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『けん者』  作者: レオナルド今井
霧の都編
13/101

番外編:数と料理の雨模様

「そういえば、ケンジローとソフィアは料理ってするんですか? ちなみに私はできます! お姉ちゃんでしたから」

 ある日の朝、屋敷の食堂でテーブルを三人で囲っていると、マキがそんなことを言い出した。

 ソフィアと一瞬目を見合わせ、そして逸らされた。

「俺はできるがソフィアはできない。コイツは元お嬢様だからな」

「元じゃないわよ! 今も一応家が解体されてないから貴族よ私は!」

 貴族のプライドとやらにかけて掴みかかってきたソフィアを適当にあしらいつつ、意外そうにしているマキに何から話そうかと考えた。

「あぁ、あの日の話がいいな。ちょうど今日みたいに、ジョージさんが貴族院に駆り出されていた日のことだ」

 興味深そうに食いつくマキを見て、俺はここにきて日が浅かった頃を振り返った。



 ***



 これはキツネ狩りを終えた翌日のこと。

 思ったより持ち帰ったアイテムの売値が良くてほくほくしていたのも束の間、屋敷では深刻な問題が発生していた。

「外は数年に一度レベルの雨天でどこのお店もやってないわ。そして、今日はジョージが貴族院にいてこの屋敷には私とアンタしかいないの」

 食堂のテーブル、その向かいの席に腰掛けるソフィアは「これは由々しき事態よ」と続ける。

「まさか、朝食に困るなんて思わなかったわ」

 どうした心理状況なのかまるで理解できないのだが、とびっきりの決め顔でそう言った。腹の虫を鳴らしながら。さすがに恥ずかしいのか、バッと顔を手で隠しながら腰を下ろした。

 俺は起き抜けに何を聞かされているのだろうか。

「作り置きとかないのかよ。ジョージさんだってバカじゃないんだし、なんかしら用意してあるだろ」

 それに加え、ジョージさんが貴族院に行っていて屋敷にいないことは前々から知らされていたはずだ。曰く、ここ数ヶ月くらいは隣国との貿易が難航していて、その件で駆り出されることが多いのだとか。

