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『けん者』  作者: レオナルド今井
凍らぬ氷の都編
43/99

出ずる光は純氷より交わるか

 ──旧氷国領の王城へと帰還した俺たちは、近隣地方の貴族たちが集まる宴会へと参加していた。

 どうやら賊や魔物が活発化した現在では、旧氷国領内全域の貴族や市民たちが城下町跡に逃げてきたらしい。

 跡地であった城下町は必要に迫られた領内の技術者の手により急速に住める街へと復活し、物資が乏しいこの地で大衆の腹を満たせる一大都市へとなったそうだ。

 そんな貴族たちの宴に場違いな参列者がここにいる。

「なあマキ。なんかこのスープ、変なえぐみがあるんだが」

 貴族専属シェフが腕によりをかけたフルコースに、大声でケチをつけるわけにもいかないので隣に座るマキにこっそりと話しかける。

「これは食用レインボーマイマイの味なのです。隣国花の国が誇る食材の一つなのですよ」

「異世界版エスカルゴかよ。……戻したい」

 露骨にえずくわけにもいかないので何とか飲み込みシャンパンで喉を洗う。

 と、さすがに聞かれていたのか、他の貴族と話を終えて戻ったソフィアに小言を言われた。

「仮にもアンタは旧王国代表の貴族が抱える従者って立場なんだから、あまり恥ずかしい真似はやめなさいよ」

 そう。ソフィアの父が旧氷国の首都である氷の都を治めていた貴族ということは、親父さんは領内の貴族を統べる国王にあたるのだ。であればソフィアは王女同然の扱いになるのかと言えば、これがまた面倒らしい。

「スターグリーク卿。少々お時間をいただきたい」

 たった今彼女に話しかけた紳士が言うように、ソフィアは霧の都を治めるスターグリーク公爵の人間として扱われるのだ。さらに厄介なのが、養子ではあるが彼女しか家族がいないので事実上の当主になっているということ。

「お久しぶりですわ、ラスハイメン卿。ちょうど暇しておりましたので、謹んでお受けいたします」

 ……目の前のコイツはいったい誰だろう。

 普段の面影が感じられない、どこへ出しても恥ずかしくないお嬢様になっているソフィアと普段のコイツを重ねて吹き出しそうになるのをなんとか抑える。

 そうこうしているうちにラスハイメンとかいう貴族の誘いに乗ったソフィアが再び離席する。

 離席する際、心底面倒くさそうな顔をしていたのを見て、やっぱりいつものソフィアなのだと安心した。

 さて、当主であるソフィアが不在となると、次の訪問者は当然俺たちに来るわけで。

「ケンジロー殿はいらっしゃるだろうか」

 ソフィアが離席しほどなくして、俺を指名する若い男の声が聞こえてきた。

 どうせ面倒ごとなので誰かにパスしたいが、ジョージさんは他の貴族の執事長と談話中でマキに振るのは不安だ。仕方ない。

「はい、ケンジローですが。どちら様でしょうか?」

 声の主へ振り向くと、鍛え上げられた同世代の少年が立っていた。

 茶髪に黒目にこっちの世界では妙に親近感が湧きながらも、この男はイケメンに分類される容姿をしている。

 なんだろう。合コンの数合わせなら他所を当たってほしい。

「僕は氷国騎士団のクリフだ。貴殿に個人的な話が合って声をかけた。僕と一緒に来てほしい」

 ……真剣な眼差しを向けられはっきりとそう言われた。

 席の近い人たちから注目されているくらいだからこの騎士はデキる奴なのだろうと思う。

 そんな彼への返事はもちろん。

「断る」

「そうか。では、人の目がないところへ──今なんと?」

 断られると思っていなかった様子の騎士は、そう言いかけて面食らった顔をした。

 周りの貴族も承諾する流れだと思っていたようでヒソヒソと何かを喋っている。

「断ると言った。用件すら伝えず呼び出されて、おいそれとついていけるほどこの職務に無責任ではないのでな。ましてや今の俺は残業申請を提出していて業務時間内だ。プライベートな話は機会を改めてくれ」

