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『けん者』  作者: レオナルド今井
凍らぬ氷の都編
20/99

朝靄の不吉な翼竜

 北風が肌にしみる晩秋の朝。

 日本であればまだまだ暑いのだろうかと思うが、温暖化も家電器具の技術も進んでいないこの世界では涼しいを通り越して肌寒い。

 すっかり怪我が治ってソフィアの屋敷に戻ってきているのだが、ここ数日で新たな日課が増えたのだ。なので、朝寒いからと言って布団の中でうずくまっている場合ではない。

 ササっと寝間着を着替えて廊下を歩くと、すぐに目的の部屋の前へとたどり着いた。

「おーいソフィア。夜更かしのし過ぎで寝坊してねえかー?」

 そう。日課というのは、この頃研究熱心で寝食を疎かにしがちなソフィアの世話である。

 ノックしてしばらくすると、扉の前まで足音が近づいてきて、足音の主は扉越しにしゃべり始めた。

「安心しなさい。寝てないから寝坊はありえないわ」

 そんな手放しに安心できないセリフをもらったが、やるべきことは済ませたので一足先に食堂へ。

 ソフィアの寝起き当番を拒否ってまで日課の走り込みに出かけているマキもボチボチ戻ってきていることだろうしな。

 この時間帯であればジョージさんが出来立ての朝食をテーブルに並べているころだろうと思って扉を開ける。そして、言葉を失った。

「おはようございます、ケンジロー殿。朝食の用意が済んでおりません故、今しばらくお待ちください」

 テーブルに食品ではない何かを大量に積み上げている執事は、俺に気づくとそのように声をかけてきた。

 そんなことを言われてもどう返せばいいのかわからないのだが。

 状況がいまいち読めないでいると、自室から出てきたソフィアが食堂に入るや否やテーブルへと駆け寄っていく。

「やっと届いたのね!」

 目を輝かせて積まれた数々の包みを手に取るソフィアへ声をかける。

「おいソフィア。これはいったい?」

 恐る恐る声をかけると、ソフィアはバッと振り返る。

「朝から驚いたかしら。これらは全部魔法技術研究院から販売されている魔道具のパーツよ」

 ビー玉みたいな鉱石や綺麗な金属で作られた針、それから魔法紙や糸。ほかにも様々なガラクタが包装の隙間から見え隠れしていた。

「魔道具の修理って出来る人が少ないから報酬がおいしいのよ。まあ、今回はアンタが拾ってきた魔法銃の修理が目的だけれど。分析が終わったと同時に届くなんて、ジョージの手続きスキルは完璧ね!」

