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『けん者』  作者: レオナルド今井
凍らぬ氷の都編
37/99

side.sophia

 ──時は少し巻き戻り、ソフィアは鉱山村を見て言葉を失っていた。

 魔物の子を連れて集落へ入ると、外から見た以上に凄惨な光景が広がっていた。

 大通りが交わる広場を中心に建物が焼け落ちているようで、耐火性に秀でたこの村の建造物とは思えないほどボロボロだ。

「もともと地面から火柱が出るような地域だからこそ、火への警戒が薄くなっていたのかしらね」

 思わず独り言をこぼしてしまうが、それも無理はないだろうと自分にフォローを入れる。というのも、目の前には集落で最も人が集まる四階建ての市場だったものがあるからだ。

 だったもの、というのは想像を絶する高温に焼かれたせいか黒くなって石ころのようになってしまった建材たちのことだ。

「耐火装備を付けていても中途半端な装備の人は遺体すら残らず消失。火に完全耐性を持っていても呪われているようね」

 しかもその呪いは今も焼け跡に残り続けているようだ。魔物の子と手を繋いで魔力を受け取り、清浄魔法と障壁魔法で無理やり耐えているようなもので、もしこの子から離れようものなら私もこの子も助からないだろう。

 あるいは、私たちが集落へ侵入してなお様子を見ている業龍が猛攻をしかけてきたら。……テレポートで逃げることも視野に入れるべきだろう。

 いけない。逃げることよりもまずは集落内に安全地帯を作らなければならない。清浄魔法でここら一体から呪力を取り除いてしまおう。

 そう考えて魔法陣を描こうと枝を手に足を動かそうとして。

「……どうしたのよ」

 振り返ると、棒立ちのまま絶望している魔物の子がいた。

 我に返ってもらおうと呼びかけると、数秒おいて口を開いた。

「……見るがいい、みんな死んだ。また救えなかった」

 絶望一色な言葉を溢す魔物の子は、次の瞬間膝から崩れ落ちた。

 魔物の子と同じように焼けた建物を見て、私も未練を残したまま亡くなったであろう人たちに祈りを捧げる。

 天に召された人たちの来世が幸福なものであればいいと思う。

「……さて、浄化するわよ。呪いだけじゃなくて、死者を送り届けるための儀式のやらなくちゃ」

 深呼吸を一回してから、私は魔法陣を描くために拾った枝を地面に突き立てて陣を書き始めた。




 ──周囲の浄化と鎮魂を繰り返しながら集落の安全圏を増やして歩いていると、瓦礫が比較的少ない建物で人影が動いたのが見えた。

「生存者よ!」

 業龍の強大な魔力によって周囲の人の魔力を感じ取りにくい状況で、やっと見つけた最初の生存者だ。まだ希望を捨てるには早い。

 魔物の子の手を引っ張って駆け寄ると、人影はだんだんと大きくなっていき……。

「お、お嬢様……! ご無事ですか⁉」

 はっきりと見えるようになるや否や、人影だった存在──つまりは私の執事であるジョージ──がこちらに駆け寄ってくる。

 おそらく足を傷めているのだろう。もともと戦闘員ではない彼がこのような被害を受けて、それでも身動きがとれる程度の怪我で済んだのは不幸中の幸いか。しかし、ジョージももう歳なので、足の負傷は手早く完璧に治さなければ後が心配でもある。

「私は無事よ」

 そう答えると、ジョージは安心したように体の力を抜いたように見えた。

 まったく、私の執事ときたら。

「ジョージこそ怪我してるじゃない。治してあげるから見せなさい」

 スーツの上からわかるくらいには出血しているのは見逃さない。

「お嬢様のお手を煩わせるほどのことではございませぬ」

「いいから」

「しかし──」

「つべこべ言わずに早く!」

 自分でも驚くくらい大きな声で怒鳴ってしまった。ジョージを叱責するなんていつ以来だろうか。

「まったく、なにが『お嬢様のお手を煩わせるほどのことでもない』よ。怪我したままついてこられても守り切れないわ」

 あるいは、私を逃がすためにわざと手負いのまま注意を引こうと考えているのだろうか。

 霧の国最高峰の魔法使いが従者ひとり助けられなかったなんて世間に知れたら貴族としても賢者としても一生の不覚だ。絶対にあってはならない。それに、スターグリーク家の生き残りは私とジョージしかいないのだ。これ以上失ってなるものか。

「やはり、お嬢様はあのお方にそっくりでございますな」

 あのお方とは誰だろうか。

 私を見て重ねた人物だろうから私の母だろうか。高名なプリエステスだったらしいけど、物心がつく頃には亡くなっていて会話した記憶はない。いい人だったのは民や文献から伺えるが。

