第二話 愛もまた欲
「ただいま~」
「わんっ」
帰宅し玄関のドアを開けると愛犬が尻尾を振って待っていた。
まるで数年ぶりに再会したかの如く宝くじで一等でも当たったの如く全身で喜び出迎えてくれる。
その笑顔に仕事で溜まった疲れなど吹き飛んでしまう。
「可愛いな~もう食べちゃいたい」
「わんっ」
愛犬は俺に甘えに甘えて体をすり寄せ俺も撫で撫でが止まらない。可愛すぎる。
これが女だったら出迎えどころか「おかえり」の一言も無いのだろう。
仏教の教え。
大欲は身を滅ぼし小欲こそ人生の幸せ。
あの時変に欲を出して名誉とか体面を選ばないで愛を選んだ俺は正解だった。
仕事で出世?
したところでどうなる。周りから一目おかれて威張れるかも知れないがその分周りからは嫉妬され成果を求められるプレッシャーも上がる。
金?
金なんぞ生活できる分あれば良いじゃないか。毎日ご馳走を食べても糖尿病になるだけだ。
性欲?
そんなもの自分で処理するかそういうお店にいけばいいだけのこと。毎度毎度出した後の賢者タイムの虚しいこと。こんな事のために背負う苦労は釣り合わない。
子供?
世界宗教では神に仕え模範となる聖職者は妻帯しないことが理想とされている。すなわち子供を持たないことこそ幸せであり理想なのだ。
くだない欲を捨て大事なものを見失なわなかった俺は本当の幸せを掴んだんだ。
例え世間から結婚できなかった女にモテなかった駄目男の烙印を押されようが、俺は幸せだ。
十数年の時、幸せの時間あっという間に流れた。
そして俺は己の愚かさを呪っていた。
選択を間違ったことを悟っていた。
人と犬とでは時間の流れが違う。
そのことをまざまざと突き付けられた。
目の前に衰え今にも目を閉じようとしている愛犬がいる。
「俺を俺を置いていかないでくれ~」
俺は愛犬に縋り付き、愛犬も自分も辛いだろうに悲しむ俺の頬を舐めてくれる。
そして目を閉じた。
仏教に曰く
大欲は身を滅ぼす。
金や地位や女に執着するなど大した欲では無かったのだ。
愛、真の愛こそ大欲。
そして俺は今それを失い、心が砕け散った。