 まあ、それはそれとして。

「……そもそもの話、なにか作ればいいだろ。昨夜食糧庫見たときにはまだ大量の食糧が残ってたはずだ。はい解決」

 言いながら、水分補給のため厨房へ向かおうとしていると、不意に袖口を引っ張られた。

 あー、これは面倒な予感だ。

 なぜなら、逆らったら暴れると言わんばかりの視線を向けるソフィアが俺を見上げているからだ。

「ねえケンジロー。言い出しっぺの法則って、知ってるかしら」




 厨房に押し込まれると、出入口を施錠魔法で塞がれた。

「さあ、見ててあげるから早く朝食を作りなさい」

 食堂から俺を連れ込んだソフィアは、凍てつく笑みでそう告げる。

 曰く、召喚者には従えとのこと。

 別に料理することは構わない。一人分も二人分もさして手間は変わらないからだ。

「はいはい。料理の一つもできねえ世間知らずで稚拙なお嬢様のために猛威を振るってやろう」

「腕を振るいなさいよ! 私が猛威を振るうわよ、アンタに!」

 掴みかかってきたソフィアを適当にあしらいつつ、透明なコップと魔法天秤を用意する。

「その魔力の電気を帯びた手で首を絞めようとするんじゃない。というか、料理下手については否定しないのかよ」

「……ぐう」

 どうやらぐうの音はでるらしい。

「し、仕方ないでしょ! 実戦魔法学だけを教え込まれてきたのに、料理なんてできるわけないでしょ!」

 没落したとはいえ貴族の令嬢がこれでいいのだろうか。

 そんなことを考えているのが読まれたのか、キッと睨みつけられた。

「そんなに料理できないのが悪いの⁉ 女は料理くらいできてしかるべきって考えはどうかと思うわ!」

「そこまでは言わんが。……必要に迫られた際に出来ないと困るだろ。今みたいに」

「……」

 とうとうぐうの音すらでなくなってしまったようだ。俺が来るまで、ジョージがいない日はどうしていたんだよと言いたい。

 そうこうしてる間に、五グラムと百グラムの水を計れるグラスが出来上がった。ペンと魔法天秤がなければ詰んでいたが、首の皮一枚で助かった。

「CGS単位系では水一グラムの体積を一立方センチメートルとするのだが、この国ではなぜか重量以外の単位が定められていないからな。俺がパイオニアだ」

 センチメートル、グラム、セコンドの頭文字をとった名称でなじみ深い。

 というか、これがなければ俺は料理ができないのだ。

 レシピ本でよく見る、少々とか適量とかひと回しとか、とにかくその辺の文言が嫌いでならない。

「こんなんでパイオニア名乗ってんじゃないわよ。偉人たちに謝ってきなさい、今から」

 今からかよ。

 茶々を入れるソフィアに適当に返すと、ジョージさんが棚に置いてくれているレシピ本を取り出した。

「朝食だし、スクランブルエッグでいいな?」

「質素ね。この際それでいいから作ってちょうだい」

 ……危険な薬品でも混ぜ込んでやろうかな。

「言っとくけど、惚れ薬でも盛ろうなんて考えてるなら無駄よ。私は状態異常になんてかからないから」

 そう釘を刺された。

「なぜ真っ先に出てくる単語が惚れ薬なのかつっこんでもいいか?」

「はぁ⁉ アンタまさか毒でも盛ろうと思ってたわけ⁉ 怖いんだけど! 私アンタと違って毒殺されるほど恨まれるようなことした覚えないわよ! アンタと違って!」

「アンタと違ってって部分を強調するな。まるで俺がヘイト吸引機みたく聞こえるじゃねえか」

「そう言ってんのよ!」

 指をさしてツッコミを入れられた。

 互いに馬が合わないと思っていたのだが、律儀に小ボケを拾うあたりやっぱツンデレだろう。

「アンタ自分がギルドでなんて呼ばれてるか知ってる?」

 おい待て。俺なんか誹謗中傷されてるのか?

 ギルドにいる連中とは受付嬢以外に接点がないはずなのだが、それなのになぜ噂が立っているんだ。

 ボウルに鶏卵を落としながら、ソフィアに視線で続きを促す。場合によっては理解させなければならない。

「アンタ、嫌者けんじゃって呼ばれてるのよ。嫌いになるほど鬼畜な戦術を思い出す召喚賢者だから。ホント笑えてくるわね」

「よし。雨が上がったらギルドにいこう。なに、ソフィアはついてきて、俺に支援魔法をかけてくれればいい。さあ、どう料理してくれようか」

 俺は鶏卵が混ざる水音を響かせながら言う。

 本当に楽しみでしたかがないのだが、ソフィアがなにか言いたげな視線で覗き込む。

「本当にさっさと料理してちょうだい。空腹すぎて肌に悪いわ」

「それは大変だ。肌荒れなんかしたらお前の数少ない長所がお陀仏してしまうな」

 瞬間、頭頂部に刺すような痛みが走る。

 氷柱を落とされたことに気づいたのは、足元から硬質なものが割れる音が聞こえたからだ。

「本っ当に失礼な奴ね!」

 信じられないといった様子でプリプリと怒るソフィア。

 それはそうと、氷柱落としを食らって卵の入ったボウルを落とさなかった器用さをほめていただきたい。

「もういいからさっさと進めなさい。お昼になっちゃうじゃない」

 氷柱をぶつけたのは誰だよと返したかったが、さすがに俺も腹が空いてきたのでやめておこう。

 溜息をつこうものならまた突っかかられるので押し殺しつつレシピ本に目を向ける。どうやら、卵液には下味として塩コショウを適量加えて軽く混ぜると書かれている。

「出たな適量。有効数字三桁で書けよこの大馬鹿野郎」

 いわゆる理系殺しであるところのレシピ本あるある語句は、ついで感覚で俺にも効くのだ。なんということだ。

「それくらいフィーリングでどうにかしなさいよ。料理慣れしてるって豪語してるくらいなんだし造作もないでしょ?」

 さも当然のように言い捨てられた。

 料理できないとか言ってた奴にそんなこと言われたくないのだが、突っ込んでも口論に発展する以外に状況が変わる要素がなさそうなので飲み込む。そして代わりに、ため息代わりの愚痴を一言。

