第三話 この胸の灯火
もう一度犬を迎える勇気は無かった。
こんな哀しみにもう耐えられるとは思えなかった。
日々淡々と過ごす内に上司の勧めで職場の女と結婚が決まった。
女は結婚するまでは体を許さないといい、日々上司とはホテル通い。
結婚してもセックスレス。
コウノトリが運んできたと娘が生まれ。
俺は晴れてATMとなった。
愛は無い。
愛欲もないセックスレス。
働き給料を銀行口座に入れる。
炊事洗濯は俺の担当。女曰く今はそれが普通らしい。
育児も俺の担当。女曰くそれくらい今は普通らしい
趣味もなく、ただ休み無く働く。
上司は女とホテルに行くために邪魔な俺が帰れないように仕事を山積みする。
稼いだ残業代は女のホテル代と高級レストラン代に消える。
女と子供と上司で遊園地に行く、勿論俺の給料で。
何の楽しみも無い人生が淡々と平淡に続いていく。
あれだけ世話をしても娘が俺に感謝することはなかった。
女も俺に情が沸くことは無かった。女にとって俺はATM家政婦。
そして今俺は一人病院のベットの上。
もう直ぐ息を引き取るだろう。
見舞いには誰も来ない。
ただ一人、ベットの上。
現世に何の未練も無い。
何の楽しいこともない。
愛する人もいない。
何も無いので執着はない。
寧ろこの体の苦しみから解放されるのを待ち望んでいる。
電池が切れるように体から力が抜けていく。
耳が聞こえなくなり
目が見えなくなり
皮膚感覚も消えていく。
でも恐怖は湧かなかった。
日々生きた。
働いた。
人を一人育てた。
人間としての役目は果たした。
そして
ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと無限に無に近くなる。
犬との再会を願う気持ちだけは消えなかった。
それだけが胸に暖かい火を灯し続けた。