「ところで、不躾ではございますが、そちらのレディはどなたでございますかな?」

 治療のさなか、私と手を繋いで魔力を供給してくれている魔物の子にジョージの興味が移った。

 さて、なんて答えたものか。

「この子は倒れていた私を──」

「僕は魔物界のスター。最も強大な魔力を持つ魔物さ」

 当たり障りのないように紹介しようとしたら、思いっきり被せられた。

 恨みのこもった視線を向けてやるがそっぽを向かれた。

「恐れる気持ちは理解できるが、とって食うつもりはないよ。むしろ、この僕との邂逅に快哉を叫ぶといいさ」

 警戒心を強めるジョージを前に、我が道を往くが如く個性的な自己紹介を推し進める魔物の子。集落に足を踏み入れる前の様子とはかけ離れた言動で、本当に感情の起伏が激しい子だ。

「とても残念な感じの子だけど、魔物にしては珍しく人の心を理解できるらしいから連れまわしているの。術式な接続で歩く魔力補給機にしてるから、今のうちに使い倒してやろうかしら」

 我ながら悪い顔をしていると思う。なぜなら、私の言葉を聞いた魔物の子の顔がどんどん青ざめていくからだ。

「ま、まさか。ぼぼぼ、僕の魔力を全部使い切る気じゃないだろうね……!」

「しないわよそんなこと。霧の都を南海壊滅させなきゃ使い切れないかわからないもの、アンタの魔力は」

 不思議なほど減っている気がしないこの子の魔力に驚きを隠せない。この子が人に対して共感性を持っていてよかったと思う。

「なるほど。すると、お嬢様を守っていたのもそちらの子ですかな?」

「よく気づいたね。この僕こそが、道で倒れていたソフィアを助けた命の恩人その人さ。みごと見抜いた君の慧眼は誇るべきものだろう」

 もはや何を言っているんだろうこの子は、という感想しか出てこないのだが。気分がいいみたいだし黙っておいてあげよう。

「それはそうとして、傷は治ったはずよ。立てるかしら」

「お嬢様方のおかげでこのジョージ、無事でございます」

 見違えるほど軽快に立ち上がったジョージを見てそっと胸を撫で下ろす。

「ならよかったわ。この調子で、助かるはずの命はこぼすことなく救うわよ」

 気持ちを入れ替えて枝を握りなおす。

 さあやるぞ。そう意気込んだまさにその瞬間だった。

『グィェェェェェェ‼‼』

 突如、甲高い咆哮が辺り一帯に鳴り響いた。

 耳を庇いながら空を見上げると、左の翼膜をごっそり削り取られた業龍が体勢を崩しており、その高度も地上スレスレまで低下していた。

「あれは、魔導電磁式狙撃銃か⁉ なんであれがこんなところに⁉」

 魔物の子の言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのはあの憎まれ口と悪知恵を煮詰めて作ったような召喚賢者の姿だ。人の頭の中に出てくるときですら憎たらしい下卑た笑みを浮かべているのが本当に腹立たしいが、今はいち早く再開したい気持ちが強い。

