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『けん者』  作者: レオナルド今井
凍らぬ氷の都編
30/99

熱鉱山の歓迎

 あれから何時間走っただろうか。

 執拗に追いかけてきた魔物たちも、気づけば見当たらなかった。

「とても疲れました」

 本当に疲れたらしいマキの弱音を背中越しに聞く。

 交戦時間が長く疲弊しきっていたマキを、追っ手を撒いたあたりから負ぶって歩いているのだが、仲間とは言え男の背中は居心地が悪いだろう。

 今は街から近く、比較的魔物が少ないとされている森林地帯にいるのだが、日が沈んでから長いこと経っているので眠いのかもしれないが。いずれにせよ、普段は冗談以外で弱音を吐かないコイツらしくないので休ませるのなら早いうちに休めそうな場所を探す必要がある。

「そしたら今日は休むか? 今から街へ帰るのは体力的にも明るさ的にも困難だが、一晩寝れば戻れるはずだ」

 歩いていると、ちょうどよさそうなスペースを見つけたのでそう提案してみたのだが。

「ケンジロー。あなたは時折底なしの畜生みたいなことを言いますよね」

 なぜかゴミを見る視線と声を浴びせられた。

 それどころか、肩を掴む手で爪を立てられた。

 おそらく、いまだ合流できずにいるソフィアを見つけるまで休むつもりはないのだろう。

「ソフィアは料理の一つもできないほど不器用だが、魔法を用いた実践において彼女の右に出る者はいない。魔力を切らした非常事態にも予め策を講じているだろうよ」

 我ながら楽観的とも思える言動に、頭にきたらしいマキが嚙みつくように呻る。

「無力感なら俺だって抱いている。……俺ならやろうと思えば何でもできると自負していたが、こんな感情を抱いたのは初めてだ」

 これまで学力も運動もアルバイトも、一度努力すると決めたらなんでも達成したし今後も俺の自力をもって努力すればなんだって達成できると考えていた。しかし、つい数時間前に姿を見ていたソフィアを、夜半を過ぎようという時刻になっても見つけられず、あまつさえ歩く足も半ば引きずっているような気分なのだ。さすがは異世界だと、凄まじい歯ごたえを実感すると同時に、普段は面倒くさい女だと思っていても失いたくないという気持ちはどこまでも失せない。

「……でも、そうだな。お前の言う通り、疲れて動けなくなるまでは探そう」

 俺の前向きな発言に気をよくしたのか、マキは多少の体力を取り戻したのか肩から手を放すと。

「よーし、その意気です! それでこそ私たちのケンジローですよ」

 言って、またも脳の理解を越えてくるようなことを口にする。

「調子のいいこといいやがって」

 ガキみたいな屈託のない笑顔で言いやがって。

 安心したのかすぐに寝てしまったマキを背負い、体力の限界まで森を歩いた。




 ──翌朝。

「マズいマズいマズいマズい! マズいですよこれは!」

 木々から落ちる朝露が冷たく感じる時刻、俺たちは野生の魔物に追い回されていた。

「何がマズいかと言うと、ジェネリックレールガンが故障した」

「えぇ⁉」

 驚きの声を上げるマキに、しかしどうしようもないものはどうしようもないのでひとまず逃走を選択。

 結論から言うと、昨夜ソフィアを見つけられず、そしてレールガンの修理もソフィアでなければできなさそうだったのでいよいよ丸腰である。

「一応、こんなこともあろうかとショートソードを持ったままでいてよかった」

 昨日、宿でレールガンを持ち出した際、有効活用できていなかった剣を置いていく選択をとらなかった自分ほ褒めてやりたい。

 追いつかれた場合はいつでも剣を抜けるようにと柄に手を添えると、その上からマキに手で押さえられた。

「二人そろって死にそうな時以外はやめてくださいよ。ケンジローにとってのゴミをゴミが握ったまま倒せるほど、魔物は甘い存在ではありませんから」

 だから追い詰められたらアタシに任せろ。暗にそう言っているのだろう。年上の男としては情けないながら、同時に頼もしくもあり……。

「……今俺のことゴミって言ったか?」

「気のせいです。それよりもっと速く走ってくれません?」

「無理だが? 知性を持ったチーターと比べるな」

 畜生と一緒にされたマキに脇腹を抓られながら走っていると森を抜けた。

 希望の光ともとれる陽光に、しかし街のシルエットなど微塵も見えない平原が広がるのが見えてすぐさま落胆。強いて喜ばしい点を挙げるなら、俺たちを追っていた魔物はテリトリーの外に足を踏み入れたがらない性質を持っていることと、森の外はテリトリーの範囲外であったことくらいだろうか。