 もったいないお言葉です、と謙遜するジョージさんとのやり取りを傍から見て納得がいった。

 なるほど。

 ここのところ睡眠時間を削っていたのはそのためだったのか。

「ねえ、嬉しい? 嬉しいわよね⁉ 感謝の気持ちのひとつでも口にしたらどうかしら!」

 シンプルにうぜえ。

 わざわざ頑張ってくれたのはありがたいが絶対に口にはしてやらねえ。

「そんなことよりマキはどうした? いつもならもう帰ってくるころだと思うが」

 そんなことってなによ! と掴みかかるソフィアを軽くあしらっていると、ちょうど廊下を駆ける足音が聞こえてきた。

「噂をすれば、でございますな」

 ジョージさんにつられて入り口へと目を向ける。

 音を立てて食堂の扉が開いたかと思うと、元気いっぱいに息を整えるマキが現れた。

「ただいま戻りました! 竜車の手配はバッチリなのです!」

 ドヤ顔でサムズアップするマキはまるで褒めてほしそうだ。

「おかえり。いつもより帰り遅かったのはそういうことだったんだな」

 声をかけつつ活発な笑顔で駆け寄ってくるマキから逃げるようにスルー。

 ただでさえ興奮気味なソフィアの対処で面倒なのだ。これ以上はだる絡みされてはたまったものではない。

「おかえりなさいませ、マキ殿。明日はいよいよ出立でございますな」

「そうね。レールガンとかいう魔法銃の修理も今日中に終わりそうだし、道中立ち寄る宿場町ではおいしいものをいっぱい食べようかしら」

 いつもと変わらない雰囲気とやり取りのなかに嵐の前の静けさを感じる一日は、長くも短くも感じる早さで過ぎ去っていった。




 ――翌日。

 早朝から出発した俺たちは、竜車の荷車の中で……

「うっ、うぅ……」

「スー……スー……」

「……これは……まずいな」

 悶えていた。

 御者台のジョージさんを除き荷車には三人いるが、揃いも揃ってダウンしていたのだった。

 窓から顔を出してえずくマキや爆睡しすぎて床で丸まるソフィアは、もはや年頃の少女が見せていい様子ではない。

 かくいう俺も、初めて体験する竜車の感覚に若干の乗り物酔いを起こしている。

「ジョージさん。すまんけど最寄りの街によって休憩にしたい」

「最寄りですと、朝靄の街ですな。かしこまりました」

 状況が状況なので、ジョージさんに頼んで最寄りの街で休憩することにした。

 ソフィアの顔パスで街に入り、ひとまず冒険者ギルドを目指した。

 霧の都のギルドと設備にあまり差はないが、中にいる冒険者たちの雰囲気はどこか剣呑としている。

 何事かと思い手近な職員に声をかけてみた。

「あの、話を伺っていいですか?」

 こちらに気づいた職員は「はい?」と聞き返してきたので続ける。

「俺たちはさっきこの街に着いたばかりなんだが。……この差し迫った雰囲気はいったい何が原因なんだ?」

 まるで、盗賊団が街を攻めてきたときのような感じだ。この街にも何かあったのだと思われる。

「実はですね――」

 職員の話によると、影を纏った女性が上級魔物を引き連れて街の近くを練り歩いていたそうな。

「――という、ことで街では厳戒態勢を敷いています」

「そうだったのか。今日は滞在する予定なんで、なんかあったら頼ってください」

 心にもないこと溢しつつ、近くで暇をつぶしているソフィアたちを回収しようと視線を向ける。

 ちょうどギルドの入口が視界に入ったまさにその瞬間。

「大変だ! 街に翼竜の群れが押し寄せてるぞ!」

 勢いよく開かれた扉の音とともに、そんな叫び声が館内に鳴り響いた。

 おそらく高額な報酬がでるのだろう。まるで……というか、間違いなくこのために待機していたのであろう百名近い冒険者たちが一斉に街の入口へと駆けだした。

 なぜか男女比がやたら男に偏っているのだが、この街には有名な風俗店通りがあるのが原因だろうか。仲間の女性陣から信用を失いかねないのであまり言及するべきではないだろう。

 そんなことを考えていると、仲間に袖を軽く引かれた。

「二人して両側から引っ張るな。……言っておくが、俺たちは参加しないからな」

 やる気満々な表情を浮かべるソフィアとマキを見て釘を刺した。




 ――が、ダメだった。

 街の入口で翼竜――ケツァルコアトルというらしい――の大群が跋扈しているのを見て、改めてこめかみに手を当てる。

 しかし、今回は条件を取り付けることに成功したのでマシだろう。そしてその条件とは。

「お前ら、わかってるな」

「リスクは犯すな、でしょ? いちいち言われなくたって自分が置かれてる状況くらいわかってるわよ」

「ならそれでいい」

 マキはともかくとして、ソフィアは現在致命的なほど弱体化している。戦闘に支障をきたすのもそうだが、国民の前でソフィアの魔力が枯渇している様子を見せるわけにはいかない。

