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『けん者』  作者: レオナルド今井
水と花の都の疾風姫
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薔薇色の冒険者

 ──花の国に入国して数日が経った。

 友好の使者として貴族豪族と談話を繰り返す日々を……。

「冒険者の皆様、今回はお集まりいただきありがとうございます」

 送ることなく、現地の冒険者ギルドの職員さんのそんな言葉を聞いていた。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 緊迫しているようなしていないような、そんな形容しがたい雰囲気の中で俺はここ数日の出来事を振り返る。




 事の発端は、花の国に来て二日目の午後のことだった。

「ようこそ薔薇の都へ。あなた方が霧の国より訪れし友好の使者だということは伺っている。ここからは私が屋敷へ案内しよう」

 薔薇の都へ爆速で到着した俺たちを、街の領主フロート辺境伯が直々に出迎えてくれたのだ。

 ……どういうわけか、たった一人で。

 俺は今朝から小刻みに震えているマキにそっと耳打ちする。

「友好国とはいえ、他国の使者を迎えるのに護衛もつけないというのは為政者としてどうなんだろうか」

 すると、マキはひと際驚いた様子を見せると、すぐに正気を取り戻して。

「薔薇の都は花の国屈指の武闘派集団。領主は代々屈強な肉体と敏捷性を有し、兄弟で最も力強い者が次代の領主になるのです。下手な上位種の魔物くらいなら素手でも倒せます」

 ヤバすぎるだろ!

 上位種の魔物といえば、フル武装のソフィアが一対一でも勝てるかわからないレベルの区分だ。それを素手で勝てるとか、どうりで護衛を付けないわけだ。

 友好の使者だとわかっているのだからリスクは低く、そのうえいざ戦闘になっても護衛の方が足手まといになる可能性すらあるとなれば単独行動も必然といえよう。

 なんとも恐ろしい相手だが、こっちも霧の国有数の魔法使いをトップとして、実績においても妖魔教団幹部クラスと五分以上で渡り合ってきたのだ。決してこちらが舐めてかかられることはないだろう。

 そうとなれば、友好関係を再確認することのメリットが大きいこの貴族との対談は比較的ローリスクハイリターンと言えよう。

 ソフィアから順に自己紹介をしつつそんなことを考え、しめに握手をと手を出す。

「ああっ⁉ ケンジロー手を……っ!」

 マキの慌てる声が突然聞こえてきて何のことだと混乱していると、答えを考える前にその理由を体験することとなる。

「これはこれはご丁寧に。……すまない、加減を誤ってしまったようだ」

 筋骨隆々の辺境伯に手を握られた俺は、鳴ってはいけない音を体から鳴らして悶絶した!




「──はい『サーナティオ』。……まったく、握手如きで手を潰されてちゃアンタを従える私も評判も下がるわ」

 どう考えても俺に非がないのにそんなことをいうソフィアには後でお灸を据えてやろう。

 治療魔法を受けながら、それよりもまずは脳筋辺境伯をどう懐柔するかを思案していた。

「俺としては先ほどの出来事を最大限に吹聴して、霧の国との協力体制を結ばせることができないかと考えているくらいなんだが」

「念のために言うが、今の発言は聞こえている。そして、私が如何に加減の知らない人物かは国内でも有名であるが故、先の出来事を種に強請ろうとしても難しいだろう」

 開き直りやがったなこのクソ領主!

 ちくしょう、バカにつける薬はねえってことか。

 友好の使者として送られてきたがもう知るか。

 ときとばだが、こちらの利益になるのならコイツは全力で蹴落とそう。

 心の中が邪悪なもので満たされていくなか、フロート領主は次にマキを話題にあげだした。

「……時に、マキア。君の帰還は伝えられていなかったと記憶しているが、私の把握漏れだろうか」

 先ほどまでの一応は謝罪の意がこもった言葉とは打って変わって、マキにかけられたそんな言葉は厳しさ以外のものが含まれていないように聞こえた。

 マキアとは誰だ? なんて野暮な疑問は今更湧かない。それは仲間たちも一緒だろう。

 マキはこの国の貴族令嬢だと言っていたが。

 と、怯えて固まってしまったマキを庇う様に一歩前へ出たソフィアが口を開いた。

「……薄々察していたわ。会った頃から食事の作法が身についているようだったから良家の出身だと思っていたけれど、今日この街に来るとなったときから様子がおかしかったもの。気づけない方がおかし……ねえ、『月夜見』。あなたはまだ仲間になって日が浅いから仕方ないわよ。だからそんな泣きそうな目で私を見ないでくれないかしら」