「魔導電磁式狙撃銃とな。……レディ。兵器について造詣が深いようですな」

 言いながら、いまだ本名すらわからない魔物の子に疑いの目を向けるジョージ。

 その言葉を聞いて私も冷静になった。確かに、貴重な密輸品であるはずの魔法銃をなぜ知っているのだろうか。

 もしや犯罪組織にでも所属しているのだろうかと考えていると、魔物の子は呆れた様子で返してきた。

「なんだいその目は。こんな見た目だけど、僕だって七百年以上生きている魔物なんだぞ。あれがどういった代物なのか、開発の起源まで含めてすべて知っているつもりさ」

 一瞬驚いたが、言われてみれば魔物も長命種族も外見年齢から実年齢を推測するのは難しい。この子が数百歳だろうと不思議ではないはずだ。

「そう。七百歳の魔物にしては愛嬌があるんじゃないかしら」

「それは遠回しに僕のことを弱っちいって言ってるだろ! そんなに言うならもう魔力を貸してあげないからな、ホントにもうっ!」

 ……頬を膨らませてそっぽを向く姿からは、どう切り取っても七百歳の貫禄は感じ取れなかった。

「ご、ごめんね。怒らせるつもりはなかったの」

「ふん」

 すっかりご機嫌斜めになってしまった魔物の子。この状況をどうにかしなければ、という思いも込めて話を逸らすことにした。

「業龍に手痛い一撃を入れたのはたぶん私の仲間だと思うわ」

 というか、間違いなくケンジローだ。しかし、見るからに硬そうな外殻を持つ業龍に傷を負わせたとなると、マキが一緒にいて何かしらのデバフでも入れたのだろう。

 ファインプレーだと思う反面、業龍が暴れたら大変なので救助活動を速やかに行わなければならないだろう。

「幸い、業龍の敵意は集落から離れた。次に集落を襲い掛かる前までには生き残った人を全員助け出すわよ!」

 今度こそ覚悟を固めなおして歩みだす。

 そして、誰にも聞こえないように一人で念じる。

 そっちは任せたわよ。ケンジロー、マキ。




 ──しばらくして、集落の浄化と生存者の救出を行っていると、事態が大きく動き出した。

 なんと、弱った業龍が地上へ降りてきたのだ。

 この状況にいち早く気づいた魔物の子が指さす先を見て、私の心が絶望に染まっていくのを感じた。

「う、嘘」

 業龍は地上へ降りるや否や、犠牲者が多く出た建物を瓦礫ごと飲み込み始めたのだ。

 非業の死を遂げたものは魔物へと変態する可能性が通常より高くなる。だから、呪いの浄化と一緒に鎮魂魔法までかけて回ったのに、遺体を喰われたら元も子もない。

「はやく止めないと! このままじゃ──」

 生存者を背に庇う様に立つ魔物の子が何かを言いかけた瞬間、轟音と衝撃波に襲われた。

 衝撃そのものは一瞬だったが、まさかと思って目を開けたら地上へ降りた業龍へ携帯レールガンが撃ち込まれていた。

「あのバカ! 魔力足りないせいで衝撃の制御機構に魔力が届いてないじゃない!」

 この場にいないケンジローへ恨み言を口にする。こっちには戦闘能力がない一般の人だっているというのに。

 握りこぶしを作って怒っていると、先ほど射撃が飛んできた方へと業龍がブレスを吐いた。

 心なしかさっきより威力が高い気がするが、魔物の子に視線を向けると察してくれたのか答えるように口を開いた。

「業龍は怨恨によって力が増す。だからああやって人間や高度な知恵を持つ魔物を襲って恨みを抱かせ、その感情ごと喰らいつくすんだ。そうして得た力で再び人々を襲う」

 ぐうの音も出ないほど汚い生態に一瞬だが立ち眩みした。

 ついさっきまで業龍の敵意が外へ向いていたのはケンジローたちが暴れていたせいだったのかもしれない。それで、弱ったから回復しようとしたら攻撃されたというわけか。

「救いようのない生き物ね」

「……そうだね。こんな魔物、二度と生み出してはいけないよ」

 魔物のスターをしてこうまで言わせる業龍は、しかし私たちのことなど気にも留めていない様子だ。

 消耗しながらもしっかりと力を溜めてブレスを吐こうとしている。

「みんな聞いて! 私たちに注意が向いていない今のうちに集落の外に避難しましょう! 若い人は子供や怪我人を助けながら逃げる準備を始めること! 頃合いを見て一斉に避難を──」

 集落から離れてとにかく隣町まで逃げる。朝靄の街まで辿り着ければ、国から派遣された王国騎士団や街の守衛たちに守ってもらえる。過去には妖魔教団の幹部クラスさえ退けたこともあり戦闘力は王都に並ぶほど。とにかく、朝靄の街まで逃げるまでの辛抱だと考えていたまさにその瞬間、業龍の首の付け根のわずかな動きの違いに脳が最大級の警鐘を鳴らすと同時にブレスのエネルギーを溜めた口を真上へと向けて。

「伏せなさい!」

 次の瞬間に起こるであろう最悪の事態に備えて叫ぶように声を上げる。

 それと同時に、ここ数時間で自然回復した魔力と生命力を絞り切って魔法を発動した。

 誰が言うこと聞いてくれて誰が棒立ちしているかなんて意識している余裕などない。気づけたとしたら、せいぜい視界の上端でブレスが弾けて死の炎が雨のように降り始めたことくらいか。

 なりふり構っていられない。一瞬でも早く魔法による障壁を展開することだけにすべての意識を割いて魔力を放出する。

「守護神の御業のように!」

 間に合っていなければ集落の外で戦っているケンジローたちを含めて、ここら一体のほとんどの生命は命を落とすだろう。

 命を削って魔法を発動した反動で地面にへたり込みながら空を見上げる。光の柱が広がるようにしてドーム状のバリアとなって、炎の雨をかき消していく様子を確認し、安堵しながら意識を手放した。

【作者のコメント】

エグい生態を持つ魔物が好きです

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