 ここまで言えば大丈夫だろう。

 見た目は同年代っぽければ話力も年相応らしい。

 せっかく鍛えているだろうに、悪質な魔物に出し抜かれないか心配になる。

 さて、無用な茶番を躱したので食事へと手を付け直す。異世界に来て故郷を忘れないよう、食物への感謝だけは以前より意識している。だからこそ、よそ見をしたことに関して申し訳なく感じている。

 冷めきった結果シェフの腕前を味わえなくなる前に食してしまわねば。

 そう考えてフォークを握ろうとした手を何者かに掴まれた。

「ソフィア様のことだ! 貴殿はまた姑息な言動を繰り返すのか! 無関係な話ではないはずだ!」

 振り向くや否や、そのように声を荒げられた。

 激昂した騎士の少年の腕を払って立ち上がる。

 しかし、ソフィア様、ね。この国で彼女を下の名前で呼ぶものはそう多くない。

 それは、早い時期に事実上の当主となってしまったからだろう。子供として見られる期間が短かったことが良いことか悪いことかの判断は俺には難しい。ただ、そんな世の中でソフィアの名で呼ぶものは得てして彼女と親しいか、人並み以上の忠誠を誓っている者に限られるという話だ。

「いいだろう」

 だからこそ、値踏みしてやろうと思ったのだ。




 連れられてきたのは王城のテラスだ。

 さすがお城なだけあってテラス一つとっても庭みたいに広い。

 面倒ごとさえなければ輝く星々とオーロラのコントラストを眺めるのも乙なものだと思う。

 そう、面倒ごとさえなければ。

 俺は騎士の少年にそれはもう問い詰められていた。

 やれソフィア様への言動が無礼だの、やれ言い寄られるソフィア様にねぎらいの言葉一つないだの。アイツに下手なお世辞など不要だというのはソフィア自身が言っていたのだが、そういった事情も知らないくせによく言えたものだと思う。

 そして今度は。

「貴殿はソフィア様の御傍におくに相応しくない!」

 このように非難された。

 一応、これらについて全く身に覚えがないので反論してみるが。

「僕は今日、ソフィア様たちが依頼をこなしに行かれるのを目撃し、護衛のため遠くから見守っていたんだ!」

「物は言いようだな。まるでストーカー行為を働いたと自白しているようではないか」

「断じて違う!」

 えぇ……。

 食い気味に否定し、掴みかかってきたの手で払う。

「大方、俺が提案した作戦内容について異議を申し立てたいのだろう。であれば、正式な手順を踏み提案書を届け出てくれ。明日の九時から受け付けている」

「補給部隊を狙うという騎士道精神の欠片もない作戦などソフィア様に仕える者にあってはならない考えだ! それに、のらりくらりと言い逃れようとする素振りも相応しくない!」

