伐におけるMVPであるソフィアが俺たちに問いかける。

 人類の間で広く普及している魔法系スキルはすべて習得済みだと豪語する彼女にとって、もはやスキルポイントなどあっても意味がなさそうだが。

 マキと『月夜見』とも目を見合わせて、一つ思い浮かんだ。

 どうやら俺と同じくマキと『月夜見』も、ソフィアに覚えてほしいスキルを思い浮かんだらしい。

 図らずも同時に考えがまとまった俺たちは、一斉にソフィアの問いかけへと答えた。

「料理スキルだな」

「掃除スキルを覚えるべきなのです」

「洗濯スキルかな。この前、洗濯の仕方がわからないって呼ばれたときには驚いたよ」

 これはひどい。

 三分の一は俺とはいえ、ソフィアの生活力の無さがここにきて悪さをした。

 ただ一人家事系の当番を割り振られていないソフィアも自覚があるのか、俺たちの失礼極まりない言動にも居心地悪そうに目をそらすだけだ。

「……ねえ。そんなにひどいかしら、私」

 ソフィアの問いかけに答えるものはいなかった。

 言い換えれば、それが答えである。

「辺境伯の屋敷が見えてきましたよ! 心の準備をしておいてくださいね!」

 道が続く先を指差してマキが言う。

「そんなにひどい? 本当に料理スキルとかとった方がいい?」

 確かにあの辺境伯には一度腕を潰されているので警戒はしているが。

 今回は討伐依頼を果たしたことの報告なので、大事になるとも思えない。

 気張り過ぎず、けれども適度に緊張感をもっていればいいはずだ。

「僕たちがあのクラーケンを倒したと知った辺境伯の表情が今にも頭に浮かんでくるね!」

「数日も経ってて報告一つ入ってないわけあるか。だがまぁ、初めてクラーケン討伐の報告を耳にした辺境伯の顔は気になるな。……よし、少し早歩きで行こう。行きかけに菓子屋があったはずだから、手土産を選ぶんだ」

 いいですね! と言ってついてくるマキや、食べ物に釣られてそわそわする『月夜見』を連れて歩みを進めた。

「ねえ聞いてるの? ねえ聞いてよ⁉」




 ──数十分後。

 辺境伯の屋敷へやってきていた俺たちは、手土産が置かれたテーブルを挟んで向かいに座るフロート辺境伯の言葉に黙らされていた。

「繰り返しになるが、先の竜巻での被害はその書類の通りだ。農業への物的被害一二七〇〇〇シルバー、公共道路の復旧にかかる費用三四〇〇〇〇シルバー、溶けない氷の撤去依頼四〇〇〇シルバー、脆弱になった堤防の補強工事が七二〇〇〇〇〇シルバー。それから落下したクラーケンが押し潰した空き家の解体費用が六〇〇〇〇シルバー。計七七三一〇〇〇シルバー。これらの費用を私が負担した」

 すいません。本当にすいません。

 辺境伯の圧がすごい。

 日本円に換算すると七億円以上の支払いが突然舞い込んできたんだ。そりゃ、辺境伯もお冠だろう。

 どう許しを請おうかと考えていると、隣から誰かに袖を軽く引かれる。

 振り向くと、不安そうな顔をしたソフィアが何かを伝えるべく耳打ちしてきた。

「ねえ、ウチで弁償できる金額かしら」

「金自体は問題ない。だが、友好関係を結ぶ以前の問題になってしまったな」

「うぐっ」

 普段は勝気なソフィアが委縮してしまうのも無理はない。

 先日の竜巻は俺たちを襲ったあと、およそ一キロメートルほど農耕地を駆け回った後消滅した。

 少なくとも竜巻が通過した土地からは今年の収穫は期待できないだろう。

 なので、先ほどから辺境伯の怒りをどう鎮めようかと思案していたのだ。

 そんな俺たちの気を知ってか知らずか、大事なことなので二回言った辺境伯は咳ばらいを一つ入れるとマキを指名した。

「冒険者マキ。前へ来たまえ」

「は、はい!」

 パッと見は冷静に見えるように振る舞うマキは右手と右足を同時に出して歩いていた。

 緊張感たっぷりの彼女に、辺境伯が口を開いた。

「この度はクラーケン二頭の討伐を成し遂げたと耳にした。よって、報酬を支払おう。また、依頼の対価としていた霧の国との同盟関係についても同意する。有事の際には霧の国への援軍を約束しよう」

「本当にすみませんでし──へ?」

 腰からねじ切れるのではないかと思うほど全力で頭を下げていたマキは、辺境伯の言葉を聞いてフリーズした。決して、本当に体がねじ切れて動かなくなったわけではない。

「薔薇の街において強さこそ正義だ。クラーケンを二体まとめて討伐した君たちは、この街で称賛を浴びるに値する存在であると言える。故に、この街を代表して、君たちが求めた同盟関係を承諾することにしたのだ。無論、クラーケン討伐に伴い生じた損失については私が全額負担する。その他に要求はあるだろうか」

 あまりの超理論に俺たちが絶句していると、辺境伯がそう続けた。おそらく、俺たちがまだ何か要求していると思ったのだろう。

「……ねえ、意図が見えないんだけど。アンタ何かわからない?」

 耳打ちするくらいなら自分で辺境伯に質問すればいいだろ。

 そういう意図で睨みつけると明後日の方へ向かれた。

 俺としても鵜呑みにしていいものかと思考を巡らす。

 クラーケンが倒れた今この街を揺るがす脅威はない。そうなれば貿易が目的か?

