龍との対峙(前編)
静かになるまで耳を庇っていると、今度は村中を巨大な影が覆っていた。
禍々しいオーラなどではない、いたって普通の影だ。超巨大だという点に目を瞑れば。
「なあマキ。あれはなんだ?」
村をすっぽり覆う体躯に爬虫類をそのまま巨大化したような鱗、それから視界に入ったすべての生物を喰らい殺しそうな目。本能的な恐怖を駆り立てられる模様の翼膜が広がる巨大な一対の翼で、悠々と上空を旋回している。もはや言い逃れのできないドラゴンなのだが、まさかこの目で見ることになるとは思わなかった。
「大型なドラゴン種の何かだとは思いますが……。ドラゴン種は個体数が少ないので、目撃された個体はいずれも名前が付けられているのです。でも、あのドラゴンに関しては少なくともアタシは知らないですね」
「未知の大型ドラゴンってことか」
「はい。ドラゴン特有の強耐性が何属性についているのかからブレスの属性、あとは固有スキルの有無までわからないのです」
鱗の一部が異様な色に変色しているが、あれはなんだ。何かで削ったのか?
「それにしても、そのドラゴンはまるで誰かを探しているような素振りを見せているな」
「あ! 待ってくださいケンジロー、もしかしてあのドラゴンの探し人ってアタシたちじゃないですよね?」
「そんな嫌な推測はやめてくれ」
ドラゴンはこちらではなく村の入口付近へと降りてきている。まるで俺たちを品定めしているかのようだ。仮にそうだとしたら最悪の事態に巻き込まれているとしか思えないが。
やがて視線を外され翼を翻して俺たちの上空を通過していく。そして一頻り飛んだ先にある家の屋根に降り立ったところを目撃。すると、ドラゴンが首を伸ばして家の裏にいたらしきなにかを咥えて嘴に放り込み、それを咀嚼して飲み込んだのだ。
今のは、人が喰われたのだろうか?
ゾッとした俺たちは背筋が凍る思いを味わい、身を屈めて隠れるように駆け出した。
ドラゴンは人間を捕食している。栄養補給ではないだろう。人間の尊厳を踏みにじるような行いにゾッとしながらも、表情に混乱の色が見えるマキに問いかける。
「……これ、どうやったら村の外に出れると思う?」
「あっ、戦う選択肢はない感じなのですね」
冒険者にあるまじき選択を迷わずした俺に軽蔑のまなざしを向けるマキを無視して考える。
「ドラゴンが村を出るまでここにい続けても、それは愚策だ。落ち着いたタイミングでスキルとか見直して、なんとか攻勢にでるぞ」
返事を待たずにマキの細い腕を引っ張って歩き出した。
なんとか村を抜け出して全貌を眺めると、いたるところから火の手が上がっているのがわかった。
「おい、放心している場合じゃないぞ」
手を繋いだまま絶望に打ちひしがれているマキの肩を、塞がれていない方の手で軽く揺らしてみる。
「あの炎から呪詛の魔力を感じるのです」
村から視線を離せないマキは、代わりにそう説明する。
ブレス属性は火で当たった人に強力な呪いを振りまくのだと続けたマキから視線を戻す。確かに闇色の炎が上がっていて異質な感じを与えてくるが、さしずめ呪いの炎と呼ぶべき代物か。
「ちなみに呪いにかかった場合誰か解呪できるのか?」
全員ができる必要はない。神職系の人が解呪できるならそれでいいのだが。
「あれほど強力だと解呪できる人は多くないと思うのです。それこそ、ソフィア級の賢者でもないと厳しいかと」
そのソフィアが見当たらないから問題なわけで、現状あの呪いを喰らったら助かる術はないだろう。
「そうか。……なあ、マキ。提案なんだが」
「逃げませんよ?」
食い気味に釘を刺された。
相変わらず勘が鋭い。
「まあ聞け。逃げるだなんて一言も言っていないじゃないか。いったん立て直しを図るだけさ」
「それを世間一般で逃げるっていうんですよ! ああもういいからこの場で打開策を考えてください!」
隙あらば朝靄の街へ繋がる街道を歩きだそうと考えていたらマキに飛びかかられた。
はいかイエス以外で答えようものなら絞め技をかけられそうなので渋々首を縦に振る。
「打開策とは言ってもなぁ。ここへ来る前にスキルに合わせて装備も整えてきたし、そんな状態であの巨竜に対抗しようと思っても厳しそうだぞ。なにせ、こっちの攻撃は耐性で弾かれるかもしれないし、そうでなくても一撃で撃ち落とせる保証もない。対して敵のブレス攻撃はほとんど回避不能で一撃でも喰らえば助からない。絶望的だ」
見るからに硬そうな鱗だが、貫くだけなら携帯レールガンでいけそうだ。だが、貫いたところでドラゴン系の魔物は自然治癒能力が極めてて高く、飛び道具で局所的に撃ち抜いた程度で仕留められるような存在ではない。と、いうのが冒険者ギルドが頒布する魔物図鑑の主張だ。
できることとできないことがある。そのうえ、俺たちにとってソフィアの救出が至上命題であり、目撃例しかない集落まで守る義理はないのだから見捨てたっていい。もうこの集落にはいない可能性の方が高いのだから、なおのことである。