 二人そろって肩で息をしながら、進むしかないのでとりあえず足を動かして一時間くらいだろうか。遠くで火災が発生しているのが見えた。同じく火災に気づいたらしいマキは、おもむろに生えてる低木を切り倒し、その断面を指でなぞって頷いた。そして、深刻な表情のまま振り向いて。

「……方角的に、向こうに見えるのは朝靄の街からそう遠くない小さな集落です。国内有数の鉱山地帯で、この辺で魔力鉱を安く仕入れようとするとあの集落に足を運ぶのが最善だと言われているのです。ですが、あの様子ですと」

「あぁ。燃えているな」

 危険に次ぐ危険を乗り越え野宿まで敢行した今、これ以上厄介ごとに首を突っ込むのは体力的にしんどいが。……どうせコイツのことだ。助けに行きましょうと言い出すに違いない。思わずついたため息でそんな考えがバレたのだろう。表情までは見えないが、見透かしたような声色でしゃべりだす。

「言いたいことはわかりますが。……たぶん、あそこの街に恩を売っておくと後々役に立つと思いますよ?」

 遅れて向けられた表情は、それはもう俺の好きなものだった。




 ──あれから半日ほど平原を歩いていると、ついに煙が上がる集落へとたどり着いた。

 街に入ってみると、逃げ惑う人たちで大混乱。……などということもなく、火の手が上がっているのが当たり前だと言っているようで、道行く人はみんな我関せずといった様子だった。

「……なんだあれ」

 黒煙が上がっている光景と人々の様子に温度差がありすぎて思考がフリーズしている。マキも同様で、俺のこぼした言葉に無言で肩をすくめる。

 わからん。この街が俺には理解できん。

 幸い、朝靄の街までの乗合馬車がつながっているようなので、この街は放っておいて置いてきてしまったジョージさんと合流しよう。

 そう考え地図が貼られた掲示板を眺めていると、如何にも偉そうな感じのおっさんが現れた。

「よォォォォうこそ! ここは霧の国随一と謳われる鉱山村だよ!」

 ……強烈なキャラなようだ。

 燃え上がる火炎に負けず劣らずの熱量で声を掛けられたのでなんて返していいか考えていると、いち早く我に返ったマキが口を開いた。

「どなたですか?」

「ああッ、申し遅れたぁッ! ワシこそがこの『フレイム鉱山村』の村長ミスターフレイムさ! この村のことならなんでも聞いてくれたまァァァえッ!」

 紳士的な振舞のつもりなのだろうか。着けてもいない帽子を脱いで頭を下げる仕草をし、それでいて不釣り合いな圧倒的声量と熱量で自己紹介してきた。

「これはどうもご丁寧に。俺はスターグリーク家経理部長の青木健次郎と申します。以後、お見知りおきを」

「一人部署じゃないですか。……アタシはスターグリーク家でソフィア様の専属従者をやっているマキです」

 順に素性を名乗って一礼。

 滅びかけの家で人がほとんどいないとはいえ、一応は貴族の家なので友人兼仲間枠の俺たちにもこのような肩書がある。……ように振る舞え、というのは以前ソフィアに命令されたことである。正直、慣れたものだと思っているのは俺だけで、雑務を与えられず屋敷で暇してる……ソフィアと書物を読み耽っているマキは肩書通りの実感はないらしい。

「なんとッ! 大貴族ではございませんかッ! 熱量がウリの我が村ですが、ぜェェェひともお寛ぎください!」

 と言われて、手を揉まれるマキ。村長と名乗ったフレイムさんは気づいていないようだが、汗だくな手でこねくり回されているマキはそれはもう嫌そうな顔をしていた。

 この場にいないとはいえソフィアの関係者だと名乗っているので、彼女の顔に泥を塗らないよう丁寧に村長さんの手を引きはがしたマキ。よく振り払わなかったし手を拭かなかったな。偉いぞ偉いぞ。

「そうしたいところではあるのだが、実は人探しをしているんだ。観光で来ているわけではないから長居はできないが、世話になる」

 俺たちは、足早に街の中へと入っていった。

 街の入口で熱烈な歓迎を受けた割には通行人に声をかけられなかったため、マキと相談し夕食前に宿をとることにした。

「確か、地図によるとこの辺に……ありました! あそこは全国の冒険者ギルドが協賛する冒険者向けの系列宿泊施設です」

 お目当てが見つかったようで、俺の手を引いて駆け足で建物の前までやってきた。

 宿屋を指さしてマキが説明を続ける。

「普段はソフィアの行きつけを使っているので比べてしまうと設備は質素ですが、冒険者向けの安否確認サービスやギルドじゃないとできない手続きの一部が受付でできるという便利さと安さがウリなのです。はぁ~、この宿を使うとケンジローたちと会う前を思い出します」

