第一射
身を焦がすような日差しと動き回っても苦痛に感じない穏やかな気温のミスマッチに困惑する、街から少し外れた平原と森の境目。
馬車で連れてこられたこの場所こそが今日の狩場らしい。
「まずは鼠亜人を見つけるところからよ。色は灰色で背丈がちょうどアンタの腰くらいの、まさに害獣の鼠みたいな頭部をしているわ。アンタが持ってる銃系の武器だと、望遠機能がついてるから見やすいんじゃないかしら」
丘の上にポツンと生えた木に登りながら、ソフィアの説明を聞き流す。
彼女が指す銃は、ここへ来るまでに乗った馬車の荷台にあったものだ。
火縄銃を魔法技術で改良した程度のものらしいが、反動や暴発率が大幅に抑えられていて扱いやすいという。反面、攻撃力は銃にしては低いことがデメリットだが、射撃系攻撃は装備者の攻撃ステータスへの依存度が少ないメリットも併せ持っている。つまり、武器攻撃力がそのまま火力に直結するというわけだ。
今回は相棒となるコイツに、射程と威力を底上げするロングバレルと、長距離を見やすい高倍率のスコープをつけてきた。
「見やすいというより、肉眼である程度見えてる。あらゆるゲームでチートを疑われし両目とも二の視力を侮るなよ」
さすがにサバンナの部族よりは視えないが、武器の射程を押し付けるのに十分な長所だ。
手始めに、茂みの裏でのんきに腹を掻いておる鼠亜人の脳天目掛けてファイア!
凄まじい破裂音とともに手にずっしりとした反動がのしかかる。それとほぼ同時に、鼠亜人がいた茂みが赤黒い何かで染まった。さすがは文明の利器である。
「アンタなかなかやるわね。今の望遠レンズ覗いてなかったでしょ」
気持ちいいい!
何が気持ちいいか。
パッと見かわいい金髪碧眼の少女に褒められたことではなく。
「射程で理不尽押し付けるのマジきもちいいいい!」
絶対に反撃されない位置からの理不尽な必殺攻撃。
コイツを仕掛けている瞬間にエクスタシーが止まらない。
急に隣にいた個体が血しぶきになったことで周囲の鼠どもが混乱しているが、見ていてとても心地のいい様である。
テンションが上がってきたので、混乱している鼠どもを二発、三発、四発と立て続けに撃ち抜く。六発目を撃ち終えたところで弾切れを起こし、冷静に戻された。
「……アンタ、紳士どころか倫理的にどうなのよ。その笑い方は」
「うるさいぞメスガキ。紳士的な行動を守った結果、ウメー飯が食えるのか? そうでないなら豚畜生に与える残飯以下だろ」
なぜかドン引きしているソフィアだが、リスクを限りなく排除して成果を上げることこそが命を落とす可能性のある仕事において最も重要なことなのは間違いないだろう。安全第一の主義である。
「私、アンタのこと嫌いかも。あと次わたしのことメスガキって言ったら魔法で焼くから」
コイツの好感度稼いでなんの意味があるのかわからないのでどうでもいいのだが、へそを曲げて本当に魔法を撃たれたら困るので黙っておこう。
「ソフィアみたいな美少女に嫌われたら寂しいもんな、はいはいわかったわかった」
青筋を立てたソフィアが突然木の上から俺を引きずり降ろそうとしてくるが、身長が足りないようなので放っておく。それはそうと、俺の足を掴もうと飛び跳ねているはずなのに、弾むべき場所が弾んでいない様子。年下だとは思うが、コイツは何歳なのだろうか。
「ふと気になったんだが、お前って何歳なんだ? 酒を飲んでる様子がないから少なくとも成人はしてないだろうが」
気の短さから十歳前後だとは思うのだが、背丈が俺とちょうど頭一つ分くらい離れているので背丈は高いほうなのだろうと思う。俺がだいたい百七十五センチほどなので、その辺から推測してみる。
「十五歳だけど。……何アンタ、ナンパ? キモ」
