仲間の絆~血肉を添えて~
ここ半月くらいですっかり馴染みになってしまった破裂音は、その凄まじいプレッシャーによって戦況を大きき変えていた。
敵の数こそ減らせていないが、前線を押し上げていた盗賊団たちが組織的に後退、ないしは遮蔽に身を隠すなど攻勢を挫かれているように見える。
「なにが起きたんだ⁉ 嬢ちゃん、説明してくれ‼」
びしょ濡れになった冒険者が一変した状況を目の当たりにし、混乱した様子で問いかけてきた。……相変わらず、私の足元に寝転がった状態で。
返事の代わりに目元に濡れタオルを叩きつけてやりながら、我々以上に混乱が走っている盗賊団へ高級の攻撃魔法を放つ。
「クソォッ! 嬢ちゃんは黒だったかッ!」
ふと、先ほどより垂直に近い足元から悲鳴にも似た悔しそうな叫び声が聞こえてきた。
見るまでもなく、先ほどまで治療中だった冒険者の声だ。
反射的に氷柱の魔法を撃つと、足元の声は正真正銘の悲鳴に変わった。
「あら、ごめんなさい。つい条件反射でやってしまったわ」
自分のこめかみが震えるのを感じながら、のたうち回る冒険者から離れる。
このままもう一度治療が必要な状態にしてやりたいところではあるが、さすがに周りの冒険者に迷惑が掛かるのでやめておこう。
それよりも、ケンジローに戦意があったことがわかったので、狙撃しやすいよう動きが鈍った敵を攻撃魔法でまとめて倒しきるのがよいだろう。
そんなことを考えながら、私は杖を空へと向けた。
盗賊団の隊列へ向けて、遥か上空まで何層にもわたる魔法陣を形成する。
その積み重ねた陣の高さたるや、夜になれば爛々と輝く星々にまで届くほどだ。
「天にまします我らの父よ、願わくは我らが仇敵を滅したまえ!」
詠唱に合わせて展開した魔法陣に更に魔力がこもる。
体中の魔力をゴッソリもっていかれる脱力感に苛まれながらも魔法は中断しない。
制御しきれなかった魔力が大気中に漏れ出て無駄となり、魔力の乱れに弱い者は敵も味方も膝から崩れ落ちるように倒れ始めた。
そうでなくても、強力な魔法の気配に敵も味方も一斉に伏せる中、しかし一体だけ盗賊団の誰かが騎士団の守りに突っ込んでいることに気づいた。
これは非常にまずい。
よく見ればその手には取りまわしやすい短剣を携えており、こちらの魔法を阻止するために飛び出して来たのだろう。冒険者でいえば盗賊職のような役割だろうか。
対してこちらは、私が下手に上級の魔法を構えてしまったせいで、防御に専念している周りの騎士団や冒険者たちでは止めきれないようだ。
かくいう私も、今から一瞬で魔法を解除しようとすれば溢れ出た魔力が暴発する可能性があって手が出せない。
唯一、物資を取りに行っていたマキが状況に気づいて駆け寄ってくるが、距離が遠すぎて間に合わないだろう。
瞬く間に騎士団や前衛職の冒険者たちの間を駆け抜けてきた盗賊団員は、ついに私の目の前まで詰め寄ってきた。そして、その短剣を振りかぶる。
魔力の暴発を起こさないように、体を強引に捻りせめて急所だけは切らせまいとした。
全身に変な力が入り、思わず目を瞑って痛みに備えたその瞬間だった。
本日二度目となる破裂音とともに液体っぽい何かが飛び散る音がして、同時に体中に生温く血生臭いドロッとした何かが付着した。
二発目の狙撃の後、盗賊団たちが本格的に後退を始めた。
騎士団や冒険者たちは、遥か遠くからの援護射撃を不気味がっており、またそれとは別に逃げる盗賊団に追い打ちをかけるか周囲の者たちと相談していた。
冒険者にとって、追い打ちが成功すれば報酬も美味いだろう。しかし、敵の数は依然とこちらの数倍もいる。下手な交戦は危険であり、もしここで欲をかくなら数名のパーティ単位ではなく百人以上で組織的に動く必要がある。血の気の多い冒険者たちも、常日頃から魔物とやりあっていてリスクリターンに敏感である。無茶な真似をする者は見えなかった。
となれば、もうこの場を離れてしまっていいだろう。
赤黒く変色し臭気が付着した衣服をどうにかしたいし、なによりも遠く離れているあの男へ文句の一つでもぶつけなければ気が済まないのだ。
辺りを見れば、私を庇おうと駆け寄ってくれていたマキもその軽装を血肉で汚している。
「行きましょう、マキ。あのバカに一言入れなきゃ気が済まないのはアンタも一緒でしょ?」
「もちろんです! あたしたちは仲間ですから、ケンジローも血肉塗れになってもらうのです!」
それは帰りの馬車の汚れが増えそうだからやめてほしいな、と思いつつも、マキの素直な感想にクスりと笑み浮かべてしまう。
不思議そうに私の様子をうかがうマキの手を握って防壁沿いに歩き出した。目的の方角はだいたい予想がつくので迷いはない。
狙撃された盗賊団員の弾け飛び方からケンジローがいる方角を割り出した私は、マキを連れて街の防壁を沿うように移動していた。
時折後ろへ振り向くが、どうやら戦いは収束する方向で動いているようだ。であれば心配はいらないと思い、数歩先を歩くマキにペースを上げるように指示を出す。前を歩く彼女も同じ考えなのか、ニコニコしながら振り返り言う。
「はい! はやいとこケンジローをとっつまえて、お夕飯を奢らせてやりましょう!」
訂正しよう。
無邪気にはしゃいでいるようで、仲間の輪を乱すような真似をしたケンジローにこの子も思うところがあるようだ。
「いいアイデアだけどそれをするなら明日よ。なんたって今日は、アンタが初めてうちに泊まりに来る日だもの。帰ったらご馳走を振舞ってあげるわ」
そんな言葉に「やったー!」とはしゃぐマキを見てると、かわいい妹ができたような気分になってくる。
滅亡する前の当家でも兄弟のような関係の人はいたが、私が最年少だったので姉のような気持になるのは新鮮だ。それだけで、マキを仲間にしてよかったと思う。思わず撫でたくなる衝動を抑えていると、当のマキが唐突に立ち止まり向かう先を指さした。
「いました! あそこですよソフィア!」
釣られて視線を向けると、ついさっきまで壁の死角になっていた辺りで騎士を連れたケンジローが盗賊団の者と交戦していた。
しかし、その盗賊団は体躯が大きく、その上銃撃がほとんど効いていないように見える。
「見えたわ。魔法を準備するからアンタは下がってなさい。じゃないと流れ弾をもらうわよ」
数歩下がって、物理耐性を低下させる魔法を詠唱し始める。
ここからなら城壁が流れ弾から身を守ってくれるので、魔法が完成するまではマキと二人で我慢の子だ。
しかしそれも十秒もあれば詠唱が完了し、勢いよく壁から姿を現した。
そこそこ近かったこともあって、交戦中のケンジローたちに見つかるが好都合だ。
互いに睨み合っている彼らを嘲笑うように息を吸い。
「あれれ~? 随分と苦戦しているみたいね。援護が必要かしらぁ」
今朝から引きずっている鬱憤を晴らすように、ありったけの憎悪を込めて言ってやった。
【一言コメント】
今週早漏しちゃったせいで投稿が遅れちゃった