 決して短くないという、マキの冒険者歴を振り返るようにうっとりしだした。

 俺たちのパーティに入る前は時折臨時パーティに入りながら一人で活動してきた彼女にとって、長い間お世話になった思い出を感じるのだろう。

 しばらく余韻を味わったマキは、「さあ、行きますよ!」と言いながら俺の手を引く。

 入ってみると、どこの街にもありそうな質素ながら清掃の行き届いたエントランスが広がっていた。

 建物に入ってすぐ、スタッフに声をかけられた。

「おかえりの方ですか? それとも、本日から宿泊される方ですか? 本日から宿泊される方は、あちらへまっすぐ進んだ受付へ」

 スタッフさんの指示に従い受付カウンターへと向かう。

 手慣れているらしいマキに手続きを任せようかと考えていると、建物の外から誰かが駆け込んでくる音に気付いた。

「はぁ、はぁ……。やっと見つけました! ケンジロー殿、マキ殿。ご無事でしたか⁉」

 荒い息とともに聞こえた声に釣られて振り返ると、そこには肩で息をする顔色の悪いジョージさんの姿があった。




 ひとまず宿の大部屋を確保した俺たちは、息を整えたジョージさんと互いが持つ情報を交換した。

 俺たちからは厄介な魔物と交戦していたことを伝えると、ジョージさんから有用な情報をもらった。

 一つは朝靄の街への被害が軽微であったこと。もう一つは、何者かに切られて大怪我を負っていた中性的な容姿の者がソフィアを抱えて歩いていたという目撃情報が挙がったこと。

「それがこの街だったということか」

 呟くように言葉をこぼすと、ジョージさんは頷いた。

 確かに耳寄りな情報だ。しかし、俺たちの足で二十時間近く歩いた距離の集落からの目撃情報か。相当遠回りしたとはいえ、歩くペースを考慮すると最長で百キロメートルほど離れている可能性もあるのだ。

「こんな時にするような指摘じゃないとは思いますが、目撃情報が人違いかもしれませんよ」

 ちょうど俺もその可能性を考えていた。それを代弁するようなマキの言葉に、ジョージさんは確信をもって否定した。

「わたくしも人違いであることを考慮し情報の裏を取りました。しかしながら、近年の情報屋というのは腕が立つようですな。ソフィア様が身に着けてらっしゃるペンダントがわかる様子を念写魔法に残していたようでございます」

 なるほど。ジョージさんはこの状況で嘘をつくような人でもなければ騙すメリットもないはずなので信じていいだろう。

「優秀な情報屋だ」

 ぜひとも、日本へ帰るためのツールも念写で教えてほしいものだ。

「それはそうと、中性的な容姿か。……もしかすると、ソイツってやたら光る獣人みたいな人物じゃなかったか?」

 中性的な見た目の者などごまんといるが、朝靄の街からこの街まで人を担いだまま短時間で移動できる奴がそう何人もいてはたまらない。

 魔物のスターを自称していたアイツが膨大な魔力を有しているのは、おととい対峙したマキとソフィアから聞いていた。座標調整が難しいとはいえ、転移系の魔法を駆使すればこの街までひとっとびで来れても不思議ではない。

 あくまで可能性の一つ。

 そう思いながら聞いてみると、ジョージさんが一枚の写真を取り出した。

「モノクロでございます故、色までは判別できませぬが」

 テーブルに置かれた念写による写真には、確かにソフィアを抱きかかえた人物が写っていた。

「コイツで間違いないと思うのです」

 俺の隣から写真を覗き込んでいたマキがそう口にする。

 発光が強くシルエットから判断するのが精いっぱいだが、確かにコイツがスターで間違いないだろう。

「マキの言う通り、この人物を探し当てればソフィアを救出できるだろう」

 そうと決まれば早速行動に移すべきだ。

「ソフィアの命がかかってますからね!」

 疲労が蓄積しているであろうマキだが、微塵も感じさせない声である。

 正直、あの弱々しい感じの自称スターにソフィアを傷つけられるとも思えないが、楽観視すべきではないだろう。

「では、こちらの品をお使いください。お二人の体力を回復してくれる秘薬でございます」

 ジョージさんに渡された秘薬を口にした瞬間、体からスッと疲れが抜けていく感覚がした。

「すごい秘薬なのです。高価なものなのではないでしょうか」

 抜群な効き目にマキが驚嘆の声をこぼす。

 声には出さなかったが、俺も秘薬の効能から貴重品を使わせてしまったのかと思ったくらいだからだ。

「非常事態です故、出し惜しみはできませぬ」

 暗に当然のことだと答えるジョージさん。

「任せてくれ。貴重品を使ったに見合う成果を出してくるさ」

「ええ、任せてください! ソフィアはアタシたちの大切な仲間ですから!」

 こうして、俺たちは夜の街へと繰り出た。

【一言コメント】

次回は年明けです、よいお年を。


[2024/01/04]

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