「そうじゃない。背丈は高いが、胸が全然ないから十歳前後なのかと思ってたんだよ」
自らの肩を抱くようにしてこちらを非難したソフィアにそう言い返すと、今度が俯いたまま小刻みに肩を震わせだした。極めて情緒が激しい子だ。
まるで怒りのあまり肩どころか大気までもを震わせているような印象すら抱かせて。
それにしては本当に肌がピリピリするような感覚がする。
「あああっ! アンタの射撃音がうるさ過ぎてプチガルダが寄ってきちゃったじゃない! どうしてくれるのよ!」
杖を構えて叫ぶソフィア。
彼女につられて空を見上げると、爛々と煌めく翼をもつ鳥類がこちらを睨んでいた。
どうやら、コイツの出す鳴き声が大気を震わせていたらしい。超音波だからかうるさいわけではなく鼓膜への苦痛も感じられない。
プチカルダ。
ギルドで職員と魔物図鑑を読み合わせた際に知った魔物だが、コイツは爆発などの破裂音に特に敏感で、そこで爆散したであろう生き物の死体を餌として持ち去る空棲のハイエナのような魔物らしい。
戦闘力としては下の上くらいで、体表の炎によって矢や銃弾を防ぎ、攻撃魔法のダメージも軽減するという。また、陸上での身体能力も高く、アーチャー職からは特に嫌われているのだとか。
「どうしようもないだろ。ソフィア、何とかしてくれ」
俺からは有効打がないので撃退をソフィアに頼るしかない。ゲームの属性相性のようなものなので仕方あるまい。
「あーもう、わかったわよ! ケンジロー、アンタは色々と覚悟しなさい!」
プリプリと怒るソフィアは、プチガルダへ魔法の氷柱を放った。
魔法のエキスパートなだけあって、すばしっこく避けようとしたプチガルダの翼を撃ち抜き、地面へと叩き落した。
さすがソフィアだと称賛したいところだが、身体能力に優れるプチガルダは空中戦を諦めてこちらへと駆けてきた。
「マズい! ずらかるぞ、ソフィア!」
「わかってるわ! あー、どうしてこんな目に遭わなきゃなんないのよ!」
木の上から飛び降り、急いで平原を疾走する俺と、遅れないようについてくるソフィア。少し離れて俺たちを追うプチガルダがいる。
遠距離攻撃こそ持たないが、燃える体で体当たりされたらそれだけで大怪我につながるだろう。
日本で生まれ育った青二才な俺と、魔法特化の後衛職であるソフィアでは、プチガルダの脚力から逃れられる未来が見えない。時折振り向いては氷柱魔法で牽制しているソフィアだが、数分も逃げ切れる自信はない。
やがて、プチガルダの纏う炎の熱を肌で感じるほど接近して……
次の瞬間、耳をつんざく轟音が平原に響き渡った!
「油断したな、焼き鳥め!」
逃げながら敷いた罠スキルが、地面を駆けて襲いかかるプチガルダの脚を吹き飛ばしていた。
翼が傷つき両脚を欠損したプチガルダが人に聞こえない呻き声を漏らしながら悶え苦しんでいる。
「さあソフィア。生まれてきたことを後悔するほどの苦痛を時間の許す限り与えながらぶち殺してやれ」
呆気にとられているソフィアにそう指示を出す。
おいしいところを持っていかれてしまうが、自らが狩られる側だと手遅れになってから気付いた鳥類の無様が見れてすでにメシウマなので気にならない。
しかし、ソフィアはというと何やら不満なようで、地団太を踏んで抗議してきた。
「アンタは鬼か悪魔なの⁉ 私になんてことさせんのよ‼」
「何が不満なんだ。焼き鳥ごときにかけてやる情けなどあるまい」
人の性根が腐ってるみたいに言ってくれるが、本当にやめてほしい。反論できないのだから。
──結局この日は、プチガルダがゆっくりと羽ばたきながらこちらへ迫ってくるのに気づいたソフィアが魔物を氷漬けにして帰宅した。
九割がた書き終えては面白くなくて決してを繰り返した結果、予定していた曜日より大幅に更新が遅れてしまった……