表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『けん者』  作者: レオナルド今井
凍らぬ氷の都編
32/99

業は来たる

 ──目が覚めてからしばらくした頃。

「……ねえ、ソフィア。素直に謝ったら許してくれるかい?」

 もはや言い逃れできないことを悟った罪人のような言葉。

 洞窟内を先導していた魔物の子が、こちらを振り返りおずおずと尋ねてきた。

 というのも、この子は私を救助した後、消耗品のスクロールを用いて鉱山の中にある隠れ家まで転移したというのだ。

 隠れ家がバレないよに、あえていつも少し離れたところに転移しているんだ。だからこそ、洞窟内は歩きなれたこの僕に任せてくれたまえ──そんな数十分前の言葉を私は一語一句忘れていない。

 だからこそ、次の言葉がなんなのか予想がつく。

「道がわからない」

 やっぱりか。

 ちなみにこの子、魔力はあるが魔法は一切使えないようで、そのうえ私を助ける際に持っていたスクロールを使い切ってしまったらしい。

「理由が理由だから私にアンタを非難する資格はないわ」

 そもそも、道端で魔力を使い果たして転がっていた私を助ける義理などこの子にはなかったはずなのだから。それを助けてもらった身としては文句を言いずらい。

「いくら全快に時間がかかるとはいえ、転移魔法一回分くらいの魔力なら数時間あれば戻ってくるわ。焦らなくても、さっきの安全な場所に戻って待ち続けるべきじゃないかしら」

 私の転移魔法は精度が不安定だから人に使いたくないのだが、この際だから選択肢の一つとして考えている。

 しかし、この子としては簡単には頷き難い事情があるらしい。

「ソフィアの言う通りだとは思うけど、その……」

 これまでに数回同じやり取りをしているのだが、いずれもあまりいい顔をしないのだ。

 いったい何故なのだろうかと考えていると、ついに答え合わせのときが来たようだ。

 ぐぅ~。

 可愛らしい声で腹の虫が鳴く音が洞窟内に響いた。

 私のものではない。

 長時間飲食を絶たれているとはいえ、意識がなかった時間が長かったせいか空腹に陥ってはいないからだ。であれば、音の主は。

「な、ななっ何故僕を見るんだい⁉ 違うぞ! こ、これは……」

 耳まで真っ赤にした魔物の子が恥ずかしそうに言い訳しはじめた。

 そして、再び腹の虫が鳴く。

 無理して見栄を張ってまで外へ出たかったのは、空腹を悟らせたくなかったからだったようだ。

 いったい何を企んでいるのかと思えば年相応の少女のようなものでありほっとした。気持ちは理解できるので、ここは助け船をだしてやろう。

「……どこか遠いところで魔物が鳴いたんじゃない? 危険だし、私も飲まず食わずで消耗してるから少し休みましょ」

 来た道を振り返って言ってやると、魔物の子は私の袖を軽く掴んで歩きだした。




 ──それからさらに数時間後。

 さきほどまでいた隠れ家で休んでいるうちに、少しは魔力が回復した。

「今なら山の外へテレポートできるわ。こっちへ来なさい」

「あぁ! ありがとう、ソフィア!」

 少女のように無邪気な笑みを浮かべた魔物の子が、地面に描いた魔法陣に歩み寄る。準備は整ったので魔法を唱えようと息を吸い込んだまさにその瞬間だった。

 鉱山が音を立てて大きく揺れた!

「わ、わわっ!」

 立っているのがやっとなほどの大きな揺れも数秒で収まった。

 咄嗟に抱きしめた魔物の子を離して魔法の詠唱を始める。

 無事に魔法が発動し転移により歪んだ視界が元に戻ると、そこは熱鉱山の麓だった。

 少し離れたところに集落が見える。朝靄の街近郊の鉱山村で、魔力鉱の産出量と高名な魔法杖職人がいることで有名だ。そんな村が今は……

「……あの燃え方はマズいわね」

 いつもどこかしらから火が出ており、その火力を使い加工が難しい鉱石を売り物にしている集落だ。だから火の手が上がっていること自体はさほど不思議じゃない。

「何がマズいんだい? あの村の人が言っていたじゃないか、炎があることが日常だって」

 私の言葉に疑問符を浮かべる魔物の子に、集落を指さして説明する。

「火柱が立つ場所は毎回決まってるの。まあ、これは地理に詳しくないと知らないと思うけど。とにかく、今回の炎はイレギュラーだってことよ」

 しかも、あの炎から感じ取れる魔力が自然のものではない気がするのだ。

「あの炎に含まれる魔力を感じてみなさい。動機はわからないけど、何者かが放った魔力を帯びた炎よ」

 言いながら考える。いったい誰が何のためにしでかしたのかわからない。確実なのは、あの炎は村の人たちに害があるということだけ。

 しばらく考えていると、私に倣って魔力感知を行ったらしい魔物の子は急激に顔色を変えた。

「あ、あれは……」

 声も肩も震わせながら、絞り出すように言葉を発する魔物の子に、いったい何を感じ取ったのか聞いてみる。すると、震える指で集落の上を、正確には集落の遥か上空を指して言った。

「業龍……? そんな、なんで」

 青ざめた表情でそんなことを言うから、思わず聞き返す。

「ははっ、僕たちも憐れなものだね。……奴は破滅の業を冠する邪龍さ」

 この世の終わりのような表情が向く先には、半透明で巨大な魔物が漂っていた。

【一言コメント】

来週から作者のコメントに置き換わります。もはや『一言』じゃないことの方が多いからね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