 この街はもとより戦力を売りとする一つの大規模な傭兵団を想起させる組織構造をしている。となれば、戦力の提供を対価に収入を得るつもりだろうか。

 霧の国にも氷の都をはじめ冒険者や騎士団が強力な都市は複数ある。その線での貿易が目的であればあまり都合がよくないと思うが。

 強いて言うなら、霧の国には鉱山村フレイムという世界有数の鍛冶の村がある。傭兵用の装備を調達するなら貿易相手としてはもってこいだと思うが、本当にそれだけが目的だろうか。

 いまいちフロート殿の意図が読めない。

 頭を悩ませていると、俺たちを代表するようにマキが辺境伯の手を握った。

「個人としては色々思うところはありますが、同盟の締結をありがたく思うのです。薔薇の街が窮地に陥った際には、霧の国が全身全霊を尽くしてフォローすることを約束します」

「ま、マキ⁉ い、いいのかい、そんなことを言って!」

 決断力の塊過ぎるマキの言葉に『月夜見』が怯えだす。

 俺たちが悩んでいることくらいマキも察しているはずだが、俺たちの中で一番この街をよく知る彼女のことだ。大丈夫だと判断したのだろう。

 マキに対する信頼の答え合わせをするように、こちらへ振り向いたマキが。

「貴族の従者としては未熟ですが、娘として父親の考えることくらいお見通しなのです。強くあることを何よりも至高とする父のことですから、この件において悪だくみはしていないはずですよ」

 エビデンスなど一つも取れていないのに妙に説得力のある言葉だった。

 まあいいか。熟考したところで、一介の使者に過ぎない俺たちにできることは少ない。

 それなら、ここは素直に同盟関係を結んでおこう。王女へはいい報告の一つとして持って帰るだけだ。

「私の娘は修行に出た切り姿を見ていないつもりだったが……まあいい。それより、ソフィア殿。この街を発ったら次はどの街を訪れるつもりだろうか。クラーケンスレイヤーである君達には可能な限り支援したい故、交友関係のある貴族が収める街であれば親書を書こう。その他、質問には可能な限り答えよう」

 打算的な考えをしていると、フロート辺境伯がそんな提案を持ち掛けてきた。

 確か、次の街は。

「葉薊の街よ。その町は花の国でもっとも大きい行商ギルドがあると聞いたわ。そこへ向かうつもりでいるわ」

 難読街名花の国編で毎年正答率が低い街だという認識くらいしかないが。ちなみに、はあざみと読むそうだ。

 読みと書きが一致しなくて夜中ソフィアたちが寝た後にこっそり調べたのは内緒だ。

 次の目的地を聞いた辺境伯は、普段の鉄仮面が輪をかけて難しそうな表情をしだす。

 曰くつきなのだろうか。いやだなぁ。

「葉薊の街。別名、アカンサスの街。あの街の門をくぐるには一風変わった技能が求められる。ソフィア殿たちを低く評しているわけではないが、あの街は避けた方が無難だろう。無論、霧の国の立場で考えれば味方に引き入れるべき街だとは言えるが」

 本当に嫌だ。

 なぜなら、この辺境伯がこれほどまでに言いづらそうにしているからだ。

 事情を知っているらしいマキが、立場上色々言いづらいであろう辺境伯に代わり説明を続ける。

「花の国が誇る芸術の街なのです。他国との貿易の要所でもあった葉薊の街は、旅に疲れた行商人に笑いを届ける宿場町として栄えていったのです。そういう経緯があって、今ではこの国における行商ギルドの本拠地にもなっているのです。それで、検問内容なのですが」

「検問官を感動させるか笑わせる。しかし、笑いにも感動にも経験豊富な検問官の精神を揺さぶるのは至難の業なのだ。故に、無駄足に終わる者が後を絶たないのだ。例外があるとすれば、葉薊の街に戸籍を置く者が団体にいることと、構成員すべて国内の者であることを条件に検問をパスできるが。君達は霧の国の者だろう」

 芸術の街とかいう響きからは想像もできない、斜め上過ぎる面倒くささだ。

 この国の重鎮たちを味方につければ、この国全体の意思を霧の国との同盟締結へと向けることができるという計画であったが、葉薊の国がダメとなると中々厳しいものがある。

 葉薊の街に行くか否か。選択を委ねるようなソフィアの視線にスルーを決め込む。

 そういうのはお前が決めろ。

 俺の意図が伝わったのか、ソフィアは一瞬苦い顔をしたのちすぐに笑顔に。そして、辺境伯へと返事をする。

「親切な忠告をありがとう。この話は一度考え直しますわ。それとは別件で──いえ、なんでもないわ。忘れてちょうだい」

 何かを言いかけてひっこめたが、いったい何を言うつもりだったのだか。

「そうか。なら、今回はお開きとしよう。ソフィア殿並びにその一行の、今後の旅路が有意義なものであることを祈っている」

 こうして、薔薇の街の信頼を勝ち取ることに成功した。

【作者のコメント】

あ、あつい……

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