「マキ。悪いが今回は特にお前の負担が大きい。任せておいてなんだが、身の危険を感じたら自分の命を最優先に考えてくれ」

「えっへへ、心配無用なのです!」

 何を根拠に笑顔を浮かべているのかさっぱりわからず心配だが、やるべきことをやって、生き残りさえすればそれでいい。

 今回の彼女はいつもと違ってリュックいっぱいにアイテムを詰め込んでいる。

 普段は足が遅くなるからと拒絶されるのだが、今回の旅では消耗品にも頼っていかなければならないことをわかっているらしく快諾してくれた。

「手筈のおさらいをしよう。まず、ソフィアは俺たち全員に防壁魔法を付与すること。それ以上の魔力消耗は避けたい」

 明日以降を考えれば魔法は一切使わせたくないのだが、賢者としての矜持があるといい譲らなかった彼女に譲歩した形だ。

 渋々といった感じではあるが頷くソフィアから活き活きとしているマキに視線を移す。

「マキ。お前は戦場を駆け回ってとにかく敵の注意を自分に向けろ。なるべく開けた場所まで連れて行ったら、転移魔法のかかった魔石を使ってここへ戻ってこい。そしたら無防備になった翼竜を俺が撃ち落とす」

「任されましたっ!」

 マキは活発に返事するや否や、翼竜がいる方へ駆け出した。

 なぜだか色々悩んだ疲れが吹き飛んだ気がするので、俺たちも行動へ移ろう。

「何もしないっていうのもあれだし、魔力機構の故障を察知したら早めに合図を出してあげるわ」

 ソフィアに直してもらった魔法銃改めレールガンを構える。

 レールガンというものの仕組みや性質は日本にいたときにミリオタから聞かされたのだが、一見無駄に思えるような知識も実は異世界では役に立つのだ。

 使い勝手は良好で、携帯用というだけあり自動小銃のような構え方ができるほどには軽い。

「確か電力にかかわる部分はすべて魔力機構が行うんだもんな。その辺は任せた」

 魔力が枯渇したところで魔法における知識がなくなったわけではない。そう豪語するソフィアの実力は疑う余地がなくそのあたりにおいては安心できる。

 しかし、この銃が製造された国の文明レベルがいよいよわからなくなってくるのだが、それはソフィアの魔力問題が解決したら探ってみよう。

 そんなことを考えていると、さっそくマキが戻ってきた。

「うっ……。これ、結構めまいがするのです」

 テレポート酔いというらしいのだが、それによってえずくマキの背中をソフィアが撫でるのを一瞥し、さきほどまでマキがいた方へ視線を戻す。

 そこには、攻撃の反動だろうか。低空で体勢を崩した翼竜が今まさに高度を回復させようとしていた。

 それを見て引き金を引く。

 凄まじい破裂音が鳴り響く――ことはなく、スマートかつ静かに弾丸が放たれた。

「うわぁ、すごいわね」

「さっきまであそこにいた身としてはゾッとするのです」

 初速が音速の約七倍に達するらしいレールガンは、しかしソニックブームの影響を抑止する機構のおかげで装備者への被害はない。

 強いて言うなら、銃口から一直線に地面が抉れているくらいだろうか。それすらも魔力装置に守られている、よくできた携帯式レールガンである。

 ちなみに、目測ではあるがおおよそ二キロ弱くらいで地形への影響が完全いなくなっているので、一秒にも満たないうちに弾丸が消滅してしまったようだ。途中で気化したのだろうか。

「これで俺の魔力が持っていかれなければいいんだがな」

 数々の魔力装置は装備者から魔力を奪って作動する。

 そのため、魔力量が少ない俺が使うと簡単にガス欠を起こすだろう。

 想定はしていたのだが、思ったより消費魔力が大きく、撃ててあと二発だろうか。

「まあ、あんただしね。魔力を使い切るまで撃ちきったら切り上げましょう。最後まで残る必要はないわ」

 ソフィアの馬鹿にしているのかよくわからない声のもと、この日は数匹だけ翼竜を撃ち落として帰還した。

【一言コメント】

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