諦める方向に思考が流されていると、マキがすごい剣幕で捲し立ててきた。
「スキルは? レベルは? 最後に冒険証確認したのはいつですか? 習得可能なスキルの一つや二つくらい増えてるんじゃないですか?」
言うが早いか懐から免許証大の冒険証をひったくったマキが目を見開いてこちらを見た。そして、突然胸ぐらを掴まれた。
「ケンジローあなたバカですか? レベルがあがってもスキルポイント振ってないじゃないですか!」
「なん……だと……⁉」
今までの苦労はいったい何だったのだろうか。
マキの言葉に衝撃を受けると同時に、しかしポイントがあっても習得できるスキルなんて増えているのかと疑問に思う。
そんなことを考えながらマキに視線を向けると、疑問に答えるように冒険証の一部を指さして見せつけてきた。
「これなんかが強いですね」
そう言われて目を通すと、デバフ系のスキルのようだった。
「どれどれ。……スキル名は『心理的制圧域』。弓または魔法銃装備時、射程圏内にいるすべての敵から注目を集める。また、対象の敵対生物すべてに心理的な恐怖を与え、行動速度と物理攻撃力を低下させる。この効果は、武器攻撃を命中させるたびに効果量が増える」
……ただのけん制じゃねえか。なにがスキルだよコンチクショウ。
しかも、しれっと効果量増加割合は与えたダメージに比例するって表記されている。当たっただけで攻撃が弾かれたらどうなるんだこれ。
「本来は大弓みたいな射程の長い武器を得意とするアーチャー職が重宝するスキルなんですが、ソフィアが直した魔法銃は射程も弾速も優れてますしちょうどいいのでは?」
消費スキルポイントは十。レベルが十二になっていて、ポイントもちょうど十残っているので習得可能だが。
「習得しても、ダメージを与えられない強敵相手には効果が薄いと思うが。それこそ、アイツとか鱗硬そうだし」
デバフの量に最低保証でもあるんだろうかと考えていると、ちっちっちっと指を振ってしゃべり始めた。
「物理防御くらいアタシが下げられます!」
清々しいまでに腹の立つドヤ顔である。
むふー、とでも言いたげに、というか実際そのような息遣いにちょっとイラっと来たので頬を摘まんでやる。
「いひゃいでふ、あにふるんでしゅか!」
ジト目の上目遣いでにらみつけるマキ。おそらく、なにするんですか、と言っているのだろう。
意外とかわいらしい表情で俺は平静を取り戻す。
「お前がムカついたからつい。それと、防御デバフがあるなら懸念事項はない。だからスキルは習得しよう」
マキから取り返した冒険証を操作してスキルを習得する。
これがまた便利なシステムなのだが、正直に言うとこの世の物理法則から乖離しすぎているせいかあまり使いたくないのだ。そのうえ馴染みが無いので一ヶ月以上ただの身分証明書になっていた持ち物の本来の使い方をしてやった。
「ほら、習得したぞ。さっそく試してみるが、その前にまずは防御デバフを入れてくれ」
万が一にも、攻撃が通らずヘイトだけ買ったら詰んでしまうから。そういうと、わかりました! と元気に返事をすると、そのまま準備体操をし始めた。
「援護は任せましたよ! アタシは持ち前の機動力と跳躍力であのドラゴンの脳天をカチ割ってくるのです!」
誰もそこまでやれとは言ってない。
そう返そうとした瞬間にはもう目の前にマキはいなかった。相変わらず早いなアイツ。
自慢の走力で村の中へ駆け込むと、路上屋台の屋根を足場に高度を上げて低空飛行を続けるドラゴン目掛けて切りかかる。きっと、あの攻撃に防御力を下げる追加効果がかかっているのだろう。
「さて、こっちも始めよう」
最近手にしたとは思えないほど死線をともにした気がする魔法銃こと携帯レールガンに手を添える。
スキルは発動を意識しながら所定の動作を行うと発動する。
例えば、高速走行系のスキルは発動を意識しながら走ると発動するし、魔法は詠唱や儀式中にスキル発動を念じればいい。
新規習得したこのスキルは、普段通り敵意を抱きながら射撃すればいいだけのようだ。
地べたへ寝そべりブレを抑える構えをとりながら、接近戦を仕掛けるマキの様子を確認。どうやら、無事に防御力を下げながら、反撃を受ける前に着地しうまく隠れられたようだ。
マキの安全を確認して一息つく。そして、次は自分の番だと覚悟を決めて引き金を引いた!
次の瞬間、射撃はドラゴンの尾を掠め、半ばから先を吹き飛ばした。
けたたましい悲鳴のような咆哮が辺り一帯に鳴り響く。そして、その衝撃で近くの鉱山を中心に地響きが起こった!
【作者のコメント】
一週間空けての更新です。本当に申し訳ない……
高熱出したり講義や県外への所用などで丸一週間筆を握れませんでした。今月も忙しいものの、さすがに一週間空ける事態だけは頑張って避けるので、どうか次回も楽しんでいってください。




