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『けん者』  作者: レオナルド今井
凍らぬ氷の都編
24/99

花形な邂逅

 ──時を遡って、一方。

 まだ日が昇りきっておらず肌寒さを感じる街を、食後の腹ごなしをしないまま駆けていた。

 昨日してやられた相手のことを思い出すと同時に嫌な予感がしたからだ。

 確か、公民の授業だっただろうか。先生の言葉と昨日の出来事が重なり頭から離れない。

『金のなる木。……英語ではキャッシュ・カウというのだがそれはまあいい。重要なのは、ここに区分されるプロダクトは既に市場競争で勝ち残っており、少ない投資額で安定した利益を生み出すということだ。ここから得た収益を投資して成長中の市場で勝ち残り、新たな金のなる木に育て上げるのが企業を成長させる戦略となるんだ』

 午後イチの授業中、俺以外のクラスメイトが全員首を垂れて……否、居眠りを慣行したため特別に俺でも知らなさそうな知識を教えてくれた時のことだ。動機はどうであれ誠実に振る舞うべきだというのは皆口酸っぱく言われて育つものだろうが、これは異世界にきてから役立つからだ。

 んなわけないだろ、と心の中でノリツッコミをしていると、いつの間にか朝靄研究院に着いていた。

「おはよう。アポなしで済まないが、スターグリーク家の従者として其方の資料館へ立ち入りたい」

 日本にはない独自の知識を探すとき、大きい街には必ずある研究院は役に立つ。

 公共図書館と併設していたりと、一般向けへの機能は調べものや勉強用だ。だが、貴族や豪族、その他権力者などは禁書区域への立ち入り許可が下りたり、人気の図書や資料を優先して貸し出してくれたりと優遇されている。

 ことスターグリーク家においても、法的扱いこそ滅亡しているが生き残りである賢者ソフィアの実力は国中が認めるところであり、その周辺人物の影響力というのも依然として強い。一従者のジョージさんが貴族院の議席に座っていることからも家の力を感じる。

 さて、そんなこんなで通してもらえたのだが、お目当ては魔物生態学の資料である。

 禁術が記された魔導法典とかそういった危なっかしいものには一切興味はないからな。

 お目当ての資料が置いてある棚を見つけると、片っ端から目を通す作業を開始した。




 あれから数時間。

 わかったこととして、一つは金のなる木が群れが目撃されたエリアでのみ目撃例があがる獣人系の魔物がいることだった。

 その魔物は、体調が幼児くらいの二足歩行で、その小ささ故に目撃例はごく少数なのだろうというのが有力説らしい。

 二つ目は、メカニズムは解明されておらず関連性は不明だが、大規模な群れを範囲魔法等で一気に倒すと稀に昨日のような爆発を起こすらしい。

 そして三つ目は……。

「眩い光を放つ謎の魔物が現れる、か」

 眩しすぎてシルエットすら確認しずらいが、その膨大な魔力量からただならぬ強さの魔物なのは間違いないのだとか。

 資料を棚に戻すころにはすっかり昼過ぎで、気づけば昼食休みから戻ってきた研究院たちで館内は賑わっていた。

『……あの研究結果って学会に提出されたのか?』

 耳をすませば周囲に配慮した声量の会話が聞き取れる。

 まあ、俺には関係ないな。

 そんな感想を抱きながら視線と資料を正しく戻し、受付へ足を運ぼうとしていたまさにその瞬間だった。

『らしいぜ。金のなる木の残骸の無力化例と負け犬の生態って聞いたが……』

 非常に敏感になっている単語に反応して視線を向ける。

 どうやら会話中の研究員たちは気づいていないようで話を続けている。

 金のなる木、幼児サイズの魔物、眩しくて強力な魔物、それから負け犬。

「おいおい、こんなのありかよ」

 予想だにしない展開に思わず声が漏れた。

 もし、俺の勘が正しければ、昨日俺を吹っ飛ばしてくれた魔物は非常に強いはずだ。それでいて、自身の脅威となる存在に対しては積極的に抑えに来るかもしれない。

 言い換えれば、絶大な魔力上限を誇るソフィアが標的になる可能性がある、というところまでが俺の勘だ。

 周辺地域の生態系における花形と成った昨日の魔物がいつ行動にでるかわからないが、上限こそ高くとも消耗しきったソフィアを無防備に出歩かせるのは危険だろう。

「ありがとう受付さん! 神のご加護があらんことを!」

 急ぎ足で研究院を駆け出る。

 状況が変わった。このままじゃソフィアたちが危ない。

 数分後、良くも悪くもすぐさまソフィアの居場所にあたりがついた。街の正門から轟音が鳴り響いたからだ。

 ということは、既に戦闘が始まっているということなのだが、悲観的な結果を予測したところで意味がないので少しでもアイツが耐えている可能性に賭ける他ない。

 次の曲がり角を曲がればすぐ正門が見える。待っていろ、今助けに行く。そう意気込みながら駆けていると誰かとぶつかった。

「すまん、今急いでいて……」

 ぶつかった相手へと振り向き、言葉を失った。

「クハハッ! ……見つけた」

 中性的な容姿と声で、年齢は十代前半か。しかし、その歳の子に似つかわしくない狂気じみた笑みが、相対する者が人間ではないことを示していた。

「お前は何者だ?」

 護身用に持たされているショートソードの柄に手を添えながらそう問いかける。

 気でも狂っているのか呼吸のついでみたいにケタケタ笑う相手は、俺の言葉を受けて綺麗な所作で一礼。そして、視線を向けて口を開いた。

「スターさ。魔物のね」

 スターとだけ名乗る人物は、コマーシャル以外で見たことのない金色の羽織物を取り出し着て見せた。

 合点がいった。間違いなくコイツが危険因子だ。

「目的は俺か?」

「アハッ! 六十点だね。……君たちが目的さ」

 やはり、コイツが昨日倒した金のなる木から化けて出た魔物であり、衝撃波で俺を吹っ飛ばしてくれた張本人だ。

 となれば、俺のやるべきことはただ一つ。それは。

「もうすぐ定時だ。今日はお引き取り願いたい」

 逃げる。

 強い相手に単独で挑むほど蛮勇ではないのでな。

 なるべくを人を巻き込まない道へと駆けだした。

【一言コメント】

原神の探索やってたら投稿が遅れました。申し訳ない

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