 ……どうやら『月夜見』はたった一人マキの正体に気づけていなかったらしい。

 大切な仲間を意図せず傷つけたソフィアがおろおろしていると、反撃は終わりかとばかりに辺境伯が立ち上がる。

 武力抗争か⁉

 俺だけでなく一番近くにいるソフィアも手に魔力を集めはじめ、一瞬にして部屋を緊張が支配した。

 緊迫した雰囲気の中、我に返ったマキがソフィアを引っ張り自身の背中へ隠す。そして。

「アタシは霧の都で冒険者をやっている、盗賊のマキです。この度は、貴国への友好関係を確固たるものとするために馳せ参じたのです。それ以上でも以下でもないのです」

 マキはそうして己の身分を隠した。

 そんな彼女に無言の圧を掛けながら聞いていた辺境伯はというと、おそらく実の娘であろうマキのそんな態度に感情を荒げるでもなく冷静に椅子へ腰を下ろした。武力行使はしないと受け取っていいのだろう。

 こちらも戦闘は本意ではないので臨戦態勢を解いて席へと戻った。

 全員が席に戻ると辺境伯がある一枚の依頼書をテーブル中央へ出す。

「ここからそう遠くない、水の都との境に位置する河川にクラーケンが移り住んだ。本依頼書はその討伐を求めた冒険者ギルドへの依頼書である」

「「「く、クラーケン⁉」」」

 辺境伯の言葉に、俺を除く三名が悲鳴に近い声を上げる。

 クラーケンを倒せと言うことなのだろう。確かにそれは大変だ。

 そんな俺たちのリアクションは想定内だったのか、有無を言わさぬ雰囲気の辺境伯は話を続ける。

「その河川は海へ出る主要な航路であるが故、我が国は未曽有の海産物不足に陥っている。港の数に富んだ水の国にとっては大した問題ではないが故、リスクを冒してまでクラーケンを追い払う必要はないのだが、我が国の食料の四割を支える海産物が取れないとなると大打撃だ」

 なるほど。

 言わんとせんことは大体理解した。

 つまり。

「水の国は討伐のための戦力を派遣する代わりに、この国に合併を求めたのね」

 答えへの確認を求めるようなソフィアの言葉に辺境伯は首を縦に振った。

「しかし、そこは武闘派領主。異国の者に簡単に折れるほど軟弱ではありませんからね」

「その通りだ。しかし、河川とはいえ水辺で戦うということは不利をとることになる。現に、屈強な薔薇の都の冒険者と言えど苦戦を強いられているそうだ」

 フロート辺境伯の言いたいことを要約するとこうだ。

 クラーケンを倒し、腕っぷしを認めさせたまえ。そうすれば協力してやる。

 そういうことならば呑んでもいいだろう。元より俺たちは直接的な抗争以外にも戦闘が起こる可能性は覚悟して入国しているのだ。

 当然請け負う流れだろうと思いソフィアと目を見合わせる。

「……おい霧の国最強格の魔法使い。思いっきり震えてるじゃねえか」

 恐怖によるものかは定かではないが、冷静を装っているようで小刻みに震えているのだ。

「だ、だだ、だってクラーケンなのよ⁉ ……いい? クラーケンって言うのは悪魔の使いみたいな、見た者の目と脳と精神、それから魂まで穢し尽くしそうな触手を持つの!」

「親の仇レベルで嫌悪するんだな。……クラーケンって頭足類を巨大化したような魔物だろう? 強さはともかくとして見た目が気持ち悪いというのは理解できないな。なんなら倒した暁にはたこ焼きの具にでもしてやろうと画策しているんだが」