「簡単に言ってくれるな」

 確かに料理に慣れているのは間違いないが、それはあくまで必要に迫られて作れるようになっただけなのだ。というのも、小学校へ上がることから共働きの両親や勉強熱心な兄貴に代わって朝夕の食事を用意していたからで、断じて味の微妙な調整なんて凝ったことに興味を持った覚えはない。レシピ通りに作っていれば間違いない、がポリシーだ。

 ちなみに、朝夕まですべて一人でこなすと、いろいろ理由をつけて本来の食費よりも高い額を計上し、父から預かった食費の一部を横領することができた。共働きのくせに小遣いがケチい家のガキの小賢しいやり口であり、今に思えばバレバレだったとも思う。

 初めて手に取ったレシピ本にも曖昧な表記がされており、その日は非常にしょっぱいチャーハンを食卓に並べたことを今でも覚えている。

「化学調味料の類があれば、多少適当でもプロの味になるんだがな。どっかの誰かさんのせいでもはや懐かしい味だ」

 つまらないと思っていた故郷に思いを馳せながら、魔法天秤で塩コショウを量っていく。

 入れすぎなければ食えるので、味が薄すぎる可能性というリスクを受容し今回は一グラム混ぜることにした。

「味が薄いかもしれないが、もしそう感じたら食う時にケチャップでもかけて調整して……ってどうした?」

 フライパンの上でバターが溶ける香りを感じながら問いかけると、知らぬ間に怖いくらい静かになっていたソフィアがそこにはいた。

 こちらの問いかけに遅れて反応を示したソフィアは慌てて首を横に振った。

 ならいいか。

 長時間火から目を離すと危ないので視線を戻すが、すると今度は足音が近づいた。

「……ねえ。やっぱり故郷が恋しい?」

 聞きなれたソフィアの聞きなれない声色だ。

 真剣なその声にこちらも視線を向けて応える。

 その表情は今にも泣きそうで、色々な感情が入り乱れているのは火を見るより明らかだ。

 瑠璃のようにきれいな青い瞳は涙を湛え、それでいて絶対に溢すまいとしているのが健気に見える。賢者召喚によって俺という一人の人間の日常を壊してしまったことをソフィアも重くとらえているのだろう。

 そんなつもりで言ったわけじゃないんだがな。

 重たい雰囲気にため息を一つつき、ソフィアの髪にそっと手を添える。

「気にしすぎるな。退屈で窮屈で面白みなんて何もなくて。やりたいことは見つからないのに、既定路線を辿るように大人になっていく自分を客観視すると嫌気が差す。それが俺の故郷だ。少なくとも今は新鮮味があるだけマシだな」

 言い終えて火に注意を戻すと、ソフィアは「そう」とだけ溢して扉まで歩くと、なにか言い忘れたように立ち止まり。

「私は厨房で待ってるわ。あと、次に私の髪を気安く触ったら手首から先を燃やすから。努々忘れないようにしなさい」

 どこまでもイラっとくるメスガキで安心した。

 卵に火が通る香りに食欲をそそられながらフライパンを操り、そして──


「やっぱ味薄いわね。アンタ実は料理できないんじゃない。仕方がないからケチャップ寄越しなさい」

 はいはい、と対無能教師用の対応をすると、ソフィアは満足げに瓶の栓に手を重ねた。

 我ながら見栄えはいいな、と自分の皿へ視線を落とす。

 一口食べてみると、淡泊だが食べれない味じゃないことに達成感を覚える。

「あれ、なんか栓が固いわね。まあいいわ、魔法で腕力を強化して」

 テーブルの向かいでぶつぶつと呟いているソフィアに気づき、一瞬でも目を離してしまったことに手遅れだとわかっていながら後悔した。

「あっ……」



 ***



「そのあと、どうなったかは想像にお任せしよう。ただ、ソフィア曰く家用のドレスが一着ダメになったらしい」

【一言じゃないコメント】

 宣言通りの番外編です。

 もはや開き直って今回から一言じゃないコメントコーナーに転生しました。

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