 これまたひどい言い草だ。

 ソフィアを慕っているようだったから話を聞いてみようと思ったが、ただの自意識過剰でやる気があるだけの輩だったということか。

「期待外れだ」

 そう言い捨てて戻ろうかと思っていたら、行く手を阻まれた。

「貴殿に決闘を申し込む!僕が勝ったら、ソフィア様の御傍に置かせてもらう!」

 本当に面倒くさい。

「後衛職を相手に剣を交えて決闘とするとは、お前の言う騎士道というものを俺は理解できていなかったらしいな」

 まあ、剣以外を使っていいなら負ける道理はないが。

 激昂する騎士の少年の肩に手を置き、横を通り過ぎる。

「俺にメリットがないからその申し出は棄却する。出直してくるがいい」

 そうしてテラスを後にする。

 武器を持たない相手に襲い掛かる気はなかったらしい。付きまとわれはしたが、宴会場へは無事に戻れた。

 扉を開いてソフィアたちがいる席へと視線を向け、俺はそのまま扉を閉じた。

「名も知らぬ騎士よ。会場は熱気に溢れている。星々を眺め夜風にあたるとしようか」

 そして、付きまとっていた騎士の少年へと振り向いて言った。

「き、貴殿は何を言っているんだ⁉ 今こそ貴殿が止めに入るべきじゃないか‼」

 扉の向こうではいつの間にか飲んだらしいマキがベロンベロンに酔ってはソフィアにダル絡みして、まんざらでもなさそうなソフィアのドレスは非常に際どいはだけ方をしていた。ジョージさんは執事仲間と話が進んで酩酊し、ソフィアの父も酔いつぶれて寝ているようだ。

 もはや誰も止める者のいないソフィアたちの百合情事は、グラス片手に気取る貴族には都合のいい酒の肴となっていたのだ。

「……俺の故郷でも酒にまつわるいくつものことわざがあるが、そのうちの一つに酒に酔う者には二種類のタイプがあるというものが存在する。曰く、酔っている間の出来事を覚えているか否か、ということらしい」

 もしソフィアが前者の場合、今回のことは一生の黒歴史となるに違いない。その苦い思い出の一ページに俺がいたら、彼女と目が合うたびに気まずくなる日々を送るハメになるかもしれないのだ。

「その程度のことは知っている! 何故なら、どうやら君は同郷のようだしね!」

 またキレられる。コイツとはやはりそりが合わない気が……今なんて言った?

「俺は日出国の出身だ。お前もそうなのだろうな」

 とりあえずそれらしい言葉でごまかす。この世界にきた最初の日、出身が不明なせいでよもや処罰の対象となっていかもしれないからだ。

 なのだが、騎士の少年は首を横へ振る。

「そうじゃない。貴殿は日本人だろ?」

 聞き間違えの余地がない、同郷の者でなければ知るよしのない国の名前が出てきた。もはや言い逃れはできまい。

「……ご名答。だが、それだけだ」

 同郷の者と出会った。予想外ではあるが、しかし何か影響が起こるわけではないと考えている。

 だが、この騎士としてはそうではないようで。

「ならなぜ手に入れた力で仕える者への忠義を果たさないんだ!」

 なんか怒られた。

 手に入れた力とやらが何を指し示すのかわからないが、少なくとも後半部分は状況によるだろうとしか言えない。

 俺の場合、選択の余地なくソフィアの手により異世界へ飛ばされたんだ。ソフィアが衣食住を保証するのは当然の義務である。俺がアイツの従者として働いているのは今の職位を辞しても社会的地位を確保するためと、口約束とはいえ滅びかけたスターグリーク家を再建するというアイツの野望に力を貸すと言ってしまったからだ。

 なので、特別忠義を尽くす理由はないのだ。

「お前がどのような境遇に置かれていたのかなど知るつもりもないが、状況は人により千差万別だろう。お前の言葉は些か主語が大きいと思うが、訂正するつもりはないのか?」

 まったくもって面倒な輩だ。これでは、ソフィアにダル絡みされた方がマシだったのではないか。……それだけはないか。

 怒りの感情は湧いてこないが、その代わりただただ呆れるばかりだ。

「普通の高校生だった僕はある日交通事故に遭って死んだんだ。そんな僕を、年齢を巻き戻され身内一人いない異世界であればもう一度生を与えようと言い救ってくれた者がいたんだ。それがソフィア様の父、氷の都を統治するスノウランド卿だ」

 あーあ、自分語りが始まってしまった。選択を誤ったかもしれない。

「カウンセラーなら専門窓口をあたってくれ。では、さらばだ」

「あっ、君! 今のは話を聞く流れ……あ痛ッ!」

 何もないところで躓いた情けない騎士を置いて、俺は宴会場ではなく割り当てられた城内の寝室へと向かった。今日はもう寝てしまおう。

【作者のコメント】

食用レインボーマイマイは高級食材です。

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