 そこまで言って、フロート辺境伯まで含めてこの場の全員にドン引きされていることに気づいた。

 仲間の三人娘は絶句。この場を代表するように辺境伯が。

「まさかアレを食そうと考えたのは君が初めてだ。勇ましいことは個人的に好感を持てるが、それが蛮勇とは違うということを理解したまえ」

 倒せと言った張本人すら理解しえない何者かを目撃したような表情を浮かべている。

 ……あれ? 俺なにか余計なこと言っちゃったかな。




 ──薔薇の都を治めるフロート辺境伯とのやり取りを振り返っていると、隣の席からクイクイと袖を引かれて我に返る。

 視線を向けると怪訝そうな視線を向けているソフィアと目が合った。

「ねえ、こんな大事な時に呆けてる場合じゃないでしょ。誰のせいでこんなことするハメになったと思ってるのよ」

 そうだった。

 俺たちはクラーケン討伐に向けてギルドで街の冒険者たちとのミーティングに参加していたんだった。

 どうも冒険者たちもこの件には手を焼いているようで、こうして数日に一度集まっては意見を出し合っているそうだ。

 ちなみに、新入りかベテランかという考え方はないようで、新入りだからこそ熟練者が考えもしないことを口にすることを期待しているそうな。日本の企業における新卒かな?

 そんな心の中での独り言はさておいて、俺たちに順番が回ってきたようだ。

「私を守ってくれるなら、あなたたちの治療からクラーケンへの魔法攻撃まで任せていいけれど。霧の国でも指折りの賢者にかかれば、仮に勝てなかったとしても痛手を負わせられるし、何よりもあなたたちから誰一人犠牲者を出さないと誓えるわ」

 ソフィアの自信満々な演説にギルド内は静寂に包まれた。皆の表情から言いたいことは伝わってくる。『このバカ娘は何を言っているのだ』と。

 そんな雰囲気に耐えかねたのか、半ギレのソフィアは自分の冒険証を円卓の真ん中に投げつけた。

「……それを見て信じられないなら却下してもらっていいわ。だって、あなたたちにはまだ私の力を見せつけていないもの。疑われたって無理もないわ」

 普段なら貴族としてのプライド故に全力でネチネチと嫌味を言うであろうソフィアだが、あくまで隣国からきた冒険者として振る舞うようにしているのか大暴れはしないようだ。

 さて、そんな生ける嵐のようなソフィアの冒険証を見た街のベテランたちはというと、先ほどの小バカにした様子が一気に崩れて。

「マジもんの賢者じゃねえか!」

「この子本物だ! やれるぞ! 俺たちクラーケン相手にやれちまうぞ!」

 誰かの雄たけびを皮切りに、ギルド内の雰囲気が一転した。

 どうやら作戦など特にない、冒険者たちの素の力に頼る戦い方を選ぶようだ。




 ──しばらくして、ギルド内が落ち着いた頃。

「それでは、順番に参戦手続きを行います。今回は非常に危険なため、上級職の方を除きレベル二十以上で、なおかつ前衛職と聖職者が一人以上いるパーティのみ受付可能とします」

 ギルド職員のお姉さんがそんなことをいう。

 無茶苦茶条件が厳しいな!

 ま、まあ、連日の討伐隊でも毎回のように重傷者が出ていると聞くしやむを得ないのだろう。

 そんなことを考えながら仲間のもとへ視線を戻し。

「……どうする。俺たち参加できないぞ」

 この場には、上級職でもレベル二十以上でもない者が二名。それから、冒険者ですらない神が一名。

 そのソフィアだって、今回の参加条件である前衛職一名以上という条件をパーティで満たしていない。

 今回ばかりはお留守番か。あるいは手続きを通さず遊撃に出ればいい。

 またいつものパターンかと思っていると、ソフィアを指差して『月夜見』が。

「どうやらソフィアは他所の冒険者から引っ張りだこみたいだね。さすが僕たちの中のエースだよ」

 そう言われて辺りを見渡すと、聖職者がいないと思われるパーティを中心に、実に半数近くの冒険者たちが物欲しそうな顔でソフィアを見ていた。

 その中に含まれる、ソフィアを危ない目で見ている男性冒険者についてはあとで当局に突き出そう。

「ダメよ『月夜見』そんなこと言っちゃ。アンタは純粋だから考えてないでしょうけど、留守番だとか言い出せばこの男とかが嬉々として街の観光に繰り出るわ。私が頑張ってる間だということも忘れてね」

