逢魔の朝靄の激戦(中編)
控えめな轟音とともに撃ち出された音速の七倍の弾丸は、魔力装置で制御された衝撃波を伴う直線攻撃となりかつて相まみえた敵を穿った。……と、思っていたところまではよかった。
「こっち見てる! こっち見てるって!」
新人と思われる守衛が隣でやかましい。
案の定というかなんというか、『旗槍』ともう一体は片腕をなくしながらもすぐさまこちらへ気づいて駆けてきた。
「片方は妖魔教団幹部の『旗槍』だ。以前、一度だけ交戦したことがある」
はっきり言って強敵で、街の中に入られたら民間への被害は避けられないだろう。それに、一緒についている人型の魔物もおそらく魔物で奴の仲間だと考えられる。これは非常にマズい。
「幹部ぅ⁉ 今アンタ妖魔教団の幹部って言いましたぁ⁉ 太刀打ちできるわけないじゃねえよぉ! オレ、まだ母ちゃんに親孝行できてねえよぉ!」
「耳元でやかましい、音が聞き取れない」
「やかまっ⁉ これだから貴族様とその関係者は! ……というか、片方はってなんです? まさかあの少年みたいなのも幹部とか言いませんよねぇ⁉」
そんなものは存じ上げていない。が、『旗槍』の細かな仕草から部下や上司に向けた雰囲気を感じないあたり同僚か同格の関係であることは間違いないと思う。もしその通りであるなら、なんとしてでも絶対防衛線である街の門だけは通してはならないのだが。
半ばダメ元で、隣で喚く守衛に聞いてみる。
「君たち守衛は陸空両面における敵の侵入を抑止できるか?」
──数分後。
「……報告申し上げます。冒険者ギルドへ増援の依頼を出しに行ったのですが」
渋い声でそう語り始めたのは、この門の防衛を任された部隊長だ。
見なくてもわかる、そこそこ距離のある冒険者ギルドまで走ってくれたのだろうその声からは、しかし言いにくそうに淀んでいる。
この人は、つい数分前泣きながら櫓から駆け下りていった新人の守衛に代わり傍に着いた者だ。
「ちょうど昨日、季節外れの狐騎士討伐で多数の冒険者どもが儲けたのでしょう。ギルド内は酒の匂いを漂わせる飲んだくれで溢れかえっていました」
「どうしてこうなった。これだから冒険者はカスなんだよ」
「貴殿も冒険者であろう?」
なにやら耳の痛いツッコミを入れられたが、俺はこうして街に貢献している。
「同列にされたくない」
字面だけ切り取ると立派なカスなのだがその辺はスルー。
しゃべりながら魔力式レールガンに魔力を再充填していると、肉眼で表情が視認できる距離まで敵が詰め寄ってきたようだ。
未知の遠距離武器に内心怯えながら駆けてきたのか、その表情からはこちらを憎んでいる様子がありありと伝わってくる。
「此処に居たのか」
門の外を固める守衛から適度に距離を開けて立ち止まった『旗槍』はというと、怨敵でも見つけたような声色で睨みつけてきた。
これは騎士道精神の対極を往く数々の仕打ちと、霧の都でのカスみたいなやり取りを根に持っていると考えて間違いないだろう。
「ああ、ここにいるさ。しかしながら、今日はもう遅い。日を改めるか、俺たちがこの街にいる間に冒険者ギルドへ届出を提出しておいてくれ」
「……貴様ッ! ふざけておるのかァァッ!」
話を聞くどころか、挑発と受け取った様子の『旗槍』は見事に引っ掛かった。
前回から薄々感じていたが、コイツ脳筋系かよ。
「あーあ、怒らせちゃった。どこの誰か知らないけどさ、君たぶん死んだよ」
若干引き攣った笑顔で失った片腕を再生させている、いかにもクソガキな感じの相方がそんなことを言う。
というか、あんなイモリみたいな再生の仕方するのかよ、気持ち悪い。
「……先ほどから言おうかと考えていたが。君は何者だ?」
「『操魔』だけど?」
まるで、そんなことも知らないのかとでも言いたげな表情だ。キレていいだろうか。
「初耳だ。俺の記憶に存在するに際して、君の知名度は些か足りないように思う」
「ええーっ。うそー。マジ?」
またしても『操魔』は、心底驚いたというようなリアクションを見せた。というのは見せかけで、間違いなく挑発なのだろうが。
「さて、お後がよろしいようだ。俺たちの茶番は幕引きだ」
「なんだと?」
そんなやり取りをしている間に、魔物を追いかけるようにしてマキが駆けてきた。
常軌を逸した速度で疾走するマキは、今まさに相対する魔物たちへ背後から一撃を加えんとばかりだ。
「甘いッ!」
しかし、そこはさすが人類を恐怖させる組織の幹部クラスだ。そこはしっかり身構えて、攻撃が軽いのなら反撃すらしてみせそうだった。
だからこそ、次の瞬間誰もが正気を疑ったのだ。
「ケンジローーッ!」
まさか誰も、敵対する幹部二名の間を駆け抜け、速度を殺さぬまま物見櫓の上にいる俺目掛けて飛びかかってきた。
凄まじい走力と跳躍力だと感心したのも束の間、狭い櫓の上でマキに押し倒された。
「本当に危なっかしい人ですね! アタシたちまで撃ち抜いていたら呪いますからね!」
さぞ驚いたのだろう。
恨み言をぶつけたくなる気持ちは理解できるが、人の上で土足で飛び跳ねるのは控えてもらいたいところである。
「あれしかお前らを救う方法が見当たらなかったんだ。それと、あまり敵前で隙を晒したくないのだが」
「そんなこと言っちゃって。本当は嬉しいんでしょう?」
俺の皮肉をものともせず、マキは余裕そうな笑みを浮かべた。
「その乳臭ぇ容姿で興奮できる奴がいるのなら公安に引き渡さなければならないと思うがな。いいからどけ」
突然首を絞めようと掴みかかってきたマキと揉み合いになっていると、あくまで一定の間合いを保っている『操魔』とかいう魔物が冷めた目でこちらを見ているのに気づく。
「あのー君たち? 何をそんなに楽しげにしてるんだ?」
呆れきった幹部からは、もはやゴミを見るような視線と声色があふれ出ていた。そして、表情は興味を失ったが如く変化していき。
「……もういい。上からは無用な殺生は控えろと言われてるけど、こんな住人しか見かけない国なら街の一個くらいどうでもいいか」
そんな言葉とともに、剣を構えて駆け寄ってきた。
【一言コメント】
マジで忙しくてまさかの中編。
来週こそは……!