「失敬な。お前が討伐に出向いている間に出店でも冷やかそうかとは考えたが、俺のお頭でお前がなにしてるかなんて忘れるわけないだろう。バカにすんな」

 仲間からの視線がみるみるうちに冷めたものになっていく中、やたらガタイのいい男の冒険者が声をかけてきた。

「おいアンタら。さっきのヤベーロリ賢者んとこのパーティだろ。……頼む! 俺らのパーティには聖職者がいねえんだ! そこの嬢ちゃんを貸してくれねえか⁉ ……って、アンタら前衛はいねえのか? 賢者以外はシーフにアーチャー。……そっちロリっ子はそもそも冒険者なのか?」

 おっと、意外と勘が鋭いですね。

 『月夜見』が冒険者ではないことを一発で見抜くとは。

 ただ者ではないことを察したような表情からも、この男の方がただ者ではないことを実感させられる。

「お察しの通り前衛がいないのが俺らの悩みでな。あと、そっちのは『月夜見』だ。身寄りがなかったから従者にしたんだ。心優しい純粋な子だぞ」

 純粋な子(七百歳)だがな。

 と、そんなやり取りに『月夜見』が混ざる。

「ケンジロー、今失礼なことを考えなかったかい? ……コホン! 僕こそが『月夜見』だよ! 今はちょっと人に言えない秘密があるけれど、君達が望むなら出発前に支援魔法を掛けてやろう。とびっきりの神のご加護さ!」

 そんな『月夜見』の言葉に、騒ぎを嗅ぎつけてきていた周りの冒険者たちが「おお!」と騒ぎ立てる。

 聖職者見倣いか⁉ とか未来の賢者だとか、好き勝手に囃し立てる冒険者たち。

 聖職者というか、神そのものなんだよな。

 と、神のご加護とかなんとか口にした『月夜見』にそっと耳打ちする。

「前に言ってた思い出したスキルっていうのは加護のことか?」

「正確には『寵愛』さ。神の寵愛。人々の幸せを願う僕にピッタリのスキルだろう?」

 こっそりと返してくれた『月夜見』をじっくりと見て、詳細な効果がなんなのかと問い詰めるべきか迷った。

 ソフィアと『月夜見』がちやほやされるなか、冒険者の中から誰かが問いかけてきた。

「ところで、前衛もいないのに今までどうやって戦ってきたんだ? 話を聞くにアーチャーとシーフと聖職者と賢者なんだろうが、ロリ賢者以外火力が高いようには見えないよな」

 そんな冒険者の声に同調するように何人かの冒険者が頷いた。

 確かにソフィアを除いて個々の火力は高いとは言えない。

 さて、そんな問いかけにマキがあっけらかんと答えた。

「ソフィアの張る強固なバリアと各種支援魔法で全員を要塞化して戦えば負けることはないですからね。あとは持久戦にするなりして一方的に叩くのです。それに放っておくと、そこの男が半径数キロメートルの敵に対して攻撃力と敏捷性をデバフし始めますしね」

 なんだその強そうな集団は。

 自分たちのこととわかっているものの、こうして一部分だけを文言にすると計り知れない違和感を覚えるな。

 互いに互いを補助し合った結果、全員が全員前衛並みに固く魔法職並に火力が高い冒険者となってしまうのだ。

 しかも、そこへ輪をかけるようにして『月夜見』が補助系のスキルを思い出したと言っていたのでより盤石になったと思う。

「とはいえソフィア以外は低レベルなうえ基本職だから、今回は街でお留守番だがな」

 どれだけ効率の良い戦術を考えようとも、こうしたレベルによる参加条件は突破できないのだ。

 唯一、ソフィアだけは他所のパーティへ臨時編入すれば参加できるのだが。

 本人はあまり気乗りしないようだが、辺境伯との交渉を見据えると討伐隊に俺たちの中から参加した者がいるという事実は武器になる。

 というわけで。

「ソフィアを借りたいなら連れて行ってくれて構わんぞ。せいぜい有効活用してやってくれ。対価は、討伐に成功した暁には討伐報酬で飯でも奢ってくれればいい」

 すごく文句を言いたげなソフィアを適当に強そうなパーティに押し付けて俺たちはギルドを後にした。

【作者のコメント】

最近筆が遅くなっていて、数話分の書き溜めを消化しきってしまう日もそう遠くないかもしれない……

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